023.選択
「嫌」
真っすぐに俺の目を見ながらの端的な返答。
そう答えられるとは考えていたが、まさか一瞬たりとも悩まないとは。
少なからず動揺した俺の様子に、ルザはニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。
「未来の魔法を教えるから身代わりになれなんて言うなら断るけど」
「……?」
「さっきの話からして、魔力や魔法で直接治すわけじゃないでしょ?」
「えっと、うん。るざには、まひつびょうの薬をつくってもらいたい」
「へー、全く興味ないから良いよ。やってあげる。貸しだよ」
俺は知っている。
ラカクやジレフにも隠していると思われる、その本性。
魔力と魔法に関することにしか興味が無い。
興味の無いことに関しては全てがどうでもいい。
故に、魔櫃病を治せるのが薬だけだと知って興味を無くしたのだろう。
そしてその姿勢には、前世での俺の生き方に通じるものがあった。
自分の小説を書く事にしか興味を抱かず、友人と呼べるのは『平民騎士の英雄譚』に関連した人だけ。
だからこそ俺は、彼女を警戒しつつもどこか心を許していたのかもしれない。
そんなルザを、俺は原作改変の共犯者に選んだ。
「何が必要?」
「ましょうと、しゅせいのつよいおさけ、あとみっぷうできるいれもの」
魔族や魔物はその体組成のほとんどが濃密な外魔力である。
そんな奴らの核となっているのが、外魔力結晶体、通称魔晶だ。
ある特性により、砕き溶かして魔法陣を描く素材として扱われる。
魔物を倒さなければならない関係上、比較的高価ではあるが……魔法の研究を行うルザが持っていない訳がない。
「他には?」
「んー……じょうりゅうできるばしょ、ない?」
「じょうりゅう……蒸留?蒸留機なら持ってるけど、酒精を強くするので合ってる?」
なんで持ってるんだよ。
「そう、強いほどいいくすりになる」
「酒精が強ければ酒じゃなくてもいいの?」
「……?ああ、うん」
酒精が強いけど酒じゃない?
この世界にはアルコールに相当する言葉が『酒精』しかない。酒を酒たらしめる成分であり、「酒精が強いが酒ではない」という言葉は不自然なのだ。
それこそ、酒として飲めないほどの高濃度アルコールが存在するなら話は別だが……。
「じゃあ、それは私が用意するわ。蒸留は必要ないよ。他には?」
「それだけでつくれる」
「は?それだけ?」
そう、驚くのも無理はない。
オネネヴの長い研究期間の末に辿り着いた、と設定した魔櫃病の作り方……それは。
「しゅせいのつよいおさけに、ましょうをいれて、いちにちたったらましょうをすてる。それでできる」
知っていれば極めて簡単な作り方なのである。
「んー……うーん……?どういう原理?」
「いっていいの?」
「え、もしかして未発表の魔力理論に関係する話?」
「うん」
この世界で、魔晶は『魔法陣を描くことにしか使われない』という認識がある。
魔晶を飲み込んで体内に直接取り込むと死亡する。これはこの世界の共通認識であり、初等教育で習う内容なのだ。
体を切開して体内に埋め込んでも死ぬ。魔晶の特性によるものである。
この魔晶は砕いて高温の炎に晒せば溶けることが知られており、一度溶けた魔晶は冷えても自然には固体に戻らないということも判明している。これは魔晶液と呼ばれる。
そして、この魔晶液を用いて『神代言語』の詠唱文を円環状に書く……魔力固体がその魔法陣に触れることで、詠唱を用いずに魔法を発動することが可能になるのだ。
長年の研究によって知られたその事実がある為、魔晶は魔法陣専用の扱いを受けている。
故に市販されているのは魔晶でなく、魔法陣に使うための魔晶液であることが多い……という世界設定。
ルザは顎に手を当て考え込んでいたが、パッと顔を上げた。
「……魔晶の特性が酒精に溶けるってこと?」
「……」
この製法は、魔櫃病の治療にしか使われない。その為、ルザになら製法も『なぜそれで治るのか』も全部教えても構わないのだが、ルザのそのあまりにも鋭い思考能力に少しゾッとした。
魔晶の特性。それは、『生物の意思に反応し、周囲の外魔力を体内魔力の性質に変化させる』というものである。
体内魔力を持つ生物が魔法陣に魔力固体をぶつける行為は、意思をぶつける行為に等しい。そのため、魔法陣の素材である魔晶が反応し、周囲の外魔力を吸収、体内魔力に変換して放出。即座に魔力固体となり、魔法陣へと刻まれた神代言語に込められる意思が魔法となって発動する……というプロセスだ。
ちなみに魔力固体じゃなくても、俺のように体外に体内魔力のまま放出して魔法陣に触れても反応する。
この世界でそこまで細かく把握されてはいないはず。精々、『魔法陣にしたら魔法が発動する特性を持つ』程度のものだろう。
だがルザは、俺のその反応を見て目を輝かせながら言葉を続ける。
「最後に魔晶を捨てるってことは、魔晶を使う理由が酒精に移動したってことになる。酒精が強いほどいいならそういうことだよね。ああ、魔晶を溶かした酒精を含む液体でも魔法陣が書けるってことか。……でも酒精って長持ちしないから現実的じゃないね。体内に取り込む理由と魔晶液で魔法陣を描ける理由、多分繋がってる。なんで溶かして魔法陣にすると魔法が発動するのか、その原理の細かい部分は長年謎だったけど、もしかしてそれで解明されるんじゃない?」
「……すごいね」
「あは、ありがと。それを体内に取り込んで魔櫃病に効くってことは、魔晶は体内魔力に対して何らかの影響を及ぼすってことだよね。……いや、魔法陣にして魔法が発動するってことは……魔晶自体が体内魔力を発している?人間の体内魔力に反応して、追加で体内魔力を生成……だとすれば……」
俺に向けて話していたかと思えば、俯きブツブツと呟き始めるルザ。
「……うん、面白そうだね。思ったより結果から入っちゃったのが気に入らないけど、色々研究の余地がある。……けど、これ誰か先に研究してるんじゃないの?私が横から奪って大丈夫?」
「だいじょうぶ。まだはじまってないけんきゅうだから」
魔櫃病の薬はオネネヴが作る。そういう原作の流れ。
だが、今の俺の行動で全ては変化した。
原作に名前も出てこなかった優秀な魔法師が、不治の病を治す薬を発明する。
必ずや、歴史に名を残すことになるだろう。
原作の流れはもう戻らず、今も俺の脳内では「本当にこれでよかったのか」という考えがグルグルと巡っている。
しかし、心はとても軽かった。
俺の意思で原作の流れを変え。
俺の意思で家族を救う。
原作者として……桜庭恵一としての人生ではなく。
家族を愛する、ひとりの人間。アイロツィとして、この世界を生きていく。
そう決めたのだから。




