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原作者の異世界降臨~大人気アニメの世界に転生したけど、原作者だから今後の展開は読めます~  作者: 初凪 旭
葛藤

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022.蝶の羽搏き

 その死体は、棺に納める事も出ぬ。

 発症すれば致死。

 罹れば櫃に入れられる。

 人はその病を――『魔櫃病(まひつびょう)』と呼んだ。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 「残念ですが……」



 すぅすぅと寝息を立てるオネネヴ。その傍らに立つ、見覚えのない神官はそう囁いた。

 ジレフは口に手を当て、声も出さずに泣き……ラカクは、口の端から血が滲む程に噛み締め、握った拳は細かく震えている。

 

 『魔力が出せない』。ルザは昼間に聞いたその言葉をすぐにジレフに伝え、その夜にこうして神官からの診断を受ける運びとなった。どうか、別の原因であってくれ、と願いながらだったのだろう。

 俺の内心も、たった今までは平静を保てていた。神官が首を横に振る、その瞬間までは。


 俺が生まれて半年の時、ラギツェヴニ司教から『魔力の乱れやすい体質』と診断を受けた。魔力の乱れとは、即ち体内魔力の勝手な性質変化。魔櫃病はその体質を持つ者が罹りやすいのだ。アイロツィがそうであったという設定を直接書いてはいないが、現実になった際の補完だろう。

 性質変化した魔力が溜まり、硬化さえしなければ魔櫃病に罹ることはない。体内魔力の直接操作さえできれば、完全に予防が出来る。だからこそ俺は体内魔力の操作を始めた。


 その時、ラカクが放った言葉。『オネネヴも癖があると言われた』……と。

 考えてもいなかった。オネネヴはこの世界を生き、原作にも登場するキャラクターなのだから、その言葉に重みがあるなんて。



 オネネヴが魔力の病に罹る設定は存在しない。

 六神の祝福、魔法の行使、魔力の操作。魔力の病の予防策の内、2つをオネネヴは満たしているのだ。魔力操作よりも不確実とはいえ、六神の祝福だけであった原作ですら魔力の病に罹患していない。


 

 いや。寧ろ、魔法の行使という原作に無かった行動が引き起こした結果ではないだろうか?

 原作では動かなかった魔力が動き、刺激され……本来なら予防となるそれが、引き金になったのだとしたら?

 否。だとしたら、ではない。

 確実に、そうなのだ。



 オネネヴが魔櫃病に罹ったのは、俺の浅はかな生存欲求によるバタフライエフェクトだ。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 魔櫃病の進行は、個人によって大きく差が出る。

 オネネヴが魔法をあまり使わなくなったのが初期症状の顕れだったのだとしたら、既に1年以上経過している。

 幼少より鍛錬を欠かさなかったオネネヴが、昨日は激しく息切れを起こしていた。


 魔櫃病の症状が肉体を蝕んでいる証拠であり――同時に、もうオネネヴの命がそう長くはないことを示している。



「どうしたの、アイロツィ?」


「おねぇちゃん……なんでもないよ」



 両親はまだ、オネネヴに伝えていない。

 両親が伝えていないのに、俺から伝えることもしない。

 ……できる訳がない。



「ふふ、じゃあ行ってくるね」


「うん。きをつけて」



 俺に手を振り、オネネヴは学校へ向かう。

 オネネヴのその後ろ姿が見えなくなるまで見送り……背後の我が家から、突如として大きな物音が響いた。


 何事かと家の中に戻れば、丁度ラカクが執務室から出てきていた。

 いつにも増して無表情だが、その左拳は裂け、血が垂れている。


 音を聞いて駆け付けたジレフも、夜通し泣いていたのか目元が赤く腫れていた。

 三者の間に重い空気が漂う。



「……すまん」


「あなた……謝らないで……っ」



 ジレフは懐から取り出したハンカチでラカクの拳を包む。

 純白の布は、血で赤く染まっていく。

 その様を見たジレフは、尚もこみ上げてくる感情に涙を止めることが出来ないでいた。

 空いた右腕でジレフを抱きしめるラカクもまた、涙を堪えるように歯を食いしばっている。

 

 俺は。

 俺は何をしていたのだろうか。


 やけに冷えた頭で思案する。

 家族を悲しめないように生きる覚悟をして、原作の改変を最小限に留めるだなんて誓って。

 それすらも諦めて、記憶の改竄なんていう手を使おうとして。

 結果、何の因果かこうしてオネネヴは魔櫃病に罹り、家族は苦しんでいる。


 息が浅い。視界がぼやける。知らず流れた涙は、頬を伝って床に落ちた。

 立っているだけでグラグラと体が揺れているのが分かる。鼓動がうるさい。吐き気がする。


 全部俺が悪い。

 俺が生きようとしたから、姉は死ぬ。

 俺が魔櫃病を創ったから、姉は死ぬ。






「治せないの?」



 庭の東屋で、ルザと2人座る。あの日と同じようで、少し俺の目線が高くなった景色。

 父と母が2人で藁にも縋る思いで六神教の神殿に向かったその間、何故か見守り役としてルザが呼ばれた。

 こう何度も呼ばれているということは、ジレフかラカクのどちらかと親交が厚い可能性が高い。だが、今はそんなことはどうでもいい。



「むりだよ。まひつびょうは治らないって、知ってるでしょ」


「そりゃあ、知ってるけど……ほら、君はさ……?」



 一度周りを見渡し、話が聞こえる位置に使用人が居ないことを確認したルザは、小声で俺に聞いてくる。



「それでも、むり。たにんのたいないまりょくにかいにゅうしても、へんしつこうかしたまりょくはくずせない」


「他人の体内魔力に介入……じゃなくて」



 意思を流すだけの記憶改竄とは異なり、他人の体内魔力を変質させる行為は文字通りの神業。

 失敗すれば、オネネヴは思考能力の一切を失い即死する可能性もある。


 ルザは、静かに首を横に振る。



「未来でも魔櫃病は不治の病なの?」


「みらいでは……」



 未来では。

 オネネヴが、魔櫃病を『発症後に治せる薬』を開発する。

 だからこそ、俺は原作に従ってオネネヴに行動してほしかった。


 ――そうだ。

 治せるのだ、魔櫃病は。


 例え原作者としての俺が拒んだとしても。



「……ねぇ、るざ」


「なに?」


「れきしに名をのこしてっていわれたら、どうする?」


 

 この世界に生きる『アイロツィ』なら、こうする。

 

 ここが。この瞬間こそが。

 アイロツィの人生の、オネネヴの人生の。

 この世界の、分水嶺だ。

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