019.ルザのお気持ち表明
ルザの冷え切った瞳は、嘘だったかのように一瞬で感情を取り戻した。
やはり、己が努力してきた土台を階段飛ばしで突き進む幼い才能に、嫉妬の感情が湧くものなのだろうか。
オネネヴは凄いと褒め称え、ルザもそれに追従するように天才だと口を揃える。
オネゥケプは、いつものような無表情の中に照れを交えて、髪先を指で弄った。
「よし、今日はここまでにしよっか」
「はい!今日もありがとうございました!」
「ありがとうございました」
いつもより早いが、ルザが魔法の勉強の終わりを告げる。
思いのほかオネゥケプの魔法の習得が早いので、それに伴って切り上げたのだろう。
今日の勉強が終わったことを察したジレフが、俺たちの前まで歩いてくる。
「ルザさん、今日もお疲れ様……と言いたいのだけれど、私これから用事があるの。残りの使用人が来るまで、もう少し子供たちと遊んであげてくれないかしら?」
「ジレフさん……もちろん、問題ありませんよ。お子様方は私が見させていただきます」
「ふふ、ルザさんなら安心だわ。それじゃあオイリシュア、行きましょう」
「はい、奥様」
何の用事かは知らないが、使用人が来るまでということは少なくとも夕方までは帰ってこないのだろう。
ちなみにうちの使用人は、早朝から昼過ぎ、昼前から夕方、夕方から夜の3交代で勤務している。
要塞町に居るラカクの所にでも行くのかな?明日ラカクと一緒に帰って来る可能性もある。
なにはともあれ、現状この家に居るのは夕飯の仕込みをしている料理人と、俺とオネネヴとオネゥケプ、それにルザだけになる。
貴族の子息を完全に預けた形になるのだ、ルザがどれだけラカクやジレフからの信用を勝ち得ているかが理解できる。
そしてその本性を知っているだけに、俺は背筋が凍る思いをした。
「ははうえ、ぼくも」
「アイロツィ、おねえちゃんたちとお留守番しててね?」
メイドのオイリシュアと共に馬車へ向かおうとするジレフを呼び止めるも、その策は虚しく散ってしまう。
悲しいかな、有無を言わさずジレフは立ち去ってしまった。
「オネネヴちゃんとオネゥケプちゃんは、遊んでてもいいよ。アイロツィ君は私が見ておくから」
「いいの?」
「もちろん。あ、庭の外に出ちゃダメだからね」
「わかった!いこ、オネゥケプっ!」
「うん」
初手でオネネヴ達を遠ざけ、俺と2人で庭に残るルザ。
嫌な予感しかしない。ルザの顔を見たくない……などと思っていると、後ろから脇の下を持たれ、抱きかかえられる。
「軽っ」
「……はなして、ひとさらい」
「東屋に移動するだけだよ。お姉さんとお話ししましょうね」
「へんたい、いきおく――」
「全部バラされたくなかったらそれ以上言わない方がいいかも」
顔を見ていないのにゾッとして、口を噤む。やっぱりちょっと気にしてたんだ。
にしても軽々と持ち上げる。鍛冶屋の娘だから筋肉もあるのだろうか?2歳半なら軽くはないだろ。10kgはあるはず。
それに魔法師団の制服の上からだと見るだけではわからなかったが、意外と胸が大きい。抱きかかえられると背中にその感触があり、少し気恥ずかしくなった。
そういえば家族と使用人以外に抱きかかえられるの、初めてだ。
顔も美形なのに、なんで結婚できないんだろう。
理由は単純、性格が悪い!……口に出したら子供の姿でも殴られそうだ。
俺は椅子に座らされ、ルザはその隣に座る。
机に肩肘を突き、俺の目を真っすぐに見つめてきた。
「アイロツィ君さぁ、魔神とは本当に無関係?」
「なに、きゅうに」
「大事なこと」
「……うん。むかんけい」
いつになく真剣な瞳。思わず背筋が伸びる。
「魔力を動かせるのに?」
「……わかるの?」
「いや?ラカクさんに聞いただけ」
ビックリした。ルザも魔力の観測魔法が使えるのかと思った。
あの魔法は六神教の神官にしか伝えられていない魔法だから、ルザが知っていた場合色々と問題がある。魔力の操作がバレているなら俺には関係ないが、ルザは投獄されるかもな。
いや、ラカクも息子のそんな情報を知らせてどうするんだ……と思ったけど、優秀な魔法師に監視させたかったとか?
そう考えれば辻褄は合う。結局ルザは己の研究の為ラカクに隠しているので、人選ミスではあるが。
「うごかせるけど、まじんはかんけいない」
「うーん……嘘じゃないけど、なんか隠してるんだよなぁ」
「るざも、なんでそんなにするどいの」
「ん?皆わかりやすすぎるだけじゃない?」
「えぇ……」
何かカラクリがあるのかと思ったら、とんでもない観察眼を持っているだけだった。
魔法を使っていると言われた方がまだ納得できる。ポリグラフ的な。
まぁ、この世界は嘘発見器が開発されるような医学の発展の仕方はしていないんだけど。
「ていうかさ、魔神が関係ないなら、私にも動かせるってことだよね?教えて?」
「むりだよ」
「なんで?」
「どうやってうごかしてるか、せつめいできない」
嘘だ。説明できる。
理論も俺が創った。だが、ここは嘘だと悟られてはいけない部分だ。
ルザに言われたように、演技をする。嘘を吐いていないと。
感覚でやっているだけだから、人には教えられないと信じさせる。
どうせ後に広まる手法ではあるが、今ではない。
広めるのは、俺であってはいけないのだ。
「……あっそ、感覚でやってるってことね。あーあ、なんか腹立ってきた」
「……なんで」
露骨に機嫌が悪くなるルザ。
その目は、先ほどオネゥケプが無詠唱魔法を使った時と同じくらい冷え切っている。
俺に対してその態度は隠さない。まるで虫ケラでも見るかのようなその瞳に、心の奥が恐怖を覚える。
「努力を要さない魔法の天才って嫌いなんだよね。過程を無視して結果を出してくるから。過程の美しさを理解していないの」
「……」
俺は天才なんかじゃない。ただ、知っている事をやっているだけだ。
例えるならそれは、問題の答えを書き写しているに等しい行為。
「オネネヴちゃんは良いね、努力が実る才能。教え甲斐のある子だよ。魔法師目指せばいいのに」
「……」
「オネゥケプちゃん、『闇の神の注目』だっけ?卑怯だよね、あんなの」
「……」
「あーあ、『神の注目』ってなんなんだろう。なんであんなに魔力の使い方が上手くなるんだろうなぁ」
居た堪れない。原稿を読んだ編集者に、ダメ出しを食らっている気分だ。
魔力に関することは全て俺が設定したことだし、六神の注目がなぜ魔力に影響を及ぼすかも、全て知っている。
愚痴を零すルザから視線を外しながら聞いていたら、ふとルザがこちらを見つめていることに気付いた。
ニヤリ、と口元を歪めるルザ。
強烈な嫌な予感。
「何をそんなに動揺しているのかな?」
俺の心は、大きく揺らぐ。




