018.子供の成長は早い
オネゥケプの誕生日が過ぎていることに気が付いたのは、あれから3ヶ月も経過してからのことであった。
その時は思わず「あっ!」と声を出してしまい、ジレフを驚かせてしまったが……過ぎてしまったことは仕方がない。
まだオネゥケプにとって俺はただの友達の弟だし、これからもその関係が変わることはないと思っている。
ただ、原作に登場するキャラクターの中で、俺と仲が良くてもおかしくない立ち位置なのだ。
故に関われる時に関わっておきたいだけ。……つまりは、オタク心という奴である。
「にあってる?」
「にあってる!えへへ」
「よかった。うれしい」
オネゥケプの髪を飾る、水色のリボン。
オネネヴの深緑色のリボンとデザインが似ているから、オネネヴが贈ったのだろう。
原作でもアニメでも見ることがない、2人の幼少期ポニーテールとかいうレアな姿に思わず拝んでしまう。
そんな俺の姿をあからさまにドン引きした表情で見てくるルザに気付いたので、何事もなかったかのように居直った。
オネゥケプと仲良くなっておきたい俺の内情とは裏腹に、オネゥケプは俺を露骨に避ける。
あまり目も合わないし、話しかけられたこともない。親友と言っても差し支えない友達の弟に対する態度としては中々酷いものだが、7歳くらいの女の子ならこんなものだろう。
オネゥケプは一人っ子なので、年下の扱いが下手なだけだ。そもそも人間関係で不器用な性格という設定なのだから、おかしくはない。
決して、毎度毎度魔法の勉強のたびに近くにやって来る気持ち悪い男とは思われていない筈だ。
俺はまだ幼い子供。何をしてもギリギリ許される。多分。
話しかけることはしないけど、なんて思いながら今日も2人を近くで見守っていると、ルザに小さな声で話しかけられた。
「なんか今日の君、おかしいよ?」
「なんで?」
「いや……なんか気持ち悪い」
失礼な。
ルザは尚も困惑した顔で、小声で会話を続ける。相変わらず人間の視線に敏感なようで、丁度母ジレフも退席しているタイミングだ。
「前は魔法と魔力への興味が隠しきれてない不気味な感じだったけどさ、今日の君……王都の踊り子見てるおじさんみたいな顔してるよ」
「たとえがわかりにくい」
「めちゃくちゃ気持ち悪いってこと。折角ラカクさんとイエル司教に上手いこと言ったのに、また疑われるよ」
「なにもしてないよ」
「演技は前より上手くなったのに、なんかなぁ……」
ルザは俺に対して、完全に子供ではない前提で話してくる。
約束は守っているようで、俺の態度が不審でもラカクに報告はせず、内緒にしてくれている。お陰でラカクから厳しい目線を向けられることはほとんどないので、一応は感謝しているのだ。
それに、俺が気ままに話せる唯一の人物でもある。研究に付き合うとは言っても、この家でしか会えない今の内は何もできないので、俺にとってデメリットが存在しない。故に、暫くは心の緩衝材として遠慮なく使わせてもらうことにしたのだ。
ルザもルザで本性を隠しているので、お互い様である。
「ねぇ、やっぱり魔神の眷属の生まれ変わりとかじゃないの?」
「ちがうし、ぜんぶどうでもいいっていったじゃん」
「そうだけどさぁ……」
「あたまがいいだけ。てんさいじなんだよね」
「うわ、むかつく。詠唱もできないくせに」
「したがまわらないだけだし」
原作に姿が登場しない者同士の、なんでもないただのやり取り。
異様に鋭いルザの前で、無駄に隠す方が疲れてしまう。
魔神の眷属の生まれ変わりじゃないのは事実だし、この世界の設定を創り上げた原作者だなんて言っても信じられないようなことはバレないだろう。
そもそも俺が言われたのは研究に付き合うという話だけ。俺の知識を差し上げる約束まではしていないので、黙っていればいい話なのだ。
「せんせい」
「……ん?オネゥケプちゃん、どうしたの?」
ルザの表情が柔らかくなったと思ったら、オネゥケプが近くまで来ていた。
相変わらず人の視線に聡い女性だ。
「むえいしょうまほう、れんしゅうしたい」
「あー、そうだね。オネゥケプちゃんはそろそろいいかも」
「せんせい!」
「オネネヴちゃんは、もっと魔法が上手になったらだね」
「んーん!ちがうの!」
オネゥケプは流石『闇の神の注目』を受けているだけあって、この半年間で目覚ましいほどの成長を遂げた。
詠唱自体はどうしても舌足らずになってしまうものの、覚えているので一人でも発動できるようになっている。
それ以上に、魔力固体の形状を変化させるのがとても上手なのだ。
魔力固体を形成して、瞬時に正四面体へと変化させる。その速度も形も、ルザが求める基準に達しているのだろう。
オネネヴは、詠唱に関してはオネゥケプと同じ水準だが、魔力固体の形成に難がある。これに関してはオネゥケプの成長が異常なのだ。
この年頃なら友達と自分を比べて嫌な気持ちになりそうなものだが、オネネヴは根明である。
己の成長とオネゥケプの成長を別物と考え、オネゥケプの成長を喜べる。そんな心優しい姉なのだ。
「まほうをつかわれても、剣でたおせるようになりたい!」
「あ、オネネヴちゃんは聖騎士を目指しているんだもんね」
「うん!」
やはりどれだけ魔法を習っても、根底にあるのは聖騎士への強い憧れ。
本に登場する英雄のように、魔法を斬り魔族を打ち倒す。そんな姿を夢見ているのだろう。
「んー……じゃあ、戦う練習をしてもいいかお父さんに聞いてみるから、それからだね」
「うん!わかった!」
「オネゥケプちゃんは、どうして無詠唱魔法が使えるようになりたいの?」
「……せんせいが、かっこいいから」
魔法を使ってくる相手を倒す練習なら、魔法を用いた模擬戦が必要になる。
とはいえ、相当攻撃的な魔法を使わない限りはラカクも許可を出すだろう。
オネゥケプの純粋な一言に感極まったかのように、ルザはオネゥケプを抱きしめる。
んぎゅ、と声にならない声を挙げながらも、オネゥケプは成すがままに抱きしめられていた。おいルザ、羨ましすぎるぞ。代われ。
「オネゥケプちゃん、最初も言ったように、無詠唱の魔法は危ないから、ちょっとずつ勉強しようね」
「うん」
「じゃあ、早速無詠唱の魔法を練習しよっか。オネネヴちゃんには悪いけど、今はまだ真似しないでね?」
「わかった!」
「よろしいっ!それじゃあ……そうだね、オネゥケプちゃん。一番慣れている詠唱魔法はなに?」
オネネヴは素直に頷く。ダメと言われたらやらないのは、この年頃にしてはかなり理性的で賢いだろう。
「ん、みずのたまをつくるやつ。みじかいからなれてる」
「うんうん。無詠唱魔法ってのは、頭の中で魔力固体がどんなふうに魔法に変化するかを想像して出来上がるものなんだ」
「うん」
「試しに、水球生成の魔法を詠唱した時に起こった変化をゆっくり想像してみて?危なかったら止めるから」
「……ん」
オネゥケプは少し考えて、目を瞑る。
突き出した右手の先に出来た魔力固体は、今までの成果を象徴するが如く即座に正四面体へと形状を変化させる。
浮かんでいた魔力固体は、次第に青くなり……球へと形を変え、そして水の球となる。
初めて詠唱した時よりも、綺麗な形で空中に留まる水の球。
初めての無詠唱魔法とは思えないほどの完成度。
思わず拍手したくなる気持ちを抑え、ルザの様子を伺う。さぞや驚いていることだろう、と。
確かに、ルザの顔は驚きに満ちていた。
どこか――冷えたような目つきをして。




