第38話 私だってリゾルート
いつも私は妹と比べられました。
それもそうでしょう。歳が三つばかり違うだけでそっくりな顔に声も似ています。
なのに私はただの神子見習いで、妹はこの国の神子なのです。
歌も声も、私はどこが妹に劣っていたのでしょうか。
どうか神様お教えください、どうして私ではなく妹があなた様に選ばれたのでしょうか。
どうして私ではダメだったのでしょうか。
このまま、神子様が見つからなければ良いのに。
そうすれば、私の妹が帰ってくるかもしれないのに。
そうすれば私が選ばれるかもしれないのに。
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大きく息を吐きながら扉に背中をつけるようにその場にズルズルとしゃがみこみます。
この部屋に入ってどれだけの時間がたったのか分かりません。両腕も痺れましたし足も覚束無いほど頑張りました。それでもこの部屋から出られそうにない状況に少しだけため息が出てしまうのです。
そんな私を心配してくれているのか足元にいる海龍様が頭を擦り付けてきます。その頭をそっと撫でながらまた一つため息を吐きます。
大丈夫ですよも、ありがとうございますも、一言も声に出せないなんて自分が惨めなのです。
昨日までは声を出さないことが当たり前だったのに、一日も経っていない今ではそれを苦痛だと感じてしまうのです。
海龍様の顎をくすぐるように撫でると気持ち良さそうに喉を鳴らしています。目を細めて体を少し震わせていて、なんて可愛いのでしょう。自分の今の状況も忘れてしまえるくらいに海龍様が可愛いのです。
あ、そうか。今更気が付いたのです。私は昨日までたった独りで、そもそもお喋りをする相手なんかいなかったから。だから、声を出せなくても大丈夫だったのです。
本当にここに海龍様がいてくれて良かったと心の底から思いました。言葉を交わすことができなくても1人じゃないだけで全然怖くないのです。
まだほんの少し痛む頬をさすりながら立ち上がります。休憩している暇なんかないのです。
ラルカルト様が私をここから出られなくしたのも、私の頬を打ったことも、きっと何か意味があるのでしょう。でも私は頭が良くないので言葉にしてくれないとわからないのです。
私は確かにこの国の神子で、大事な役割をいただいた唯一の人魚でしょう。ですが神子が自由を求めてはいけないなど、誰も言ってはいないはずなのです。
私はただ、広い空の下で、広い海の中で、目一杯にお歌を歌いたいだけなのです!
グッと右拳を胸の前で力を込めます。私は第二大陸ポセイドンの神子、リュケ・メガプテラ。この大陸で唯一、神様のお声を聞く者なのです!
自分の周りを漂うように青い靄のようなものが一瞬出た気がしましたが気のせいだったのでしょうか。自分の体を捻って見て見ますが目に見える範囲では何も無いのです。海龍様を見ると上機嫌そうに見えたのでそれで良いことにしました。
それにしても…大変なことになっている部屋は見ないようにして、これからの作戦を考えなくては。
今試したのは扉の破壊ですが部屋にある椅子や石板などの私が持ち上げられて扉にぶつけられる物は大体壊れました。思ったより扉は頑丈なようです。
海龍様も私の背丈ほどに大きくなって体当たりをしてくれましたが、痛そうな音が響いたので流石に一回で止めました。
ぐちゃぐちゃになった部屋を見てまたため息をつきます。部屋に窓の一つでもあればよいのですが、ここは皇江の帝宮、最深部。そもそも窓はありませんし、窓があっても外は水が広がるばかりでとてもどうにかできるものでもありません。
扉は鋼鉄製ですし扉にはラルカルト様が開かないように魔法をかけています。いっそ海龍様に元のサイズに戻ってもらえばお部屋を壊せるでしょうか。
…部屋を壊す?そうなのです!わざわざ扉を壊すよりもきっと壁を壊す方がまだ可能性があるのではないでしょうか!
部屋のあちこちを触ってなんとか確認します。魔力を読むのはあまり得意ではないのですが、おそらく扉以外には魔法がかかっていません。これならただの岩壁なのです!早速海龍様になんとか伝えなければ。
身振り手振りでは時間がかかりましたが壁を壊したい思いは伝わったみたいです。キュウ!と可愛らしく鳴いた後に今度は海龍様がなにかを伝えようとしてきます。言葉ではないので全然わかりません。
キュウキュウ鳴きながら頭を両手で抱えるように抑えています。頭が痛いのでしょうか?
私に伝わってないのがわかったのか、今度は部屋の隅に行って頭を抱えて縮こまっています。ふふ、なんだか可愛いのです。
…あ!ようやくわかったのです!私はひっくり返った石製の机を何とか部屋の隅に引き摺っていって、それを楯に小さく丸まりました。
それを見た海龍様は満足げに頷くと部屋一杯の大きさになりました。やはり体を守るように隠れて欲しいで合っていたようなのです。本当に海龍様は頭が良いのです。
一頻り関心していると、部屋を揺らすような轟音ととんでもない揺れが身体を襲って一瞬意識が遠くなりました。
目の端でかろうじて見えたのは、口から水の塊を吐き出す海龍様のお姿でした。
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一通りサーシャの身体を見たが怪我らしいものもないので話を進める。海の神子も奪われたままでおそらく国丸ごとに敵認定された今はどう考えてもこちらが劣勢だろう。
なんとも腹立たしい話だ。俺らが何をしたっていうんだ。この国の神子を拐っただけだってのに。
「で、マイラス。こっからはどうすんだ?もう全部放って帰った方が早くねぇか?」
面倒臭そうな姿を隠そうともせずに手を顔の前で振りながらイヌが言う。あーあー、下手な発言はやめた方がいいと思うぞ…。ほら、サーシャとおまけにキツネまで射殺しそうな目で見てる。
「そうしたいのは山々なんだがこっちにも色々事情があってな。それにお姫様のご要望は叶えてやるのが 犬の役割だろ。」
自分用にキツネが用意してくれた茶を啜りながら言うと、う゛っと小さく唸り声を上げたイヌはそのまま大人しくなる。お前はお前でそっちのお姫様にそりゃあもうかなり振り回されているもんな。何を思い出したのかは知らないが。
「こっちはただ海の神子様と“お話“がしたいだけだ。だが初めの会合も偽物を寄越された挙句に、完全に悪役に据えられた。そしてあろうことか大地の神子様を偽物呼ばわりときたもんだ。ここまでされた俺たちがやり返す事になんの問題もないと思わないか?」
おお、珍しくサーシャが力強く頷いて賛同してくれている。サーシャなりに何か思うことでもあったのかもしれない。ただその表情からは不安が拭い切れていない。
「それではどういたしますか?初めの作戦である我らが悪役になるのはもはや意味を成さない気がいたしますが。」
ズッと音を立てながら優雅に茶を啜るキツネが冷静に話を進める。ここまで俺たちを本物の悪役に立てられてしまったら何を言っても何をやっても意味はないだろうな。
「…そういえば、さっき皇江に神子を取り戻しに言った時に変な奴が二人いた。そいつらに邪魔されたせいでうまく神子に接触すらできなかった。そんで2人とも、恐らくかなりの手練れだったな。」
あの女の方は人魚ではなかった。…人間ですらない、あれは人工的に作られた魔法生物だ。もしかしたら作られたあの女自体自分の正体を知らないかもしれないほどの精巧さ。作られた紛い物の胴体に本物の人間の魂を混ぜ込んだもの。正確な造り方までは分からなかったのが悔やまれる。
ただそれに手を出してしまうのは…人として越えてはいけない線を越えた所業なことは確かだ。
「まず一人目は人魚らしく青い長い髪を三つ編みにした赤いドレスの女。こいつが歌の神子を攫った奴で間違い無いだろうな。見た目は魚人族だが恐らく人間ですらない。この女は魔力で成形したナイフで体術を使う。かなりしつこいから出会ったら諦めて戦った方がいい。しつこいがお前らならなんとかできるだろう。」
あの女は身体が精巧な分、弱点は普通の人間と変わらない。こいつらもそれなりに手が立つし、最悪相手の命を奪えばこちらのもんだ。それよりも問題なのが…
「もう一人の男は…正直何も分からなかった。大柄な人魚の男で奇妙な魔法を使う。恐らくユニーク魔法だろう。あの男が魔法を使った後は周囲の空間ごと抉れていた。あいつの間合いに入ったら逃げることだけを考えた方がいい。目の前に来れば簡単に分かるだろうな。血塗れのイカれた奴がいればそいつだ。」
あの男が厄介なのは赤子でも分かる。イカれた奴に関わるなんて俺はごめんだ。それが地下深くの姫君を囲う化け物っていうのはどうかと思うがな。
「なんだよ、俺らでも敵わねぇって言いたいのかよ。」
少々不機嫌そうな顔をしたイヌが突っかかってくる。周囲の空気は読めるといえかなり喧嘩っ早いところはガキだよな。
「ああ、敵わないだろうな。魔法だけじゃなく恵まれた体格から使う体術も恐らくかなりの手練れだ。お前ら二人でかかるならともかく、一人で戦えば怪我じゃすまない。」
俺にはっきり言われたことが予想外だったのか今度は何も言い返さなかった。キツネは経験値が違うからだろう、静かに話を聞きながら茶を飲みつつサーシャの世話を焼いている。
「…マイラス、あのね…リュケさんは大丈夫かな…」
随分静かだと思っていたサーシャが泣き出しそうな顔で声を出した。さっきから不安そうな顔をしていたからそろそろ爆発してもおかしくはないか。
その隣のキツネがサーシャの肩に手を置きながら俺をかなり冷たい目で睨んでいる。お前サーシャのことになると冷静さ失うのどうにかならないのか?
ため息を抑えつつ、もちろん先に助けに行くと言いかけて口を紡ぐ。つい先ほどにさっさと助けに行くと言いながら簡単に逃げ帰ってきたからな。
「…あー、今度はあの女も一緒に連れてく。最悪あの男に出会ってもあいつならなんとか戦えるだろう。」
あの女という言葉を聞いてサーシャの顔が見てわかるほどに明るくなった。お姉さん!と 嬉しそうな顔にやれやれと息を吐く。なんでここまであの女に懐いているのか俺には不思議だ。
「というわけで俺は今からあの女と一緒にもう一度皇江に向かう。キツネはサーシャとここで待機。いつでも俺からの連絡が受け取れるようにしておいてくれ。イヌは…まぁ、自由にしといてくれ。相手に捕まるようなヘマはすんなよ。」
「するわけねぇだろ!」と噛み付く様子を見て元気そうで何より。従順な飼い犬だことで。
じゃ、よろしくと手を上げて俺は転移した。正直今日は転移含め魔法を使いすぎているし、とっくに夜になったこの時間だ。さっさとやる事を終わらせて眠りにつきたいものだ。
「さてと。」
思ったより女がいるおっさん達の洞窟に近かったようで一回の転移で済んで安心しつつ住人を探す。適当に最初に会ったおっさんに女の居場所を聞いた。
「へ?嬢ちゃんはおまいさんと出てったきりだぞ?一緒にいたんじゃないのかい?」
ングっと叫び出しそうになった声を飲み込んでから大きく息を吐く。ホンッットにあいつ碌なことをしねぇ。あいつに渡したネックレスで追跡をしようとしてあいつがそのネックレスをどっかにやってしまっていた事を思い出す。
「どこ行きやがったあの女!!!!」
隠す気もない怒りをぶちまけてから俺はまた外に飛び出した。




