第36番 嵐の前はカルマート
稚魚の頃から自分の言っていることを周りの誰も理解してくれないことが、自分は理解出来なかった。何を口に入れても海水のように味がない。砂のように不味い。
何をしていても感情が動かなければ、周りの生き物全て、魚も怪獣も魚人も人間も全部同じ、動く肉にしか見えなかった。
あれはいつだったか。顔なんぞ思い出せはしないが、自分とは容姿の違う変な肉が自分の口に何かを入れた。その時に初めて感じた美味しさだけがワシがここに残っている理由なのかもしれない。
自分にもこんなことを考える頭が残っていたのかと、真っ赤な視界の中でワシはまた一つのカケラを口に運ぶ。この時だけ。この瞬間だけは、ワシも他の肉と同じ生き物な気がする。
それでも満たない腹を静かにするために、ワシはこの国を使う。腹が減って、腹が減った。ワシは生まれてこのかた、ワシは今でも腹が減っている。
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お姉さんに会いたい。そんな我儘を言っている場合じゃないことくらいサーシャにだってわかる。
でも無性に寂しくて不安で、キツネさんもマイラスもいるのに、お姉さんに会いたい。ギュッて抱きしめて頭を撫でてくれるだけでまた頑張れるから。お姉さんに会いたいな。
こんな事を思ってしまうから自分はまだまだ子供なんだと、サーシャは悔しくなってギュッとキツネさんの手を握り返した。その手に気がついたキツネさんがもう少々の辛抱です、って小さく声をかけてくれる。
マイラスはあたしとキツネさんを逃すためにどこかに行ってしまった。マイラスは強いからすぐに戻ってきてくれるのは分かっているけど、それでもやっぱり心配だよ。
リュケさんもあたしの目の前で消えてしまって、この国の人たちにもきっととっても嫌な思いをさせて、あたしがこの国にいるからこんなことになっちゃったのかな?
みんなはサーシャが小さいからって言っていつも詳しいことは教えてくれない。自分の事を子供扱いしないで欲しいけど、それでもやっぱりあたしは子供なんだってその度に悲しくなる。
早くみんなを守れるくらい大人になりたい。強くなったらこんなに寂しくなることもなくなるかな。
「姫様、大丈夫ですか?」
どこに向かっているかわからない走っている足が止まって、キツネさんがあたしを抱き上げてくれた。あたしはもう息が苦しいのにキツネさんは全然疲れている様子が無くて、それも何だか悔しかった。それでも自分の足で走りたいと思ってしまう自分も嫌だった。
「ここまで離れればしばらくは安全なはずです。ヘビ殿とイヌ殿と合流するまでひとまずここに隠れましょうか。」
あたしの疲れに気がついてくれてるんだろうキツネさんが休ませようとしてくれてるのもわかる。暖かいキツネさんの首元に縋りながら小さく頷く。
自分にはここがもうどこかもわからない。なんだか木がいっぱい生えてて周りがよく見えなくてちょっと不気味だった。
「ねぇ、キツネさん。リュケさん、大丈夫かなぁ。」
キツネさんに聞いても困らせるだけなのに、どうしても不安が耐えられなくて聞いてしまった。ぎゅっと腕に力を込めたらキツネさんはあたしを支える背中の手でポンポン優しく叩いてくれた。
お姉さんとは違うギュッだけど、これもあたしは嫌いじゃない。暖かくて安心する。
「リュケ様も姫様と同じ神子様です。姫様がこんなにも凄いお方なのですからリュケ様も問題ございませんよ。」
んー、それはちょっと違う気がして何だか逆にもやもやしてしまった。キツネさんはいっつもあたしを凄いって言うけど何にも凄くなんてない。
あたしはお姉さんみたいに強くないし、マイラスみたいに何でも知ってて色んな魔法を使えないし、リュケさんみたいに神子の仕事をしている訳じゃない。あたしは弱いもん。
でもキツネさんは笑ってあたしを向き合うように抱っこし直した。
「いいえ、姫様は凄いのです。もちろん神子としてのこともありますが…それ以上にあなた様にしか持っていないものがあるのです。それは目に見える力では無いですし、あなた様が分かるにはまだ時間が足りないかもしれない。ですが、それに救われたから、私はここにいることができるのですよ。」
よくわからない。目に見えない力ってなんなんだろう。キツネさんはたまにこんな風によく分かんない事を言ってくる。でもこういう話をするときは必ずあたしの目を見て話すから嘘はついて無いんだと思う。だからあたしは頷くしかできない。
今はまだどうか私に守らせていただけませんかってキツネさんはあたしの頭を肩に添えるように抱っこし直した。キツネさんはなんだか嬉しそうにあたしを守ってくれるからこれでいいのかな。
そのまま突然、キツネさんがあたしを腕に抱え込むような形に姿勢を変えた。急に緊張した空気が流れて息が出来なくなる。
ガサって草をかき分ける音がしてキツネさんに強く抱きついた。すぐ目の前に誰かがいる。
だけどキツネさんも答えるように私を抱き上げる腕に力を込めてくれるから怖くはなかった。
「…あ?キツネにサーシャか?お前らなんでこんなとこにいんだよ。マイラスはどうした。」
そこから出てきた人の声に自分もキツネさんも力が抜ける。全身に葉っぱとよくわからない汚れで黒くなったイヌくんが草木をかき分けながらでてきた。
「全く、姫様が怖がらないように出てきていただきたい。」
はぁ?いきなり無茶を言うなよと二人で言い合ってるけど空気が軽くなった気がしてサーシャは嬉しかった。
「とりあえず今はヘビ殿を待つのが先です。」
どこか隠れる場所を探しましょう、とキツネさんがイヌくんに今の状況を簡単に説明した。
「急にマイラスに呼ばれたと思ったらこれかよ…またお前らってすぐに意味わかんないことになるよな。とりあえず隠れるならこっちこいよ。」
それだけ言うとイヌくんは草木を分けてどこかに歩いて行ってしまった。キツネさんがあたしを抱っこしたままイヌくんの後に向かうのでお願いして降ろしてもらった。ほんの少しでも自分で何かしたかった。
さっさと先に進んでしまうイヌくんの後ろについて行くとあれだけ茂っていた草木はなくなって崖に辿り着いた。下は海が広がってるだけに見えるけど、ここからどうするんだろう。
そう思っているとイヌくんが当たり前みたいに崖から飛び降りた。驚いて変な声が出ちゃったあたしの頭をため息をついたキツネさんが優しく撫でてくれた。
キツネさんと崖下を覗くと出っ張りのような場所に立っているイヌくんが早く来いよと手を振っていた。
こんな場所よく見つけたなぁって感心したけどそれ以上に怖くて飛び降りる勇気がなかなか出ない。
「これだから獣は…」
キツネさんがまた呆れたようにため息をつくとあたしの体がフワッと浮いた。
「姫様、下をみてはいけませんよ。怖ければ目を瞑っていてください。」
って笑って言ってくれたので安心して頷いた。飛び降りなきゃいけなかったら多分一生無理だった気がする。
「それにしてもこんな場所よく見つけましたね。」
イヌくんが立っていたのは洞窟みたいな場所の入り口で、なんだか蜘蛛の森を思い出すようなポッカリ口を空けた場所だった。
ほんの少しあの場所に帰りたくてキュッと胸が痛くなった。
「ああ、バカ女のいた場所のじーさん連中に聞いたんだよ。この国は昔、崖に穴を掘って住居にしたり牢屋を作ったり活用してたってな。そんな場所が残ってないか探したらそれっぽい場所をいくつか見つけたんでな。その中でも入り口が狭くて中が広い使いやすそうな場所をねぐらにしようとしてたんだよ。」
片付けする前にマイラスに呼ばれたがな、とブツブツ呟きながらイヌくんがマジックバックから何かを出しては並べている。
あたしはキツネさんが手頃な大きさの岩をささっとお掃除して布を敷いてどうぞってしてくれたのでそこに腰掛けた。
何だか変なことになってきちゃったなぁ、と膝に頬杖をついてため息をついた。あたしがもっと神子らしかったらこんなことにはならなかったのかな。
あの人魚のおじいちゃん達が言った「偽物の神子」って言葉が頭から離れない。もしかしたらあたしは神子じゃないのかも。
そんなことを考えていたら胸元の卵がポコポコ跳ねてあたしの胸元を叩いた。そうだよね。あたしが神子じゃなかったらセラシィのことも偽物ってことになっちゃうよね。
手で包むように卵を撫でると小さく震えて卵の動きが止まった。
「さてと、ヘビ殿が戻ってくるまでは下手に動くのは得策ではないでしょう。洞窟に存在希釈の魔法もかけましたし合流まではここで大人しくしていましょうか。」
サーシャとは違い地べたにそのまま座ったキツネさんはどこから出したのか、簡易的なお茶のセットを取り出して場には到底似合わないティータイムの準備を始めた。それを察したイヌくんの方もお菓子らしきものを準備している。
出された紅茶と焼き菓子をちびちび食べながらこの二人もそれなりに変わってるな、とサーシャは今更ながら思った。
「…っと。おー、イヌとも再会できたようで何よ…なんでそんなに寛いでんだよ。」
しばらくして転移で現れたマイラスが各々でのんびりている3人に呆れた声を出すのを「そりゃそっか」と何処か他人事のようにサーシャは思った。




