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第35番 嘘と真の中間地


 帝宮内にいたあの変な男と女のことは気になるが今は何か緊急事態になっているサーシャたちの方が優先だ。連絡を取るよりもさっさと現場に行ったほうが早い。

 止まらないイライラを何とか抑えなければまたサーシャが怖がるかもしれない。転移先はキツネに渡した転移陣を座標に飛ぶので2人の現在地からズレることはないだろう。


 てっきり宿にいるとばかり思っていたのに、転移した先は宿から少し外れた広場のような場所。目に入ったのはそこで周りを幾人もの兵に囲まれて身動きができなくなっている2人だった。

 囲んでいる兵のど真ん中にいきなり現れた俺の存在に、水を打ったような静けさが響く。

 皇江の中に人が極端に少なかったのはこっちの捕物に総動員していたからか。と、景色が見えないほどの人魚が銃口と殺意を飛ばしてくる現実から意識を逸らす。

 一体何の目的で神子様ご一行である俺らを捕まえに来たのやら。


「…おやおや、まさか自ら来ていただけるとは。お待ちしておりましたよニンゲン様。」


 一見和かそうなラルカルトが波を割るように兵を掻き分けて目の前に来る。 ニンゲン なんて呼び方にヒシヒシと嫌味を感じるよ。


「ラルカルト殿、これは一体何事でしょうか。」


 落ち着いた声色でできる限り笑顔で問うてもラルカルトは笑顔のままで何も言わない。     

 そのまましばらく妙な静寂がが続く。自分から話をするのも癪なのでこちらも和やかな笑顔を意識しつつ筋肉野郎の観察をする。解析鑑定はかけた途端にバレてしまうのでできない。目を頼りに上から下まで見ていく。…なんだ、目がおかしい。まるで誰かに洗脳でもされているように虚だ。

 ん?真横にいたサーシャが緊張しているのか俺の服の裾を掴んで来た。その様子に嫉妬したキツネの目線が俺の後頭部らへんにバシバシと当たってくる。やめろ俺は悪くないだろうが。



「…ラルカルト殿、ここに立つお方が我らが大陸の神子様と知っての愚行でしょうか。」


 もうそろそろ話を進めたいのでこちらが折れることにした。滲む怒りを自分の声の冷たさから感じる。

 それに気がついたのか背中で服を掴んでいたサーシャがゆっくり離れて行った。喜んでいるキツネの顔が脳裏に浮かぶな。


「この子供が神子ですと?いやはや舐められたもので。私達を魚如きと思っているのでしょうがそうは行きませぬ。」


 はぁ?何があったのかは知らないがサーシャが神子ではないことになっているらしい。周りの兵達の様子からしても人魚達はラルカルトの言葉を信じて疑ってはいないようだ。

 また面倒なことになったとため息をつく。急にサーシャが神子の力に覚醒してここら一体を焦土にでも変えてくんねぇかなー。


[ヘビ殿、どういたしますか。]


 脳内にキツネの声が響く。声色があまりに嬉しそうなのでサーシャはしっかりキツネにしがみついているらしい。はいはい良かったな。


[キツネはとりあえずサーシャ優先で、まずはこいつらを説得する。ただ無理だった時は逃げることだけ考えてくれ。その時は俺がどうにかこの兵を散らす。その後は犬と合流して待機。]


 御意、と短い返事を聞いて俺はラルカルトに向き直る。俺の顔を見たラルカルトも取り巻きも怪訝な顔をした。

 そのアホそうな顔を見ながら俺はさらに意味深げな表情を浮かべる。


「我らが神子を偽物呼ばわりとは何たる仕打ちでしょう。今一度己が胸に手を置いて考えいただきたい。貴様らが銃口を向ける幼子は第三大陸ガイアを統べる神子様なのですよ。」


 何人かの兵が困惑の表情を浮かべている。だがそれでも強固な態度を崩す者はいない。ここまで強固な意志を持たせているのは…やはり言霊を使っているか。


「皆の者、心を強く持て!騙されてはいけない!我らには本物の、世界一の広さを誇る海原の神子がついている!!」


 ラルカルトの叫びに応える雄叫びの歓声と共にまた兵の波が二つに割れた。

 その中央の場所には白い布に身体を包まれ、長く青い髪を三つ編みに垂らし、無駄な宝石で彩られた人魚が居た。

 下手な小芝居でも見せられてる気分になってきた。神子だからってそんなあからさまな格好しなくても良いだろ。


【 皆さん。私を信じて。この者は神子ではない。我らが同胞を連れ去りし者。私達の敵。 】


 綺麗な声とは裏腹に殺意に満ちた感情が声と共にのしかかる。少し遠くてよく見えないがリュケによく似た顔立ちをしているらしい。それに神子より弱いがそれなりに強い言霊の魔法。

 なるほど、こいつが聞いていたリュケの姉か。ぽやんとしていたリュケとは違い、はっきりした性格なのだろう。偏見の塊で申し訳ないが、悪くいえば女らしい意地の悪さを感じる顔と雰囲気だ。


【 さぁ皆さん。あの者たちを討ち取るのです! 】


 何かの魔法を使っているのか、言霊の威力なのか、響き渡るように神子もどきの声が広がっていく。それに応えるように兵どもが雄叫びを上げた。

 あーあー、うるせぇな全く。お前らが讃える神子もどきをよく見ろよ。これだけの人数の兵を鼓舞するために言霊を使ってかなり限界が近いだろうが。気丈にしていても顔が青白く足も震えている。これ以上言霊を使うのは難しいだろうな。

 はぁ、今日何度目かのため息を吐く。ビシビシと刺さる殺意が俺たちを生きて帰す気のなさを感じさせる。

 雄叫びの嵐の中でもはっきりと聞こえる声で高らかに神子が告げる。


【 撃て!! 】


 それ以上は言霊を使わねぇ方が健康のためにいいと俺は思うがな。砲弾の雨と雄叫びを一瞬で消し去る突風が俺たちを囲って弾けた。


 重なって倒れて自分の状況を何一つ理解できない、波打ち際に溜まる寄せ木の集団が出来上がった。皆揃って口を開けたアホヅラがこっちを向いている様は滑稽だな。弾けるようにしただけで殺傷能力は弱めたから別に大した怪我はしてないだろ?


 さて、そろそろ神子もどきの夢から覚ましてやろう。


 タァん、と俺の手を叩く音が静かな広場に染み渡る。奥で座り込んだ神子もどきが大きく体を震わせた。ただ魔法を使い過ぎによる息切れを起こしているだけかもしれないが。


「あなた方はとんでもないことを致しました。我らが神子様がまさかここまで侮辱されるとは…よほど、命が惜しくないご様子で。」


 神子もどきの声に負けないくらい広場全体に声を広げる。俺のは風魔法の応用だからそんなに難しいことじゃない。

 その声が届いた端から、兵士たちに困惑が広がるのを感じる。これ以上は神子もどきも言霊を出せないだろうことを踏まえて面倒ながら洗脳を解きにかかる。

 本当はこのまま逃げに徹するのが手っ取り早いが、二つの大陸に亀裂を生じさせてノコノコ帰って来ましたなどとどっかの国王にバレた日にはその後が怖いからな。


「ですが我らが神子様は幼くしても御心の広いお方です。ここで謝罪をいただけるならそこまで手酷いことにはならないでしょう。」


 冷静に自分達はあくまで交友関係を壊す気はないことを全面に出す。それでも神子を侮辱されたことを逆手に、どうにか自分達の立場を有力な物にしたい。

 つか誰だよ、神子が偽物なんて意味わからんことを言い出したアホは。偽の神子を名乗って本物の神子に危害を加えるなんざ、神に対し不敬極まりないことこの上ない。そんなヤバい奴なんて俺の知る限り聞いた事ねぇよ。

 次の言葉を話すために大きく吸った息は思いもよらない声で掻き消された。


【 耳を貸すな!正しきは我らが第二大陸の民である!! 】


 ゲッ、嘘だろ。絶対もう声を出せないとたかを括っていたせいで反応が遅れてしまった。声は掠れ、聞こえるか分からないギリギリの声量ではあったが神子もどきが最後の力を振り絞って言霊をぶちまけやがった。

 叫ぶや否や地面に倒れ込むもどきを近くにいた御付きらしい女が抱えるように支える。俺が崩したはずの兵どもの士気が簡単に戻って来た。

 コイツらはなんでここまでして俺らを悪者にしたいのか甚だ疑問だ。


「同胞達よ!しかとその耳で聞き届けたであろう!己の身も顧みず、我らが同胞が悪の手に渡らぬよう必死でお力を使った我らが神を!そんな我らが神子様の勇姿を、貴様らは無駄にするのか!」


 あぁー、もうだめだこれ。ここまで来たら絶対説得出来ねぇ。ラルカルトがだめ押しで叫んだ言葉は揺れる兵士の心を射止めるのには十分すぎる威力があった。こうなってしまえばもう何も耳に届かないだろう。ひとまず撤退あるのみか。


 早々に体制を立て直し始めた兵どもの隙をついて自分達を風の繭の中に閉じ込める。

 3人同時に転移できたら楽だったんだが流石に1日に何度も転移はキツい。しかも3人同時なら目視できる距離くらいが限度だ。俺抜きで2人だけ飛ばすのも可能だが、俺が近くにいない場合は変な所に飛ばしてしまう可能性も高い。

 だったら人魚共を近寄れなくして空を飛んだほうが早い。


 風の繭を保たせたまま俺は空に飛び上がった。キツネには思念でじっとしているように指示を出したので動くことは無いだろう。

 風の繭なんて派手なもの誰でも目を離さない。俺はそのまま飛行してできる限り広場から離れていく。

 第二大陸の民は水と音に適応しやすいが風を扱うことは下手だ。飛んで追いつかれることはまず無いだろうが、下手なところに降りれば走って追いかけている地面のやつらも巻き込んでしまう。それで蹴散らすのが一番簡単だが、いろんなやつに怒られそうなので自重しよう。

 あー、面倒だな。このまま高く飛んで逃げてやろうかな。生来の面倒臭がりが出たあたりでようやく海辺に辿り着いた。

 こんだけ遠い距離を飛んだのに三分の一は必死で着いて来た事に半分呆れる。風の繭に魔水銃が効かないと分かったあたりでさっさと諦めりゃいいのに。

 あ。その追いかけて来た連中の中にラルカルトがいることに気がついて正直驚く。年を食っていても体に付いた筋肉は飾りではなかったらしい。

 

「よ、ようやく、観念、し、たかっ、この、ニンゲンめっ!」


 海上で止まった俺にラルカルトが噛み付いてくる。全力で走ったせいか乱れまくった髪に髭に…息切れしながら叫ばれても圧も何も感じないな。

 ゾロゾロと集まる人魚どもは抵抗もなく海に入って来て、そのまま素早く俺の風の繭を中心に取り囲んだ。どいつもコイツもゼェゼェと息をしてる癖によく頑張るよなぁ。

 全員が隊列を組み直し銃を構える所まで律儀に待ってやった優しい俺はようやく風の繭を解く。風が無くなって俺を視認できた奴から驚きと戸惑いの息が広がる。


「な、き、貴様!他の二人はどこへやった!!まさか囮になっていたのか⁈」


 どこにも何も最初からあいつらは動かしてねーっての。そろそろキツネがサーシャと逃げ切った頃だろうと思ったから俺は風魔法を解いただけだ。俺があいつらにかけた認識阻害の魔法は中々なものだっただろう?

 それに俺を囮にしたつもりもない。あいつらが邪魔だったから俺一人になっただけの話。

 ニヤリと口元を曲げた俺を見て何人かの人魚どもが怯んだ。さぁて、ここにはサーシャも民間人もいないからなぁ。


「お前ら、ちゃんと自分らがやらかした事を、身を持って知れるといいな。」


俺は思いっきり周囲に風魔法をぶち込んだ。


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