第34話 みんなアジタート
リーダーに殴られて自分の部屋で目が覚めて、それからプラティと結構長い事話をしていた気がする。俺もプラティもポツポツと自分のことを話しては黙って、そんな空間が不思議と嫌じゃなかった。
暫くして部屋の外が騒がしくなった。急に騒がしくなる事は日常の事なので別段気にしてはない。自警団の連中は色々なツテを張り巡らせていて国内で人攫いの兆候があればすぐに動けるようにしているからだ。
「ちょっと待ってろ。」
プラティに声をかけて俺もいつでも出られる準備をする。自警団は毎年増えては減るを繰り返していて常時この砦にいるのは30人にも満たないくらいの人数だ。その中でも俺は最年少のガキなんだが。
それと国中に散らばった協力者の人数は100とも1000とも言われていて俺は詳しく知らない。
リーダーのアホに殴られた腹が少し疼くが動くのに支障は無さそうだ。いつものように帽子と上着を羽織って自分の銃と共に扉に手をかけたところで先にドアが勝手に開いた。目の前にはリーダーの野郎が立っている。
「なんだよ。」
押し退けて出ていこうとしたがリーダーは動くこともなく、室内に目を走らせると鼻で笑った。
「女を連れ込んで乳繰り合いでもしていたか。ただのガキが偉くなったもんだな。」
カッと一気に頭に登った熱をそのままぶつけるように拳を叩きつけた。いつも俺のことを全部知ってると言いたげな態度に腹が立って腹が立って、今日は一段と怒りが強かった。
ただそんな俺の怒りは簡単にいなされて殴りかかった体勢は簡単に崩れ落ちた。そのまま地面に叩き伏せられたことに気がついた時には思わず悔し紛れの歯軋りをする。物理的な力は自分も強くなっているはずなのにいつまでもリーダーに勝てたことがない。
それもまた訳のわからない苛立ちに変わった。
「なんなんだよあんた!俺をいつまでもガキ扱いしてんじゃねーよ!!」
立ち上がってまた殴りかかろうとしたが自分にはもはや興味も無いと言いたげにリーダーは視線も合さず踵を返す。
「リーダーへの謀反は重罪だ。当分謹慎を言い渡す。この部屋から用もなく出たら除隊だと思え。」
はぁ⁈ふざけんなテメェ!!と叫ぶが聞こえて無いかのようにさっさと歩いて行ってしまう。周りの仲間に部屋に押さえ込まれながら納得のいかない思いを叫びに変える。
それでもリーダーはこちらに一瞥もくれなかった。
力任せに部屋に押し込められた後に鍵をかけられる音がする。おい!開けろ!と扉を叩いても誰も反応をくれなかった。
沸騰した腹の底を吐き出すようにクソっ!と大きく扉を叩いてその場に崩れるように座った。
最近のリーダーは何を考えているのか特にわからない。昔は無骨で無愛想でも優しいと思える人だった。
親のいない俺にとって少しだけ、本当の親父のように思っていたのに。
「大丈夫?」
部屋にいるプラティのことを完全に忘れていた。ビクッと身体を震わせてしまった事が恥ずかしくて咄嗟に顔を背ける。
「変なところをみせちまったな。すまない。」
上着と帽子を適当にそこらに放り投げながら寝具に腰を下ろす。部屋から出してもらえない手前やることがない。
この砦は大昔に牢屋だったらしく崖に穴を掘ったような場所だ。窓はあるが鉄製の格子がはめられているし、その向こうはどこまでも海が広がっている。例え人魚でも目の前の海の危険さは簡単に分かるし扉以外からは出ることは容易くはない。
それ以上に今は腸が煮え繰り返っておかしくなりそうだった。今の俺には一人で何かをする力も気力も無い。せいぜいこの部屋で怒りを沈めるくらいしか出来なさそうだ。
そう思うとまた怒りが膨らんで力任せに岩壁を殴った。拳がじんじんと痛んで血が滲むのを見て少し冷静さが戻ってくる。
「そういえば巻き込んじまったな。」
なんの関係もないのに俺と一緒に無駄に部屋に閉じ込められた状態のプラティにも申し訳なく思う。
私は全然大丈夫だけど、と苦笑いをこぼしながら壁を殴って血が滲んだ拳をそっと両手で包んでくれた。
「リーダーとは仲が悪いの?」
俺の手を包むプラティの手がじんわりと光って温かくなっていく。治療魔法を使えることへの希少性の驚きよりも両手を包まれている恥ずかしさで怒りも何もどこかに吹っ飛んでいってしまった。
「悪いつーか、り、リーダーは考えが古いんだよ。」
あいつは本当に頭の固えジジイだし、なのに強くて誰も敵わねえし、俺のことはいっつまでもガキ扱いしてくるし。止まらない悪口がペラペラと流れていく。こんなにも鬱憤が溜まっていたのかと自分でも驚く。
「…それでも、尊敬はしていたんだがな。」
止まらない口をそのままにしていれば勝手に漏れた呟きに頬が熱くなる。尊敬なんかするはずがない。あんなの頭の硬いだけのジジイだ。
ふぅ、と大きく息を吐いてプラティが離れると拳に滲んだ血はすっかり消えていた。ありがとうと感謝を口にするとこのくらい大丈夫、と笑って返してくれた。またドキッと胸がなった。
「それで、オルカはこれからどうするの?」
微笑んだ顔のままプラティが聞いてくる。これからも何も俺はこの部屋から出られないし。
「出られないからここでずっとリーダーの愚痴を言いながらウジウジしてるの?」
消えたはずの熱がまた腹の奥に戻ってくる。俺だって出られるならここを出たいしリーダーに張り手の一つくらい食らわしてやりたい。何も知らない出会ったばかりの奴に色々と言われたくない。
「じゃあ、ここから出ようよ。」
はぁ?と間抜けな声が出るがそれを無視して窓の格子に手をかけている。ガチャガチャと揺らしたり叩いたりしてここは無理か、と呟いたと思えば今度は扉のほうに行ってガンガンと叩く。なんだこいつ意外と諦めの悪りぃ奴なんだな、と好き勝手に動く様子をただ眺めていた。
「もう、オルカも手伝ってよ。私あなたの親子喧嘩に巻き込まれただけなんだよ?」
そこを突かれるとこちらの方が弱くなる。いや、親子じゃねーし!
「けどよ、ここは元々牢屋だった場所だぞ?簡単に出られる訳ないだろ?」
なんだか最初に見たプラティのか弱い少女のような雰囲気が消えて見えるのは気のせいだろうか。かなり気の強い口調に聞こえる。
「だからって諦めてちゃ時間がもったい無いじゃない。それに今は二人なのよ?」
一人で無理でも二人なら変わるかもしれないでしょう。と、どこから来るのかわからないほど自信満々なプラティを見て不思議とこちらもなんとかなる気がしてくる。
「…ここを出て、もし自警団を除隊させられたとしても…ここで無駄にウジウジとしてるよりはマシかもしれねぇな。」
もしここから出れて除隊させられた場合、俺は何もできない木偶の棒に変わり果てることは容易に想像できた。物心付いた時から自警団で育った俺にはここしかないことが分からないほど子供じゃない。それでもこの状況のままで居られるほど大人でもなかった。
出ることを了承した俺を見たプラティは「よし、そう来なくちゃ!」と何故か嬉しそうに笑った。
それは水面に映る太陽みたいに明るい笑顔だった。
「…そうは言っても扉も壁も鉄格子も早々に壊せるもんじゃないぞ?どうやって出るっつーんだよ。」
うーん、と考え込んだプラティは地面に座り込んだ。自分で扉等を触った感じで難しいことを理解したのだろう。やっぱり現実的な考えじゃないよなぁとどこか他人事のように思案する。
「しょうがないかぁ…」
何がしょうがないんだよ、と聞く前にプラティは立ち上がった。そのまま俺の真横に腰を下ろす。
香水とかでは無いはずなのに甘いようないい匂いが鼻腔をくすぐって落ち着かない。
そんなこちらなど気にする様子もなく、小さな声で耳の近くで話し始めた。二人しかいないのだからそのまま話せばいいのに、と思ったがそこまで聞かれたくないことなのか。
気もそぞろで聞いていたはずの俺はプラティの言葉に口を開けたまま動けなくなった。
「…それで結局どうやって出たの?」
ぼんやりとあの時のことを思い出していて話が止まっていた。それに疑問を持ったアサヒの声にハッと我に帰る。
プラティを見ると何か懇願するような顔をしていて、こちらも分かったと言うように頷く。
「…その後は俺が魔法で部屋の中に煙を充満させて騒ぎを大きくしてから自警団の仲間を…脅して扉を開けて逃げてきただけだ。」
最後は適当に誤魔化したがこのお気楽な女は「ふーんそっか〜」と簡単に納得したらしい。せっかく話をしてやったのにそんなので納得するのかよ、と呆れそうになる。こちらとしてはそっちの方が都合が良いので触れる気はないけれど。
「こっちが話したんだからあんたも話しろよ。不公平だろ。」
リズムを取りながら跳ねるように歩いていた女から「確かにそれもそうだね〜」とこれまたお気楽そうな返事が返ってくる。簡単に話題を逸らせたことにまた呆れそうになった。
「えっとね〜、私たちは第三大陸のガイアからこの国の人たちを返しにサーシャちゃん…えっと、神子さまと一緒に…あれ?これってどこまで喋っていいんだろう?」
そんなの俺が知るかよ、とは思ったがそれ以上にやばい言葉が聞こえた。
「お、お前、今…ガイアの…神子って、ま、まさか最近国で噂の…奴隷だった同胞を返しに来たとかいう…が、ガイアの国司ども、か?」
考えてみれば、他の大陸の人間を表面的に拒絶しているこの大陸に突然現れた人間なんて、国中で噂されていた神子の一行か、人魚を奴隷にするために密入国して来た奴の2択しかないじゃないか。もしこれが嘘ではなく事実で…そんな神に関わる要人に銃を向けてしまった自分に青ざめる。
当の本人は「よく知ってるね〜」とお気楽状態だがそんなこと気にしてられるような心境じゃなかった。
「お、お前、神子のお付きの人間なのか?あんまり関係ないただの下っ端…だよな…?」
ほとんど願望だったがアサヒは考えたフリをしたまま止まった。神子の身近な者を、もしも御付きの者を撃ったなんてことが本当なら…自分の命が消えるだけなら幸運。この国が無くなってもおかしくない。
「お付き…といえばそうなのかも…?私個人としたらお友達みたいな感じなんだけどね。」
オトモダチ、全く耳に言葉が入ってこない。は?俺は他大陸の神子のオトモダチに銃を向けたのか?
胃の中がひっくり返りそうな衝撃に目の前がクラクラと動いた。俺の命、20年越える前に消えるかもな、と乾いた笑いが漏れた。
自警団を抜けた後のことを考えなくて良くなりそうでよかったな、と自分に対した嫌味か皮肉かよく分からない感想しか出ない。
「オルカ、オルカ!ちょっとオルカ!」
ペちっと左頬に軽い衝撃があってやっと遠くに行っていた意識が戻る。目の前には俺の頬を叩いたらしい青い顔をしたプラティが手を上げて立っていた。
「どうかしたの?お二人とも〜」
誰のせいでこうなってんだよと八つ当たりに思っても、それを目の前の人間へ言葉にする勇気はなかった。
「お腹でも痛いの?ポーションあるよ?飲む?」
違う、そんな変な気遣いやめろ!とは言えないのでありがとうございますと受け取った。神子の恩恵を受けたポーションだと思うと易々と飲めないので懐にしまう。
「とりあえず進みましょうか…」
ぎこちない口調になっているのは分かるが本当にどうしていいか分からなかった。「なんで急に敬語なの?」と、心底わからないといった顔をしているのが無性に腹が立つ。神子に関わる者は俺のような一般人には到底わからない感性でもしているのだろうか。
「あ、そろそろ森から抜けられるね〜。」
草木が減って明るくなってきた道のりに安堵が襲う。さっさと面倒な事柄と離れて自由になりたい。
変な気まずさから無言の道のりを3人で並んで歩く。人間も急に静かに…いや、鼻歌を歌っているので上機嫌ではあるらしい。やはりよく分からない生き物だ。
さて、森も抜けて大きな通りまで連れて来れば十分だろう。「じゃあ俺たちはこの辺で…」と適当に離れようとした時にビリビリと肌を震わす怒号の声が響いた。
「いたぞ!!」
今度はなんだよ、と声の方を見ると国兵…?なんでそんな奴らが真っ直ぐこっちに向かってきてるんだ?
自分の立場は自警団という国からは認められていないグレーなものではあるが、公然の秘密といったように別に隠れるものではないはずだ。それに今頃は除隊処分が下っている頃合いだろうし、そう言って逃れればいいだけだ。
とは言え見た目から自警団だと分かるものでもないだろうし、じゃあなんなんだって話だが。
一体何事だろうな、と話しかけようと後ろを見るとプラティが真っ青な顔をしている。まさかプラティに何か追いかけられる心当たりがあるのだろうか。
「え?お兄さんたち何か訳ありなの〜?」
怒号の響く騒がしいこの場に似つかわしくない涼しい顔の人間を見て、こちらもなんとなく落ち着きが帰ってくる。
「おい、ひとまず逃げるぞ。」
訳もわからず逃げを決めた時に大分と近づいていた国兵がまた大きく叫んだ。
「あの夕日色のニンゲンを捕らえろ!!」
お ま え じゃ ね ー か !!!
当の本人は「んえ?私?なんで?」と目を白黒させている。本人が知らねーことをさっき会ったばかりの他人が知ってる訳ねーだろうが!!
「と、とにかく走れ!」
止まったままのプラティの手を掴んで今出てきたばかりの森の中にまた足を踏み入れる。毎日代わり映えの無い人生に悪態の一つや二つ吐いたことはあるが…こんなの求めてねーよ!!
どんなに走って曲がって草木に隠れても国兵なだけあって中々しぶとい。プラティもそこそこに動けるようで俺が腕を引っ張っているとはいえ、何とか着いてきてはいるが息切れが酷くなってきた。
それでも全く引き剥がせた様子のない後方にどうするべきか…いや、冷静に考えて俺ら逃げる意味無くないか?なんとなく勢いで逃げただけで追われてるの人間の女だけじゃねーか。
左斜め後ろから着いてきている人間の女の方を見る。息切れひとつする様子もなく平然と涼しい顔で走っている女はこちらをみて何を思ったのか両手でピースをしやがった。
これが神子の御付き様の実力か、と絡れそうになる足を動かしながら出来ることなら顔面を殴りたくなった。
「んー…だいぶ近づいちゃったかなぁ。」
掻き分ける草木の音と自分の息の音でアサヒの声が途切れて聞こえる。何か言ったかと呼吸の合間に聞こうとした瞬間、地面についていた足が空を蹴る。何が起きたのか何もわからず突然軽くなった身体に悲鳴も出ない。
「ごめん、また迷子になっちゃうかも。」
自分の真横から聞こえる声はアサヒの声だ。声のする左横に目線を向ければアサヒの顔を挟んだ向こう側の位置にプラティの顔があった。どうやら俺とプラティはアサヒの両肩に抱えられている状態らしい。
俺よりも体格の小さい女が大人2人抱えているのか?
そのことに気がついた時には腹の底がひっくり返りそうな衝撃に、ウゲェッと何かわからない声が漏れていた。
「ちょっと我慢してね〜」
暴風音の隙間に浮くようなアサヒの声がする。我慢も何も顔の衝撃を腕でガードするので精一杯で何もわからないっつーの!!
自警団のアジトであのまま部屋に閉じこもってるのとどっちがマシだったか、今更なことを考えながら俺の意識は遠くなっていった。




