第30番 オルゴールを鳴らすため
キツネさんからの連絡を受けてからマイ君がその場でぶつぶつ言いながら難しい顔をしてる。
「くそっ、向こうに痕跡も残さずに連れて帰れるような奴がいたようには…いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない。とにかく早く戻らないと…少しでも魔法の痕跡を辿れば何かわかるはずだ。宿までの距離からして転移ができるまでの時間は…ああっ、くそっ!」
わぁ、頭をぐしゃぐしゃに掻きむしった。リュケは確かに心配だけど落ち着こ?マイ君らしくないよ。
「この国の奴らはどいつもこいつも俺を舐めやがって…」
あ、心配してるんじゃなかった。怒ってるだけだった。いや、マイ君のことを舐めてるからリュケが連れ去られたわけではないのでは…?
マイ君って短気だし面倒くさがりだしプライド高いし…あれ、これただの悪口だ。
「とにかく早く戻らないといけないんだよね。転移できるまでどのくらい時間がかかりそう?」
マイ君が空中に何か立体の電子みたいな物を出して考え込んでる。これマイ君がよく見てるものなんだけど時計なんだって。私には歯車の塊にしか見えない。針ないよね?
「あー…早くても四半刻…いや半刻はかかる。距離がもう少し近ければもっと早いってのに…。魔石を使うにしても身体への負担が今日はかかりすぎてるか…?」
チッと舌打ちをしてイライラしながらその場で足踏みをしてる。本当に短気なんだから〜。さっきの慰めてくれてたかっこいいマイ君はどこに行ったんだろうねー。
半刻かぁ…実はこっちの時間の単位今だに良く分かってなかったりする。多分一刻が感覚的に2時間くらいだから半刻は1時間くらいかな。1時間かぁ…
「ん〜、半刻かかるなら私が走った方が早いんじゃない?」
今度はう゛ぅ゛ってなんか唸ってるし。そんなに私に担がれたくないのかな?飛んでいくのも魔力使うんでしょ?
「急いでるんだから迷ってる暇ないよ!…あ、そうだ!マイ君を宿の方角に向かって思いっきり投げた方が早いかも!」
「…担いで…走ってくれ…」
えー投げるの結構いい案だと思ったんだけどなぁ。ま、抱っこは嬉しいからなんでもいっか。マイくんの子供姿ひさしぶりだしね〜。
「そういえばイヌはどうした?人手はあって損はないんだが…」
そういえば私がグジグジしてたせいでイヌ君の伝言忘れてた。なんか神子様の誘拐犯として色んなところに証拠残してくるって言ってたよ〜。
「そうか、」
なんでそんなに考え込むような感じなんだろう。私にはマイ君の考えてることあんまりわかんないや。
「とにかく途中まででいい。乗せていってくれ。」
やった!出ました!マイくん超かわいい子供バージョン!
…あれ?ちょこっと久しぶりに子供のマイくん見たけど何だかすごく成長してる気がする…気のせいかな?ま、かわいいからなんでもよし。
マイくんに渡されてる存在希釈のフードを被って、その中に包むようにマイくんを抱っこする。
砦を出る前におじさんに声をかけに行こうっと。私はすぐ戻るつもりだけど一応少しここを離れるわけだからね。
「おじさ〜ん…?いる〜?」
おじさんの匂いがする場所を探すとここの一番奥の部屋かもわかんない場所に気配がする。
一応入り口をノックしてみるけど返事がないから失敬して部屋を覗く。暗い部屋だなぁ…あ、おじさん居た。奥で何かしてるけど私に気がついて慌てて何かで顔を隠した。机の上には薄い布みたいな、膜みたいな…ゴム?みたいなものが置いてある。その横には黒い髪の毛の束。
すっごく入っちゃいけないとこだったかも。さっき私に教えてくれたことを思い出して軽く頭を下げて謝っておく。
マイくんを腕で隠すようにしながらちょっとでてくることを言って慌てて部屋を出た。マイくんが何か気にするかと思ったけど考え事に夢中だったみたいで気付いた様子もない。
よかった。おじさんと秘密の約束をして早々にバレちゃったら私ちょっと間抜けすぎるよね。
「嬢ちゃん、ちょっと待ってくれ。」
入口じゃなくて窓からでていこうとしたところをおじさんに呼び止められる。よくここから私が出るって分かったね。おじさんはいつもと何も変わらない見た目だった。
「嬢ちゃん、その……すまないが…頼んだ。」
ん?よくわかんないけど頼んでくれたんだから親指を立てて肯定しておく。おじさんがそれに頷いたのを見て私は窓から飛び出した。今はとにかく宿に戻らなきゃ。
「あのおっさんはお前になにを頼んでたんだ?」
考え事に夢中だと思ってたけどやりとりは聞いてたのかな。マイくんが不思議そうに聞いてくる。
「ん〜、わかんない!」
なんだよそれ…ってマイくんは呆れたため息を吐いた。だって最後の言葉は本当にわかんないんだもん。
「あ、マイくん、宿の方向ってどっち?」
マイくんはまたため息をつきながら無言で指を指してくれた。よっしゃレッツゴ〜!待っててねリュケ!
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意識を失った歌の神子様を地面に崩れるように寝かせる。わたくし達が帰って来たことなど気がついているのか気にしていないのか、目の前の男はかつて女性だった肉片に夢中のまま。自分自身も真っ赤に染め上げながら何かをしている。
今は話しかけても無駄なことをわたくしは知っている。ため息をついて足元の神子様を見下げた。なにも知らない顔で眠る顔が無性に腹の立つ。
こんなのが神子なんて…やはり今の世界は間違っているわ。早くなんとかしなければいけないのに、何故わたくしはこんなところでこんな男の面倒を見なければいけないのか。
ため息にならない息を飲み込んで神子を乱暴に抱き起こす。また神子の言霊で逃げられても面倒なのでこれでもつけておきましょうか。
赤い皮のような素材でできたチョーカー。それを首に一周巻きつけると継ぎ目が消える。まるで初めから輪っかであったかのようなものが神子の首に出来上がった。その真ん中付近には二つの黒い石がついている。
「戻ったかぁ。」
ねっとりと纏わりつく息がかけられてビクリと体が竦む。いつの間に近づいたのかデカい図体に似合わぬ静けさで男は目の前に立っていた。
「まだまだぁガキだぁ。まだまだぁこれからだぁ。」
真っ赤な生臭い息を吐きながら男は神子に手を這わせていく。神子の真っ白な体躯は男の手に沿って朱色にそまった。まるでこの純な小娘が汚れてくれたようで少し溜飲が下がる。
「神子を部屋に連れていきますわ。」
男を手で軽くいなしながら神子を抱きかかえる。華奢な体躯であるにも関わらず軽々と神子を抱き上げる様子はどこか異様だ。
そんな女の様子にもう興味がなくなったのか元の位置に戻って赤く染まったままタバコの煙をふかし始める男。煙を吐き出すその様子を苦々しく一瞥してから扉に手をかける。ノブを回したその先は廊下ではなく神子様の部屋に続いていた。
寝具に神子を寝かせてから細く華奢な太腿についたままの朱色を手で拭き取る。広げた自分の手のひらに付いた穢らわしいそれが、広がって指の間から滴り落ちながら自分を濡らしていく。ああ、憎い憎い憎い憎いにくい
ハッと意識が現実に戻れば手のひらは小さな汚れがついているだけで全部気のせい。その汚れを適当に服で拭いながら目の前の神子に目を向ける。
安らかに力無く寝るその顔に腹が立って腹が立って腹が立って
衝動的に神子の顔の真横にナイフを突き立てる。透明でガラスの塊のようなナイフが寝具を突き刺す。草で出来た硬めの布地を易々と切り裂いてナイフは半ばまで埋まっている。
「お前が憎い。わたくしはお前が憎い。」
吐息の距離で呪いを吐こうが神子は表情一つ変えずにすやすやと寝息を立てるだけ。こんな小娘にこんな事をしたとてなにも変わるまい。
ナイフを霞に変えたあと、女は神子の部屋を後にして男の元に帰った。




