第28番 適材適所と優しさと
さっきおじさんから聞いたことを何度も頭に繰り返す。なんでそんな大事なことを私に言ったんだろう。私なんかよりもマイ君に言った方が絶対にいいのに。
でもおじさんは何かあるまでは誰にも言わないでくれって何度も念押しして私に話してくれた。そこまでの覚悟を持って話してくれたことを誰かに話すような無粋なことはしたくない。
「マイ君まだかなぁ。」
例え話せなくても隣にいてくれればいい。子供の姿でも大人の姿でも隣にいてくれれば私は安心できるから。私は独りぼっちじゃなくなるから。
あれ?扉の向こうから誰かが近づいてくる音が聞こえる。この音を殺すみたいな足音はイヌ君だ。歩き方が独特だからわかりやすいんだよね。
「おい、入ってもいいか?」
ちゃんと律儀に入り口をノックして許可を求めてから部屋に入ってきた。意外とイヌ君の感性はまともだね。
入ってきた姿が思ってたのと違って思わず凝視した。マントを羽織って顔を隠して…なんでそんな旅人みたいな格好なの?
「俺は今から身を隠す。一応神子の誘拐犯としてどこかに痕跡を残しつつ国に滞在する必要があるだろ。マイラスはどうせ俺に連絡する手段の一つや二つくらい持ってるだろうし。俺の存在が急に消えたら国の奴らにも怪しまれるかもしれん。定期的に俺として顔を出しつつ誘拐犯として痕跡を作って回るからお前はマイラスの指示でも待っとけ。」
なんで俺がこんな面倒くさいことを…とブツクサいいながら私の返事なんか待たずにイヌ君はさっさと窓から飛び出していった。あ、そこから出ていくんだ。
てかイヌ君すっごい仕事できる人みたい。自分でやらなくちゃいけないことを考えてさっさと行動に移すんだもん。いつもは馬鹿みたいな喧嘩しかしてないけどこういう時は素直に尊敬する。
…あれ?よく考えなくても、もしかしてお荷物なのって私だけじゃない?
さっきのおじさんの言葉が脳裏をよぎる。もしかしたら…私遠くないうちに捨てられるかも…?
マイ君はきっとそんなことしないって分かってる。でも、側から見ても自分から見ても私…あまりに無能だ。
また背筋が寒くなる。ここでは蜘蛛の森みたいに何か獲物を取ることもいらないし、マイ君は守ってあげないといけないほど弱くもない。
生まれて初めてできた居場所がぐらりと揺れる気がする。どうしよう、私ここにいたいのに。
「おい、入るぞ。」
急に扉の前に現れた気配にビクッとする。考え事に夢中で全然気が付かなかった。私が返事をする前にその人は私の顔を見て動揺した。
「お、おい、なんで泣いてんだよ。今度は何があった?」
いつもとは比べられないほどの優しい口調で慌てて近づくマイ君を見てさらにビシャッと目元から水がとぶ。こういう時はちゃんと動揺してくれるのもなんだか申し訳なさが増える。
「い、イヌ君は、…自分っで、できることっがあ、わかっててぇ、キツネさんはぁ、ヒック、頭良くてっ…お仕事できてぇ、サーシャちゃんもリュケも神子でぇ、わ、私だけ…私だけ何もっ、で、できなっくて…」
えぐえぐと言葉にならない文章をなんとか拾ってくれたマイ君。ようやく私の言いたいことが分かったのか呆れた顔で私の顔を袖で乱暴に拭く。やめてぇ〜、こんな時だけ優しくしないでぇ〜。
「お前に元々そんなもの期待してねぇよ。」
うぐっと胸元に何かが刺さる。え、トドメ?トドメ刺そうとしてる?
「いいか、人には適材適所ってもんがある。お前に書類整理ができないように、イヌやキツネは一撃で魔獣を仕留めることはできない。サーシャたちは確かに神子で神の次に尊い存在だが…そんなサーシャに一番信用されてるのも、初めて出会った神子の心を開いたのも、間違いなくお前だ。それは間違いなくお前だからできたことでお前の誇れるものだろ。」
だからそんなしょうもないことでウジウジしてんじゃねぇよ、めんどくせぇから、と後半は投げやりに付け足す。
乱暴に目元を拭かれたままでマイ君の顔は見えないけどちょっと照れてる気がした。いっつも口は悪いけどそんなふうに思ってくれてたんだ。
さっきまでの寒かった体の奥が急にぽかぽかして暖かくて何だかむず痒い。でもそれは嫌じゃなくてむしろ心地よくて、乱暴でいいからもう少しだけ目元を拭いててほしかった。
「…落ちついたか?」
私がすんすんと鼻をすすり始めたあたりでマイ君がゆっくり離れた。もうちょっと拭いてて欲しかったけど気まずいのか目線が明後日の方向に行ってるのを見るとそんなの言えないや。
まぁ私も気まずい…いや、気まずいというより恥ずかしい。とりあえずなんかごめん…違うか。ゴメンよりもこっちの方が大事だ。
「えへ、マイ君、ありがと!」
マイ君は返事もせずにさらに向こうを向いてしまった。素直じゃないなぁ、って言おうとしたけどその言葉は飲み込んでおく。
だって耳がちょこっと赤くなってるのに気がついちゃったから。マイ君も照れるんだなぁって何だか妙に感心してしまった。
急にマイ君がピクッと体を硬直させて表情を硬らせた。え、なに?どうしたの?
そんな私に少し待てって感じのジェスチャーをしてから小声で空中に話しかけてる。念話かな?多分相手はキツネさんだな。口ぶりと内容からかなりの切迫感が伝わる。
「わかった、出来る限り早く帰るがまだ転移が出来るまで時間がかかる。とにかくお前はサーシャ優先でそこから動くな。」
素早く指示を出した後こっちに向き直ったマイ君の顔は真剣さを超えて少し青ざめていた。
「まずい、リュケが連れ去られた。」




