第27番 そろそろBメロ
目の前の扉が閉まればほんの少し前にいた翁の事など刹那に忘れ、血濡れの剣を枕元に刺す。優雅に煙を吐くその姿は血生臭いこの部屋には不釣り合いだった。
「貴方様は神子様を探しには行かなくて?」
脳髄を揺らすように甘く蕩ける女の声が血生臭い部屋で甘美に揺れる。いくつも重なるはだけた人魚の乙女達の中で唯一、自分の意思を持つ女性。その女の唇は人魚に不釣り合いなほど紅く艶めいていた。
「何故ワシがぁ行かねばならん。」
至極当然のように言うこの男に耽美な女性はため息すら出ない。しなだれるように目の前の狂人の膝に頭を預ける。
「わたくしが連れて参りましょうか。」
狂人は返事の代わりとばかりに先ほど手放したばかりの剣をその女の胸に深く突き立てた。
だが確かに心の臓に突き立てたはずの剣は何もない寝具を深く切り裂くばかり。女は身じろぎもせずに狂人の膝を撫でる。
「可愛げのないぃ女だぁ。」
突き立てた剣はそのままに、深く長くタバコの煙を吐き出す。眉ひとつ動かさないその表情が男の異質さを醸す。
「貴方様好みのか弱い小娘はもう十二分に揃えておるでしょうに。」
寝具の端にも部屋の地面にもか弱い乙女だった者たちは、がらんどうの瞳で無造作に積み上げられている。こんな部屋、常人ならば半刻も精神が持つまい。
「お前は魔女かぁ。」
疑問か断定かわからないような微妙なニュアンスで吐き捨てるように言葉がとぶ。貴方様はどちらが嬉しくて?と見上げる御仁の頬を撫で上げても頬にタバコの煙を吐きかけられるだけ。
この血に染まった瞳を見続けて正気でいられる人がこの世にいるのか、女は甚だ疑問に思う。
大抵の男であれば簡単に落ちてしまいそうな色めく吐息を吐いて女は起き上がる。何も隠さない豊満な四肢にそこらに放られた布を巻き付ければ、この国ではそう見ることのないような純紅のドレスが身体を覆う。
人魚特有の青い髪には不似合いなドレスがその女の色香を増幅させるようなざわめかしい美しさがあった。
「とりあえず神子様は連れて帰って来ますわね。」
「お前が何をしようとワシはなぁんも知らん。」
つまらなそうに吐き出す男の方など見向きもすることなく、女は扉に手をかけた。
その唇は音を出すことなく、気持ち悪い男、と呟く。扉から出ていったはずの女の姿はどこにもなく、無人となった扉が静かに閉じていく。
そんなやり取りなど無かったことのようにこの国で今一番偉いこの男は、そこらの女にタバコを押し付け火を消すと目についた適当な女を拾ってベッドの上に放りあげる。
またこの国から1人の乙女が消えたことに気がつくものは今はいない。
___________________
ふんふんといった雰囲気で話を聞いていた神子はほんの少し内容を噛み締めるようにしてからキョトンとした顔で首をかしげる。
「…それが作戦なのですか?」
何だよ立派な作戦だろうが。
「だから、簡単にまとめるぞ。まずこの国で再度規模の大きい誘拐事件を起こすだろ、それをこの国の神子様であるあんたとガイアの神子であるサーシャが大々的に手を取り合って国民の前で解決する。そうすれば国民の中の人間への印象は少しばかりは変わるはずだ。根本から変える必要はないし、変わるとも思ってない。それでも良い人間が居ることと、自国の神子様は頼れるお方なことを国民が自分の目で見れば理解する奴もいるはずだ。」
自分がすべき仕事のことに不安が拭えないのか、少し心配そうな顔をしている。大丈夫だ、あんたのセリフは考えてやるし思念で指示もしてやる。この国の神子に産まれたということはそれ相応に力があるはずだぞ。
「まぁ誘拐事件の黒幕は国が絡んでいるようだし、どんな大事を起こすかまだ細かいことも詰めないといけないからこの先はイヌとあの女も交えて話そう。とりあえず俺は一回あいつらのとこに戻るからお前らはここで大人しくしておいてくれ。」
そう言って俺は立ち上がりながら神子に薄緑の石がついた乳白色の腕輪を渡した。
「これは何でしょうか?とても綺麗なのです。」
手のひらに収まるそれを目の前に持ち上げて見つめている。そんな小さい物で嬉しそうにしやがって。
「これがあれば俺はあんたの居場所をわかるからできる限り持ち歩いてくれ。もし相手様にあんたが連れ去られても場所が分かる限り対処できる。俺にも限界ってもんがあるからな。居場所さえ分かればどうにかできるだろう。多分。」
小指の爪程の緑の宝石が嵌まった、白い石でできている腕輪を穴が開くほどに見つめている。そんなに見ても何も変わんねーよ。ただの白い輪っかのシンプルな作りだからな。
「わかったのです!これ、宝物にします!」
嬉しそうに腕輪を握りしめるその姿に少々ため息が漏れる。安物の腕輪に魔石を嵌めただけの簡単な物だ。これと似た構造の魔道具はいくつもマジックボックスに入れてある。そんなもんをそこまで嬉しそうに抱きしめられちゃあ何とも言えない。
「キツネ、頼んだぞ。」
机に向かったままのキツネは了解とでも言わんばかりに軽く頷いた。
「サーシャも無理はしないでくれよ。」
サーシャは右手の親指を立てて大袈裟に頷く。つくづくあの女に似てきたもんだ。
そんな3人を横目に俺はアイツの所に飛んだ。




