第23番 魔女と子守唄
ため息を吐きつつも俺は2人の神子と話を進めていた。そんな最中に本当にいきなり、糸が切れた人形のようにサーシャがその場に崩れ落ちた。
流石に俺も戸惑ったがただ眠っているだけなことはすぐに分かったのでキツネに後は任せて俺は歌の神子と話を続けることにした。
歌の神子は急に眠ったサーシャにかなりパニックになっていたが、それをなんとか落ち着かせる。
…ん?待て、なんでそんなに慌ててるんだ。あんたも神子だろう?あんたは眠気に襲われることはないのか?
その言葉に神子はゆるゆると首を横に振った。
「確かに神子は眠りが大事だと教わっているのです。なので私の睡眠時間はとても長くありますし、寝所には夢見の内容をいつでも書き記すことができるように記録係の女官がいるのです。公務の歌の時間の後に眠くなることは確かにありますが、今のサーシャ様のようにいきなり眠ってしまうことは…今のところないのです。」
…そうか。俺はその場で考え込む。確かにサーシャ以外の神子の普通を知らなければサーシャに何か異常があった時にすぐに行動に移せないんだよな。ガイアの国々にある神子についての書記は読み尽くしたが…その中でもサーシャが特異なのはもう明らかになっている。
「なぁ…この国には〈魔女〉は…いないのか?」
いきなりな俺の言葉に神子が息を飲むのが聞こえた。それでも俺は目を見て真剣にもう一度同じことを聞いた。
「こ、この国の民にそのような方はいないのです!…昔に居たことはあったようなのですが…その時代はとても酷いものだったと、そう聞いているのです。」
神子の態度を見ればこの国の〈魔女〉に対しての意識が簡単に察せられる。第三大陸も古い奴らは似たようなもんだけどな。
「お前らは魔女に対してどんな教育を受けるんだ?恐怖か畏怖か、天災のようなものなのか。」
神子は間を置かずに「恐怖」と答えた。その目はしっかりとこちらを見つめていて海の奥底を覗いている気分にさせられる。
神子曰く遠い昔にこの国に生まれた魔女が目的もわからず国中で暴れた事があるのだそうだ。数ヶ月後に当時の神子に相打ちで討伐されるまで、数多の犠牲者を出した史上最悪の災悪。それは記実にも記されており、この国に生まれたものは必ず教わる歴史の一つなのだと。
「なのでこの国には魔女はいないのです。…魔女の疑いがある者は皆、例外なく国に処罰されます。ただ私が生まれてから魔女の疑いをかけられた者の話は聞かないのです。」
俺は口を噤む。疑いをかけられただけで処罰とは、大昔に流行った魔女狩りみたいなもんだな。まぁあれは魔女と言いがかりをつけて邪魔な奴らを排除するのがもくてきだったんだろうが。
とにかく、今どきでもそんな国があることに驚きだな。魔女についての研究は日毎に進んでるってのに、全然この国自体は進んでないんだな。
他大陸の神子として意見が欲しいが…本当にここで話すべきなのか。
考え込んだまま口を開かない俺を歌の神子は黙って見ていた。何を考えているのか、深海の瞳がクルリと濡れて光った。
「…もしも、魔女について、今まで教わってきたことと違う事実があると言ったら…あんたは受け入れられるか?」
俺の質問の意図を考えているのか少し困惑しているようだ。だがその困惑はほんの少しの間だけだった。
「マイラスは信用できるお方だと私は思っているのです。長い間身についた常識をすぐに変えるのは…正直難しいとは思うのです。それでもそれを否定することを、私はしたくないのです。」
塞いで閉じる事ができない、そんな真っ直ぐすぎる目が俺を刺している。俺が目を逸らしたところでこの娘はずっとこちらを見ているだろう。
こんなに真っ直ぐだったのは…俺には思い出せないくらい昔のことだな。
「そもそも魔女っていうのはそんなに珍しい者でもない。まぁ…神子の次くらいの珍しさかもな。」
この狭い空間にいる半分が神子の時点でわかりずらいが…ま、珍しいか。
「この事を知っているのは俺を含めて5人だけだ。…あんたが、偏見を持たない人間だと判断したから俺は言う。このことを聞いてあんたがどんな判断をするかは任せる。」
神子は一切目を逸らさずにこちらを見据えたまま強く頷いた。サーシャとあの女がコイツを友達だと言ったのなら、少しは信用してやろう。
「サーシャは…おそらく魔女だ。」
ひゅっと小さく息を吸う音が聞こえた。歌の
神子は大きく目を開いている。そのまま神子は眠るサーシャにゆっくりと目を向けた。
「サーシャ…様が?」
見られていることに気がついてもキツネは無言のまま眠ったサーシャを撫でている。キツネが何を考えているのか、今のところ俺は踏み込むつもりはない。サーシャが神子であろうと姫であろうと魔女であろうと子供であろうと、コイツはずっとキツネでいる気だ。それはきっと脆くて危ういことだが俺にそれを止める権限はない。
「サーシャは神子としても魔女としてもまだまだ安定していない。だから断言する事はできん。それでも、例えサーシャが神子であろうと魔女であろうとサーシャの事は俺が責任を持つ。ここまで聞いてもサーシャに偏見を持たないなら、魔女について詳しく話させてもらうが…どうする?」
「話してください。」
即答だった。あまりに一瞬に答えられてしまってこっちが呆気に取られてしまうほどに。
「サーシャ様はお友達なのです。そしてアサヒも、マイラスも、みんなお友達なのです。お友達は信用するものなのです。」
なんで俺まで友達枠に入れられているんだかわからなすぎるが、まぁここまで言うやつを疑う道理はないだろう。否定すると面倒やことになりそうだし。
「まず魔女というのは魔力の塊の生き物だと言うのは知っているか?この大陸でオーバードーズという概念があるか…「マイラス!!!」
なんか前にもこういうのあったな…と思いつつ苦笑いでため息をついた。また話が有耶無耶になる…
「夢でお姉さんに会ったよ!」
あまりに笑顔で話すサーシャに俺は言葉を止めた。無理やり今話すことでもないか。これもまた神様の思し召し…だってか?
俺は吐きそうだったため息を飲み込んで何もない宙を睨んだ。




