第21番 お手々繋いで遊び歌
流石に宿までの距離を人一人抱えて一度の転移で跳ぶことは不可能なので3回ほど転移を繰り返す。本当は転移ごとに時間を空けたいがそんな暇もないので魔石を使う。
その間もずっと、「離してください!」と腕の中で神子が暴れるのをどうにか抑えていた。離して欲しいと口にされる度に体が勝手に離してしまいそうになるので、それを抑えつつ転移を繰り返すのは中々に骨が折れた。
いつもより少し時間をかけてようやく宿に辿り着く。ここで騒がれては少々まずいのは明白なので一時期的な口封じの魔法をさせてもらった。
ただ、相手は神子様なのでこの魔法も一瞬で解かれるだろう。声が出せなくなっても暴れる神子をなんとか抱えるように抑える。
「おかえりなさ…何事で?」
暴れる小娘を抑えながら帰ってきた俺の姿にキツネは出掛ける前と同じ机に向かった姿勢のまま呆れ気味に聞いてきた。
いや、どこからどう見ても事案なこの状況で呆れ気味なだけなのはおかしいだろ、と心の中で突っ込む。
「あー…ちょっと色々あってな、この小娘を預かることになった。」
そうですか、とまた何事もなかったように手元の書に向かうその姿はもはや王格すらある。もうちょい動揺してくれても良くないか?
「…ぷはっ!アサヒが!アサヒの元に戻らせてください!」
なんだもう魔法が解かれたか。常人なら一日は喋られないだろうに流石は神子様だな。
「おい、とりあえず落ち着け。あの女の友達なら少しは信じろって。」
こんな子供騙しのような言葉でもこの小娘には友達という単語が効くらしい。それを聞いて少し落ち着いたのでようやく俺も息を整えることができた。
「で、でも、アサヒがどれほどお強くても…私の身内が何をするかわからないのです。私は神子という立場で…神子はこの国ではかなりの貴重な者で…もしアサヒがお怪我でもしてしまったら…」
貴重なんて言葉で終わるものでも無いほどのものだがな、とは思ったがわざわざ口に出すこともない。モゾモゾと落ち着かないままの神子をとりあえずその場に座らせた。その膝の上にはチョコンと当たり前のように海龍が座る。
…ん?待て、俺は海龍を連れてきた記憶なんざないぞ。なのに我が物顔で膝の上を陣取りつつ俺に睨みを効かせる海龍。
わかった。神子に纏わりつく時点でおかしいもんな。こいつも不思議生物なんだろう。ぜってぇ後で解析してやる。
「あのな、アイツがお前を逃したのもあんたと同じ気持ちだからだぞ。友達を怪我させたくないから逃したい。あの状況では2人よりも1人の方がどうにかなる。そんな事を考えたからお前だけ逃した。お前が大人しく投降して真実を話したからといって、あそこにいたオッサンどもが許されると思うか?1人残らずお前の誘拐に関与されてるとして罰を受けるのは明白だ。だったら一か八かアイツの…友達の考えに投げるのが手だろ?」
うへぇ、友達なんて単語を連呼する日が来ようとは夢にも思わなかった。正直悪寒がとまらねぇ。
…正直あの女がまた何をやらかすのか心配でしかないが…ま、最悪この陸から全員出てしまえばどんな問題事も知らん。俺には神子の力が手に入れば儲けもので国のことなんざ正直どうでもなんでもいい。
友達という言葉を噛み含めてようやく落ち着いた神子にコップに入れた水を渡す。素直に受け取って何も考えずに飲み始める様はやはり豪胆と言える。ただの世間知らずとも。
「マイラスぅ?帰ってきたのぉ〜…?」
いつもより寝ぼけた声でサーシャが起きてきた。少し騒がしくしてしまったから起こしてしまったらしい。気持ち良さそうに寝ていたのに申し訳ない。
ただ起きてきたサーシャの目に俺は入ってなかった。俺の向こうの神子を凝視する。
「リュ、リュケさ…リュケさん!」
慌てて慣れない寝具から落ちそうになっているところを横に待機していたキツネが手を貸す。いつもならキツネにも丁寧に言う感謝もおざなりに、サーシャは歌の神子の元に近づいた。
少しキツネがショックを受けている気もするが気のせいにしておこう。
「リュケさん!無事?怪我してない?痛いところとかない?リュケさん…良かったぁ…」
ここで寝ていただけのサーシャが何を知っているのかわからないが、キツネの言っていた魘されていたという夢が関係しているのだろう。
初めて出会うはずの二人とは思えない、長年の友に久しぶりに会ったような。そんな不思議な空気が流れていた。
「あ、あの…っ!」
何か言いかけて口を慌てて両手で塞ぐ神子。こいつはまだ言霊の事気にしてんのか。
「サーシャも神子だ。まだ子供だとしてもそこらの人間よりは言霊なんか効かないと思うぞ。」
そこまで言ってようやく安心したのか神子は口から手を離した。
「…えっと…夢の中ぶり、なのです。こちらでははじめまして、サーシャ様。」
色々なことが起きて頭がいっぱいなのか、少し複雑そうな笑顔でサーシャの両手を握った。
その瞬間にサーシャと歌の神子を囲むように、ふんわりと薄いオーラのような青と蒼の光が2人を包む。
2人の神子が出会うばかりか触れ合うという通常では有り得ないことが目の前で行われている。手が握られたそこから2人分の魔力が弾けるように一瞬増えたのを俺は見逃さなかった。
2人を包んだオーラのような光は溢れた魔力が目視できるようになったものか?だがなぜ突然視認出来るほどに増えたのか。神子同士で何か呼応でもしたというのか。
初めて目にした現象に好奇心が爆発しそうになる。ただ爆発する前にその現象は落ち着いてしまったので変な行動に走ることはなかった。
しっかりと記録に取っておいたのでチョウへの土産話にでもするか。何かチョウから見解の一つでもくれるかもしれん。普通に直接見れなかったことを悔しがるとは思うが。
「リュケさん…あのね、夢の中であたし…リュケさんの小さい頃を見ちゃったの。勝手に見てごめんなさい。でね、そのあとね、一生懸命走ってるリュケさんが見えて…あの、あたし、少しは力になれたの…?」
心配そうに神子の手を握り返しながらサーシャはどこか必死そうだった。…神子の過去を夢で見た?それはまたどんな現象だ?これも夢見の一つなのだろうか。
くっそ、詳しく聞きたいのに今は口が挟めそうにない。俺は空気が読めてしまう男だからな。
「やはり、あの声はサーシャ様だったのですね!とても心強かったのです。あの声で私は、この子を救うことができたのです。ありがとうございました。」
この子と言いながら海龍の顎をくすぐるように撫でている。そんな神子の感謝の言葉を聞いてサーシャはようやく安心したのか手を離した。
そこで歌の神子が何か思い出したように手を叩く。その仕草がなんとなくアイツに似ていて思わず少し顔が歪んでしまった。
「そういえばあの時、私はこの子の声と感情が聞こえたのです。今はもう聞こえないのですが…もしかしてそれもサーシャ様のお力なのですか?あの時そのお力のおかげも大きかったのです。」
確かにあたしは生き物達の声が聞こえる時があるけど…とあまり腑には落ちていないようなサーシャだが歌の神子の方は何か勝手に納得したらしい。
「きっと神様が私たちを繋げてくれたのですね。ああ、ポセイドン様、ガイア様。お力を貸して戴き感謝いたします。」
神に祈る神子を見ながらまぁ本人がそれでイイならいいかと適当に納得しておく。俺は原理を解明するまで理解する気はないが。
「そういえばお姉さんのこと話してたみたいだけど、リュケさんってお姉さんとも出会ったの?」
あー…神子がようやく忘れてたのにその言葉で今まで暴れていた理由を思い出させてしまった。
「そうだったのです!サーシャ様!私は早く戻らないといけないのです!マイラスを説得するのを手伝って欲しいのです!アサヒが…」
神子があまりに必死だったので初めは不安そうな顔をしていたサーシャだったが話の中段あたりからいつもの顔になった。
「お姉さんなら本当に大丈夫だと思うよ?だってお姉さんはすっごい強いもん。あんなに強いのにとても優しくて、実は寝なくてもよくて、一回あたしとマイラスを抱えたまま何日も走り続けたこともあるし…」
お、サーシャが良い方向に話を変えてくれるとは。おかげで騒ぐばかりだった神子がようやく落ち着きそうだ。
輝く目でサーシャの語る女の武勇伝…俺からすれば全部ただの奇行なんだが…を聞いている。
「コホン、それでヘビ殿、どうしてここに第二大陸の神子様がおられるのですか?」
あまりこの状況に興味のなさそうな素振りで存在が消えかけていたキツネがいつの間にか手を止めてこちらに向き直っていた。いや、まぁ、ほとんど成り行きだからな…そんなに話せることがないんだよな。
そんな俺に対して「そうですか。」の一言で終わらせてまた手元の書類に戻った。…お前、もう少しサーシャ以外のことにも興味持った方がいいんじゃないのか…?
「ほぉ…アサヒはそんなにお強くて素敵なお方だったのですね…。確かに私もあの少ない時間でアサヒのことは大好きになってしまっているのです。」
こっちはこっちで女への評価がとんでもないことになっているらしかった。あー、サーシャ、それ以上女のことを過大評価してやるのはやめてやれ。流石にそんなにキラキラした2人の目に見つめられることになるのは同情しかない。
「…そろそろ落ち着いたか?」
女の事で盛り上がりすぎた二人の話が途切れそうになかったので少しの隙間で無理やり分断する。このままじゃこっちの話が進まないからな。
「現在の状況の確認だが、俺らはこの国の神子を誘拐している事になる。おそらくまだ向こう様にそのことはバレてないだろうが…女がどんな誤魔化し方をしたのか、今から一度戻って確認する必要があるな。ただ、他人を抱えての転移は魔力の消耗が激しい。今すぐ戻りたいのは山々なんだがもう少し時間を置かないと難しい。時間としては四半刻といったところか。その間に話の詰められるところまで詰めたい。」
座り込んだ2人の神子がコクコクと縦に頭を振る。目の前には神の代理者と呼ばれる世界を揺らぐ力を持つ者。それが2人、素直に話を聞いている。
とんでもない状況であると今更ながら身震いがした。普通の人間なら卒倒していてもおかしくはない。
あ?キツネ?こいつが普通の人間に見えんのか?サーシャ以外は石ころに見えてるヤバいやつだぞ。
まぁとにかく、
「俺らは女が行方不明だと言い張ってできる限りこの国に在留したい。そっちの神子の誘拐沙汰も皇国が大きく発表するか隠し通すかはまだ分からないが、ま、おそらく隠すだろう。皇帝失踪のことも国民には隠しているようだしな。」
その言葉が終わるか否かのあたりで歌の神子が大きく息を吸ったのが聞こえた。どうかしたのかと思えば、声が酷く震えていて誰が見ても動揺していた。
「こ、皇帝様が、失踪…とは本当のことなのですか?皇帝様は病に臥せっているのでは…」
震える手で口元を押さえているが声の震えは抑えきれていない。神子なのにその事実は知らなかったのか。
「確かに帝宮に忍びこ…ゴホン。確かな筋からの情報だ。おそらく事実だろう。」
しのび…と俺が誤魔化したあたりの言葉を拾ってキラリとした目でサーシャがこちらを見つめる。おいそんなに見るな。必要な行動だぞ。
ただなんとなく居た堪れなくなったので目を逸らす。
「まぁ、そこの事実がなんであれ皇帝のいない今、この国が落ち着いているとは言えないだろう。安定していない今を突いて俺らはそれぞれの目的を遂げたい。」
目的?と疑問なサーシャと今だに皇帝のことが飲み込めないのかやや上の空の歌の神子。今だけでも話を聞いてくれていることを願おう。
「俺らの第一目的は奴隷だった魚人の民の返還をして拗れた大陸関係を出来る限り良い方向に戻す事。もう一つは有益な貿易を取り付けてリスタールと友好を結ぶ事だ。」
ユウエキ?ユウコウ?と頭にハテナを出したサーシャにキツネが小声で補足をしている。ほんと便利だなあいつ。
ただなんて言ったのか、その補足もよく分からなかったらしい。困ったのか少し考えた後に「お友達なので仲良くしましょうと約束すること」と説明したのは…いや、まぁ、間違ってはないか。
「私も皆様と親交を深めることができるならそれに越したことはないのです!この世に悪い人間さんが居たとしてもそれは人魚族も同じこと。少なくとも皆様はとても素敵な人なのです!」
さっきまでぽやっとしてたくせに友好の言葉を聞いて急に覚醒した。嬉しそうに手を叩く神子を見てサーシャも真似して手を叩く。国同士の友好については深く理解は出来なかったようでキツネが悔しがっている。
はぁ、にしてもこんなにも簡単に人を信用するような小娘じゃ世間に出したくないのも当たり前かもな。
けどな、子供は囲って守るだけでは育たないことも俺は経験から知っている。こう見えて何度も失敗してここまで来てんだよ。
「勝手に盛り上がるのはいいが俺らだけではそこまで話が進められないことを忘れるな。俺らとこの国の奴らには超えられない溝がある。そんな国の神子様が友好的なのがおかしいくらいなんだぞ。」
嬉しそうに叩いていた手を止めて急にしおらしくなる神子。おい俺を責めた目で見るんじゃないぞサーシャ。事実なんだからしょうがないだろうが。
「私は確かに世間と隔絶するように生きてまいりました。身近なものが害された経験もございませんし、国民が苦しむ様子も直接見たこともないのです。私にあるのは…机の上でのお勉強の知識だけなのです。」
グルルと俺に向かって低く唸る海龍。しっかりと俺を睨んだ後、元気付けたいのか甘えた顔を神子に擦り付けている。
何で事実を言っただけの俺がここまで追い込まれているのやら。このままでは俺の居場所はどこにもなくなりそうで困る。大きく息を吐いた。
「国に閉じ込められて来た神子様にそこまで求めはしない。あんたに今あるのは神子としての確かな能力量と、神憑きとしての勘と、底知れない運命値だけだ。あんたがそれがいいと思ったならその通りに進めばいい。神子はただ先駆者の道を辿り進む者じゃない。どんなに枯れ果てた荒地を歩こうと、神子が歩いた場所ならそこが道になる。そうやって自分が行きたい場所に行けばいいだろ。」
こういう説教臭いのは好きじゃない。現に鳥肌が立ってきた。ただ若い奴らにはこういうのが効くんだよなぁ…
あからさまに表情を明るくして神子が顔を綻ばせた。ほらな。
「そうです!そうなのです!確かに、かのポセイドン初代の神子ミューズ様も、道なき海に舞うのが我らだと言っておられたのです!私たちは道なき場所で生きるのが本能ならば、何もない場所を選び進むのもまた本能!」
予想以上に変なスイッチを入れてしまった。そんな神子の様子を何だか分からないけどよかったねと喜ぶサーシャ。
よくない、何にもよくない。俺のせいだとしてもスッゲェめんどくさい予感がする。俺はまたため息を吐いた。
「私は皆様と友好を結びたいのです。私は今のところ政治に口をお出しすることはできませんが…いや、弱気になってはいけませんリュケ!私はあの息のできない部屋に戻りたくはないと決めたではないのですか!私は神子です!この世界にたった1人しかいない、第二大陸ポセイドンの神子、リュケ・メガプテラ!道なき海に道を作るものなのです!」
神子の胸元…いや、喉元か?身体の中心から神子を包んで囲うように濃い霧のような魔力が覆った。その魔力の余韻を纏わせて海龍が喜んでいる。
このタイミングで神子の力を増幅させやがったか。にしても言霊の力は想像以上かも知れない。気がついているか分からないが自分自身に言い聞かせて、それを事実として自分の成長のきっかけにしやがった。
しかも周りにもその力の破片が刺さっている。一般人ならこの言葉を糧に神子の盲信者を無限に増やすだろう。
サーシャは流石は神子なだけあって「凄い!」とただの憧れで済ましているが、キツネほどの洗脳魔法に強く耐性を持っていて、さらに薄く防護壁を貼っている状態でも夢を見ているような顔になっている。
目の前で両手を強く叩いてやったのでなんとか魔法は解けたか。これ以上は聞かない方がいいだろうがな。
「で、マイラス!私はこれからどうしたら良いのでしょう!」
盛大にズッコケそうになった体勢を無理やり戻す。こいつも全部俺にぶん投げるのかよ!女がいなくて少しは平穏になったと思っていた俺が甘かったと大きく息を吐いた。
なにも分からない純粋で無垢な笑顔がある意味狂気だとは知らなかったぞ。
俺は苦笑いも出来ずに顔を引き攣らせるのが精一杯だった。




