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第17番 人生イントロダクション


 思った以上に大事になった事に少々唖然とする。いや、確かにこの場所に巨大な海獣を出現させたのは俺なんだが。

 実は第二大陸へと向かう途中の航路で出会ったいくつかの海獣に陣を施していた。簡易な従獣にして一度きりに召喚できるようにしたやつを。

 食い物は女が取りまくってるからこれ以上無理やり増やす必要はない。ならばこういう時に召喚でもできるようにと思って使えそうな海獣を幾つか逃していたんだが…あんなデカい海獣…あれは海龍レベルか。

 ここの連中は海の生き物をザックリと脅威別で呼び分けている。魚類→魚獣→海獣→海龍といった言った具合だな。

 とにかく、海龍なんてレアなもんに陣を仕込んだ記憶なんざ俺にはないぞ。陣を仕込むくらいならその前に隅々まで観察研究しまくる。なんであんなもんが召喚されたのかこの俺でも甚だ疑問だ。

 ま、召喚されちまったことはしょうがないので切り替えて帝宮の中を散策しよう。海龍だろうと海の生き物はここの連中の方が得意分野だろうし、なんとかするだろ。


 おーおー、帝宮内も大騒ぎだな。怪我人が多いこともさることながら、海龍を抑えたのが神子で海龍ごとどっか消えたってんだから大騒ぎにでもなるよな。

 ここで疑問なのはこんだけの大騒ぎなのにどうしてこの国の皇帝が出てこないって所な訳だが…まさかこの国もグズリア同様にトップがクズなパターンか?どこもかしこも上層部は腐ってやがることで。

 俺は堂々と帝宮を闊歩しながら部屋を物色する。勿論存在希薄をかけているので誰にもバレてはいない。

 道中使っていなさそうな倉庫を見つけたのでちょちょいと転移陣を仕込む。今後はここに転移すれば問題なく侵入できるだろう。

 本来の俺は一度足を踏み入れさえすればそこに座標を定めて転移魔法を使える。ただ稀に不可能な場所もある。

 この皇江と呼ばれる場所にはこの大陸独特の魔力が満ちている。生まれも育ちも違う大陸の人間がその土地独自の魔力を使うのは無謀に近い。

 ということで、流石の俺でもそんな場所に標準も定めずに転移するのは難易度が高すぎる。 

 ま、可能でも不可能でも陣の有無で転移の楽さが段違いなのであって損はあるまい。


 さてと、様々な部屋を物色しながら先ほどの出来事を思い出す。目の前に突然現れた海龍と数多の兵士達。それを全て制す力を持った人魚の少女。

 あれが現在の第二大陸ポセイドン神子の言霊魔法。まさかあれほど凄まじいものだとは思わなかった。

 命令文などでなく、あくまでお願いという文言にも関わらず防衛魔法をかけていた俺ですら身体が一瞬硬直した。あれに反発できる人間はこの世に居るんだろうか。せいぜい魔女レベルでなんとか、といった具合か。

 もし本気であの神子がそういう言葉を口にしてしまえば容易く人は生を止めるだろう。そう思えるほどまでに強すぎる魔法だった。

 俺には気安く人の命を奪う代償が何かは知らないけどな。


 そもそも言霊魔法自体を持って生まれる者はここではそれほど珍しくない。神子の後に遅れて出て来た数人の少女達は皆、言霊魔法を強かれ弱かれ使えるはずだ。

 この大陸では幼年期に言霊を扱えた者が全て国に集められ、見習いと呼ばれて生活をする。

 一応男女共に言霊を使えた者は集められるらしいが、見習いとして集められた男性はいても過去で神子になった例はないらしい。声質やら魂やら何かしらがあるのかもな。

 大人になってから言霊を習得する者もいるにはいるが神子になるものは生まれながらの言霊を持っている者という条件がある。生まれながらの言霊は習得されたものより強さが別物なほど違うらしい。だからこそ国が保護するために一様に例外なく集められるというわけだな。

 ま、昨日の偽神子を見る感じでは神子の身代わりに公務をする役割もあるんだろう。神子を手元に持ちつつ、神子の身代わりすら育てる事ができるなんて効率の良いことで。


 はぁ…にしても無駄に広い建物しやがって…。自分の現在地すらわからなくなるくらい歩き回ってからようやくそれらしい情報のある部屋を見つけた。

 ここは資料庫か何かか。無駄に広く無駄に物が多い部屋の中をゴソゴソと探し回る。皇江の奴らがみんな神子様を探しに行ってくれて助かったよ。おかげで捜索する時間は潤沢にありそうだ。

 つかもっと整理整頓しとけよな。舌打ちを連発しながら積み重なって崩れる寸前の書類を少しずつ発掘する。国の予算、水路の増築案、有権者の会合予定…あー、あった。

 部外者が開けられないようにか陣で鍵がされている小さな金庫。こんなちゃっちい陣の一つくらい俺には無いも同然だけどな。

 苦もなく開けて早速中身に目を通す。どれもこれも極秘資料と書いてくれているなんて親切な奴だな。

 えっとなになに…うわ、自警団にタイザイ…大罪?罪…?なんのことなんだ…あ?…皇帝失踪…?嘘だろ…

 やっぱこの国もクズだったか。ったく、どこの国もなんでトップがクズばっかなんだよ。呆れて声も出ない。

 現在皇帝は病気療養中ってことにしてあり、公務は皇弟が取り仕切っている、と…なんで皇帝が消える必要がある。

 どんなに書類を確認してもそこについて言及はなし。ちっ、こういうのは侵入者が情報欲しいかもしれないだろう事を考慮してもっと細かく書いておけっての。


次の書類は神子のことか。


リュケ・メガプテラ 14歳 女

神子の紋が発印したのは齢3つ。見習いの少女お披露目の場でのこと。国中へのお披露目の放送にて、眠り歌の選曲だったために国中の者が三日三晩眠り続けるという事件が発生。(一番長い者で十日間眠り続けた)歌なき三日間と呼ばれるこの日から神子が日常で喋ることは無くなった。

と、ふーん、なるほどな。三つの子供が三日間も1人で過ごしたのならばそれはトラウマだろうな。そんなこともあってか少々過保護気味に育てられているらしい。

 大事な大事な神子様ってのはわかるが一生を押し込めて生きるにはあまりに大きすぎる力だ。必ずどこかで亀裂が入る。

…もし俺がこの状況の神子ならば、今日のこの騒ぎに乗じて逃げ出すな。外を知らん小娘が逃げ続けるのはあまりに現実的じゃないとしても。

 俺も一応後で探しに行ってみるか。もし先に国の奴らに見つかって連れ戻されたなら本人に直接話をしにくればいいだろう。もし本人が望めば連れ出すのもいい。俺は使えるもんは使いたい主義だからな。

 さてと、あらかた欲しい情報も手に入ったことだし、一度お暇でもするかなっと。

 俺は足元に陣を光らせて転移陣を発動させるとキツネたちの待つ宿に戻った。





 宿の中の光景は出て来た時とほとんど変わら無い。イヌが武器を磨き、キツネが何か書物をしている。

 強いていうならサーシャが寝具の上で寝ていることとキツネの座る場所がわざわざサーシャのすぐ近くになっているくらいか。


「なんか変わったことはあったか?」


 最近はいきなり俺が現れることにも慣れたのかいつ何時に帰ってきても軽い反応である。だが今日はほんの少し違う。キツネが何か戸惑ったように眉を顰めていた。なんだ、何かあったのか?


「大したことでは無いのかも知れませんが…」


とキツネは大方のあらましを教えてくれた。


「…サーシャが夢で魘されていたと。」


 こいつら神子に関わる者には夢見というものを教えてある。神子に関わらず神に関わるものは何か重大なことがある場合、夢に出ることが多い。

 夢の中は魂が肉体と離れ一番無防備だから入り込みやすいんだろう。それを神自ら保護しているとも言える。

 とにかくサーシャが寝ている時に何かあれば具に報告するように伝えてある。

 サーシャが夢で魘されることは今までも実は結構頻繁にあった。森にいる時はサーシャと共に寝ている女曰く、数日に一度の頻度で昔のことを夢に見ているらしかった。この俺にも心の傷を癒す薬は生憎持っていない。こればかりは時間に癒してもらう他ないだろう。

ただ今回の魘され方はそれとは違ったようだ。


「アサヒ様に姫様が魘されている時は頭を撫でて差し上げれば落ち着くと…そう伺っていたのですが、明らかに様子がおかしく…魘されるというより泣き叫んでおりました。途中何度も何かを触ろうとしてはできないというように、手が何度も宙を切る仕草まで。流石に見てはおられず揺さぶったのですが起きる気配もなく、そこでセラシィ殿の卵から何か霧のようなものが広がっておりますことに気がつきました。解析は生憎弾かれてしまいましたが、何かの魔法を不死鳥様が扱っていたことは確かでしょう。それはほんの一間の事でしたが、その後に急に姫様の力が抜けて簡単に目を覚まされました。」


 サーシャ様は何かヘビ殿に伝えたいことがあるため帰って来たら起こすようにとおっしゃっておりました。とサーシャの眠る寝具を指差す。

 掛け布団を少し捲ると安らかな寝息を立てて気持ちの良さそうに眠っている。ただ目元は薄らと赤くなっているし魔力の消費も見える。何かがあったのは確からしい。


「まだ寝付いてからそんなに時間も経ってないんだろ。もう少し寝かせてやれ。」


 捲った布団をそっと元に戻して小さく魔法をかける。神子様相手に魔法は中々効きずらいが、ほんの少しでも安眠できるように精神を安定させるものを。例えこれが気休めでも悪夢に魘される地獄は残念ながら俺も知っているからな。


「俺はまた出てくる。夕飯までには帰る。」


 そう言いながら転移陣を出しかけたところで完全に空気だったイヌが声を出す。


「おい、俺もそろそろ暇なんだが外は出てもいいのか?」


 丸一日部屋に押し込めるのは…まぁ獣にはキツイか。キツネには帳簿の整理を手伝ってもらっているが、こいつに事務作業を任せるのは…。

 かといって外に出られるのも…女の今の状況を思い出して苦笑が漏れる。サーシャの護衛の名目でここに居てほしかったがキツネも居るし部屋にはトラップもかけてある。最悪何かあればすぐに俺に警告がなるようにしたし。


「あー…お前も来るか?」


 こういうところがイヌっぽいんだよなといつも思う。一瞬目が輝いたのを俺は見逃さなかったぞ。ぶっきらぼうに見えて嬉しそうに出る準備をするところもな。


「つーことで1人にして申し訳ないがあとは頼んだ。何かあれば通信石で連絡してくれればすぐに帰れるようにしておく。」


 お任せくださいと同じ姿勢のまま軽く引き受けるキツネの姿を見ながら人手って大事だよな、としみじみ噛み締めながら俺は転移した。


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