第16番 旅は道連れ珍道中
小さなリュケさんを抱きしめてどれほど時間が経ったんだろう。どれだけリュケさんが泣き叫んでも、あたしが泣いても、透き通る腕では何もできなかった。昔のことだとしてもこんなに幼い子供が長い間たった1人で泣き続けたなんて…
(あたしは、いつも、無力だ…)
自分も何もできない小さな子供だ。何もできない自分がいつも嫌になる。あたしには力がなくて、泣いているリュケさんは過去のこと。今あたしが何かできたところでリュケさんの過去はきっと変わらない。それでも…
(力が欲しい、私は…いつも、何もできない。)
泣くしかできない自分が嫌いだ。冷たい牢の中で重たい枷に括られて横たわっていた日々を思い出す。
寒い。今は近くにいた友達も…隣にお姉さんもいないのに。胸の奥が寒くて冷たい。
『トモ、悲し?ゴメン、ネ。とも、強い、かラ。トモねがう。とどく、クルル。』
届く?何が?突然聞こえてきたセラシィの声に疑問を持っても返事は返ってこない。いや、そんなことしてる暇は無いんだ。胸が張り裂ける泣き声を聞き続けて、サーシャは必死だった。
『友、声、届く。力、かせる。ねがって。クルル。』
貸せる…何の事かわからない、けど…でも、ほんの少しでも、あたしにできるなら…あなたの力になりたい。
「…大丈夫だよ。リュケさんの声は素敵だもん。」
優しく、語りかけるように私は小さなリュケさんに話しかける。たった一回夢の中で出会っただけなのに、あのほんの少しの間でリュケさんの優しさはわかったよ。だからこれは、あたしの底から出た本心。
「リュケさんなら大丈夫だよ。だって、とっても優しいもん。」
急に何かの悲鳴と、それに応えるリュケさんの声が聞こえた。まるでいくつもの心が混ざって溶けて、目の前の光景があやふやになっていくみたい。
腕の中にいた小さなリュケさんはいつの間にか消えて、今の大きなリュケさんが走っている姿が見えた。何があったのか今だに理解が追いつかないけれどあたしの胸の中には、自分じゃない、誰かの強い心がここにあった。
(よかった、大丈夫そうだ。)
張り詰めた心がようやく溶けて、あたしは朧気な世界から崩れるように落ちていった。
「…め……ま…ひ…めさ…姫様、姫様!大丈夫ですか?」
目を開けると心配そうにこちらを見つめるキツネさんがいた。少し離れた場所にいるイヌくんもチラチラこちらを見ている。いつの間にか寝たのかな。
「キツネさん、どうしたの?」
何故か安心した顔のキツネさんがどうぞと水を渡してくれた。水を飲もうとして自分の顔を触れときほっぺたが濡れてた。それで初めて自分が泣いていたことが分かった。
ようやく夢のことを思い出す。あれは…ただの夢なんかじゃない。全部本当の現実のことだ。
「その、姫様がいつの間にか眠りについておりまして、僭越ながら寝所にお連れしようとしたところ…急に魘され始めたもので…揺すっても起きませんし、苦痛は大きくなるようで…。ヘビ殿もおらぬ今どうするべきか思案していたところ目覚められて…何もないようで安心いたしました。」
青い顔が少しずつ赤く色づいていくキツネさんを見ながら本当に心配させたんだな、と申し訳なくなる。
それと同時に胸元の卵が動いた気がしたのでセラシィも謝っているのかな。やっぱりあれはセラシィがやったことみたい。
…でもやっぱり何のために起きた出来事なのかサーシャにはわからなかった。
「心配させてごめんなさい、あたしは大丈夫だよ。あのね、またマイラス、に…言わなきゃいけない…こ…とが…あ、るから…マイラ…が…帰ってきたら…おこし…て…」
夢で過去を見たことも神子の力を使ったのかな。急に襲い掛かってきた眠気に勝つこともできなくて、サーシャは今度は夢もない暗闇に落ちていった。
___________________
「あははっ、すっっっっごい楽しかったねぇ〜!」
また大きくなってくれたドラゴンちゃんの上で大の字に寝転ぶ。その隣で私と同じように寝転ぶリュケも楽しそうにしている。
「楽しい、楽しいのです!初めてです!私はこんなに自由なのは初めてなのです!」
ドラゴンちゃんの背中でゴロゴロと遊び足りないのか暴れ続けてるリュケが面白い。ドラゴンちゃんも一緒にはしゃいで疲れたのかノンビリと水に浮かんでいる。
「人魚さんなのに海で泳いだことなかったの?」
あ、聞いちゃいけないことだったのかな。ゴロゴロが急に止まった。身体が微妙に斜めってるせいで顔全体に青い髪の毛が貼りついちゃってる。
「えっと、私はその…こ、言霊魔法が強すぎて、他の人と同じようには…一緒には、生きていけない、のです。」
歯切れの悪そうにリュケは呟く。張り付く髪の毛で表情は良く見えない。
私はみんなよりも感覚が鈍い自覚があるし深く聞く気もないけど、この言葉が全部本当なわけじゃないことくらい分かった。ま、みんなそれぞれ事情があるよね。
「よくわかんないけどリュケの声も歌も素敵だよ。私は両方大好きだな〜。」
私にはこう言うのが精一杯だ。本心だし。リュケの方はなんとなく見なかったけど全く動く気配がなかった。やっぱまずい事言ったかな?
あ、そうそう。空気読まなくて悪いんだけど、もうひとつ先に聞かなきゃいけないことがあった。
「あの〜、ちょっと話変わるんだけど…リュケって誰かに追われてたり、する?」
やっぱり無言なのでリュケを見ると軽く体を起こして真っ青な顔でこっちを見てた。す、凄い色だけど大丈夫?
「な、なぜそんなことが分かるのですか?それも魔法なのですか?」
驚いてるのか慌ててるのか綺麗な声がうわずってる。おおっとやっぱ結構まずい状態?
「いやぁ、単純に…なんか船みたいなのがいくつかと沢山人が近づいてきてる…から?」
リュケの顔色がさらに悪くなったけどすぐに隠すように下を向いてしまった。そのまま何度か大きく息を吸ってリュケはニッコリと笑った顔をこちらに向けた。
「ごめんなさいアサヒ。時間みたいなのです。私は帰らないといけないのです。」
リュケはその場に立ち上がって顔を両手で強く叩いた。い、痛そうな音が響いたけど、大丈夫?
「楽しかったのです。私は今日のこと、きっと…絶対、一生忘れないのです。」
えっ、ちょっ、なんで急に今生の別れみたいなこと言い出したの?
私は完全に置いてけぼりな状態なのにリュケはドラゴンちゃんにも別れを言い出してる。
「ちょ、ちょっと待って、え?お別れなの?」
ドラゴンちゃんの方からこちらに振り向いたリュケは笑顔のままコクンと頷いた。そんなリュケにドラゴンちゃんが哀しげに顔を擦り付けている。
「先ほども言いましたが、私は他の人と普通に生きていくことができないのです。私は…ようやくできたお友達を…失いたくはないのです。私がどんなにお願いしたところで立場の弱い私の言葉を聞いてくれるか分かりません。…だからお願いなのです。アサヒ、私のことを忘れて、ここから逃げてくれませんか?」
忘れて?逃げて?嘘だ。そんな悲しい笑顔で言われて、はいそうですかって、言えるわけないじゃん!
私の耳飾りがリーンと薄く響いた。
「…ねぇ、リュケ、あのさ、その…よくわかんないけど、リュケはその場所に戻ってさ…今日みたいに遊んだり歌ったり、楽しくて笑える日は…あるの?」
その質問にリュケは顔をこわばらせただけで何も言葉にしなかった。ほら、それが答えなんでしょ?
「私は何にもわかんないし何にも知らない。だってさっき会ったばっかりだし。それでも、一緒に遊んだ友達を放っていくのは無理だよ。普通に嫌だ!」
リュケは一度下に目を伏せた。それでも再びこちらを見た笑顔は悲しいほどに嬉しそうだった。
「偶然出会えた縁ですが、私はアサヒに会えてよかったのです。」
リュケは首の後ろに手を回して薄緑のチョーカーを外した。なにをしたいのか初めはわからなかったけど、指先で示した喉元の何かを見せたいらしかった。
「改めまして私、第二大陸ポセイドンにて神子をさせていただいております、リュケ・メガプテラと申します。…騙していてごめんなさい。」
その喉には指で丸を作ったくらいの大きさの円形の痣。長細いヒモ…ヘビだ、蛇は蛇でも多分、海蛇。海蛇がぐるぐると渦巻きになっていて、それを斜めに分断するように何か長細い棒状のものがある模様。
初めて見るけど私はそれが何か知ってるんだよね。だってサーシャちゃんのお腹にあるのとおんなじ、神子の痣だから。
へー、リュケは神子だったんだ〜。歌もうまいし言霊魔法っていうのも強いみたいだし、何か秘密があるとは思ってたけどね。
ふーん、これが第二大陸の神子様の痣なんだね〜と物珍しさに見つめてたんだけど何故かリュケの方が動揺し始めた。
「あ、あの、アサヒ?私、神子なのですが…」
大丈夫、ちゃんと聞いてたよ!だから言霊魔法も強いし歌もとっても上手なんだね。と答えたら何故かもっと動揺し始めた。
「え、あの、嘘じゃなくて…本当で…」
あ、なるほど。私が信じてないと思ってるのか。そこは大丈夫!勿論バッチリ信じてるよ!だってね、
「私の身内にも神子様いるからね!第三大陸の神子様なんだけど…あれ?そういえばサーシャちゃんと夢の中で出会ったんだよね?」
その言葉を聞いて、まんまるにした瞳を落としそうにしながら、リュケは大きく唾を飲み込んで噛み締めるように一つ一つ言葉にした。
「サ、サーシャ…様というのは、その、小さくて、可愛くて、緑の…新緑の瞳で…」
特徴がここまでバッチリ合う可愛い子がこの世に2人いるとは思えないので全力で肯定する。そうそう、茶色のふんわりした髪のなでなでしたくなるような子!
リュケは一言、小さく口の中で呟いた。
夢じゃ無いのですね。
それに答える前に、空気をぶった斬る不協和音が鳴り響いた。
「リュケ様ぁぁあああ!!!!!」
あ、やば。長い事お話してたせいで追手?が見えるくらいの距離まで来ちゃった。結構沖まで来てるはずなんだけど、こんな海の真ん中までよくたどり着いたよね。こっからじゃ陸もほとんど見えないのに。
…にしてもこのビブラートの効いた低い叫び声、どっかで効いたことあるような…
目を凝らしてその船の方を見る。船首にあの私たちを街に案内したマッチョおじいちゃんがいた。それを筆頭に船が四つあって、それぞれ大きな海獣が船を引っ張っている。大きな海獣って言ってもこのドラゴンちゃんの半分もない大きさなんだけどね。
あ、やばっ!!すっかり忘れてたけど私の存在がバレちゃいけないんだった!!
「リュケ!逃げよ!」
私が差し出した手を不思議なものを見るように見ていたリュケ。ああ、急がないとすぐに追いつかれちゃう!
「リュケ!私はまだリュケの歌が聞きたいの!」
その言葉を聞いたリュケがビクッと体を強張らせて私の目を見た後、ゆっくりと手を差し出してくれた。よしっ!そう来なくっちゃつまんないよね!
でもごめんね、時間ないからさ。私の手でリュケの小さくて白い手をガッシリと掴んでニコリと微笑む。最近はもう力の制御もかなり出来るようになったからこういう事も出来るんだよ!
「さードラゴンちゃんもいっくよぉぉ〜!」
さっきルンルンと2人で遊んでた時に生み出した新技があるんだよねぇ。こう言う時こそ使わなくっちゃ!
今度は逆に状況に置いてかれてるリュケを私は横抱きで抱えた。キャって上がった悲鳴がかわいい。よくわかんないけど多分コレが女子力。
「ドラゴンちゃんもついて来てね!」
キュゥー!と元気に返事が返ってきたから多分着いてくるでしょ!
私は勢いよく海に飛び出してその勢いのまま、海の上を走った。




