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第12番 子守唄は波の音


 今日の夢は何だか変だ。音もなく落ちた夢の中でサーシャは周りを見渡す。いつもみたいにお母さんの存在を感じることもないし、自分の存在があやふやになったみたいだ。

 あ、もしかしたらまたリュケさんの夢の中に入れたのかもしれない。サーシャは少し喜びながら更に周りを見渡した。

 でも昨日リュケさんの夢の中にいた時とは明らかに違うみたい。水の中とは違うし、だからといって現実みたいなどこかに立っている感覚とも少し違う、まるで空気に溶けたみたいで、すごく不安定だ。


 知らない建物の中でふよふよと漂ってみる。ここはどこなんだろう。岩肌みたいな材質なのに閑静な見た目でとても綺麗な建物。

 周りをぐるりと見渡してみてもどこなのか検討すらもつかないや。キョロキョロ周りを見渡していると人魚の女の人がすぐ近くを通ってビクリと体が竦んだ。

 …あれ?このお姉さんには私の姿が見えてないみたい。何人かが横を通ったけど誰も反応がない。触ってみたけどどの人魚さんもこちらの手が透き通るばかりで何もできなかった。

 ここは本当にどこなんだろう。とても静かで水の中みたいな泡の弾ける音しかしない。不安になってきて胸元の卵に手を伸ばすといつもと違う暖かさを感じた。


「…もしかして、セラシィがここに連れてきてくれたの?」


 セラシィから言葉はなかったけどピコンと動いたのが返事だと思った。こんなことができるなんてセラシィもやっぱり不思議な子だなぁ。

 でもわざわざここに来たのには何か理由があるはずだよね。ぼーっと立ってても仕方ないのでとても広そうなこの建物内を歩いてみる事にした。


「うわぁ…これどうなってるんだろう。」


 廊下の窓から外を覗くと思わず声が出ちゃった。自分のいる建物はお水の中にあった。

 透明なガラスの窓がはまってるのかと思ったけど手を伸ばすと直接冷たい水が手に触れる。これはどんな魔法なんだろう。


「あはははは!」


 突然、甲高い笑い声がいくつも響いてきて驚いた。どこからなんだろう。声の元を探すと小さな人魚の女の子たちが楽しそうに歩いていた。

 一番後ろを少し遅れて歩いてる3歳くらいと5歳くらいの人魚は一番仲良さそうに手を繋いでる。あたしも昔、お姉ちゃんと遊んだ帰り道に手を繋いで帰ったことを思い出して胸がじんわり暖かくなった。

 一番前と一番後ろを歩いている大人の人魚さん以外に子供が7人。お散歩なのかな?すごく楽しそうだな。

 どこに向かうのか分からないけど何となくそれに着いて行く。ちょこちょこ歩く姿は後ろから見ても可愛いね。


 少し歩いて辿り着いた部屋は子供達全員が入ると少し狭いくらいの部屋。窓から外を見た感じ、建物の一番上のお部屋みたいだ。

 ここは壁も床も真珠みたいに白くてつるりとした光沢で光り輝いてて綺麗なお部屋。でもそれ以上に、真ん中にある大きな深い青色の石がとても綺麗だった。

 この石は魔石なのかな?ただの宝石には見えない不思議な力を感じる。でも、あたしの両腕を広げても持てそうにないくらい大きい魔石なんて初めて見た。ここは何をする場所なんだろう。


「さぁみんな、練習したお歌を精一杯歌いましょうね。」


 大人の人魚さんの言葉に、はぁーい!と子供たちの元気な声が部屋に広がる。こんな狭い部屋でお歌の発表会みたいなものでもするのかな。

 前に居た子たちはみんな元気に手を上げて返事をしたのに、一番後ろで手を繋いでた小さな方の女の子だけがもじもじと不安そうな顔をしている。


「リュケ、どうしたの?」


 大きな方の子が小さな子に声をかける。リュケって…リュケさん?まさか昨日の夢で会った神子様の?じゃあここって…昔の記憶みたいなものなのかな。

 どうしてあたしがここにいるのか益々分からなくなってくる。


「あのね、リュケね、ちゃんとおうたうたえるかな…」


 涙をいっぱい溜めたリュケさんが下を向いて消えそうな声で言う。声が震えていて緊張してるのが伝わってくる。こんなに小さいんだもんね、不安にくらい思うのかも。

 そんなリュケさんの顔をギュッと挟んだのは手を繋いでた仲良しさん。覗き込むようにリュケさんの顔を持ち上げるとニッコリと笑った。


「だいじょうぶ、お姉ちゃんがお手手つないであげるから。ね?いっしょうけんめい歌えばいいんだよ!」


 そうか、この2人は姉妹なんだ。よく見ると顔もそっくり。手を繋いで仲が良さそうだったのはお姉さんだったからなんだね。

 あたしもお姉ちゃんとの思い出は暖かくて大事な物だから、2人のことが微笑ましいな。


「いっちょけんめい?」


 リュケさんがコテンと頭を傾げながら聞く。一生懸命が分からなかったみたいで不思議そうな顔をしてる。そんなリュケさんにお姉さんはちょっと考えてから言い直した。


「えっとね、リュケが楽しく歌えばいいの。お姉ちゃんもいるから楽しいでしょ?だからそれでいいんだよ!」


 その言葉を聞いてリュケさんはにっこり笑ってうんと頷いた。よかった、きっとこれで大丈夫だよね。

 他の子達はもう歌う準備が万端なようで大きな石を囲むように並んでいる。そこにリュケさんとお姉さんが並ぶと、大人の人魚さんの1人が指揮者のように後ろから声をかけた。


「さあ、みんな、始めますよ。せーの!」


 大人の人魚さんが大きく手を振って、子供たちがみんな息を大きく吸って、お歌が始まって。 


 何の音も聞こえなくなった。


 子供達はたった数フレーズを口にしただけ。お昼に聞いた放送とは違って、ちゃんと歌詞のあるお歌。みんな深く眠ってとか何とか、そんなフレーズの歌詞だった。

 この場に立っているのはたった1人。ポツンと立つ小さな人魚の女の子。リュケさんだけだった。

 他のみんなは子供も大人も地面に崩れるように倒れていった。何があったのか分からないのか、幼いリュケさんが周りをキョロキョロと見渡している。


「ねぇね…?」


 お姉さんの手が離れたのが分からないのか、自分の手を何度もにぎにぎと繰り返しながら見つめている。

 その目は地面に落ちたお姉さんの手に移っていって、お姉さんの顔を見て、リュケさんは地面に座りこんだ。


「…ねぇね?ねぇね、ねちゃったの?おねんね?」


 眠るお姉さんを乱暴に揺さぶるけど、目を覚ましそうになかった。あまりに一瞬の出来事で誰かに攻撃でもされたのかと思ったけど、違う。

 マイラスが前に言ってた。第二大陸の神子は歌の魔法と…言葉の魔法、言霊が使えるんだ。言葉に、声に、意思を乗せて相手をその通りにできる魔法。

 ああ、リュケさんが夢の中でしか歌えない理由がわかった。


 目の前で現実を理解してしまったのか、泣き出した小さな人魚に声をかける人は誰もいない。全ての人は皆、きっと眠りに落ちている。リュケさんの泣きじゃくる声がだけが響く水の世界。

 それがどんなに酷く胸を刺して、痛くてたまらなくなっても、あたしには何もできない。

 絶叫のように泣き叫ぶ姿があまりに辛くてあたしは思わずリュケさんを抱きしめたけどその体は透き通るだけ。あたしには何もできない。


「う゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 いつまでも泣き叫ぶリュケさんの隣に居ても、あたしにはただ、泣くことしかできなかった。



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