第3番 人魚の心も薬になるのか
「いやはや、同胞が申し訳ありませぬ。どうかこのじじいの顔に免じてお許しいただきたい!」
最初の謝罪とは比べものにならないほどの深く下げられた頭に一同困惑しているな。
俺はまぁ、正直予想内だ。初めに島に足を踏み入れて町の方まで無傷で来られたことすら奇跡だと思った。まぁ、どんな攻撃されても魔法障壁張ってたから危害加える事は無理だろうけどな。
考えれば簡単な話だ。魚人族は多種族から色んな目的で狙われやすい。水の中では強くても陸地に上がればいいオモチャ。
国によって魚人族は人間以下の家畜扱いのところもあれば、血肉が薬になるという迷信をいまだに信じている愚かなやつらもいるらしい。もし一度奴隷になってしまった魚人が五体満足で帰って来られるか…。
そもそもうちの元奴隷の中にも4人は他の種族と血を混ぜられたやつがいる。それはただの娯楽の目的もあったのだろう。催しの一つにする奴らすら居る世の中。血反吐を吐きたくなる悪趣味だ。
耳を削がれたやつも、足が使い物にならないやつも、歌えないやつも…全部俺ら人間族がやったことだ。それをもしも身内にやられたら?許せる奴に心があるとは俺は思えないな。
「あの、顔、あげてください。あの、怒ってないですから。」
張り詰めた空気に耐えられなかったのか、サーシャが小さく声をかけた。その目には涙が溜まっている。優しいってのも考えものだな。
「我らが神子様がそう仰っています。そもそも今回のことは私たちの方に非が大きい。どうか頭をあげてはいただけないでしょうか。」
それでも頭をあげない様子を心配したのか、サーシャが肩に触れた瞬間、弾くようにその手をじじいが跳ね飛ばした。一瞬見えたその目は、鋭く血走っていた。
だがそれもほんの一瞬のことですぐに最初の顔に戻る。表面上は平謝りに平謝りを重ねてはいるが、…かなり根深いな。
「恨むぞリスタール国王…」
その小さな呟きを聞いたのはあからさまにこちらに目を向けた女だけだった。
「長いこと船に押し込めてしまい申し訳ありませんでしたな。後ほど我が国の神子様との謁見になりますのでしばしお待ちいただきたい。」
船の気まずい沈黙を長ーいこと耐えてようやく皇江と呼ばれる場所に案内される。
第二大陸の陸地中央。ここは潮の流れの中心部になっており街に綺麗な海水を常時流し続けている根源。その根源は大きな湖に見えるが湖の底には透明な石で形どられた帝宮がある。
これがアトランティス皇国が水の都と呼ばれる所以。水底に沈む帝宮だ。
俺らは帝宮の外の石造りの建物の中に通される。正直黙って帝宮内に連れていかれなくてよかったと安堵した。水の中で殺意でも向けられたものなら、これだけの身内を抱えた状態では武が悪過ぎる。
いつもはウザい程うるさいくせに、先ほどから全く喋ることが無くなってしまった女の方を見る。柄にも無く気落ちしてんのかと思ったが、何かを手の中で弄んでいた。石…か?いつ拾ったのかそれを何故か大事そうにしている。
サーシャも先ほどのはショックが大きかったのだろう。どうにか元気付けようと話しかけるキツネに向けている笑顔がぎこちない。
その手は胸元の不死鳥の卵を握っている。サーシャが不安な時によくしている行動だ。
「おい、マイラス。」
部屋の隅でほとんど空気になっていたイヌが俺のそばに寄ってくる。こいつはなんとも思ってなさそうに平然としているな。見た目は若いがなんやかんや人生経験が多そうなことをロゼに聞いたしそんなもんか。
「さっきのジジイといい泣き喚くガキといい…あれか、この国は同族至上主義だかってやつか?ガイアを経つ前にロゼになんかそんなことを叩き込まれた気がすんだが。」
違った。こいつ意外と馬鹿だった。ここに来るまでの船の中で静かだったのが奇跡に近かったのかもしれない。
呆れを混ぜたため息を吐く。イヌと女がよくぶつかってるのは所詮、同族嫌悪ってやつか。
「いいか、お前ら。この国の奴らは身内や友を人間に奪われた者が多い。俺らと同じ人間族に、な。それがどんな亀裂を産んでいるのかすでに分かっただろ?この国に歓迎されるのは諦めろ。俺らがやったことじゃなくても相手の中にはそんなこと関係ない奴らだっている。無理だと思ったらすぐにここを発ってもいい。その心構えだけはしておけ。」
その言葉に各々違う感情を滲ませる。
神子であり元奴隷の少女
神子の奴隷化を手引きした男
仲間を奴隷化から守っていた青年
何も知らない異世界から来た女
それぞれの見える世界は違うだろうよ。
「皆さん大変お待たせしました!我がポセイドンが誇る水歌の神子ことリュケ様にございます。他大陸の要人様とて無礼はどうかご遠慮願います!」
何か大きな布で隠されるように人が入って来る。シルエットしか見えないが背が低く華奢な体躯に長い髪。
「此度は、我らが同胞をここまで送り届けたこと、感謝する。大義であった。」
意外と声が幼いな。年端も行かない少女なのかもしれない。つか俺らには最後まで姿を見せない気か?こっちにも同等の立場が居る割には偉そうな態度に思われても仕方ないぞ。
「こちらこそ、私たちの仲間が酷いことを致しましたこと、大陸の代表として謝罪させて頂きます。本当に申し訳ございませんでした。」
サーシャのセリフと同時に皆で頭を下げる。船の中で練習しただけあってかなりスムーズに言えたな。流石サーシャだ。
「そして謝罪になるかわかりませんが…「それでは神子様はここで失礼させていただきます!」
サーシャの言葉に続いて口にした俺の言葉を遮るように神子が出ていく。は?ちょっと待てよ。たった一言交わしただけでさっさと終わる気か⁈こっちも神子同伴だぞ?神子同士は対等な立場なはずなのにそれを向こうは切りやがった。これは癪に触るだろ。
「話の続きは私めが聞きますのでどうかまた暫くお待ちくだされ!」
それだけをジジイが俺らの場所に投げ言うとまたどこかに行ってしまった。
「なんなんだよこの国…」
呆れた顔のイヌのセリフは最もである。仮にも大陸代表の要人に向ける態度ではないな。
「ん?サーシャちゃんどうしたの?」
女が隣にいたサーシャと何か話している。大仕事が終わって緊張が解けたのかと思っていたがサーシャの顔は何か考えるような顔だ。
「サーシャ、何か言いたいことでもあるのか?」
少し俯いて考えるそぶりだったサーシャは俺の方に振り向いて歯切れ悪く言った。
「さっきの人…神子じゃない。」
…は?と口にしかけてサーシャの確信を持ってまっすぐ見つめてくる瞳に噤む。
世界的に見ても神子同士が会合することは稀だ。しかも今回はお忍びでの状態。本来なら国をあげての歓迎でもおかしくない会合が俺らの大陸の奴隷返還という都合の悪い部分を見逃してほしいという勝手な願いでお忍びになった。
正直まともな話し合いになるとは思ってなかったが…まさか偽物をよこされるとは随分舐められたもので。
「でもね、近くにはいると思う。」
「わかるのか?」
サーシャは広げた両手をそれぞれのこめかみに当てて何か唸っている。…こういう小さい動き方がなんか女に似てきてんだよなぁ…
「…んー…詳しくはわかんないや。多分あの水の中の建物にはいると思うんだけど…」
そうか、一応神子は近くに存在しているらしい。
…いや、サーシャが相手の神子の存在に気がついてるなら、相手にもこっちの神子の存在に気がついているんじゃないのか?本物の神子と会合が叶わなかったことが向こうの神子の意思なのかはわからんが、昼の放送の魔力からしてあの歌が神子のものであることは間違いないはずだ。
はぁ…面倒なのでさっさと帰りたいが…どうにかここに滞在する必要がありそうな気がする。
「いやはや何度もお待たせして申し訳ない!」
勢いよく扉を開いてまたジジイが飛び込んでくる。こいつ声だけじゃ無くて存在がうるせえな。
「皆様、長旅にお疲れでしょう!宿をご用意しました!さあさあ他大陸の者には慣れぬ部屋かもしれませぬが最上のものにござります!新鮮な海の幸もございますゆえ今宵はごゆるりと!」
こちらが何か言う前に捲し立てるようにそれだけ言って、あとは御付きらしい下っ端にぶん投げてジジイは顔を引っ込めやがった。
おいコラジジイ!さっきは話を聞くっつったよな?口から出まかせか?
「海の幸だって!一体どんなのかなマイく…ヒェっ、マイ君…?」
俺に話しかけようとした女が固まる。おい、俺の頬を突くんじゃねえ、俺はただ少しばかり…イラッとしてるだけだ。
「お前ら、宿とやらに行ったら、作戦会議するぞ。」
俺ら第三大陸ガイア代表、神子様御一行に舐めた態度をとったこと、後悔させてやるよ。




