第2番 世界で1番下手な人魚姫
「着いたああぁぁ〜ー!」
久しぶりの陸地が嬉しくて船から飛び降りた後に地面の上を何度も何度もぴょんぴょん跳ねる。何日…んー、2…3週間は経ってるっけ?毎日海しか見てなかったからもうわかんないや。
とにかく陸地が嬉しいのでその場で屈伸を繰り返す。遅れて降りてきたサーシャちゃんも嬉しそうに私の横で体を伸ばした。
私の背中で移動した時みたいに酔っちゃうのが心配だったけど、船酔いがなくて本当によかったね。こんな長い間酔ってしまったらサーシャちゃんのちっちゃい身体無くなっちゃいそうだし。
「てめぇも手伝えや!」
おっと、船の上からイヌ君が叫んでいる。船からは乗っていた魚人の皆様を下ろす作業が始まってた。私も手伝わないとね。
乗っていた魚人種の方の人数は18人。そのうち子供は3人。人間と魚人のハーフの人が子供2人と大人1人の計3人。獣人種とのハーフだからって一緒に着いてきた人間の女性が1人。
ハーフの子は見た目、思ったよりも人間に近いね。髪も青より茶っぽいし鱗と鰭も無い。強いていうなら髪の毛の手触りが違うみたい。
あ、でもみんな歌はうまいよ。歌のうまさが遺伝するって何だかオシャレだね。
魚人族18人と人間の女性1人、マイくん、私、サーシャちゃん、犬くん、キツネさんの計24人の船旅。結構窮屈だったね〜。
みんなが船を降りるのに手を貸しつつ乗っていた船を見上げる。船の形は日本のと似てるけどそれよりもちょっと深いかも。
完全木製なんだけど蜘蛛の森の木を使っているから多分鉄よりも丈夫なんだよね。船は一軒家くらいの大きさで後ろ半分に屋根…形的に家が付いてる感じかな。その中で休める感じ。狭いけどちゃんと台所もお風呂もトイレもあるし結構快適だよ。
そうそう、海の途中でもすっごい大きな魚?…んー、アシカのビックサイズみたいなやつとか、とりあえずなんかいっぱいの生き物と遭遇したよ。
マイくん何か出てくるたびに私を呼んであとは頼んだとかいうんだもん。私、海で泳いだことないから不安だったんだけどな〜。
でも意外と普通に泳げたし、美味しそうなお魚いっぱい取れたし、なんでもいっか。
「おい、点呼とるぞ。」
イヌ君が何か紙みたいなのを持って人数を確認してる。え、それマイ君に頼まれた仕事なの?…なんか複雑な気分。イヌ君もキツネさんもマイ君にかなり頼られてる気がする。
いや、私が頼りないことも頭が悪いことも知ってるよ?でもちびっこマイくんを知ってて、マイ君と1番長くいるのこの中では私だし…。
「何してんだ。行くぞ。」
グジグジとしている間に点呼どころか船を片付け終えたマイ君を先頭にさっさと行動が始まっていた。んええ〜、待ってよ〜。
私を待っててくれたのはサーシャちゃんだけ。やっぱ私の味方はサーシャちゃんだけだよ〜。可愛いサーシャちゃんを抱きしめて頬擦りしようとしたらいつもの邪魔が入る。
「姫様、早く行かねばヘビ殿と離れてしまいます。」
ちょっとキツネさん!この間までウジウジグダグダだったくせに!最近は私の可愛いサーシャちゃんの保護者は自分だと言わんばかりの顔をしてる。なんか腹たつ〜!!
きぃ〜、と威嚇していると目の前が霞んで全身が冷たくなる。
「気は済んだか?」
ハイ、スミマシタ。
マイ君毎回喧嘩の仲裁の仕方が水をかけるってどうなの?とは思うけど…喧嘩する方が悪いよね、うん。
このままだと全く進まないので、もやもやを抱えたまま仕方なく私も着いていった。
「わぁあ〜!!」
道を進んで開けた場所に出ると全然予想と違う世界に思わず感動の声が漏れた。街が水にそのまま沈んだ感じ。住人は気にせずに足首まである水の中を歩いていく。私達は一応水路じゃなくて普通の道を歩いてるけどそういう道の方が少ないや。
灰色の石作りの建物ばかり…いや、家の骨格だけが大理石みたいなのとか石とかで出来ていて壁部分は布みたいながひらひらしてる。窓代わりかな?風通りが良さそうだ。
街の真ん中には大きな水路。これが道路がわりなんだね。船に乗って移動する人と水路の中でも区切られた横の細い水路を泳いで移動する人と様々だ。おお!魚っぽい何かに乗ってる人も居る!
服装も全然違う。体にピッタリくっつく感じで肌の露出も多い。そして装飾も少なめ。あ、普通の服じゃ泳ぐには邪魔なのか。なるほどなるほど。初めて見る種族の違いっていうものに感動が止まらない。
街の中に入ってもキョロキョロと周りを見ていると結構視線を感じることに気がついた。そういえば魚人種の方達ばかりで人間見ないや。人間は珍しいのかもね。そもそも大所帯だし。
後ろの一緒に来た魚人さんたちを見ると体を震わせて泣いている人も多かった。自分の故郷に帰れたんだもんね…奴隷だったわけだし…。
何だか人間が申し訳ないな。こんな綺麗な国から全然違う環境の国に連れて行かれて、凄く怖くてつらくて…この人達が何をしたって言うんだろう。
ふと私の手を小さな何かが握った。
「お姉さん、どうしたの?だいじょうぶ?」
私を覗き込むようにサーシャちゃんがこちらを見ていた。慌てて笑顔で大丈夫さをアピールした。急に黙り込んだ私を心配してくれたらしい。もう、サーシャちゃんはいい子なんだから〜!
またサーシャちゃんをなでなでしようとしたところで身体が止まった。
「えっ?なに?何の音なのこれ⁈」
急に街全体に広がるような綺麗な音…声?薄い膜を広げていくみたいに何か不思議な何かが包んでいく。
街の高い場所にあるあの石、あれ…スピーカー?お昼の放送みたいなものなのかな。
最初はビックリしちゃったけど、聞けば聞くほど凄く綺麗な声…音に歌詞はなくてオペラみたいにア〜って感じ。私は思わず聞き入っちゃったしサーシャちゃんも感動して小さな声が漏れてる。
…あれ?放送が始まってからの住民がなんだか微妙な複雑そうな顔をしてる?どうしたんだろう。後ろのみんなもキョトンとした顔の人と変な顔の人に分かれてる。どうしたのか聞いてみよっと。
「ねぇねぇ、キュルカさん。なんでみんな変な顔してるの?」
後ろの方にいた青い髪をバッサリと短くしているスレンダーでかっこいい女性。魚人族の皆さんの中で私が一番…いや、ほとんど唯一、仲良くしている方です。
私より年上でしっかりしていて、奴隷っていう辛いことを経験したはずなのに明るい良い人。どこかユエに雰囲気が似てるかも。
「あら、アサヒ。いや…その…なんていうか…今のは国全体を覆う結界魔法の放送でさ。アタシらの国はよく海獣に襲われるからその目眩ましとか魔法攻撃の無効とか、色んな役目を担ってんのね。それを一日に一回、今の代の神子様が歌うんだけど…その、なんていうか…すっっっっっごい、下手だった…んだよね…」
見たことないくらい歯切れの悪いキュルカさんが歪んだ頬を撫でながら言った。え、あんなに綺麗な声なのに下手なの?この歌が?
「アサヒは聞いたことないから分かんないよね。この歌はこの陸のために初代の神子様が作ったとされてる曲でさ、この島にいる人はみな歌えんの。子供は言葉より先にこの歌を教えられるってくらいね。でも今の歌は…
ん〜→ん〜→ん〜↑んん〜↑
って歌ったけど本当は
ん〜↑ん〜↑ん〜↓んん〜→
だし、全く別の歌になってんだよねぇ…。もしかしたら本当に別物の歌だったのかも。あはは…」
へえ〜キュルカさんも歌上手だなぁ。にしても曲が全然違うのか。んー、私には元の曲知らないし、とても綺麗な声だったから何がおかしいのか全然分かんないや。
「見つけましたぞぉお!!あなた方が神子様御一行にございますかぁあああああ!!!!」
急に大声が聞こえてビクッとした。ふぇっ、な、何⁈水路の向こうからすごい勢いで何かが泳いでくる。私たちの動きが全員止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
ザパァアアアンと激しい水飛沫を上げた人がその勢いのままに私たちの前に着地する。おわぁ…変な人だ…
筋骨隆々だけど初老って表現が似合いそうなおじいちゃん。首までの三つ編みされた一本の藍色の髪には沢山の白が混じってて、それを綺麗にピッタリと後ろに撫でつけている。…ただ水に濡れてるだけなのかもしれないけど。
鼻の下にある髭は多分フサフサの量があると思うけど…水の中にいたせいでやっぱり顔にピタッと張り付いてる。
この世界に来て初めてスーツみたいな服を見たかも。白いシャツに黒い上着。ただ材質が違うのかテカテカしてるし、やっぱりビチョビチョ。そんな動き辛そうな格好でよく泳いできたよね。
「神子様どのぉおおおお!」
うん、うるさい。なんか声でかいだけじゃ無くてビブラートかかってるし。
ほらマイくんですら引いてるよ。
「す、すいませんでした…」
マイ君が謝った⁈あまりの衝撃によろけそうになったけど…そりゃ、あんだけ近くで泣かれたら誰でもああなるか。
「コホン、とにかくですな。あなた方は我らが国の正式な客人なのです。なのに裏の入江から入ってきた上に到着の報告も無し。国のものが怪しい者がいると報告をくれたからよかったものの私が気がつかなければ自警団に目をつけられたかも知れぬのですよ。他国からの客人を傷つけてしまうなど恐ろしいこと。そもそも我らが皇国に向かうという知らせを受けてからなんの沙汰もなかったではないですか!確かに海を越えたやりとりは難しいので仕方がないものもあるかと思ってはいましたがいきなり到着などと前代未聞で。いやはや他大陸からの正式な使者自体珍しいことに代わりはないのですが、それにしても我らにも皇国としてのプライドというものがありましておもてなしさせていかなければ困りますぞ!」
うわぁ、早口。息継ぎした?すごい量の言葉をペラペラ喋れるなんて凄い肺活量してるなぁ。やっぱり泳いだり歌ったりしてるから人間とは違うのかもね。それを至近距離で浴びる事になったマイ君には流石に同情した。顔引き攣ってるし。
それにしても国同士…大陸同士?って何だかめんどくさいんだね。何言ってるかわかんないけど困ってるのだけは伝わったよ。
あ、水路の向こうから今日見かけた中で一番大きな船みたいなのが来た。水路いっぱいの大きさがあって銀に輝いてる。すごい迫力!
「ささ、大したおもてなしもできませぬがどうぞお乗りください。このまま皇江へご案内させていただきます。此度は我らが同胞を救っていただき、無事に故郷まで送り届けていただけたこと、心より感謝いたします。」
右手のひらを後頭部に回して左手のひらは胸。そのままの姿勢で深く深く頭を下げた。これがこの国の謝罪の仕方なのかな?それに合わせるようにマイくんも同じ姿勢で頭を下げる。
「いえ、元はこちらの陸の者が働いた無礼。貴方達の同胞に非道な行いをしたこと、謝って許されることではないかも知れないが謝らせていただきたい。申し訳なかった。」
とりあえず私もマイくんに合わせて頭を下げるとサーシャちゃんもイヌ君もキツネさんも頭を下げていた。
…いつまでこの姿勢で居るべきなんだろう。暫く下を向いていた私のほっぺたに何かが当たった。
飛んで来た方を見ると顔をベシャベシャになるくらい泣き腫らした小さな男の子が腕を振りかぶっていた。その腕が振り下ろされると私の体に何かが当たる。
足元に落ちたそれを拾うと、手で包み隠してしまえるほどの小さな石だった。
「な、んで、なんで…姉ちゃんは、いないの。ね、ねえちゃんを返して…返してよ…!大人たちが言ったもん!人間が、みんなを、人間が、人間が仲間を返しにくるって、その中に、姉ちゃんもいるかもって言ったもん!!言ったんだもん!!嘘つき!うそつきだぁああ!!!!!」
泣き叫ぶ男の子は近くにいたおばさんに抱きしめられるように家の奥に連れて行かれた。その家の奥にある扉を閉じた後でも泣き叫ぶような声が漏れている。
そのあまりの光景に、私は身動き一つ取れなかった。私以外のみんなもそう。頭のずっと奥に声がこびりついてしまった気がする。
今更気がついた。この大陸に来てから私達を遠巻きに見ている人たちの目が好奇心なんかじゃないことを。
私はこの目を知ってる。子供の頃にずっと私に向けられてきた目。
恨みと恐怖だ。
「はっ!こ、これは我が同胞が大変な無礼を。け、怪我はないですかな⁈早く船にお乗りくだされ。同胞の者たちは後ろの船に!後ほどそれぞれの住処にお送りしますので、さぁさぁ!」
急に我に返ったおじさんの圧に押されるように船に乗せられる。私の手の中に握られたままの石が急に冷たくなった気がした。




