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第1番 陸の人魚と水の国


むかしむかしのお話。

ひろい海に一ぴきの小さなお魚さんがすんでいました。

お魚さんは歌が大すきで、ひろい海をおよぎながらいつもお歌をうたっていました。

けれど友だちの海ガメさんも、なかまのお魚さんもお歌がすきなお魚さんを、いつもバカにしてはわらっていました。

「魚のくせに歌なんかうたいやがって。」

「魚が歌なんかうたっても、はらなんかふくれない。そんなことよりじぶんのめしでもさがしに行けよ。」

そんなふうにどれだけわらわれても、お魚さんはいつまでもお歌をうたっておりました。

台風で海が大なみになっても、太ようがあつくて体がやけてしまいそうになっても、おなかが空いてかなしくなっても、いつもお魚さんはうたっていました。

あまりに楽しそうに歌をうたうお魚さんが気になった神さまは、ある日お魚さんに聞きました。

「どうして君はいつもそんなに楽しそうに歌をうたうんだい?」

するとお魚さんはこたえました。

「じぶんの中のきもちを音にするだけでとても心がかるくなるの。楽しい歌をうたえば楽しくなって、しあわせな歌をうたえばしあわせになれるの。ああ、もっと大きな体で、お水の中じゃない空気の中で、思いゆくまま歌ってみたいな。それはきっとそうぞうできないくらい、気もちのいいことだろうな。」

それを聞いた神さまはそのねがいをかなえてやりました。

水のなかにある国とりくで歌えるからだ。

もらった魚はとてもよろこびました。

ああ、陸ってなんてすてきなんだろう。

ああ、空気をふるわす声は何てすてきなんだろう。

そうして水のみやこアトランティスは生まれましたとさ。



第二大陸 ポセイドン  魚人種物語 序章より





「マイ君!!あの島が第二大陸⁈」


 さっきまで暇を持て余しすぎてすぐそこで床にへばりついていた女が何か叫んでいる。


「それ以上乗り出して船から落ちても知らないぞ。」


 そんな俺の声は完全に無視してキャッキャとはしゃいでいる。話しかけて来たのはそっちだろうが。

 おい、大人しく座っていたサーシャまで巻き込もうとするな。お前の真似したら危ないだろうが。

 おいキツネ、女を止めようとして喧嘩を始めるな。喧嘩というかキツネが一方的に嫌味を言って口では勝てない女がベソをかくいつものパターンだが。

 おいイヌ、お前が関係ない顔で立っていてもそんな近くにいたらどうせ…あーあ、ほら巻き込まれた。

 この3人のうるさすぎるやり取りを俺は後何回見ればいいんだよ。

 はぁ、と大きく息を漏らして3人の上に特大の水塊を落とす。もちろん隣でアワアワしているサーシャにだけは魔障壁を張った。咄嗟に障壁を出してしれっとしているキツネ以外の2人は濡れ鼠状態である。


「狭い船内でギャーギャー喚くな、うるさいんだよ。」


 濡れた船内だけ乾かして他の奴らは無視。もう知らん、一生そうやっとけアホ。

 俺は今日何度目かわからないリスタール国王への恨み言を吐く。面倒くさいことばっか押し付けやがってあのアマ…





「で?今日は何の依頼でしょうか?国王様。」


 花祭りの後もめんどくさいことばかりあったというのにこいつはまた何を俺にさせる気だと言うのか。

 その俺を呼んだはずのクモは何かわからない機械らしきものを手に鼻歌を歌っている。

 こいつ最大多様国家の国王のはずなのにいつもここ、リスタール旧城地下の研究室に入り浸ってんな。

 ロゼが新しい住人である元カナロム国民のことで忙しくしてるからこれ幸いとでも思ってんだろうな。こいつがカナロム国民を送り込んだくせに、これも計算のうちなら…やっぱ末恐ろしいやつだ。

 チョウの姿が見えないと思っていれば奥の部屋から悲鳴と爆発音らしきものが聞こえた。野太い悲鳴も混じっている所も見るに今日も仲良くコゴのおっさんと実験尽しらしい。楽しそうでなにより。


「わたくしが〜呼ぶときは〜何かめんどくさそうな〜ことを〜、頼まれるとか〜思ってるのですか〜?」


 机にへばりつくようないつものだらけきったスタイルでウダウダと喋る。なんだ、今日は何かやっかいごとの押し付けとかじゃないのか?

心外です〜とかほざいてるが前科持ちが何を言う。

 前の時は空虚になったキツネのおっさんを使えるでしょうとか言って体よく押し付けて、その前は食糧事情の流通の妨げになってるとかいう貴族の汚職の証拠を集めさせられ、その前は元カナロム民をわざわざ集めて奴隷にして売っていた奴隷商を潰させて、その前は…、


「それはそれですよ〜」


 こいつあっけらかんと言いやがった。俺この国から逃げ出しても文句言われないんじゃないのか?1人の人間がやるにしては国交法も真っ青な過重労働だろ。

 まぁこの目の前の女が国連代表裁判官な訳だが。


「その代わり欲しがっていた素材は集めさせたし、ノットシーの食料事情も改善させたではないか。カナロムの民の身元の保証もさせた慈悲深い国王の、ほんの少しの願い事くらい聞いたところでバチは当たらんだろう。」


 急にクモからハチに変わるなよ。さっきまで机にダラけていた姿はどこかへ行きスッと伸びた背筋に細く閉じたまぶた。突然張り詰めた空気に背筋に寒いものが走る。この至近距離から王ノ威厳を浴びるのは心の準備が欲しい。


「で、今日は一体何の用事なんでしょうか、国王様。」


 さっさと話を進めてほしい。誰かさんのお陰でこう見えてかなり忙しい立場の人間なんだからよ。

 そんな俺に更にニッコリと不穏すぎる笑顔を向けやがった。勿論嫌な予感しかしない俺だが、何も考えずに逃げられるほど馬鹿ではない。


「リスタール国公式外陸交員マイラスに命ず。第二大陸ポセイドン、アトランティス皇国に向かい、奴隷だった民の返還をして来てくれ。」


 ああ、めんどくさい。めんどくさすぎる。なんでこんなにも面倒くさいことばかりの人生なんだ。

 ノーと言いたいが言えない無言の部屋には再度何かを爆発させたチョウとコゴの悲鳴が響いているだけだった。

 



 大きな浮島に見えるほぼ平面状態の陸、第二大陸ポセイドン。

 海の神ポセイドン様が納める巨大皇国。大陸上に国の概念は無く、島全てが中央アトランティス皇国の手中になっている。

 住んでいるのは魚人種シーレンであり青系統の髪と瞳、鰭のような薄く平たい耳に手足の指の隙間に水掻き。

 伝説のような足が魚そのものという者はいないとされているが、皮膚表面が滑らかで手足には体毛の代わりに鱗をもつ者が殆どである。

 髪の毛などの体毛も艶等の違いか、水捌けが多種族とは違うとされている。

 そして一番の違いは水の中の汎用性にある。水の抵抗の少ない胴体により魚のように早く泳ぐことができ、呼吸の違いにより長い遊泳と深くまで潜ることが可能。体をくねらすようにする独自の泳ぎ方は何処か優雅さがあり美しく、近年では奴隷としての価値を求めたコレクターに狙われることが多い種族である。

 寿命は人族と大して変わらず60〜80程度である。種族魔法として音魔法に特性があり、ポセイドンの神子には強い言霊が備わることが多い。また水に触れることの多い種族のため水魔法を得意とする者も多くいる。

 雨季と潮の満ち引きにより年の9割以上の時間が島が水に沈んだ状態になっている。その水を用いた都市の美しさから水の都と名高く、他大陸からの観光目的で訪れる者も多い。

 だが海に慣れていないものは航路で海獣に遭遇しやすいため、第二大陸に訪れるのは至難である。

 尚、陸自体には音魔法による防壁が張ってあるので海獣からの直接的な攻撃を受けることは稀である。



「マイ君何見てるの?」

「見てるの?」


 俺が自分の部屋ではなく、広間で何かを読んでいることが珍しかったのだろう。今日の狩りから帰ってきた女が俺の手元を覗き込み、その後ろからサーシャが更に覗く形で俺を見つめてくる。

 まぁこいつらも連れて行く羽目になるのは決まっているからな。グズリアに向かった日のことを思い出しながら大きくため息を吐く。絶対、面倒臭いことになるだろうな…


「おいアサヒ、こいつはどうすんだ。」


 女とサーシャの更に後ろから部屋に顔を出したのはイヌだ。手には…ほお、ブラッグスネイプを単独で狩れるまでの実力があるのか。

 人の体長ほどしかない蛇型の魔獣だが小さい分素早く、巻きつかれてしまえば一瞬で全身の骨を砕かれるだろう。細かい擦り傷が見えるがほとんど怪我もなく狩るとは中々やるな。

 身体能力もロゼの元にいただけあって高かったし、こいつは意外と周りを見ているからな…こいつも連れて行くべきか…?


 真横から俺のことを他人事のように見ているこの女を殴りたくなる。こんなに俺が苦労していることを半分でも知っているのやら知らないのやら…いや、知らんだろうな。


「何です?第二大陸?姫様まで連れて行くなら私もご同行お願いしますよ。」


 はいはい。サーシャがいるからキツネまで顔を出してきやがる。

 姫と呼ばれたサーシャがどこか不服そうな顔をしているがサーシャが姫呼びを嫌がってもこの男はそれだけは譲らなかったので無理だろう。それを分かっているのでここ最近サーシャも姫呼びを諦めている。

 サーシャも初めてここに来た時とは違い、かなり自分の意思を主張できるようになったし、生き生きとしているよな。どこか楽しそうにしていて…まぁ…苦労して奴隷解放をしたことは良かったか。

 …そのせいで今こんなにも面倒くさい仕事を押し付けられるようになった訳なんだがな。

 あと居ないのは…この時間はネコはロゼに連絡を取るのが日課だったな。それが終わるまでここに顔を出すことはないだろう。そもそもあいつがロゼの元を離れて違う大陸に行くとは思えないので論外だしな。


「それでマイ君、どこかに行くの?」


 そんなキラキラした目で見てくんなよ鬱陶しい。つか俺は何も言ってないのにお前も行くのは大前提かよ。


「…第二大陸の神の名とその役目。そこに暮らす種族の名は?」


 軽い予習のつもりで聞いたのに目が泳いでんぞクソが。今だに毎晩の勉強会は続いてるっていうのに何回教えりゃ覚えるんだこいつは。ほら見ろ、隣のイヌですら鼻で笑ってるじゃねえか。


「はい!ポセイドン様です。海の神様。魚人族、通称シーランと呼ばれる種族が住んでます!」


 手を元気よく挙げたサーシャが答えた。サーシャの方が随分と優秀だな。

 おい、何他人事みたいに拍手してんだ。お前の脳みその少なさの話をしてんだよ。

 そんで何でキツネがドヤ顔してんだ。お前が教えたわけじゃねえだろ。つかこれは一般教養だ。調子に乗るな。

 おい、そんな引き攣った顔を俺に向けるんじゃないイヌ。こいつらのヤバさは俺が1番分かってんだよ。つか俺も頑張ってんだよ察しろ。 

 あ゛ーーー!何で俺がこんなに突っ込みを入れなきゃいけないんだ!


「で、その第二大陸がどうしたってんだ?」


 話が進まないのでイヌが話の続きを促す。こいつらに構った俺が悪かったな。大きくため息をついて説明できる体制に移す。


「昨日リスタール国王から仕事の打診が入った。第二大陸に行って解放した元奴隷の魚人種を正式に返還ののちに謝罪。それを大陸代表として神子のサーシャと共に行ってくれってよ。」


 話を聞いた奴らの反応は…まちまちだな。女はあまりピンときていないのだろう。ふ〜んとどこか他人事だ。お前が最初に首を突っ込んだんだろうが。

 もしサーシャが乗り気じゃ無さそうなら考えたが、存外にワクワクとした顔をしているので良しとする。一歩下がって全てをサーシャに委ねているキツネは論外。


「おい、リスタール国王直々の打診ってのは分かったが…神子が自分の大陸を離れていいのか?このチビがそこまで神子としての力が目覚めてないとしても、神子は神子だろ?」


 自分の住む大陸の神子様をチビ呼ばわりとはイヌもよくやるな。それがこいつの愛称的なニュアンスなのはわかるがまぁまぁ命知らずなこって。

 ほら、キツネに殴られてはじまった口論をサーシャが収めている。俺はこのやりとりを残りの人生であと何回見させられるんやら。


「はぁ、喧嘩は終わったか?リスタール国王としては少しの間神子様の不在が続いたところで崩れるような国づくりはしてないってよ。そもそもここ13年は神子の不在だったわけだし、他大陸には300年ほど神子が不在の所もあるらしいしな。サーシャが行く気があるなら正式に話を受けるがいいか?」


 ニコニコと「うん、いいよ」と快くサーシャが返事をしたので正式に仕事に決まった。それに続いて「私もいいよ〜」とにこやかに頷いた女。いやお前には聞いてない。


「キツネは…まぁついてくるだろうし、今回はイヌも来てくれ。」


 おい、そんなあからさまに嫌な顔をするな。お前は数少ない一般人枠なんだ、お前の存在の有無で俺の仕事量の増減が決まるんだよ。

 そんな俺の願いに渋々と了承をしてくれたが…だからそんなに嫌そうな顔をするなって、嫌なのは俺も一緒だ。諦めろ。


「と言っても海上船の用意にあと半月はかかる。出発は一月後だと思ってくれ。」


 はーいと各々の返事の後、今日は解散となる。もう昼と夕の中どきか。最近はイヌが晩飯を担当してくれているので俺は飯の時間まで自分の部屋にいることが多い。

 ああ見えてあいつの料理スキルは中々のものだ。初めは面倒臭がっていたがあの女の料理を一度食わせたら快く引き受けてくれるようになった。いやぁ、助かる助かる。

 俺は明日も海上船の製作に顔を出さねばならないのでその準備に自分の部屋に戻る。


「今日も姫様は大変麗しかったのにゃ。やはり姫様の隣にはネコがいるべきで…んにゃ?」


遅れて広間にネコが戻ってきた時にはもう誰もいなかった。


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