第54話 さぁ、花祭りの始まりだ
昔々、この国は木々も草花もない枯れた土地でした。
そんな土地を嘆き悲しんだお姫様がおりました。
そうだ、花が咲かない土地ならば自分が花になりましょう。
彼女は自分の持つ少ない衣服を使って何枚もの布を重ねたスカートを縫い上げました。
彼女は花を見たことがない子供たちをカナロムの木に登らせて、自分は下でまわりました。
何回も何回も、目が回っても回り続けました。
いつかこの国の子供たちに本物の花々を見せてあげることができますように。
ガイア様に祈りながら、姫はいつまでも回りました。
いくつもの陽を越えて、何度もの雨粒を浴びて、姫はやがて一輪の小さな花になりました。
たった一輪の花はやがて国を覆い尽くす数多の花々になりました。
それから人々は花になった姫のため毎年祭りを開きました。
一人一人が国を彩る花になるために。
こうして花祭りができましたとさ。
カナロム漫遊譚 7項目 花祭りより抜粋
朝から街はすごく賑やかで活気が凄い。こんなに人がいたかな?って思うくらいに狭い町に人が沢山いる。
ロゼちゃん曰く、今日のお祭りのために出稼ぎに出てた若い人たちもみんな帰ってきてたみたいだから人が増えてて当然なんだけどね。
カナロム出身って言ってたユエももしかしたら居ないかなって探してみたけどあのフワフワと揺れる髪を見つけることはできなかった。そんなに人生って簡単じゃないよね。
あれ?よく見れば…街の端にリスタール国にあったみたいな出店がズラリと並んでる!昨日の夜にロゼちゃんが私に意味ありげなウィンクを残した理由はまさかこれ?すごい!どうやったんだろう。
でも、みんなすっごく楽しそうだから何でも良いか!誰でもなんでも好きなもの食べて良いって聞いてそこら中を走っているちびっ子が興奮しすぎてちょっと凄い事になってる。け、怪我はしないでね?
サーシャちゃんに一緒に周るか聞いたんだけど、やっぱり仲良くなった子たちと行動するって断られちゃった。たまたま道で会った時には小さく手を振ってくれたんだけどね。楽しそうだし幸せそうだし。うんうん、やっぱり子どもは笑顔じゃなくちゃね。
…でも…
「さぁ〜ビィ〜シぃーイぃ〜〜〜〜ー。」
マイ君が何やらしている所を見つけたので服の裾を引っ張りながら駄々をこねる。いや、仲良しな子ができたのは嬉しいよ?そりゃぁすっごく嬉しいよ?でもさ〜、護衛はキツネさんだしぃ〜、私はあんまり夜寝ないからぁ〜、無理して一緒に寝なくても良いよって言われちゃったしぃ〜、昼間は楽しそうにみんなと遊ぶしぃ〜、良いことだけどぉ〜、でもぉ〜。
などとごねている私の話をガン無視でどこかに行こうとするマイ君。行かせてなるものかと服を掴んだまま地面にしゃがむ。
少しくらいお話し聞いてよぉ〜、マイ君だって最近ずっとどこかに行っててお話の一つもできないじゃんかぁ!
服が伸びてギギギと音が鳴りそうな状態での押し問答が続く。意地でも相手をしたくないのか無視して歩こうとするマイ君と意地でもおしゃべりしたい私の攻防。周りの人たちは呆れたり微笑ましくしてたり興味津々だったり…
「いだっ!」
あまりにしつこい私の頭にマイ君の鉄拳が落とされた。口よりも先に手が出るのってどうかなって毎回思うよ。
「鬱陶しい!!お前も友達の1人くらい作れば良いだろうが!!ったく、俺は忙しいのが見ればわかんだろアホ!そんなに暇ならさっさと着替えて会場で回り始めるかなんか食いもん食っとけよボケ!次邪魔したらお前が二度とサーシャに触れなくなる魔法道具でも作るからな!!分かったらさっさといけ!」
そう言うだけ言ってもう一回頭を叩いてからマイ君は人混みに消えた。うぇぇんマイ君のけちぃ!
そんなやり取りを見ていた人たちが私の横を通り様にまたマイラスさんに怒られてんのかい。とか、いつも仲がいいねぇ、とかそれぞれの声をかけていく。いや、仲良しなのかなこれ…
でもそんな暇そうな私を見かねて何人かの人たちが重たいものとかを運ぶ仕事をくれた。どうにか時間が潰せてよかったぁ〜。
今日は晴天、空を見上げればまだ高くない太陽に照らされて真っ青な空が広がっていた。最近は大分と暑いもんな。この国に夏があるのか分からないけどこれからも景色が変わってくんだろう。それがなんだか楽しみだ。
「皆様、このようなよき日が迎えられたこと、心より嬉しく思います。」
崖の中腹あたりにくぼみを作った場所でロゼちゃんが開会の言葉を話す。おー、いつものフリフリなピンクのドレスも可愛いけど今日はピンクだけじゃなくていくつもの色が入った花祭り仕様のドレスだ。そんな服までオシャレに着こなしてしまうロゼちゃんはすごいなぁ…。
堂々と挨拶をする様はとてもかっこいい。そんなロゼちゃんを会場の1番前の方で見ているネコちゃんが姫様ぁぁと言いながら泣いてイヌ君に嫌そうな目で見られてるのは気になるけども。
「…それでは皆様、今日という良き日を心より楽しみましょう。花祭りの開催をここに宣言いたします!」
最後のロゼちゃんの言葉を皮切りに崖が崩れちゃいそうな程の歓声が響いた。そうだ、お祭りが始まるんだ。
心の底にいる何かがワッと出て来たような不思議な感覚がする。ソワソワして止まらない。私はきっとすっごく楽しみなんだ。
街から少し離れた広場のような場所。私がマイ君とあの蜘蛛の化け物の体部分を運んだ場所だ。
実はここはイヌ君と出会った場所でもある。ここで私はマイくんとサーシャちゃん以外の人に初めて出会ったんだ。
祭りが始まった。広場を囲むように沢山の人が太鼓みたいなのを叩き始める。それは抱えるようなものから地面に置かなければいけないもの、片手で持てるものまでいろんなサイズがある。けれどみんな叩くリズムはおんなじ。
ドッドッドッドドドドドッドドドッドッド
体の奥から震えるような、まるで大地の鼓動のような、幾つもの太鼓の音が私の心を揺らす。
太鼓に挟まれて鉄の小さな楽器を持つ人もいる。それは太鼓の音と混ざって、それでも存在感を出して、軽快な音を刻む。
チャッチャチャッチャッチャチャッチャチャチャ
鉄の拍子がリズムを奏でる。ああ、体が震える。動き出したくて仕方がない。
周りを見れば数え切れそうにないほどの沢山の人が回り始めている。私は危ないから、と少し離れた場所に区切られた私専用の人が少ない場所に足を入れる。
キョロキョロと見渡してもサーシャちゃんは見つからない。きっとどこかで友達と一緒に回っているんだろう。マイ君も何をしてるか知らないけどきっと何気なく参加してるよね。
ドッドッドッドドドドッドッド
鼓動が高鳴る
チャッチャチャチャチャッチャッ
体が動き出す
私も足を一歩踏み出して体に反動をつける。初めはゆっくり丁寧に、クルン、クルンと回るたびに景色が消える。くるりくるりと回る度、私が景色に溶けていく。
音楽も人の笑い声も私の呼吸も大地の鼓動も、全部溶けて、一緒に混ざっていくような、そんな不思議な感覚が私を包んでいく。
何十
何百
何千
何万
何億
どれだけ回ったかなんて分からない。大地に溶けて土と一緒になった。風に溶けて、霧になった。雨を浴びて、地面に染みた。
ああ、この瞬間が続けばいいのに。みんなの笑顔がずっと続けばいいのに。
私の頭はそれ以上何も考えられなくなって、私はそれでも回り続けた。
「…い、……さ……。きこ…てるか…おい、聞こえるか、おい!!」
いきなり目の前から声が投げられて驚いた。え、え、何⁈自分は今、回ってて…あれ?なんで私地面に寝てるの?なんでこんなに沢山の人たちに囲まれてるの?なんで私マイ君に抱えられてるの⁈
「やっと正気に戻ったのか…」
見たことないくらいの安堵の表情を見せるマイ君に戸惑いが隠せない。え?え?なにがあったの?
お祭りの最中だったはずなのに周りのみんなは何故か普段通り、いつもの格好。抱えるマイ君と並んで私の膝に縋り付くサーシャちゃんに至っては緑の瞳から大粒の涙が溢れている。
あまりに状況が飲み込めない私はただ困惑した。
「…あの…何…この状キョっう⁈」
喋ろうとした言葉は掠れていた上に体に感じたことのない衝撃が走った。重たいものを全身に隈なく貼りつけて不快感をマックスにした感じ。軋むようですっごく痛い。あまりの衝撃にそのまま涙目で硬直する。
そんな私にため息をついたマイ君が手のひらを翳してくれて何か魔法みたいなのをかけてくれた。あ、何これ暖かくて気持ちがいい…
「あのなぁ、お前は十日間もずっっと回り続けてたんだよ。」
え…?トオカカン…とおか…十日⁈十日間も⁈え⁈だ、だって、私には一瞬で、そ、そんな何日も回り続けたなんて…
そこまで言って周りの異常にようやく気がつく。私を取り囲む人たちの目線が異様に高い。よく見なくても私が地面に広く掘られた場所にいることが分かった。こ、これってまさか…
「お前が回り続けたから地面が削れたんだよ。」
ぬぅぇっ⁈と自分から聞いたことのない声が漏れ出た。え?え?ええ???
困惑が収まらない私にサーシャちゃんが泣きつく。あ、あんまり揺らさないで…体がばらばらになっちゃいソウ…
「お、おねぇさん、ヒック…勢いがす、凄くて近寄れないし…う゛っ、こ、声を掛けても、とどかなくて…何日経っても止まらないし、うぐっ、少しずつ…ボロボロになってぇ…。」
まんまるな目から大きな雫をこぼしていく様が居た堪れなくてしょうがない。ごめん、本当に自覚がなくて…いや、本当に申し訳ございません。
「ったく、テメェはどんだけ人に迷惑を掛ければ気が済むんだよ。」
いったぁい!!マイ君から渾身のデコピンがおでこを襲う。ごめんなさい〜、本当に記憶にないんです〜…。
で、でもマイ君なら力ずくで止められたんじゃないの?って言ったらまた強烈なデコピンが襲った。いったぁい…
「あのな、花祭りの舞は何があっても本人が止まらない限り誰も止めてはいけないルールがあるって、言ったよな?それが何日続こうが暗黙の了解ってのは変わんねぇんだよ!神絡みの祭りのしきたりを破れるわけねーだろが!なのにお前はクルクルくるくるクルクルくるくる…いい加減にしろ!!」
マイ君からの至近距離お説教と体の悲鳴に涙目になっていると自分の足の隙間に何かを見つけた。あまりに不釣り合いなそれが何か理解するまでに数秒かかった。理解したけど理解できない。
「ま、マイ君。あの、そこに、め、芽が出てる。」
お説教を逸らされたことに怒りを増やしたマイ君を放って足の隙間の何かの芽に視線を注ぐ。
子供の手のひらみたいな小さな2枚の葉を可愛らしく広げたその芽は、こんなにも小さいにも関わらず目が離せないほどの美しい赤い色をしていた。
その小さな植物に気がついたマイ転は大きく目を開いて言葉を無くした。マイ君はこれが何か知っているのかな。でもその植物は綺麗な赤を曇らせて少しずつ黒くなっている気がした。
「ひぃやぁ⁈」
ガクンと揺れる衝撃と共にマイ君にサーシャちゃん共々私が作り上げた穴の外に担ぎ出されていた。
体の軋みもそうなんですが、前にも言った通りこれだけ大勢の目の前でお姫様抱っこはちょっと恥ずかしいんですが…
そんな私にはお構いなしでマイ君は見たことのないくらい大量のお水を穴に注ぎ出した。え、ちょ、あの赤い芽がダメになっちゃうんじゃ…。
でも心配とは裏腹に穴から水が溢れるどころか、こんなにも水を足して行っているのにどんどん水位が下がっていくばかりだ。
自分の顔との距離たった数センチのところでマイ君が唸りつつ舌打ちをする。
「おい!水魔法が使えるやつは全員ありったけの水をここに注げ!使えるやつはどんなに少量でもいい、とりあえずやってくれ!できないやつは他のやつにも声をかけて、できる限りの水を!早く!じゃないと枯れる!!」
何かわからないけれどみんなマイ君の必死さを見て、水を出す人、誰かを呼びに行く人、野次馬の整理をする人、に分かれて作業をし始めた。
私は必死なマイ君に抱えられたままだったけど、そのことに気がついた知り合いのおねえさんに横に避難をさせられた。
すごく慌ただしいその状況は一晩続いたらしい。
「おぉ〜、なぁに?この木。」
次の日になってようやく体が動くようになった私はあの場所に行った。そこには1メートルくらいの高さになった真っ赤な葉を茂らせた木があった。やっぱり初めに見た時は黒かったんだなって思うくらいほんとに綺麗な赤色だ。
そんな木を囲むように沢山の人が死屍累々状態な訳なんだけど。
「…トワルの木は、見せただろ…魔力喰いの木。あの木と似た葉に赤い色を持つ木は…この大陸には一つしかない…」
地面に横たわりながら掠れるように喋るマイ君。労いの意味を込めて膝の上に頭を乗せてあげた。よっぽど疲れているのかなすがままにされている。
「…赤い葉は、カナロムの木の…特徴だ。」
えっ?目の前の木に目を向ける。ツヤツヤとした葉は風に靡いてとても気持ちがよさそうだった。
カナロムの木と言われても私の中では黒炭になった山しか思い浮かばない。あの悲しい風景の主が今目の前にあるこの木なの?
「なんでこんなところから生えてきたの?ていうかカナロムの木ってあの一本だけじゃないの?新しく生えてくることなんてあるの?」
全然分からない状況に疑問がポンポン出てくるけどマイ君は考える気力もないのか力無く横たわってるだけ。
「あー…そんなもん俺が知るわけねーだろ…でも確かにこれはカナロムの木だ…すまん、ちょっと寝かせてくれ…」
そのままマイ君は寝息を立て始めた。そんなに疲れてたんだね、お疲れ様です。
目を瞑った顔にかかった髪の毛を起こさないように優しく取り払う。大人の顔でも眠っている時は子供の顔と同じであどけないんだけどなぁ。
前を向けばサワサワと揺れるカナロムの木。抉れた地面の真ん中に生えていたはずなのに何故か凹んでいた地面は消えて盛り上がるように土が出ていた。
この世界は不思議なことばかりだな。やっぱり魔法と神様とか居る世界なんだもんね。私の住んでた世界とは全く別物ってことなんだろな。
カナロムの木…カナロムの木…かぁ。カナロムの木って種とかあるのかな?大昔に赤くて丸い林檎みたいな実が生ってたんだっけ?…えっと、一度だけ生ったと言われてるって都市伝説みたいな扱いだったっけ。
マイ君に教えてもらったはずのことを頑張って思い出す。カナロムの木がもう一度生えるとしたらその木の実があれば生えるのかな。でもその木の実は伝説だし…木の実を持ってるとしたら神様とか…
あ!私はこの木が生えてきた心当たりを一つだけ知ってることに気がついた。まさかとは思うけど、でも、それが事実だとしたら…。私の中に幾つもあった疑問が全部繋がる。
そうか、だから…
今日の夜にでも本人に聞きに行こう。真実なんて私の考えの中にあるわけじゃないだろうし。
眠るマイ君を撫でながらそう思った。




