第52話 私にとってはその後のお話かしら
「おいゴラぁクモどこ行きやがったぁぁぁああああ!!」
城の中を探し回ったがどうにも逃げた後だったらしく、俺はリスタール旧城の地下に足を入れた。そこにはいつものごとくチョウが地面に這いつくばって何かをやっているのと、
「降参いたしま〜す。」
小さい手のひらサイズの白い旗をひらひらと振っているクモの姿があった。その横ではニヤニヤと嬉しそうなロゼの姿。やっぱこいつら2人で謀りやがった。
とりあえず目の前で白旗を振るこいつの頭をベシッと叩く。ひどいです〜と嘘くさい泣きまねをしているのが心底腹が立つ。
クモこと本名グラリオサ・リスタール。リスタール現国王にして来代の秀才。それが目の前でヘラヘラしているこの女な訳だ。世も末とはまさにこのことなのか。
この女は神子の存在を1番安心できる場所に、つまり俺たちに預けると同時に俺らを使い勝手のいいコマに仕上げたわけだ。
特に外陸の国々との関わりが少ないこの大陸。ただえさえその状況だと言うのに、同じ大陸の一つの国が数多の大陸から奴隷としてさまざまな種族を拉致しやがった。
その過ちの後始末に、大陸で1番神聖な神子様直々に民の返送に向かえば丸く収まるって魂胆か。その上で都合よく行けば何かしらのつながりでも作りたい、と。
この目の前の女は大陸一の多様国家の崩壊を数年だけで立て直した実力者だ。初めに抜け目ない女だとは思っていたが、まさかここまで計算高いとは。
…おそらく俺の目的の根本は理解していなくとも、この提案が俺にとっても都合がよくて断りにくいこともわかってたんだろう。
にっこりとこちらに向けた笑顔が薄気味悪い。この女、やはり底が知れない。
「はぁ…あんな大勢の他国の要人の目の前で宣言されたんならもう戻れねーだろ。こんな面倒なことをさせるくらいなんだからそれなりの権限、くれんだろうな?」
「ええもちろん〜。欲しければ爵位の一つでもいかがですか〜」
と手元の旗を振りながらふざけ倒している。だーれがお前のとこで貴族なんかなるか。
「そういや一つ聞いていいか?お前はここまで用意周到で狡猾な計算高い女なわけだが…」
いえいえそれほどでも〜とさらにグデッと力無い態度をしている。褒めてねーよ。
「そんなお前が、リスタール崩壊寸前まで行くような国王選定戦なんざ意味のわからんもんを止められなかったのは何故なんだ?」
ふふふ、とそれでも笑顔を崩さないその様子が妙だ。それは完全な拒絶か?
「クモ、それはだめ。」
クモの目を押さえたのは意外すぎる人物、さっきまで地面で何かをしていたはずのチョウだった。カマキリ…にはなってないよな。こんなにしっかりしているチョウを見るのは初めてかもしれない。
「チョウ、どうしましょうか〜。」
顔を手で覆われたままのクモがモゴモゴと喋っている。その言葉にチョウは何かを考え込んでいる。
「ロゼお姉さま、こ、この方はどこまで信用できます?」
チョウがロゼのことをお姉さまと呼んだ事に戸惑う。確かにロゼはリスタールの前国王の末妹でクモは前国王の娘だ、叔母姪の間柄ならその呼び方に何の違和感もない。
ただこのチョウという人物は謎なんだ。こんなに国関係の者たちとどうして一緒にいることができる?
「信用…はノーコメントですけど、裏切るような者ではないでしょうね。神子様とアサヒと共にいる間は特に、何やかんや甘い男だと思いますわ。」
こちらをジロジロと見ているその様子。お前それは褒めてんのか貶してんのか…馬鹿にしてんのか?
「お姉さまが言うのでしたら、そ、そうなのでしょう。で、では私たちの秘密でも…お伝えしましょうか。」
チョウは静々といった感じで俺の目の前まで歩いてきた。その隣にはクモも並ぶ。クモは大人姿の俺より少し背が低いのだが謎の圧がある。しかし国王という立場で人前に立っている時とは何か違う気がする。
その隣に立つチョウも思ったよりも身長があるな。クモとほとんど同じくらいに。ずっと猫背で丸まって地面にうずくまっていたので全く気がつかなかった。
そして2人並ぶと顔がそっくりだ。チョウの方には濃い隈があるものの背丈も顔もスタイルも酷似していた。違うのは髪と瞳の色くらいなものだろうか。クモが金と青い瞳。チョウがどちらも濃い茶。2人ともこの大陸では別段珍しい色でもない。
そんな中、徐にチョウがゴーグルを下ろした。どこかおどおどしていた気配がシャキッと引き締まる。
「久しぶりだな。カマキリだ。いつもチョウが世話になっている。」
なんだ、いきなりカマキリに変わったりして。初めて顔を合わせた日以来見かけることは無かったがたまになっていると聞いていた。
「そしてこちらはクモだ。」
カマキリがクモを手で指す。いや、今更言われなくても知ってるが…。クモはニコニコと「はぁ〜い」と手をひらひらしている。
「そしてこちらはハチだ。」
いきなり凄い圧が襲ってきた気がした。いや、気のせいじゃなく物理的に近い圧が実際に襲って来ている。目の前のクモは見た目の変化はないはずなのに目を細めて堂々と立つその姿は紛れもないリスタール国王だ。
「こっちの体に入っている、のは、クモとハチの2人。こ、この2人が現リスタールの国王として国を表から回してる。」
いつの間にかゴーグルを取ったチョウが説明を続ける。実はチョウの中にはもう1人アゲハという人格がいるがこいつは出てくることがまず無いので放置でいいらしい。いいのか…?
「そ、そして私がチョウ。本名…グラリオサ・リスタール。こ、この4人の人格の主人が私。つまり私も124代目リスタール国王。」
は、ちょ、ちょっと待て。チョウとカマキリが一つの体に入っている多人格者なのはわかる。わかるがお前はどういうことだ。クモとハチが、お前の多人格?お、お前はどういう存在なんだ。
「ちょっと落ち着きなさいよ。あなたらしくもない。」
隣で平然と腰掛けているロゼが呆れた顔でこちらを見ている。いやこの意味がわからん状況でどうやって落ち着けって言うんだよ。
「うふふ〜、初めて話を聞いた時のロゼちゃんを〜思い出しますね〜。しょうがないので〜、最初から〜説明してあげて〜くださ〜い〜。」
こちらが困惑している間にクモは椅子に戻ってグダグダとし直している。もちろん余計な一言の分の制裁をロゼから食らっていた。
こっちは全く意味がわからん状況で頭抱えてるってのに妙に腹が立つ。
「わ、私たちはリスタール国の姫として生まれた。…私たちは双子だったの…姉のグラリオサ、妹のグラリオル。きょ、兄弟が何人いたかなんて知らない。私たちの家族はお互いだけだった。それで、じゅ、十分すぎるくらいだった。」
城の片隅で2人は隠されるように育った。実際に隠されている訳ではなかったのかもしれないが2人はほとんど忘れられた存在。
そんな2人はいろんな本を読んで2人きりでひっそりと生きていた。グラリオルは小さい頃から何人もの人格がいた。そのことを知っているのは姉のグラリオサだけ。それでも2人は仲が良かった。2人だけだとしても何人もの家族と共にいたから。
「14だったか。あ、あの男…前国王が死ぬ間際、血筋の全てのものを呼んで言い放った。この国は戦いに勝ったものに渡すと。そ、そこからは地獄だった。本格的な戦争になる前から、同じ血を分けているはずの、わ、私たちは自分の兄弟を減らすことに躍起になった。姉のグラリオサ…リサは、ひ、皮肉なことに誰よりも王の才能があった。国を思い、国民のことを考え、そしてリサは[王ノ威厳]というユニーク持ちだった。あ、あなたも見たでしょう。体が逆らえなくなるような絶対的なオーラ。それを悪用しないだけの心根の優しさがリサのいい所で、弱さ…わ、私はそんなリサが好きだった。」
国王選定戦が始まって早々に、姉の才能のことを知っていた誰かのせいで姉は毒を盛られた。命はギリギリのところで助かったけれど、姉にはもうリサとしての自我は残っていなかった。それが誰にされたのかも分からないくらい城の中は混乱に溢れていた。
ただ私たちは国も権力もいらない。平和に生きていられればよかったのに。
「今では自分でもどうやったのかなんて分からない。でも、わ、私は必死だった。リサ以上に国を治めるのに相応しい人を知らない。だ、だから私は、姉のリサではなく妹のリルが死んだことにした。その日から私たちは2人でグラリオサになったの。」
リルは必死だった。リサの体はまだ生きているけれど精神は壊れて魂にも傷が入った。それでも誰かが動かさなければこの体までダメになる。それで考えついた。
「自分の中にある数多の人格を、あ、姉の体に移せるのかもしれない、って、お、思ったの。」
予習も実験もできない本番のみだったけどそれは成功した。それはおそらく自分と世界で1番類似した体と魂をもつ双子だったから。もう二度と同じことはできないし、やらない。
それでも、
「この国に相応しいのはグラリオサで私じゃない。わ、わたしは必ずリサを取り戻す。あなたが邪魔をするなら私は、あなたも、国の全てを使って潰す。」
今までおどおどしているだけだと思っていたこの女…まさか、こいつまで大物だなんて思うわけがない。
あまりに予想外の話に声が出なかった。自分の人格を他人に移す?そんなもん聞いたことがない。そんな面白いもんがこの世にあるなんて…
「…だから言ったでしょう。この男は裏切りませんわ。だってチョウと同類だもの。」
ふん、と鼻を鳴らしたロゼでようやく自分の顔が楽しげに歪んでいることに気がついた。
し、仕方ないだろ。長く生きてきたがまさかまだ此の世にこんなに面白い話があるとは思っていなかったからな。
「だけど、リサを取り戻すのにまだ私の力は足りない。ぎ、技術があっても私は応用ばかり。陣を引く才能はからきし。どうにか陣の技術者を引き入れたいのにお眼鏡に敵う人もいない。こ、このままじゃリサの人格はどんどん消えていくかもしれない。」
爪を噛みながら目が血走っている。こいつもかなり消耗してるな。そんなチョウの肩を抱いてロゼが優しく椅子に座らせた。
そりゃあこんだけ若くして必死に2人分の人生どころか、国一つをどうにかしてんだ。常人ならとっくにイカれている。
「…あ、陣を引く技術を持っている上に信用できるやつを1人知ってるな。そいつがここに来るかは知らないが…「紹介なさい!!!!!」
今日1番の迫力に俺は頷くことしかできなかった。
「何じゃ何じゃ、かなり早い再会じゃないか。」
口ではそう言いつつ呼んだらあっさり来たくせに。とりあえずいきなり呼んだことを謝りつつ互いに紹介する。
「こちらガルダだ。リスタールの裏町南街を仕切っている奴。今は訳あって死んだことになっているがな。で、こっちが現頭領(仮)の…名前なんだ?」
そういえば適当に呼んでたせいで名前を知らなかった、と思ったら答えは意外な人物から出た。
「あら、紹介ってガルダのことだったのね。あとそちらは一応頭領のコゴね。久しぶり。この引きこもりをここまで引っ張り出して来るなんてあなたどんな手を使ったのよ。」
俺の紹介をぶった斬ったのはロゼだった。なんだかんだこいつも顔が広い。
「な、な、ななんあな、しょ、紹介したいの、ってこ、こここ…コゴ…幻の陣商人が、あれだけ探して、み、見つからなかった…裏町の陣職人が、ま、まさか知り合い…」
あ、チョウが倒れた。そういえば前にクモが裏町にお世話になることがあるっつってたな。
普通にグズリアのことを伝えて、リスタールの王のことをぼかしつつ説明したら会ってもいいって言ってくれたぞ。まぁ、(仮)は頭領に向いてないし陣作りの才能を考えればこういうしっかりしたところで研究させたいのも親心、か。
「いや、国王たちがうちのバカを探しとるのは知っとったんじゃが…なんせ命を狙われとる身じゃからな。国王でロゼ様の知り合いとて簡単に明かせんかったんじゃい。許してくれ。」
ガハガハ赤い顔で笑うのはいつも通りすぎて呆れた。国王だろうとなんだろうと死人に怖い者無しといったところなのか。
その当のクモは部屋の隅で机に突っ伏して寝ている。やはり国王というのは忙しいみたいだしまぁ放っておこう。
「わ、わかりました。この国の裏町もけ、消します。そうしたらこの人、こ、ここにいてくれますよね?ね⁈」
おー、チョウが見たことないくらい詰め寄っている。そして(仮)は押しに弱いのでタジタジになっている。
「おいおいおいおい、チョウちゃんよ物騒なこと言わんでくれ。あそこにはあそこの生活がある。下手に潰されちゃ路頭に迷うもんが出て来てしまうわい!そのバカならやるから好きにせい。」
その言葉を聞いた(仮)が絶望した顔をしたが、チョウに引っ張っていかれた先で何かの設計図を覗き込んでからは話し込みが始まった。何やかんや楽しそうだ。多分うまくいくだろう。
「あの(仮)をここに置くとして、お前はどうすんだ?グズリアも片付いたしもう隠れる必要もないだろ?」
「いやじゃい、この隠居生活は意外と楽で重宝しとるからの!」
小さい身体で胸を張ってそんな当たり前みたいに言われても知んねーよ。
「まぁ、隠れる必要はなくなったからの。自分の手下にはわしのことはバラしたぞ。皆優秀じゃからわしの正体には気がついておったがな。その上でまた新たな頭領でも育てていくわい。もうあのバカを無理やり似合わん頭領に置いておく必要も無くなった訳だしの。」
楽しそうに論争を繰り返す2人の様子を見るガルダの目は子を見る親そのものだ。
「まぁ、お前がいいなら何でもいいさ。何かあればここにくればいい。場所はわかっただろ。」
おう、わしにバラしたことを後悔せんといいのぉ!そう言ってガルダはまたガハガハと笑いながら帰っていった。ほんとうるせージジイだな。
「とりあえず…丸く収まったってことでいいのか?」
取り残された俺は一応ロゼに聞いた。
「そんなの知らないわよ。」
冷たくあしらわれたのは言うまでもない。




