第48話 あなたは私の光だよ
蒼い焔が自分の胸元から溢れて広がる。その卵がここから出してほしいと願うように揺れ動いていた。
胸元に手を入れて卵を取り出すと踏まれて痛かったはずの手がじわりと治って行くのを感じる。前にここから逃げ出した時は怪我は治らなかったのに今は焔が染みていく度に傷が癒えていく。
「ふん、不死鳥まで手に入れていたか。面倒だな。」
そんなあたしを見ても冷たく面倒臭そうな顔をしただけで、当たり前のように卵に手を伸ばして近づいてくる。
「来ないで!!」
咄嗟に叫ぶと同時に焔が溢れ出してあいつを押し返す。それを見たあいつは今度は険しい顔をした。
「貴様に自由はない。例え神子の力があってもな。」
そう言いながら何を考えたのか足元に転がしていた子供の1人に手を伸ばした。
持ち上げられたのはテリルちゃんで、片腕だけを掴まれて力無く体がグニャンと折れ曲がっている。
「何する気なの⁈」
駆け寄ろうとしたら足の枷がガシャンと鳴っただけだった。これじゃあテリルちゃんのところまで届かない。
ガシャガシャ暴れるあたしを無視してあいつはテリルちゃんをさらに離れたところに投げ捨てた。
「面倒でも仲の良い者を作らせておいてよかった。それにこんな家畜を選ぶとは思わなかったが…まぁ家畜の分際で最後に私の力になれてよかったな。」
ボソボソ言いながらあいつは何か一枚の紙を胸元から取り出した。その紙が緑に光り始めた途端、目覚めなかったテリルちゃんが大きく叫び声を上げて体を酷く反り返らせた。何をしているの⁈
「そのまま私に反抗しようとするのはどうでもいいが、この家畜はすぐに死ぬだろうな。」
足の枷が外れない。奴隷の躾を執行しようとしてるんだ。テリルちゃんは苦しそうにもがいている。あたしの声は聞こえてない。このままじゃ、テリルちゃんが…テリルちゃんが死んじゃう。
「やめて!やめてよ!!」
あたしが叫ぶとあいつはさらにいくつかの紙を取り出してそれも緑に光らせた。鼓膜が破れそうな悲鳴が部屋にいっぱいになった。
みんなが死んじゃう。やだ、やめてよ、ねぇ。
…泣いたってどうしようもないのに涙が止まらない。初めから叫んでいるテリルちゃんの悲鳴がか細いものになっていく。
このままじゃ、テリルちゃんも、他のみんなも、死んじゃう。嫌だよ…ここまで、もう少しでみんなに手の届くところまで来たのに…そんなの…
「絶対に嫌だ!!!!」
握りしめた卵に自分の涙が落ちた時、パリッと小さな音がした。手の中を見ると卵が割れて、眩しいほどの光が漏れている。
『ネガい、わかった。ワレを友のチカラ、してくれ。』
あの日に見た大きな蒼い焔の不死鳥があたしの手の中から溢れ出すように大きな羽を羽ばたかせた。
耳が壊れてしまいそうな悲鳴は不死鳥が羽を動かす度に小さくなって、今は寝息だけしか聞こえない。
それを見ていたあいつは鋭い目を丸くして口を震わせるだけで動かない。いつもの冷たい表情が消えて見えるから、さっきよりも息を吸うことができた。
そういえばさっきから部屋を揺らしていた轟音がどんどん近づいて来てる。何かが壊れる音と揺れの中に混じって獣の遠吠えのようなものが聞こえる。
ここまで近づいてその声の主がようやく分かった。
「こ こ かぁぁあああ!!!!」
「お姉さん!!!」
自分のすぐ真横からガシャァァァン!!!と大きく何かが崩れる音が聞こえて思わずその場にしゃがみ込む。
音が落ち着いて目を開けると綺麗なオレンジの髪が揺れている。真横には拳を構えたお姉さんが立っていた。
お姉さんが壁を殴ってくれたおかげで鎖の根元がなくなってる。重い鎖を引き摺ってお姉さんに抱きつく。怖かった。怖かったよ。
そんなあたしを包みながらお姉さんは何回か大きく呼吸をしたあと、あたしの足の鎖を根本から引きちぎってくれた。
もう大丈夫だよってお姉さんに言われると本当に大丈夫な気がするから不思議だ。いっぱい言いたいことはあるけど今はお姉さんが無事で本当によかった。
「きゃっ!」
いきなりガクンと身体が揺れて咄嗟にお姉さんにしがみつく。目を開けるとお姉さんに抱えられて後ろに飛び退いていた。
「ただの神子ごときに…面倒な…貴様は何者だ。」
自分達がさっきまで立っていた場所がえぐれているのを見てあの男が何か攻撃をしてきたことがわかった。
お姉さんに抱えられたまま周りを見ると不死鳥が反対側の壁の窪みに足をかけてこちらを見ている。その目が何か言っているように見えて小さな声でおいでと呟く。
あたしの言葉を待っていたように不死鳥は真横に降り立って頭を擦り付けてきた。蒼の焔の羽は暖かくて不思議な感触で、あたしは優しく頭を撫でてあげた。
「私はサーシャちゃんの友達だ!」
お姉さんはその場にあたしを下ろすとそのままあの人のところに踏み込んで殴った。お姉さんの動きはとても速いのでサーシャにはよく見えないけれど、起き上がったあいつは右の耳があったところから真っ赤な血をぼたぼたと落としていた。
「…っうぐぅ、貴様…!何が友達だ、何が仲間だ!どうせお前もこいつが神子だから使おうとしておるだけだろうが!!いらん!そんな使えんような小娘なんざもういらんわ!!!!」
ふらりと立ち上がったあいつはそのままお姉さんから離れていく。身構えたお姉さんの前で胸元から紫に光る大きな紙を取り出した。
それがあたしの奴隷印紙だと気がついて一気に身体の芯から寒さが登る。
「さ せ る か !!!」
紙が何なのかお姉さんもわかったのかすぐに足を踏み出してくれたけど、印紙が紫に光る方が早かった。
「遅い!」
お姉さんが紙を奪い取った勢いであいつを殴り倒してくれたけど紫の光が弱くなることはなかった。でもあたしの体には何の変化もない。
お姉さんと目を合わせて2人で首を傾げる。叩かれた頬を抑えながら起きたあいつも何が起きているのかわからないのか嫌な笑顔が段々と驚いた顔になっていく。
あたしは苦しくも痛くもない。ただ暖かかった。
「…もしかして、あなたのおかげなの?」
クルルと小さい鳴き声をあげながらあたしに擦り寄る不死鳥の顎を撫でてやる。青い目を輝かせて嬉しそうに体を震わせるとまた大きく羽を広げて焔を部屋いっぱいにした。
「あっ!」
声を上げたお姉さんの方を見ると手の中の印紙の陣が蒼焔に上書きされるように消えていくところだった。きっとあたしの首の印もこれで消えた。
「なっ、なっっぁ!!!」
目の前のあいつは慌てたようにさっき放り投げたみんなの奴隷印紙と胸元からさらに取り出した紙を見て悲鳴に近い声を漏らした。それらはもう真っ白でただの紙になっていたから。
あたし達はもう奴隷じゃない。自分の体の変化はわからないけどここ数年でやっと心が軽くなった気がする。
「…お前ら…お前らお前らお前らおまえらぁあああ!!!」
喚いて叫ぶあいつを見てもあれだけ怖かった気持ちはもうどこにもなくて、多分あたしはこの人がすごく可哀想に思った。
そんなあたしの顔を見たこの人は真っ赤な目であたしに手を伸ばしてきた。
「お前が!!その目を私に向けるなぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
その悲鳴も伸ばした手もあたしには届かない。不死鳥の羽があたしを守るように包んでくれたし、あたしに近づく前にお姉さんがこの人を殴って地面に叩きつけたから。
「…サーシャちゃん、この人…どうする?」
もう意識がないこの人。お姉さんが言いたいことはわかるし許す気持ちなんてない。でもあたしは首を横にゆっくり振った。
「もういいよ。みんなと一緒にここを出ていければ…それでいいの。」
そんなあたしの頭をお姉さんはいつもよりちょっと強めにぐしゃぐしゃに撫でてくれた。見上げたお姉さんはいつも通りに笑ってくれてて、それを見たあたしもようやく笑顔になれた。
よしっ、と小さく気合いを入れたお姉さんが何をするのかと思ったら、投げるように寝かされたままのみんなを担ぎ始めた。皆んなを運んでくれるみたいだ。
片腕に二、三人ずつ。どうやって抱えてるのかわからない持ち方をしてるのはやっぱり流石お姉さんだと思う。
あれ?そういえばマイラスがいないけどどこに行ったんだろう。
お姉さんが待ち合わせしてる場所があるって言うからひとまずそこに子供達を運ぶみたい。あたしの力じゃ一人も運ぶことができないからお姉さんに着いて歩くだけ。三往復したところであの部屋にいた子供達みんな運ぶことができた。
「あの、申し訳ないが、この子たちも共に連れて行くことは…叶わないだろうか?」
全然気がつかない間に知らない小さいおじさんが真横にいて体がビクッとしちゃった。お姉さんの知り合いなのかな?
急に出て来たはずなのにお姉さんは驚く事もなく何人かの怯えている子供達に手招きをしてる。
その子達の首の後ろにも奴隷印は無かったから多分あの人が持っていた奴隷印紙の子達なんだろうと思う。
「あの…おじさんは、このお城のこと詳しいの?」
初めて会う人に話しかけるのは緊張するけど
今のあたしができる仕事が残ってる。このおじさんも奴隷みたいだけどこの子供達を連れてこれたならきっとあの人の部屋も知ってると思った。
行きたい場所を伝えるとおじさんは案内をしてくれた。お姉さんは着いて来てくれようとしたけどそれを断ってあたしは不死鳥と2人で向かう。
あの人はこの国では偉いと聞いたはずなのに部屋はお城の片隅の小さな淋しい場所にあった。その部屋には立派な錠前があったけど何故か鍵がかかっていなくて、あたしは不死鳥と暗い部屋に足を入れる。
不死鳥の焔に照らされた部屋は静かで寂しくて何もなくて、部屋の真ん中にある知らない若い女の人の肖像画がこちらをみて微笑んでいるだけ。それが何だか寂しく思った。
「お願い、できる?」
あたしは不死鳥の目を見てお願いをする。不死鳥はあたしの言いたいことが分かるみたいで、クルルと小さく鳴くとあたしのおでこにおでこをくっつけて目を閉じた。
あたしも目を閉じたけど大きく羽を広げたこの子が部屋いっぱいに焔を溢れさせていることを感じる。
「…もし、あなたさえ良かったら…あたしに、名前を付けさせてもらえないかな。」
不思議だけど言葉がなくてもあたしにはこの子の言いたいことが手に取るように分かる。あたしの中に期待の感情が流れてくるから。
「あなたにあたしの名前のカケラをあげるね。お母さんにあたしにはもう一つ名前がある。この名前は光って意味があるんだよって教えてもらったの。あなたはあたしの『光』だから。」
目を開けるとクルリと宝石みたいな目がこちらを見ていた。
「…あなたの名前はセラスィ 。あなたはあたしの[光 ]だよ。」
胸の中がいっぱいになるくらい嬉しい気持ちが溢れてくる。セラスィはあたしのほっぺに自分のほっぺを擦り付けてクルクル嬉しそうに鳴く。それがあたしも嬉しくてたまらない。
心の奥底であたし達の間に見えない何かが生まれた気がした。
少しの間頬を擦り合ってじゃれた後、焔が落ち着いた部屋の中に目を向けても見た目に違いはない。それでもこの部屋にあった奴隷印の契約紙は全て真っ白に戻ったはずだ。
「…お姉さんのところに戻ろっか。」
セラスィはクルルと鳴いて羽を震わせた。静かな部屋にまた封をする時、部屋の奥であの肖像画の女性が無邪気に笑いかけてくれた気がした。




