第46話 サーシャちゃんには関係ない!
「いいか、俺は上のやつに話がある。サーシャのとこにはお前が行け。ここまできたら何があっても咎めん。ただし俺が合図を送ったらここに戻ってこい。何人連れてようが構わん。好きなだけ壊せ。」
焦っているのか怒っているのか、珍しく早口で饒舌なマイ君が上に向かって飛んでいくのを黙って見送る。こんなに立派な門も壁もマイ君には関係ないよね。
あ、もちろん、
大きく体ごと逸らして拳を振りかぶる。
「私にもだけどねっ!!!!」
耳が壊れそうな轟音が襲う。あははは、ちょっと勢いをつけたから結構な惨事だね。殴った時に手がピリッとした気がしたけど気のせいかな。まぁそんな事どうでもいいんだよね。
だって私、
大きく右足を振りかぶる、
「怒ってるんだもんっ!!!!」
地面が揺れるほどの振動が目の前の城を揺らす。
「あはははははははは!!!!!!」
破壊音に気がついたのか急いで来た兵隊さん達が私から離れた場所からこちらを見てる。なんで近づいて来ないのかな。ほら、私侵入者だよ?大事なサーシャちゃんを取り返しに来たんだよ?
地面を思い切り右足で踏みつけると地割れのようにクレーターができた。
「サーシャちゃんはどこだ!!!!!!」
お腹の底から叫ぶと取り囲んでいた兵がパタパタと倒れていく。倒れずに立っている人も頭を押さえたり振ったりして膝をついてる。大きい声をいきなり聞いたから鼓膜破れたのかもね。
「おやおやとんだジャジャ馬なお客さんが来たようですね。いきなり一人で乗り込んでくるなど…ここが王城と分かっての愚行で?そもそもサーシャとは誰の事です?」
兵隊に向かって睨みを効かせていた私に恐れなく変なおじいちゃん兵士が近づいて来た。鎧の隙間から三つ編みにした白髪が見えてる。…なんで三つ編みをリボンみたいに結んでるんだろう。変なファッション。
でも周りの兵隊よりも少しだけ強そうだ。
「…7、8歳くらいに見える茶色い髪の小さな女の子の奴隷、ここの奴が連れて行った。何か知らない?」
低く構えたまま唸るように聞く。これでも理性は捨ててない。でもずっと我慢我慢ばっかりで結構限界かも。
「さぁ、知りませんな、若いお嬢さん。そんな居もしない奴隷の小娘のためにこんな事をしたのですかな?見た目は麗しいお嬢さんですが些か頭が弱いようですな。」
カッチーーーーン。せせら笑うように言ってのけたおじいちゃんに無性に腹が立つ。喧嘩売られた。今確実に喧嘩売られた!
「…私が暴れないうちにリンデルさん呼んできて。」
深呼吸を3回してから低く唸る。落ち着け私。今闇雲に暴れてもサーシャちゃんから遠のくだけだ。リンデルさんなら何かを確実に知っているはず。今はサーシャちゃんが最優先。落ち着け、落ち着…
「貴様のような小娘わし一人で充分よ!![俊技剣 ]!!!」
落ち着こうと必死で目を瞑っていた私に細い剣が眼前に突き付けられる。それを右手で握り潰しながら地面に押し付けつつ、空いた左手で体制を崩したお爺ちゃんを地面に叩きつけるように殴った。鎧は割れて潰れかけた顔が半分出ている。そしておじいちゃんは静かになった。
「いいからサッサと出せっ!!!!!!」
私の咆哮が響き終わると周りは水を打った静けさに包まれた。こっちは落ち着いて話をしてあげようとしてるのに邪魔しないでよ!!
キッと視線を周りに向けると兵士たちは顔を逸らす。私の耳飾りだけがリーーンと薄い音を響かせる。あー、もう!なんで誰も教えてくれないの!焦ったい!!この間にもサーシャちゃんは怖い思いしてるだろうに!!!
はぁ…もういいよ、どうせ全部壊すから。
私が一歩踏み出すたびに兵隊さん達が道を開けるように逃げていく。倒れた仲間を見捨ててないのは偉いと思うよ。おじいちゃんだけは放置されてるけど。
大きく右手を振りかぶって壁を殴ろうとした瞬間に私と壁の間に何かが破裂した。咄嗟に腕をクロスして顔をカバーしたけど風圧に負けてかなり後ろまで飛び退いてしまった。
「…思いの外早い到着でしたね。変装を解かれたのでしょうか、それが本来のお髪の色なんです?オオカミ嬢。」
丸メガネの奥で細い目をさらに細めたリンデルさんが立っていた。その右手には細く薄い刃で長さが40センチもない短い剣を持っている。その刃先を私に向けつつ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「リンデルさんは来るのが遅い!!」
ちょっと!私は至極尤もな文句を言ってるのになんでそんな呆れた顔してるの!私怒ってるんだってば!!!
「リンデルさんは味方だと思ったのに!ロゼちゃんの仲間だって言ったくせに!!嘘つき!!!」
叫びつつリンデルさんが今しがた立っていた場所に拳を叩き込む。それを難なく避けながら剣先をこちらに向けて来てまた小さな爆発が頭のすぐ上で起きた。
どこで爆発が起きるか分からなくて避けるのが後手に回ってしまう。小さい爆発だから威力が無いけど直接当たるのは多分危険だ。
「私は誰の味方でもありません。貴方様は勿論、ロゼ様も私の本来の主人ではございませんゆえ。」
はぁ⁈なんて事の無いみたいにしれっと言いやがってぇえ!!ロゼちゃんまで裏切ってたなんて一層許せない!!!
「本来の主人って何⁈主人のためなら幼い女の子を奴隷にしたっていいの⁈意味わかんない!
!」
素早く拳を振ってもその反動で回し蹴りをしてもひらりひらりと躱される。まるで私の考えが読まれてるみたいでやりにくい。
でもリンデルさんの攻撃を私の方も全て躱しているから全く勝負にならない。このままじゃ長引くだけだ。
「彼女は神子ですよ。そこらに居るただの幼い少女とは違う。それゆえに奴隷だろうとなかろうと価値は高いのです。」
はぁ⁈さっきから何言ってんのこの人⁈全く言いたいことが分からない!サーシャちゃんはサーシャちゃんだしそれ以上も以下も何もないじゃん!
そもそも私はこの世界の人間じゃ無いし本当に無関係な立場だ。サーシャちゃんとだってまだ少ししか一緒に暮らしてない。
それでもあの子が泣かなきゃいけないこの現状に納得なんかできるはずない!
「…価値があるとか、ないとか、あなたが勝手に決めないで。他人が決めた価値なんて…サーシャちゃんには関係ない!!」
あれだけすり抜けるように避け続けていたくせに、突然私の拳を顔面で受け止められた。流石に驚いたけど私は拳を固めたままでリンデルさんの正面から動かなかった。
リンデルさんの顔の正面に透明な壁があったから頭全部を吹き飛ばす事にはなってない。透明な壁を破るように突き抜けてリンデルさんの額に拳が当たっている。
でもリンデルさんも少しも動くことなくて、真っ直ぐに立ったままこちらを睨んでいる。
かろうじてかかっているメガネは割れて、セットしていた髪は乱れて、拳の当たる額から血が流れ落ちていく。
「……ある…関係ある!!大いにある!!!私は…私はあの人のためなら、あの人が自由になるなら…!あの人がまた笑える世界があるのなら!己を曲げて悪魔になっても構わない!!」
あまりの迫力に気圧された隙に顔面にあの小さな爆発が当たってしまった。グゥ…ッと顔を抑えながら仰反る。
血は出てないみたいだけど痛みに慣れてないから動揺のせいかドクンドクンと鼓動が鳴る。
「あの人のために!私はまだあなたを通すわけには行かない!!」
割れたメガネを地面に投げつけながらリンデルさんが咆哮する。その時に胸元から銀色のネックレスが溢れ落ちた。
ん?あのネックレスの飾り…さっきここに来る前に見た、建物に書いてあった三角の下が楕円になった形をしたのと同じ…?
「…私はここを通る。」
いや、ネックレスなんて今はどうでもいい。ドクンドクンと鼓動が鳴るたび動揺が、焦りが、色んな感情全てが憤りに変わっていく。
「どこの誰のためかなんて知らないけどね、私だってあの子の自由が大事なの!!!サーシャちゃんが泣かなくていいようにしてあげたいの!!!」
私は正面に走ることしか知らないから、愚直に殴り込みにかかる。それを剣で受けつつ魔法で私を攻撃してくる。
あぁもう!リンデルさんなんかに構ってられないのに!!何でこの人こんなにしつこいの⁈やっぱり強いし!!
「サーシャちゃんは泣いてたの!友達が苦しんでるって言って泣いたの!!自分の苦しみより友達が大事だって言ったんだよ⁈そんないい子をこれ以上泣かせてたまるかぁあああ!!!!」
リンデルさんが突き出した剣を今度は自分に当たるスレスレまで耐える。脳天に当たる寸前、私が動く前に剣先の動きが変わったけどそれ以上に速く私が頭を振って右の首に挟むように体を捻る。そのまま剣を捻り落として回転した勢いを脚に乗せる。
「さっさと退けぇえええええ!!!!!!」
そのままリンデルさんの右頬に回し蹴りを入れ込む。また透明な壁が出てたけどそれも粉々にして力を入れ込んでいく。
一瞬のその間に顎が曲がるように顔が歪んでリンデルさんが吹っ飛んでいった。壁に亀裂を広げながら崩れるように落ちたリンデルさんは動かなかった。
最後に剣先に溜めてた爆発の魔法を私に向けて飛ばされたら流石にヤバかったかもしれない。何故飛ばさなかったのか知らないけど、それより先にサーシャちゃんの方が心配だ。
久しぶりに乱れた呼吸を整えて周りに目を配るとあれだけ居た兵隊さんは誰も居なかった。
えっ、ちょっと!これじゃあどこに行っていいか分かんない!!
どうしようとワタワタしてると壁の隙間からナマズみたいなちょび髭を生やした50くらい?のおじさんが手招きしていた。えっ、こんな人いつからいたんだろ。
深く考えずに勘だけで生きてる私はノコノコと近づいた。悪い人じゃなさそうだったし。
私の半分くらいしかないんじゃないかなと思うほどに小さくて枝みたいにヒョロヒョロのおじさん…雰囲気的にはおっちゃんの方がしっくりくるかも。
おっちゃんは私が近づいた途端に地面スレスレまで頭を下げた。その首には緑の奴隷印が光っていた。
「我が友の無礼をどうかお許しください。」
えっ、何っ、誰っ?友?なんの話?よくわからない人ばっかり出てくるな。
そんな私に頭を下げたままおっちゃんは自分をネズミと名乗った。あ、ロゼちゃんが言ってたグズリアに居るっていう2人目の人か。キツネだったリンデルさんは裏切ったわけだけどネズミさんは裏切るわけ?
とりあえず私はオオカミですと名乗る。ロゼちゃんが折角くれた名前だからね!
「オオカミ様、お待ちしておりました。時間が惜しいでしょう。話は進みながらいたしますゆえどうぞ神子様の元に急ぎましょう。」
そう言ってまた私達を騙すの?リンデルさんがやったみたいに。
自分の中の感情が漏れ出すように身体から出ていくのを感じる。そんな私を見たネズミさんは体を震わせたけど一歩も引かずにその場にうずくまるように土下座をした。
「あなた様の言葉はごもっともです。この事態を引き起こしたのは紛れもなく我が友リンデル。ですが神子様を大事に思う気持ちは同じなのです。我もリンデルもこの国に大事なものを奪われたが故、リンデルは今正気ではないのです。やつを何度殴っても手にかけようと我は関与致しませぬ。どうか今は神子様を、サーシャ様をお助けください。彼女だけが我の、我らの、望みなのです。」
このおっちゃんは何言ってんだろう。言いたいことが全くわかんない。私は難しいことが苦手なの。だから単純な話してくれる?
「あなたは味方?敵?」
「神子様の味方にございます。」
私の問いにまっすぐな瞳でおっちゃんは即答した。
「…早くサーシャちゃんのところに案内して。」
無言で深々と頭を下げたおっちゃんの後ろについていく。横目で最後に見た気絶しているはずのリンデルさんは、地面に仰向けのまま、腕で両目を覆っている。それはまるで泣いているように見えた。




