第36話 あの女、大きい事件起こさない…よな?
さて、女は追い出したのでサーシャと2人きりになる。…なんか怯えてねーか?
少し考えて子供の姿に戻る。こっちの方がマシか?
「別に怖いことも痛いこともしないから安心しろ。」
そこまで言っても不安そうな顔のままで女が出ていった扉から目が離れない。くそっ、ガキは苦手なんだよ。今は俺もガキだけど。
このままじゃ何も進まないので空気なんて読まずにさっさと作業に移ろう。
「サーシャ、まず首後ろの奴隷印見せてくれるか?」
そう聞くと素直に頷いたサーシャが首元の黒いスカーフを解いて髪をかき分けようとする。長い髪の毛が邪魔そうなので首に巻いていたスカーフを使って頭の上で括ってやった。
…テキトーに結ってやっただけなんだが…なんか目が輝いて見えるのは気のせいだろうか。
まあいい、とにかく気にせずに俺のやることをやらないと。
サーシャの首元に手を翳して目眩しや変幻の魔法を思いつく限り試して行く。クソっ、やはりどんなに魔力を練り上げて丁寧にかけても印だけはすぐに出てきてしまう。
その他の見た目にかけた魔法は最初に妖精の粉と呼ばれる定置剤を使った事もあって一週間近く経った今でも解けてない。なのに何故これだけはダメなのか。
妖精の粉は貴重な素材だってのに使った意味が半減になったと思うと腹が立つ。
無駄だとわかっていてもう一度魔法をかけてみる。…やはり一瞬は消えてもすぐに出てきた。何回かしているがもう一度解析鑑定してみるか。
ずっと俯いたままはしんどいだろうのでベッドにうつ伏せになってもらう。眠っている間にやってやれば良かったと今更ながら思ったがまぁいいか。
奴隷印に向けて解析鑑定をする。
【上位奴隷印 状態異常 時間停止】
やっぱ何重に解析鑑定してもそれ以上の情報は出て来ないか。見飽きた文字列にため息をつきつつ魔力を閉じる。
…いや、待てよ…印じゃなくてその周り、首自体に焦点を当ててやった事はないじゃないか。
解析鑑定をした時点でそんな誤差の範囲の場所に何の意味があるのかと思うかもしれない。普通なら全体的に鑑定結果が出るはずだ。ただ奴隷印の鑑定結果が[状態異常]を示した時点で何かおかしいものがこびりついている。
【状態異常 呪印】
…うそだろ。もう一度解析鑑定をかけて状態異常が事実なことに一瞬で怒りに似た熱が沸き上がっていく。
奴隷印特有の光と神子にもかけられような強い印なこともあって何度やっても視覚的にも解析的にも見えなかったのか。クソっ、奴隷印に被せてもう一つ呪印が刻まれていたなんて考えてもみねぇよ。
印を見えないように二重にかけることは高等技術よりも緻密な技量が必要になる。なのにわざわざそんな事をした。
思わず歯軋りをする。こんなこと、悪意以上の、随分と悪趣味であること以外の何物でも無いだろ。これをかけた奴は相当頭がイカれているらしい。
ここまでめんどくさいことをしてまで奴隷印を隠せなくした理由が『惨めに奴隷として生きていけ』と、俺にはそう言っているようにしか思えなかった。
「マイラス、どうしたの?」
急に動かなくなった俺を疑問に思ったのかサーシャがこちらを向く。不安にさせてる場合じゃない。サーシャにはこれ以上の事実は負担でしかないだろう。
「…いや、なんでもない。もう起き上がっていいぞ。少しの間は自由にしててくれ。」
それだけ言って部屋に付けられている簡易な机に向かった。上等だ。どこの誰だか知らねえが俺に喧嘩を売ったこと、心の底から後悔するがいい。
読み取った呪印を一度紙に書き起こして分析していく。大量生産の奴隷印と違い呪印は表面上は万国共通で法規制されている。規制されているということは個人で呪印を販売している闇家業から手に入れた可能性が一番高いということだ。
ならば呪印の作りの癖さえ読めれば呪印の販売者が割り出せるはずだ。裏家業の根本がそうそう他所ものに変わることはない。おそらく40〜50年前の下っ端がトップに立っている可能性が高いだろうな。
ほとんど賭けに近い可能性だがこちらとらこの大陸で一番神が憑いている人間だ。舐めんじゃねぇぞ。
細かく呪印を分解、解析。呪法の癖を探る。ここ数年のリスタールの情勢やら勢力やらをクモに聞いといて良かった。こんなに詳しく裏の情報まで持ってるなんてあいつ、本当に何者なんやら。
さて、この水魔法に癖があるタイプの呪印はおそらく…チッ、奴らの根城はちょっと遠いな。が、行けない距離ではない。今は昼過ぎか。まぁ、夜になるまでには帰れるだろ。
「おい、サーシャ…」
と声を掛けようとして黙る。サーシャはまた眠りについていた。少し気が抜けて小さく息を吐いてから体に毛布をかけてやる。わざわざ起こしてやることもないだろう。
[少し出る、夜には戻る。]
と書き置きを枕元にして何気なく頬を撫でた。ガキのうちはいっぱい寝て存分に成長してくれたら何よりだ。
何もないとは思うが一応訳ありな神子様なので部屋の入り口にトラップ陣を仕掛けて置く。どんなトラップかは…ま、誰かが掛かってみれば分かるさ。
俺自身も出掛ける準備を終えて大人の見た目になった。さてと。
「行って来る。」
小さく部屋に声を掛けて俺は部屋を出た。
どこの世界にも表がありゃ、裏ってもんがある。オレらはその裏ってもんの中で生まれてそのまま裏の中で生きてきた。汚いこともしてきたし血反吐を吐いたことも数え切れんほどにある。
それでも泥水の中でしか息ができねぇオレらは綺麗な水じゃあ死んじまう。若い頃は貴族様の豪華な生活に憧れたこともあったが今はこれで満足してる。適材適所ってもんが人間あるんだよな。
おおっと、いらん自分語りをしちまったな。悪りぃ悪りぃ。とにかく、何で急にそんな話をし始めたかっていうとだな…
「おい、聞いてんのかおっさん。いいか、俺は短気だ。もう一度だけ言ってやる。この呪印を作ったやつ、売ったやつ、今すぐ吐け。お前の口が動くうちにな。もし忘れたんなら…思い出させてやってもいいぞ。」
なんか知らん若造に突然脅されてるからだ。
リスタール国は他所から来たやつからすればかなり分かりにくい地形になっている。街中を突っ切っている大通りから外れて脇道に入ってしまえば、何処までも変わらない見渡しの悪い家壁の景色に一瞬で迷子になる。
そんな裏道には色んな影が蔓延りやすい。この国も例外になくいくつかの裏組織のようなものがあるが、その多くが地下街にある。
いつどこの奴が作ったのか誰も知らない巨大な地下空間。旧リスタール城を中心に東西南北と四カ所が存在している。
まぁ、先の国王選定戦争で東は壊滅、西は北に併合、一応存続しているのが南といった形で、裏社会にも戦争の残火は色濃く残っているらしい。
ちなみにこの情報もクモからだ。何でこんなに詳しいのかと訊けば「わたしもお世話になる時がありますので〜。」だとよ。恐ろしい奴だ。
「んで、おっさんよぉ、何か思い出せたか?」
色々あーだこーだしてめんどくせぇ労力を使って、何やかんやして、結局こんなことをしているわけだ。
ここは地下南街で目の前に居るのは一番偉そうな奴。本当はクモにもらった情報からこいつが南街を牛耳ってんのは裏がとれてるわけだがな。
一応俺自身も髪色をブロンドから黒寄りに、目の色も青から黒。そばかすなんかも散らしてみてる。
さて、首元に突きつけたナイフで軽く皮膚を突く。汚い悲鳴と共に赤黒い液体が流れた。チッ、おっさんがビクつくせいで手に付いただろ。汚ねーな。
「お、オレは金を積んだヤツに、商品を渡してやってるだけで、詳しくは知らん!嘘じゃない!」
ナイフを持ってない左手で顔を殴る。
「うるせぇんだよ、誰が叫べっつったよ。」
そこらにあった毛皮製の絨毯らしきもので素巻きにしてあるのでうぞうぞと地面でのたうつことしかできない。なんか腹たつのでとりあえず蹴る。
おっさん、歳は50いかないあたりか。組織の頭をやってるにしては随分と若いな。恰幅の良い、というよりガタイのいいやや脂の乗った体。白髪の混じり始めた薄い頭皮に右頬の小さい傷。何よりこの程度の脅しに対してのビビり方。あまりにも雑魚すぎる。
おいおい、昔の頭領はもうちっと骨があったぞ。また何となく腹が立ったので蹴る。
「どうせ口結びしたから情報は話せねぇとか何とかいう気だろ?お前は話さなくていい、仕方ねぇからお前は今から全ての質問に‘’いいえ‘’とだけ言え。そのくらいだったらお前でもできるよなぁ。おい分かったら返事くらいしろよゴミ。」
あまりにグズなので少々苛立ちが先に来てしまう。何度目か分からない苛立ちを蹴りに変えてから質問をする。
「この印に見覚えがあるか?」
紙に書き写した印を見せるがダンマリのまま。間髪入れずに強めに蹴りを入れる。
「‘’いいえ‘’の一言もいえねぇのかゴミ。」
残り少ない髪の毛を掴んで揺さぶるが涙と鼻水で顔が汚れていくのみ。気持ち悪りぃなぁ。
「二度は言わせんなっつったよな?俺は忙しい上に短気だ。お前が喋らねぇならとっとと 次 にいくだけの話なんだよ。分からねぇなら分からねぇと言えゴミクズ。」
「分かりません!」
「嘘ついんてんじゃねぇよゴミクズ』
顔面に蹴りを入れる。鼻水涙に鼻血が混じって更に悲惨な顔になっていく。
さっきから[嘘発見器]発動してんだよ。嘘は通用しねぇし、何なら嘘でもいいから質問に答えてくれりゃあそれで終わるっつーのに何で無駄に頑固なんだ。そんなヤバい情報のために耐えてもいいことないだろ…っと!?
目の前スレスレのところに通った杖を仰け反りながら躱す。躊躇なく目を狙って来やがった。
仰け反った反動のまま後ろに飛び退き距離を開ける。フードで顔は見えないか。俺の腰ほどの体格で小さい上に素早さはそこまでではないが…かなりの手練れだ。
この部屋に来るまでほとんど人の気配がなかった。なのにこいつが現れた途端、数は少ないが部屋を取り囲むように殺気が充満している。
チッ、何だってんだよ。ある程度の存在希薄なら見破れるのにこいつは今まで全く感じとれなかった。少々めんどくさい相手かもしれない。
部屋はそこまで距離をとれるほど広くはない。ジリジリと壁に詰めるが相手も同じ考えなのだろう。向こうも簀巻きの頭領を気にかけつつ牽制してくる。あ、腹に杖で一発叩き込んだ。簀巻きのまま涙目になってうめいている。仮にも頭領だってのに結構な扱いだな。
…いや、待てよ。クモの貰った情報と自分の記憶、色んな想定を比較。思考加速を使ったのでほんの数秒の時間だったが…いや、まさかな。運命値が高いとはいえそんな都合が良いこと…。
自分で導き出した答えに笑いが出そうになる。もし、この仮定がもしも、本当だったら…
「…おい、そこのフード。お前に一つだけ聞きたい。」
数秒の無音を切り裂いて投げた唐突なこちらの言葉。訝しんでいるのかその下から伺う目線は昔と同じだな。
「親父の瑠璃の鋼壺はちゃんと隠せたか?」
あれだけ張り詰めていた空気が困惑と違う緊張に変わったのを感じる。その足下では芋虫状態のままの頭領(仮)が今だにアホヅラを晒しているわけだが。
「お主、まさか…いや、お主、何奴じゃ。」
しゃがれてはいるがしっかりとした男の口調。ああ、やっぱりか。どれだけ年を重ねて声色が変わったとしても分かる。ほんの短い間にしか共にいなかった者でも、俺にとっては忘れたくないもの。
「何だよお前、忘れたのか?俺だよ、俺。ボケるには早いんじゃねーのか?久しぶりだな、ガルダ!」
顔と体格を記憶ん中のものに変えていく。8歳くらいの子供の背丈に濡れた土色の髪。茶色い目はどこか悪戯っ子の雰囲気がある。それを見たフードの老人が震えるように立ち上がった。
「お、おお前さんは…な、いや、そんな。わ、わしもついにボケたんか?それとも魔物にでも魅入られておるんか?」
フードを外した老人は真っ白の手入れされてない髪を後ろで雑に束ね、酒でも飲んでいるのか赤ら顔。皺だらけの右頬から顎にかけては長い古傷が走っていた。
「ああ、ボケてねーし魔物でもねーよ。お前、俺が言ったことやっぱ信じてなかったな。俺は[レインカルナティオ]だから何度も生まれ変わる輪廻者だっつって教えただろ。」
ワナワナと震えた老人の手から杖が落ちる。その見開かれた目も落ちてしまいそうだ。
「お、お前、ほんとだったんか…わしゃあてっきりガキ同士の夜伽話かと…いんや、お前さんのこたぁ、よう覚えとる。お前さんは不思議なやつでな…豆粒ほどのガキん時の今思えば短い間じゃったが…いや、なかなかに濃い毎日じゃって…」
震える手で足元の杖を拾ってから俺のそばににじり寄って来る。8つほどの子供の俺の身長とほとんど変わらない。シワだらけになったその顔にも昔悪戯しまくってたあの頃の面影がどこかにあった。
っあ?!にじり寄ったそいつが突然バネのように高く飛んで俺の頭を杖で叩いた。
「イッッッでぇッッッ⁈⁈⁈⁈⁉︎」
完全に油断していたのと敵意がないことを表すために無防備だったせいで中々いいのを喰らってしまった。部屋に響き渡る高い音が容赦のなさを物語る。
「お前さん、あん時さっさと1人で逃げよってからに!!!瑠璃の鋼壺を壊したことを親父にわしゃあ2人分殴られたんじゃぞ!!」
腹いせなのか脛にも一発杖で叩く。いや、いてぇって、すまんって。そんな昔のこと怒んなよ!怒っている風だが顔を見れば口元も目元もにやけていた。俺も気の合う仲の者はほとんど残っていないだろう。完全に死んだと思っていたもんだから流石に嬉しかった。
「にしてもお前さん、若いままとは羨ましいこって。何じゃ何じゃ今更。わしゃとっくにヨボヨボになっちまったじゃないか!」
ガッハッハッハと豪快な笑いを惜しげもなく出していく。その目尻の雫には気がつかないふりをした。
「お前こそとっくにくたばったって聞いてたのに元気そうじゃねぇかよ!ジジイになっても身軽さは変わってねーなー。」
俺も釣られて笑いが溢れた。こいつが例え嘘で偽物でも騙されてやってもいいくらいには…まぁ、嬉しかったんだよ。
「こんなとこじゃつまらん!大したもんもないが少しくらいはワシに付き合え!酒の肴くらいは話もあるじゃろ!」
こんな小さいヨボヨボの体のどこから出てるのか不思議なくらいの威勢ある声だった。今は…まだ昼夕の中刻か。まあいいだろ。サーシャの元にはそろそろ女も帰ってくるだろうし一度行った場所には空間転移もできる。宿に帰ろうと思えば一瞬で帰れるからな。
「お前こそ、酒呑んだ途端にあの世行き、なんてないだろな?」
歪んだ笑顔に悪そうな顔が返事する。
「ほうほうほうほう、クソガキめ。ワシに喧嘩売ったこと、後悔するがいい!」




