第35話 何でこんなことに…
「ねぇ、あれ食べよ!すげぇ旨いよ!」
私の返事なんて聞くまでもなくユエさんは次々と色んな店に行く。
初めに銀貨を銅貨に替えてくれる場所に連れてかれてそこのおじさんと何かワーワー言い合って無事に換金してくれた。
その後裏路地から大きい通りに連れてかれて、現在食べ歩き中。
ここら辺は戦火の跡が少ないんだね。それとも大きい通りは最初に直すから綺麗になってるのかな。
私は道のど真ん中にあった大きい建物が一番気になったんだけど商会本部だから何も売ってないよって言われた。残念。
大きい看板には[グロンテッド商会]だって。商会本部って何するんだろう?
そんな色んなものに興味を惹かれる私を勝手にグイグイ引っ張って小さなテントみたいなのが並ぶ美味しそうな匂いが立ち込める通りに入った。
真っ先に足が向かったのは香辛料とお肉の匂いがすっごく美味しそうなテント。気がついたらそこの前に立っててユエさんに呆れられた。
この何かのお肉を焼いたものは胡椒みたいなスパイスが効いてて肉汁をとても引き立てておいしかったです。一口食べてすぐにもう一個買っちゃったよ。
そういえばここら辺はロゼちゃん所と違って食べ物あるんだなぁ、って思ったらユエさん曰く最近になってようやくここら辺は安定し始めたみたい。これでもまだまだ値段は高いし店が開いてない日もあるんだってさ。
だからロゼちゃんのところにまでまだ上手く食べ物が行かないのかなぁ…美味しいものいっぱい食べられるようにしてあげたいのにな。
それはそれとして、目の前に美味しいものがあるのに食べないのも失礼だよね。次に食べた手のひら大の揚げたドーナツみたいなやつは中にジャムみたいな甘ずっぱいフルーツが入っていて甘すぎない生地とすっごい合ってた。美味しい!
その次は飲み物!見た目は普通に水みたいな透明なのに爽やかなミントの香りに柑橘の果汁の味で冷たいしさっぱりだし最高なジュースだった。
もうなんか色々食べすぎていっぱい見てなんだか分かんなくなってきちゃった。そうだよね、色々ごちゃごちゃ私が考えたって意味ないよね!!そう切り替えたらなんだかすごく楽しいかも。
「ユエさん!あれ!あれなに?」
食べ物の露店から少し離れた場所の小さな小屋の並びを指差す。どの小屋にも木で出来ている可愛い看板やおしゃれな文字が並んでる。
「ユエで良いってば。あー、あれは木彫りの小物店。ここの大陸は土にも魔力が多いから木にも魔力が宿んだってさ。その魔力の多い木で彫り物作ってみんな売るの。後で見にいく?」
「んー、食べ物の方がいいかも。」
木彫りとか壊しちゃいそうで怖いので私は美味しいもの食べてたら充分かも。そう思ってたけど苦笑いしたユエさんに、アンタ何なのよ と笑いながら叩かれた。見た目はいいんだから少しはオシャレしたらどーよ、と結局ズルズル引き摺られていってしまった。私重たいはずなのに若い女性って結構強引だな〜。
連れてかれたのはアクセサリー屋さん、かな?多分これバレッタとかいうやつだと思うけど…今まで欲しいと思ったことないからちょっと分かんない。とりあえずこれが髪飾りなのはわかる。
「ほら、アンタ髪長いんだからこんなのどうよ?」
って前髪に何かを当てられる。鏡とかないから完全にユエさんの好みになっちゃうかもだけどそれでも似合うって言われるのは嬉しいな。
こうやって誰かとアクセサリーを付け合って似合う似合わないなんて話をするのは生まれて初めてだ。それがこんなにドキドキと身体があったかいのも初めて。全部が初めてなせいか足元がフワフワしてて不思議な感覚なのに何でか嫌じゃないや。
どれだけここにいたんだろう。散々悩んで結局ユエさんに6枚の花弁の花が三輪彫られたおそらくバレッタと思われる髪飾りを買った。白く彩られた花弁がユエさんの茶色い髪に良く映えてるね!
私には銀と何かの牙?を丸く加工したイヤリング。耳につけて頭を振るとリーンと薄く綺麗な音が響いてそれを聞くととても落ち着く気がする。こんなの似合わないと思ったけどユエさんにゴリ押しされて結局買ってしまった。
こんな素敵なものが私に似合ってるのか分かんないけど、アクセサリーなんか買うの初めてでなんだか心臓がうるさいや。
買ってから2人で早速付け合って何だか妙に笑いが止まらなくて二人ケラケラ笑いながら道端に腰掛けた。
「アンタ本当に変わってんねー、こんなに楽しいん多分初めてだわ。」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を手で拭いながらユエが言う。最初のツンケンした様子は何処かに行ってとてもやわらかい雰囲気が漂っていた。
もちろん楽しいのは私も同意なので強めに首を縦にふる。耳元でリーンと飾りが鳴った。
「普通はこんな娼婦なんて奴隷を銀で買おうとなんてしないし、遊ぶどころか物をこんな奢ったりしないし本当アンタ変だよ。」
ビクッと体が固まった。自分の顔がこわばっていくのを感じる…え?今、奴隷って…?
そこでまた呆れた顔でユエが笑う。
「アンタやっぱ知んなかったんね。本当に世間知らずのボンボンね。この国でってかここらの国で娼婦ってったら奴隷だよ。ほら。」
肩下までの長い髪を分けて見せてくれた首には緑の奴隷印が光っていた。言葉に詰まって何も言えなかった。だって、こんなに明るくてこんなに楽しい人が…奴隷、なんて…
「あはっ、アンタなんか勘違いしてんしょおバカ。あんね、奴隷の中でもここの娼婦はかな〜りマシなんよ。店に自分を買ってくれた分の金返せば自由になれっし、普段の昼間だって夜に娼館が開くまでこうやって自由にできっしさ。」
奴隷一人だと道の真ん中を歩いちゃダメとか、もの売ってくんない店が多かったりとかもあんけどね。と、事もなさげに笑いながらユエは言う。
「…アンタほんっとかわってんね。こんな女にそんな泣きそうな顔すんなし。ブスになってんぞ〜。」
自分がどんな顔をしてたかなんて分からないけど、ユエは優しい笑顔で私の顔をグニグニと揉んだ。それが酷く胸を痛くする。
私は本当にこの世界のことを知らない。知らないことがこんなに恥ずかしく思うなんて知らなかった。
「私が、お金…払ったら。ユエ、は、自由になれる?」
そこまで言ったところで私の頬を揉んでた両手で強く顔を挟まれた。ほっぺたがぐにゅっと曲がって視界が歪む。
「アンタほんっっっっとにバカ!そんなん頼んでないっての。いーい?アタシはこれでもしっかり生きてんの。アンタみたいな世間知らずに同情されるほど落ちぶれてないっての。」
そこまで一気に言うとカラカラと笑ってユエは一息ついた。
「アンタ何歳?」
急に話を変えたのは重たい空気を変えようとしてくれたのかもしれない。しんみりした空気は私も苦手なので律儀に答える。
「えっと…もう少しで、18くらい。」
孤児院に捨てられてそのまま育てられた身なので正確な年は分からない。一応誕生日はあるから一応今年で18歳ということになってる。
「ふーん、やっぱアタシより下なんじゃん。アタシはねー多分20は行ってなかった気ぃするくらい。アンタよりお姉さんね。」
シシシッと笑ったユエさんに驚きで返事が直ぐには返せなかった。勝手に25歳くらいだと思ってた。何だか落ち着いてるし…大人のお姉さん感あるし…。
そんな私の考えを読み取ったのか更に笑いながら小突かれた。
「アタシねー16くらいん時にガキ産んでんだよね。だから年も上に見られんのかもね。」
どこか遠くを見つめながらユエは喋る。下手に口を挟んでしまえば黙ってしまう気がして何も言えなかった。
「アタシら娼婦はさ、狭いけど部屋もらえんだけどね、そりゃー部屋とも呼べない酷いもんだけどね。それでもまだ人間扱いよ。でも外でりゃアタシらはただの娼婦。普通に道歩いてても襲われて知らん男にヤラれて中で出されて、多分あん時にデキちゃったんだね。店では避妊してっし。アタシもバカでさー金はかかるけど薬買って早く堕ろしゃー良かったのに、なんでか産んでさ。ガキできてる時は客取れねーし食うもんもなくて死ぬと思ったね。んでさ、産んだは良いけどアタシごみだかんさ、何してやって良いか分かんなくて。なんかイライラして頭がグチャグチャして何もわかんなくて。ガキ相手にさ。自分のガキ相手に毎日殴って、蹴って、本当に人がやる事じゃないことしてた。毎日来る男も笑ってガキ殴ってさ、それみてアタシも笑うの。あはは、何がおもろかったんだろね。」
呼吸を置くこともなく一気に捲し立てるようにユエは語る。息が詰まってるような気がして上手く声が出ない。
ユエがようやく一息つく時には自分の手が震えて息が上手く飲み込めなかった。自分がいた施設に来る子たちはみんなボロボロでギラギラした目をしてて、苦しくて悲しかった。
目の前のやさしくて楽しいこの人はそんな子供を生んだ人だ。
「でもね、いつだったかな…そんな前じゃないはずなんに何かよく思い出せないんけどね。そいつ、いきなり居なくなったんよね。ある日急にさ、毎日部屋で転がってたはずのガキが家にいなかった。酒飲んで寝てた男に聞いても知んねえよって殴られっし、多分人攫いにでも連れてかれたんだろね。アタシなんかに育てられるより多分どっかで奴隷になった方が生きてけるって思った。思ったのになんでだろーね。気付いたら外出てた。裸足で走って探して朝まで探した。見つかるわけねーのに仕事ほっぽって探して探して、夜明けにねー、家帰って、もう居ないって気がついたらさ…なんでか泣けてきてさ。こんなゴミが母親なんて言えるわけねーのに、そのままずっと泣いた。奴隷になって娼婦になって、初めて泣いた。」
そう語りながらどこか泣きそうなユエが私の顔を見てクシャリと顔を歪めた。
「何でアンタが泣くのよ。ばかねー、アンタみたいに汚れてない子の涙をアタシなんかに使うのは勿体無いよ。」
グジグジとユエが自分の袖口を使って乱暴に私の顔を拭く。わかんない。自分でも何で泣いてるかなんてわかんないよ。ただ上手く息が出来ない。空気が重たくてまるで水の中で呼吸してるみたいだ。
「アタシはねー、ゴミなんだよ。クズだからまだ奴隷で娼婦で居なきゃなんない。こんな人間だからきっと奴隷になったんさ。」
フルフルと頭を振ってもうまく言葉が出てこない。自分でも何が違うのか分からない。言いたい言葉は全部嗚咽に紛れてしまってくしゃくしゃに頭を撫でられるしかなかった。
「…その子…名前は?」
ようやく落ち着いてきて何か言わなきゃと思って何となく出てきたのがそれだった。名前を聞いて何になるのかと、それでも聞くべきだと思った。
「えー、名前?呼んだことないなぁ…ガキとかクズとか…?そんな呼び方しかしなかった。」
どこか悲しそうな困ったような、そんな顔をしたユエを見て懐かしいゆり先生との思い出が一瞬頭を流れて行った。
幼い私を膝に乗せて、ゆり先生は子守唄みたいにゆっくり優しく話しかけてくれる。ゆりかごみたいに揺らされながら私は背中の温もりに瞼を落として行く。
『あのね、アサヒ。この世の中に名前を持たない子は居ないのよ。心を込めて生きる道標につけられた名も、ただ呼ぶだけに使われる名も、それは両方名前と呼ぶの。でもね、アサヒ。人間は皆、見えない場所に刻まれた名前があるの。それを知らずに生きて行く人は多いけれど、知らないだけで人は皆、必ず名前を持っているのよ。』
覚えのないはずの記憶が映像のように流れて行く。ゆり先生は私のこの手を握って、何度も私の名前を呼んだ。きっとその話を聞いた私は意味もわからず大好きな先生に抱かれながら眠ったんだ。
ゆり先生の話の意味は正直よくわからない。それでも今思い出した記憶が根拠のない確信として私の背中を押す。
「でも、あるよね。呼ばなくても使わなくても、ユエはきっと名前をつけたはずだよね。」
私を見つめた目は丸くなっていて何か言いたそうに口を何度か動かした。それでも言葉は出てこなくて、一度口を閉じて笑ったユエは静かに教えてくれた。
「…トナ。あたしトナの冒険談好きなんだ…だから、子供できたらトナって名前にしたかった。なんで…今更思い出したんだろね。本当に今更…あの子の、名前…。…どうせあんたトナの冒険も知らないんしょ?教えてあげる、」
もちろん知らないので頭を振る。ユエは笑いながら優しく寝物語のように教えてくれた。
【むかしむかーし、まだカナロムの木も子供の背丈だった頃のお話。ある国に小さな男の子がおりました。その男の子の名はトナといい、泣き虫チビと村の子供に虐められておりました。
その同じ村には大層可愛い元気な女の子がおりました。トナと女の子は友達でいつも仲良く遊んでいました。
トナは手のひらほどの笛が得意でいつも吹いては女の子を喜ばせておりました。
けれどある日、女の子が美しい少女に育った頃、少女は不治の病に犯されてしまいます。
美しい少女のために村の何人もの屈強な男が妖精の粉と呼ばれる病に効く薬を探しに行きました。けれど誰も帰ってくることはありません。少女は帰ってこない村人を思って酷く悲しんでおりました。
そして数年が経った頃、一人だけ帰ってきたものがおりました。昔はチビと笑われていたトナは1人の青年になっておりました。
トナが妖精の粉を少女に渡すと少女はたちまち元気になりました。
少女はトナに冒険の話を聞きました。砂しかない国を進み、炎の大地でドラゴンを倒し、水の都で人魚の歌を聞き、数多の国と大陸を越え、辿り着いたのは妖精の国。
その国には千年の眠り姫が美しい繭の中で眠っておりました。その眠りを解くには素敵な音楽が必要なのです。
そしてトナは得意な笛を取り出すとまずは軽快なリズムを、時に恋の唄を、そして眠りの音に、冒険戯曲まで、幾つもの音を奏でました。それは三日三晩続き、目が霞み、立って居られなくなった頃、蝶が蛹から羽化するように妖精の姫が目覚めました。
姫はトナに問いました。薬と対価に何を渡せる?
トナは迷わず1番得意な笛を渡し、貴女を目覚めさせたこの音を差し上げましょう。
妖精の姫は満足気に頷くとトナに薬を渡しました。トナはそうしてようやく薬を貰ったのです。
そして帰ってきたトナは一番得意だった笛を吹くことが出来なくなっておりました。
少女は自分のせいだと酷く悲しみましたがトナは笑って言いました。僕の一番大事なものはここにあるからいいんだと。
そして少女とトナはいつまでも仲良く暮らしました。]
「よくあるおとぎ話ね。子供騙しのお話。でもね、アタシの生まれ故郷は観劇が盛んでさ、親にせがんで何度も観に行っては手を叩いて喜んだ。トナがドラゴンと戦うシーンは何度見てもカッコよかったからね。」
トナの冒険かぁ。今少し聞いただけでも胸がドキドキして走り出したくなるようなワクワクしちゃう。ユエの話し方がまるで何度も話したことがあるみたいに上手だったからかもしれない。どんな劇なのかなぁ、出来ることなら実際にみてみたいなぁ。
「そういえばユエはどこの国出身なの?」
生まれた時からずっと奴隷…ってこともあるのかな?ちょっと軽率な質問だったかもとドギマギしたけどそれは大丈夫だったみたい。嬉しそうにユエは教えてくれた。
「アタシはね、カナロム出身さ。流石にカナロムは知ってんよね?花がいっぱい咲いてて小さい町だったけど綺麗な場所でさぁ。アタシも昔は普通の娘だったんよ。小さい花屋の娘でね、近くの宿屋の男の子が好きでさぁ。いつか恋人になって結婚して子供産まれて、当たり前に暮らしてくと思ってたんよ。…あいつ…14で、弱虫だったくせに。…戦争に行って、帰って来なかったなぁ…」
最後の言葉はとても小さいつぶやき声でかすれるようにしか聞こえなかった。また、胸の奥がぎゅぅっと痛くなった。
「…ねぇ、アンタ好きな奴とかいないの?」
空気を変えようと思ったのかちょっと無理やりな笑顔でこっちに向く。えっ、す、好きな人⁈
「わ、私そういうのよく分かんないぃ…」
「え〜?一人くらいはいんでしょ?お姉さんに教えてみなさいよ〜。」
脇腹を突きながら聞かれるのでくすぐったい気がして、照れ臭くて、身をよじるようにして逃げた。胸の痛みを隠すみたいに少し無理矢理にキャイキャイ笑いながら少しの間戯れ合う。毎日がこんな風に笑える世界ならきっとみんな幸せなのに。
「ふぅ…さて、そろそろ行かないとな。」
あらかた笑い終わったユエが一息ついて立ち上がる。周りを見るともう大分太陽が横に傾いてることに初めて気がついた。
「今日は本当に楽しかったよ、コレもありがとね。」
ユエは髪に今日買ったバレッタを付けてはにかむ。夕日で影る笑顔はオレンジに照らされてとても綺麗だった。
「私も、楽しかった。」
耳飾りをリーンと鳴らす。心の底から、楽しかった。多分、今日のことは忘れない。
「また、会える?」
ユエはその問いには答えてくれなかった。
ただ、優しく笑っていた。
「…アサヒ、ばいばい。」
こっちが何か言う前にユエは走って曲がり角に消えていった。追いかけることもできたはずなのに、何か言う事があったはずなのに、突然の終わりに脳みそが追いつかない。
ポツンと残されたここの場所に、寂しい静寂が流れる。
そういえば結局、ユエはお金、受け取ってくれなかったな。ちゃんと宿屋の場所も教えてくれて、道案内もしてくれたのに。
ポケットに入るお金が無性に重たく感じる。周りが暗く夜に浸されるまで、私は1人、動くことができなかった。
なんとなく上を見上げると空には糸のように細く消えかけた月と沢山の星が光っていた。




