第19話 ここまで来るともはや恐怖だな
「おい、壁から俺たちの存在が見えない程度のところで一回止まってくれ。」
自分の前側から声が聞こえたので了解の意で親指を立ててみせる。
だいぶ前から目で見えるほどの壁が見えていたけど意外と遠かった。これだけ近づいてみてようやく分かったけど本当にでかい真っ白い高い壁だ。なんのためにこんなものがあるのか少し謎。
もう少しで木が無くなって視界が開けてしまうのでそうなる前にゆっくりと止まる。
「ふぅ、さてと。」
小さい体を伸ばしながらマイくんが何か呟いてる。その後ろでは私の背中から降りたサーシャちゃんがへたり込んでいた。
マイくんからポーションと酔い止め薬をもらっていたみたいなんだけど長時間は効かない上に1日に何度も飲めないみたい。今は水を飲みながら虚空を見つめてる。大丈夫?
「いいか、今から作戦を説明するぞ。とくに女はよく聞いておけ。お前が作戦の要になる。」
なんかすごい仰々しくマイくんが喋り出したからこちらも畏まる。私難しいことできるかなぁ…
「喋るな、動くな、何も言わずにじっとしてろ。それがお前の仕事だ以上。」
あ、良かった。それなら私でもできる〜
…え?
「いいか、前にも言ったと思うがおさらいするぞ。この壁は国を取り囲むことが目的な訳じゃない。この森の獣と国の人間を分けるために建っている。」
ポカンとしてる私を放置してさっさと話を始めるマイくん。なんか私の扱い段々酷くなって来てない??
「ただその獣を狩るために冒険者が出入りすることは珍しく無い。そのための門がいくつか設置されている。そこを通るしか入国する方法はない。」
ふ〜ん。よくわからないけどわざわざこんなとてつもない壁を作るってことはちゃんとした国なんだろうな〜とよくわからない感想しか出てこない。
「門には必ず最低3人の門兵がいるからそこをどう切り抜けるかが勝負だ。本来は冒険者の中でもハンター資格を持った奴しかここを出入りすることはできない。ギルド証を出して身元確認をしなければ入れないから俺らには無理だ。偽造証を作っても良かったが時間と手間が惜しい。」
ここまで仰々しいとなんか密入国するみたいでちょっとドキドキしちゃうね。
「だから口先で誤魔化す。いいか設定を作るぞ。俺らは冒険者でハンターだ。俺とお前、後もう二人居たが森に入ってデーモンスパイダーと遭遇。荷物と引き換えに命からがら逃げ出したがもう一人の男の仲間は助け出せず死亡。もう一人の男の仲間は逸れて生死不明。数日なんとか過ごしてようやくここまで戻ってきたってことにする。サーシャは森の中で拾った他のパーティーの残骸の中で唯一生き残っていた奴隷ということにしよう。」
おぉ〜よくわからんけどなんか物語みたいな設定だ。ファンタジーの主人公みたいだね!
「どう考えても粗が出る設定だし出国管理表にはそんな輩は居ないだろうからすぐバレるだろう。だがここいらの門兵はまともな奴なんて早々いない。すご〜〜く稀に俺たちみたいな訳ありが来るから慣れているはずだ。そういう時に必要なのは今みたいな向こうが都合よく誤魔化しやすい設定とコレだ。」
コレ、と言いながらマイくんが手のひらサイズの小さな袋を取り出した。チャリッと小さく鳴る音に聞き覚えがある。袋から出てきたのは銀色のメダルみたいなもの。マネーですかね?
「金さえ握らせておけば大抵なんとかなる。」
うわぁ…幼児に言わせたくない言葉ランキング上位に絶対あるよこのセリフ。
…なんか全部任せてるのが申し訳なくなってきたな。
「そこまで侵入するの大変なら壁登ればいいんじゃない?」
遥か彼方上の壁の先を見上げるようにマイくんに進言してみる。なんか頑張れば行けそうな気がする。
「お前は黙っとれ。」
うわぁお、やっぱ私の扱いがはちゃめちゃに雑です。雑ですよマイくん。
「…ただ一つ心配事がある。今〈探索魔法 リサーチ〉してみたんだが、城壁内に思ったよりも人がいる。普段は3、4人なんだが今は何故か8人。おそらく交代時間に被ったか上の視察の日だったのかもしれない。本当なら時間をおいて様子を見るべきなんだが…まあ問題ないか。ここらに待機して他の冒険者に見つかった方が厄介だ。さっさと抜けよう。」
リサーチ?どんな魔法かわかんないけど相手の人数分かるとか凄い便利そう。私も人の気配は何となくわかるけどこの距離で正確な人数まではわかんないからなぁ。
あ、なんか私とサーシャちゃん、マイくんの目の前に立つように命じられた。
うわっ、急にキラキラしてる粉?かけられた。何か言ってからかけて欲しいよ、むせちゃうよ!お次に小さく何か呟いた後に指パッチンした!凄い!カッコいい!!
「まあこんなもんだろ。」
「え?」
サーシャちゃんの方を見る。何か変わった…?あんまり変化無さそう。あ、服が変わったのと大分薄汚れた見た目になってる。すご〜い。
「お姉さん、髪、茶色い…」
こっちを見つめたままサーシャちゃんが呟く。…え?髪?
自分では見えないので頭をペタペタ触っていると無言でマイくんが空中に画像みたいなものを出してくれた。あ、鏡みたいになってる〜
おぉ…
画像に映る私は髪が明るい茶色。元々のオレンジ色はどこにもなくてすっごい感動した。
服装もいつものパーカーじゃ無くて…なんだろう、Tシャツにベスト?みたいなのを着てて動きやすそうな格好だ。簡易的な革の鎧?みたいなのも体の前についてる。あ、ズボンも足首にかけてゆったりしたものだし腰には片腕くらいの長さの剣がぶら下がってる〜。
「お前は今から剣士だ。」
え…剣使ったことないけど大丈夫かな?
「まあこんなものか。」
自分の姿を確認し終わってマイくんの方を見て頭の中がハテナでいっぱいになった。
????????????????????
「誰?」
自分の背丈よりほんの少し高いブロンド髪に青い目のどこかマイくんの面影を感じる同い年くらいの青年が立ってた。ローブみたいなの羽織って手には肘から指先くらいの長さの杖みたいな棒を持ってる。私と同じくボロボロな見た目で。
「あ?俺に決まってんだろ。小さいガキがこんなところにいたらそれこそおかしいだろうが。」
声も…低い…
いや、至極真っ当なことを言われたら何も言えない。言えないけど…
目の前に立つ青年に目をやる。少し上がった切長の目に精錬とした顔立ち…って表現で合ってるのかな?あんまり人の顔とか見ないからなんて言ったらいいのかわかんないや。
体は…ローブでわかりにくいけど私より少し細身かな。筋肉が無いわけじゃない体格だと思われる。普通の年相応な17〜18くらいな青年の見た目。
つまり
「可愛くないっ〜〜!」
膝から崩れ落ちた後、地面をダカダカと拳で叩く。ぷっくりほっぺにつぶらな瞳。てちてちと効果音がつきそうな歩き方。あの可愛いマイくんはどこに行ったのっ!!!!
「可愛いマイくんを返して…」
がっくりと項垂れながら隠す気もない本音が漏れる。だって…あんなに可愛い…癒しが…
いつもの悪い口はどこかへ行ったのか無言でドン引きしているマイ君なんか気にせずにひたすら落ち込む。
「…お前、街に行っても子供とか…誘拐するなよ…?」
ようやく苦々しげな顔のマイ君から出たのは失礼極まりない言葉だった。
「私は可愛い子供を"見 る の が"好きなだけ だ!」
バッと顔を上げて目の前に立つ青年を見上げる。地面に落ちて潰れて腐った木の実でも見るかのような目だ。
かわいくない
はぁ〜…と肺の空気を全部出し切るほどのため息をついてノロノロと立ち上がる。今はこんなことをしている場合じゃない。叩いたせいで割れて凹んだ地面を足でサッと撫でる。
う〜ん直るわけないか〜
そういえば完全にサーシャちゃんが空気になっていた。もう一人の可愛い成分の方を見つめる。
急に振り向いたせいか少しビクッとした幼女を見つめる。茶色いフワフワの髪の毛にクルクルとした緑の瞳。
かわいい〜〜
よし、復活したのでマイ君に話の続きを促す。
うわ、今世最大に呆れた顔をされた気がする。
「…サーシャ首元確認させてもらっていいか?」
気を取り直して話を再開させることにしたらしいマイ君。そんな姿を見てるとやはりため息が抑えられない。
「おい女、サーシャの首元の奴隷印何色に見える?」
ん?なんでそんなこと聞くんだろう。いつも通り憎々しい紫…
「あれ?印がない?」
いつもみたいな薄く光った紫色じゃなくてすべすべの普通のお肌がそこにあった。
「よし、まあこんなもんでいいだろ。」
こっちの疑問はおかまいなしに話を進めていくつもりらしい。そうはさせるものか!ねぇねぇなんで〜?なんでないの〜?ねぇねぇねぇねぇ〜
「だぁぁっ!うるせえ!別に今は気にする部分じゃないだろ!森で拾った奴隷の主人が死んでんのに奴隷契約印がそのまま持続してるわけないだろ!たった今言った設定忘れんなボケ!それに紫は特殊な高等奴隷印!そんな印つけたガキがいたら即サーシャの正体がバレるだろうが!」
あーなんか前そんなこと言ってた気がしなくもないけど…うん。何も言わないでおこう。
「とにかく話を進めさせろ!何もできんだろうが!」
あ、マイ君が噴火した。大人の姿になっても怒りやすいところは変わってないんだね。
「言っておくが見た目が変わったように見えてるだけで中身は変わってないぞ。お前らは特にな。服は持ってたものと交換させたから本物だが髪は本当に色を変えたわけじゃない。魔眼持ちに見られたら即バレると思え。」
まがん…なんだろうその妙にワクワクする響き。心の奥底の目覚めちゃいけない何かが目覚めそうな響きだ。
「…なんでニヤニヤしてんだ…」
ニヤニヤするほっぺをグニグニ押してなんとか表情を戻す。いやぁ、ワクワクすることが多くてつい…
「まあいい、そろそろ行くぞ。準備はいいか?」
準備と言っても私自身はやること何にもないしなぁ〜。
チラっとサーシャちゃんの方に目をやると少し顔が強張って見える。元々奴隷にされてた場所に行くんだもんね…やっぱ怖いのかなぁ…
頭の上に手を乗せて軽く滑るように動かす。不思議そうな目がこちらを見つめていたのでにっこりと笑ってみせた。
「だいじょーぶだよ」
何が大丈夫か自分でも分からないけど私は全力をかける所望です。だから不安そうな顔しないでほしいなぁ。
そんな私をみたからかさっきよりほんの少し顔が綻んでくれた。良かったぁ〜。やっぱ笑ってる方が可愛いもんね。
けれど私達の様子を少し前から見ていたマイラスの顔には影がさす。
「おい、女。」
ん?なんか自分だけ呼ばれたので泣く泣くサーシャちゃんから手を離してマイ君の元に行く。
「どうしたの?」
「…もし、何かあったらサーシャだけ担いで全力で逃げろ。俺は一人の方が逃げやすい。」
耳元で囁くように言われた言葉。ハッキリと言葉に出したくせに目は合わせてくれない。私にだって言いたいことが沢山あるけど上手く言葉にできない。
だからとりあえず親指を立てて了解の意を示す。きっと私たちがいる方が足手纏いになる野は本当。だったらさっさと逃げた方がいいんだろうな。
「…やっぱり危ない?」
準備は万端、マイ君もついてる。でもなんだか少し不安になってきた。サーシャちゃんにさっきは大丈夫って言ったけど根拠なんかあるわけ無い。そんな私に呆れたようにマイ君が返す。
「危なく無いわけないだろ。アホか。だからわざわざめんどくさい準備して作戦立てて万全を期すんだろが。危険がないものなんてどこにもねぇんだよ。」
さも当然という感じで言われてしまって逆に覚悟が決まった感じになった。そうだよね、危険だからこんだけ頑張って準備したんだよね!準備したのほとんどマイ君だけど。
こそこそ話をしている私達が気になるのかサーシャちゃんがこちらを心配そうに見ている。だからにっこり笑ってサーシャちゃんの元に戻った。
「大丈夫、ちょっとでも危険になったら逃げられるようにしてある。だから頑張ってお友達助けようね。」
サーシャちゃんの顔を覗き込むように目線を合わせて両拳を握ってガッツポーズをした。これで少しは私の気持ち伝わったかな?
大丈夫、私全力で頑張るよ!!
「行くぞ。」
こちらを振り向くことなくマイくんが進んでいく。その後ろを急いでサーシャちゃんと追いかけた。




