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第42番 嵐と共に前奏旋


 真っ暗な洞窟の中で二人分の寝息に耳を傾ける。プラティとオルカは無事に寝ついたみたいでよかった。私は昨日3時間も寝たのでやっぱり眠れそうにないけど。

 こっそり布団から抜け出して洞窟の外に出る。吸い込まれそうな真っ暗な海の中にたまに青白い光が走るのが見える。昔テレビで見たホタルイカみたいだ。ここにもそういう生き物がいるのかなぁ。

 岩に腰掛けながら足だけ水に浸ける。冷くて気持ちがいいや。

 

 ぼんやりしているとリュケとかサーシャちゃんとか…やっぱりマイくんのことが気になって来るわけで…


「ぜぇったい怒ってるよねぇ…」


 マイ君の事だから私が勝手にうろついている事くらい気がついているはず。マイ君に腹を立てて勢いよく出てきたはいいものの、時間が経てばそんな怒りも忘れてしまう。今は怒りすぎて笑顔になったマイ君の顔を思い浮かべて背筋が寒くなる。


「だってマイ君、いっつも私を除け者にするし。」


 誰にしてるかよくわからない言い訳を口の中でもごもご繰り返す。昼間に慰めてくれた時はあんなに優しかったのに。

 適材適所で私にできる事もあるって言ってくれた。でも今はそれが仲間はずれにされてるだけにしか思えない。私ってこんなに心が狭かったんだなぁってちょっとショック。

 マイ君はいつも何か沢山考えて動いてることは知ってる。だけどそれでも教えてくれない事の方がきっと多いんだ。私なんかが聞いてもわからないと思うし、何の力にもなれないかもしれないし。それでも…


「もう少し話してくれてもいいじゃん。」


 バシャっと足下の水を蹴る。水飛沫が高く跳ねていくのを目で追う。そのままその水飛沫を全面に浴びた人と目が合った。


「おいコラてめぇ…ようやく見つけたぞ。」


「ヒョゥエ…マイ…く、ん…」


 たった今まで腹を立てていた相手が目の前で低い声でこちらを睨んでる。まさかこんな急に出てくるなんて心の準備ができてなくて変な声が出てしまった。

 マイ君はどうやっているのか海の上に仁王立ちをして腕組みをしている。何故か全身が濡れていて、たった今まで走って来たみたいに息を切らせているようだった。  


「ったく、ウロチョロしてんじゃねーよ!いつもお前は勝手な事して、こっちの迷惑も考えろっての!…はぁ、本当にバカじゃねーのか。おら、さっさと行くぞ。」


 さっきまで何て言おうか色々考えていたのにマイ君のその言葉になんだかカッチーンって来てしまった。マイ君はいっつもこっちの事なんか聞いてくれない。

 マイ君はイライラを隠す事もなくさっさとしろとでもいうように手を振りかぶって向こうを向いた。その態度に何故か無性に頭が熱くなった。


「…いかない。」


は?とこちらを振り向くマイ君を目元に力を込めて見返した。


「行かないっ!私はマイ君にとって邪魔なんでしょ!」


 頭の片隅に妙に冷静な部分が残っていてこんなの子供が駄々を捏ねるのと一緒な事くらい分かってる。なのに、でも…なんでこんなに頭がモヤモヤして仕方がないんだろう。

 私が言い返したのがよっぽど意外だったのか、腕組みを解いて目を丸くしたマイ君がこちらを見つめる。


「…なんだよ、昼間はグジグジ泣いてたと思えば今度は癇癪か?本当にお前はガキだな。」


 はぁ〜あ、と今度は呆れた表情で今までで一番長いため息をついたのを聞いてさらに頭がカッと熱くなった。ガキじゃないって言い返せない自分が恥ずかしくて、それでも言いようのない怒りとも違うモヤモヤが胸いっぱいに詰まって苦しくて、それを吐き出すように気がつけば叫んでいた。


「マイ君だって…マイ君こそ何なの⁈お昼の時は珍しく慰めてくれたのに!適材適所があるって、私にも誇れるものがあるからって…あの時すごく嬉しかったのに…嬉しかったのにっ!!!」


 ずっと心のどこかでは自分がマイ君にとって重荷で邪魔で居なくても良い存在だと思ってた。だから必要とされてる気がして凄く嬉しかったんだ。

 なのにその後すぐに要らない物をゴミ箱に捨てるみたいに置いて行かれたことが悲しかった。

 いや違う。多分、怖かった。また私は賢治にいちゃんやゆり先生に捨てられたみたいにマイくんにも見捨てられた気がした。


 見捨てるも何も、見ず知らずの他人の私と一緒にいる意味なんて元々無い筈なのに。


 今こんなところでワガママ言ったって良いことなんて一つもない。なのに、なんでこんなにも感情が言うことを聞かないんだろう。


「…私なんて、要らなくなったらすぐに捨てちゃうんでしょ⁈私が神様に関わりがある可能性がなかったらすぐに捨てるって言ったじゃん!だったらもう今このまま置いていってよ!!」


 足元の海にポタポタと水が滴って落ちていく。自分の頬が濡れていることに気がついたのは叫び終わって一息ついた時だった。

 小さかった頃はよくゆり先生の膝で泣いてたけど、兄ちゃんと先生が居なくなってから泣いた事なんて無かったはずなのに。

 いや、笑ったり怒ったりすらほとんどしてなかった。この世界に来てから私はどうかしてしまったんだろうか。それでも自分ではうまく泣き止めなかった。


「…って…」


 目元を拭いながらも足元を見ていると目の前のマイ君から小さな声が聞こえた。私でも聞き取れないくらいの声で、聞き返そうと前を見る。

 そこには見たことのない表情をしたマイ君が息を荒げて、大きく見開いた目でこちらを見ていた。


「俺だって…俺だって好きでこんなことしてんじゃねーよ!お前らガキの面倒見て、何で、国に巻き込まれて…神子だって、…今だってテメェ探すのどんだけ苦労して!何が、何がっ!こんなこと!!…あぁっもう!」


 頭を掻きむしりながら何かを振り払うような仕草をしてマイ君が叫ぶ。…あれ?私、何やってるんだろう。

 感情的なマイ君を見ていたら急に身体の温度が下がっていった。なんで私、こんな我儘をマイ君にぶつけて困らせてるんだろう。

 突然冷静になってしまった自分に困惑しながらも、とりあえず謝らなきゃって思ってマイ君の方に足を一歩出す。


 そんな私を振り払うようにマイ君が乱暴な動作で掻きむしる手を止めてこちらを見た。その目を見て声が喉に詰まるように息が止まった。   

 マイ君の目は足元の海よりも冷くて暗かった。


「…もういい、俺一人で行く。」


 それだけ吐き捨てるとマイ君は目の前から転移したのか消えてしまった。今の騒がしさを吸い込んだ波の音だけが足元を掬う。


「あ、アサヒ?一体何が…」


 これだけ大騒ぎしてたら気がつかない筈がないよね。洞窟の隙間から心配そうに見つめるプラティと眠たげに目を擦るオルカが顔を覗かせていた。何でもないよって言おうとしたのに私はそこで限界だった。


「…う…」


「う?」


「うわあああぁぁぁぁああああんんんん!!!!」


 認めます。私は子供です。子供マイくんよりももっと小さな赤ちゃんです。

 えぐえぐと泣きじゃくる自分が止められない。私なんかこのまま波に流されればいいのに。不器用に戸惑いながらも慰めてくれる二人に撫でられながら、私は暫くの間声を上げて泣き続けた。




__________




 くそっ、なんなんだよ。あの女は!長い時間かけてあちこち探し回って苦労してようやく見つけたと思ったら行きたくないだの駄々を捏ねて、挙句の果てに置いてけだ?それが御所望なら置いてってやるよ。

 あんだけ散々歌の神子が心配だなんだのサーシャに会いたいだの何だのうるさかったくせに、どんだけ自分勝手に振る舞えば気が済むんだよ!

 腹の底が煮え繰り返っておかしくなりそうだ。自分は短気な自覚がある分怒りを覚える事は多い。それでもここまで怒りが湧くのも久々かもしれない。やはりこの身体の年齢に精神が引っ張られているんだろうか。

 大きく深呼吸を何度か繰り返してどうにか落ち着かせる。このまま怒りに身をまかせたところでいい事なんて何一つない。それに今日は疲労が大きい。すでに海の向こうが明るくなって来ている。はぁ、徹夜で女を探した結果がこれか。

 また煮えそうになった腹の底に、深い溜息を吐いた。昼間はグズグズ泣いて落ち込んで今度は捏ねて癇癪を起こして。

 何で俺がここまであいつの面倒を見る必要があると言うのか。もう神憑きだろうが何だろうが知ったこっちゃない。勝手にしろ。


 頭が沸騰していたせいで俺はこの日、一つの選択肢を間違えた。



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