第41番 兄姉妹
マイラスが出て行った後の洞窟に残されたあたしとキツネさんとイヌくん。
キツネさんはやれやれって言いながらお部屋の片付けを始めた。イヌくんはマジックバックからいくつか道具と具材を取り出して料理を始めた。
あたしも何か手伝いをしようと思って立ち上がった瞬間、目の前がぐらぁって回りはじめた。もうお外も真っ暗だったし、いつもなら眠っている時間だからこれは眠気なんだろうな。それに今日は昼寝の時間も少なくてちょっと限界が近いのかも。
コントロールできなくなった身体がどんどん横に揺れていくのを見てキツネさんが慌てて近寄ってくる。「姫様!」って声を聞きながらキツネさんの胸元に倒れこむ。そのままあたしは夢の世界に落ちていった。
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ここはどこだろう。
ふわふわしてて真っ暗で自分がどこにいるのかよくわからない。その場で手足を動かしてみてもやっぱりよくわからない。
前にリュケさんと出会った夢の水の中によく似てるけど…それよりも、なんだか、身体の奥底…心が、冷たい気がする。
サーシャ
急に自分の名前を呼ぶ声が聞こえて驚く。体があったらビクって動いたかもしれないけど今は周りに纏わりつくものが揺れただけだった。
サーシャ
もう一度呼ばれた声が優しくて、聞き覚えのあるその声に思わず返事をした。
おねぇちゃん?
声にならない音が空気に響いて溶けて消えた。声の主から声とは違う笑い声が聞こえる気がする。
そういえばこの大陸に来てからは夢の中にガイア様のお母さんが出て来てないなぁ。
…あれ?最後に夢の中でおねぇちゃんに会ったのいつだったっけ。マイラスとお姉さんに蜘蛛の森で出会って、その後は…
そこまで考えたくらいで頭の中に雲がかかって何も考えられなくなった。自分の目の部分に冷たい誰かの手が被さっているようで何も見えない。
心の底まで冷え込んでいるのになんだか気持ちがいい気がする。頭の片隅では変なのが分かっているのにそれに反抗できない。
まだまだサーシャは可愛いね。このままおねぇちゃんと一緒に…
そんな言葉が聞こえた気がしたけどそれを遮るように蒼い炎が身体を包んだ。
一気に目が覚めたように頭がしっかりする。
あれだけ朧げで不安定だった自分の体が戻ってきて、その体に巻きつくように不死鳥のセラシィが威嚇の鳴き声をその何かにあげた。
「貴様のような者が我が友に近寄るでない。ガイア様のおらぬ場所でなら手中にできるとでも思ったか。」
セラシィの蒼い羽に塞がれてよく見えないけど女の人?が目の前にいる気がする。
その人はセラシィとあたしにこれ以上近づくことはなかったけれど急に笑い声を上げ始めた。狂ったように何が面白いのかずっと、地面に転げそうになるほど甲高い笑い声をあげる。
身体の奥底が冷えるくらい恐ろしかったけど、セラシィが静かにあたしを炎で包んでくれていたから安心できた。
今日は諦めよう。また会おうね、サーシャ。
突然ブツリと笑い声が途切れた女の人はそれだけ言うと、初めから居なかったみたいに呆気なく消えた。
「我が友よ、大丈夫だったか。」
先ほどまでの霞がかった声ではなく、しっかりとした声でセラシィが喋る。気がつくと不安定な雰囲気が消えて自分の体も声もちゃんと自分の物だと分かる。
今のが一体何だったのか分からないけどそれより何よりサーシャには気になる事があった。
「…ねぇねぇセラシィ、カタコトじゃなくてもお話できるの?」
いつもは途切れるように話すのに今日は何故かとてもハキハキしてる。それでも少し低めの女の人みたいな声はいつものセラシィだから少し不思議な感じだ。
「…我はいつも一緒にはいられない。隣にいてやりたいが叶わぬことも多い。この夢も目覚めれば忘れてしまうだろう。だが、貴方様なら大丈夫だ。」
何のことを言っているのかサーシャにはよくわからない。サーシャの周りはいつもサーシャが理解する前に話が進んで行くから子供だと言い聞かされているようでちょっと悲しくなる。
そんなサーシャの気持ちに気がついたのか、セラシィが大きな羽でサーシャの頭を撫でる。鳥の顔は表情がわからないけれど何だか笑っているような気がした。
「今日はもうお眠り。友が幸せに眠れるように我が祝福を贈ろう。大丈夫、またこうして話ができる日を楽しみにしているよ、サーシャ。」
待って、まだ色々話したいことがあるはずなのに。夢の中でまた夢の中に落ちていくようにサーシャの意識は深くて暖かい場所に落ちて行った。
「姫様、お目覚めですか?」
目を擦りながら起き上がるとすぐ隣に座ったキツネさんがおはようございますって言ってくれる。あたしもおはようって返しながら辺りを見渡す。
今がどのくらいの時間なのかよく分からないけどもう朝なのは確かみたい。キツネさんが眠ったところを見たことがないからきちんと休んでいるのか不安になるけど、本人は「充分休息を取っていないともしもの時に動けませんから。」って言い張ってるから多分大丈夫だと思う。
「よく眠れたようですね。」
サーシャの寝具をマジックバックに片付けながら嬉しそうにキツネさんが言う。そういえば昨日は眠ったのが遅かったのにスッキリと目が覚めた。いつもはいつまでも眠たくて起きるのが大変だけどこういう日もあるんだな。
そんなサーシャの嬉しい気持ちに反応したのか胸元のセラシィの卵が少し震えた気がした。
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キツネさんが用意してくれた朝ごはんを食べ終えてからサーシャは海を眺めていた。
あれからマイラスは帰ってきてないみたいだしお姉さんと一緒にリュケさんを助けに行ったままなのかな。でも夜はきっと眠たいし、今はまだ何処かで寝てるのかもしれない。それだったらここに一回帰って来てくれればいいのに。
突き出た岩を背も垂れにしてサーシャは海を眺める。こんなに大きな水の溜まった場所は今まで見たことがなかった。
リスタール国は海に面してないし、ガイアは世界で一番大きな大陸だから海のある場所まで行くのはとても大変なんだって。
小さい頃に大きな湖で泳いだことはあったけど端まで見えない水なんて不思議。当分見れないかもしれないし気の済むまで眺めていよう。
そんなサーシャの隣でイヌくんが何かゴソゴソと準備をしている。服装を整えて丈の短いフードを被ると立ち上がって出口に向かう。
「イヌくんどこかに行くの?」
ボンヤリとイヌくんを見ながらなんとなく聞いてみた。キツネさんには言ってるだろうし、あたしが聞いても意味がないだろうけど暇なんだもん。
イヌくんはいつも素っ気ないけど聞いたらちゃんと教えてくれるし、口は悪いけど優しい。あまりお喋りはしたことしないけどあたしは結構イヌくんのこと気に入ってる。
「…昨日の夜中っつーか、明け方頃か。波の音じゃない音が聞こえた。小さかったがあれは人間の声に似ていた。別に大したことじゃないと思うが一応周りの様子を見てくる。チビはここでキツネと大人しくしてろ。」
それだけ言うとイヌくんは崖下に飛び降りた。すぐに下を覗き込んだのにもうどこにもイヌくんの姿はなかった。こんな高い場所からどうやって降りたんだろう。イヌくんは結構すごいのかもしれない。
「キツネさんは何してるの?」
洞窟の奥で自分用の机と椅子を出したキツネさんが何枚かの紙に文字を書き込んでいる。
「これはヘビ殿に頼まれた書類の整理です。ノットシーにも住人が増えましたからそこに物流を通さなければいけません。国を越えて物流を通すには色々な制約があるんですよ。」
キツネさんは優しく教えるように言ってくれたけど何だか難しくてよく分からない。またサーシャは暇になってしまった。
キツネさんの邪魔をするのは悪いので部屋の隅に布を敷いてその上でゴロゴロする。いつもはすぐに眠たくなって昼寝で時間が潰せるのに今日はしっかり寝られたせいか全然眠たくないや。
仕方ないからマイラスに教えてもらった魔法の練習を繰り返すことにした。手の平に小さな炎を出して水に変えて蒸発させて小さな風を竜巻に変えてを繰り返す。
大きな魔法を出すのは魔力を沢山使うけどコントロールは簡単。思いっきり出せばいいだけだから。
でも手の平くらい小さな場所での魔法はちょっと難しいってマイラスが言ってた。あたしも最初はうまく出せなくて水が大きくなりすぎて身体が濡れちゃったり炎が小さすぎて消えちゃったり全部の魔法をコントロールするのは難しかった。
でも船の上が暇でずーっとやっていたら集中すればできるようになった。今は5回に1回失敗するかどうかくらい。
マイラスにはこれを他の魔法をやりながら無意識でもできるくらいになれって言われた。それができるようになるまであとどのくらいかかるんだろうな。
前にマイラスがお手本で見せてくれた魔法を思い出す。今の小さな魔法の流れを1テンポずつズラしたものを次々に空中に出して行く。その時は103個目でマイラスの姿が見えなくなったからやめてもらったけど、
普通のことみたいな顔をしてた。それを見たイヌくんとネコさんはドン引きして、お姉さんは手を叩いて喜んでたっけ。
正直あたしも凄すぎてちょっとびっくりした。マイラスって一体何者なんだろうな。ずっと一緒にいるとますます分からなくなってくる不思議な人だ。
魔法を消した手の平をジッと眺める。お姉さんと出会ってからまだ半年も経ってないんだって不思議な気持ち。奴隷になってからの日々が何だか夢だったみたい。そのくらいに今が楽しいのかも。あの日お姉さんに会えて本当によかった。
…あれ?手をニギニギ繰り返していてちょっとおかしい事に気がついた。自分の手は毎日見てるからわかりにくいけど…あんまり成長してない気がする。
背もあんまり伸びてないし、このままじゃ全然お姉さんになれない。マイラスにはゆっくり大きくなればいいって言われたけどそれでもやっぱり早く大人になりたいな。
今日はセラシィがいつもより静かだ。いつも話しかけたり撫でたりすると震えたり跳ねたりするのに今日はあたしが起きてから動いてない。セラシィも卵の中で寝たりするのかな。
説明は難しいんだけど、心が繋がってる感覚がいっつもあってセラシィがここにいてくれるのはわかってるから大丈夫。私が成長すればずっと不死鳥の姿でいることもできるみたいだしそれを楽しみにしていよう。
全然眠たくなかったはずなのに卵を握ったまま気がつけば寝てしまっていた。何だか周りが騒がしくなって目を覚ます。
「…んぅ…あ!お姉さん!!」
ずっと会いたかったお姉さんが私の横で頭を撫でてくれていて嬉しくて飛びつく。ぎゅって抱きしめてくれるのが嬉しくて夢じゃないかって何度も目をパチパチしてみた。
あ、そうか、マイラスがリュケさんと帰って来たのかもしれない!
洞窟の中を見渡すと出て行ってたはずのイヌくんと…
「…誰?」
知らない人魚のお兄さんとお姉さんが引き攣ったみたいな変な顔をしてこっちを見ていた。




