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第40番 トランクィッロに事は進んで

 十五年前のあの日、七歳だった私のすぐ近くでお父様とお母様は死んだ。きっと赤い世界に染まって全部飲み込まれてしまった。

 両親と一緒にお兄様も妹も我が家で働いてくれていた者も皆。生まれ育った家も無くなって、気がつけば私は一人になっていた。

 私はそれからショックのせいか声が出せなくなった。声を出そうとすると空気が抜けるばかりで音にならない。初めの頃は声を出そうとくると涙しか出なかった。

 本来は言霊を使える者は皆、国に捧げられて見習いとして最低でも成人まで教育を受けるけれど、声の出ない私はそれに応じなくて済んだ。


 例え見習いとして国に捧げられても妙齢になれば大体の者はその後、皇族や貴族のいい道具にされるだけ。帝宮で言霊を使う仕事に就く人はほとんどいない。

 言霊を持って生まれるのに血筋は関係ないとされている。けれど良い椅子に座る人たちには関係ない。自分の家系から神子様を出すために必死に言霊の血を求める。


 だから私は叔母に売られた。きっととても良い値がついたのでしょうね。声が出なくとも言霊を使えていたことは確かだし、両親が死んで家系が途絶えたとしても悪いところの出じゃない。

 教育なんて言葉ばかり。私の脳みそに言葉を詰めるだけの日々を押し付けたあの叔母が大金に目を細めていると考えただけで腹わたが煮えくり返りそうになる。

 そんな毎日で唯一気を休めたのは夢の中だけ。あなたは知ってる?国中で噂されてる夢幻(むげん)の歌姫。夜に寝ていると夢の中で時折何処かから聞こえてくる美しい歌声の噂。それが無ければ私はとっくに心が折れていたわ。

 歌のない音を口ずさむだけの時もあれば毎日国に流れる守り歌の時も、子守唄だったり手遊び歌だったり。どんな曲でもそれを聞けば何故か心が晴れてすごく元気になれた。

 それを夢の中で共に口ずさんでいたからきっと私は普段声を出さなかったのに今不自由せずに普通に会話ができてる。

 もしもその声の主にいつか会えたなら、私は心の底から恩人として感謝したいくらい。


 話が逸れたわね。とにかくそうやって生きてきたけど当たり前のように私の身請けはいろんなところが取り合った。養子としても婚姻相手としても。逆に言うと取り合いが激しくてこんな歳になるまでどこに行くか決まらなかったとも言うわね。

 だけどそんなもの私は了承してないわ。嫌で嫌で、嫌でたまらなかった。だから私は逃げ出すことにした。

 声を出せないトラウマ持ちのかわいそうな私は本当はもう声を出せるようになってた。言霊が使えるのがバレてしまえば抜け出すのが難しくなるだけ。だったら人前で黙っているくらい簡単なこと。夢の中で歌えれば充分だった。


 本当はあの日、人攫いにあった日が婚姻式だった。

そんなもの誰がするものか。

 婚姻前夜に婚約者を名乗る男と二人になった時、私は言霊を使って逃げ出した。 

 今はもう相手の顔も思い出せやしないな。下卑た笑い方をする中年の男だった気がする。

 ずっと道具みたいに私の魔法だけをみんな見ていた。


 ああ、腹が立つ。家族がみんな死んだことも、私の魔法だけを取り合うことも、今はどうだっていい。

 私はプラティ。この人生を誰にだって渡す気はないわ。


 だから逃げ出した夜にフラフラと出歩いていて人攫いに捕まった時も、言霊でどうにかしようと思ってた。生まれながら持つ言霊の魔法に抗える人は早々いないはずだからと結構世の中を舐めてかかってた。


 そんな中、思ってもみないことに変なニンゲンの女に助けて貰うことになった。そこで自分の中にニンゲンへの恐怖があったことに驚いた。思い返せば助けてくれた恩人に酷い態度だったと思う。

 でも家族をニンゲンに皆殺しにされた境遇なんだと思えば当たり前とも言えるか。仕方ないと切り替えて明日からの生き方を考えなければ。

 とりあえず帰る家もないので上手く言って自警団に潜り込んもう。そう思ったらそこの男はグジグジうじうじしてた。

 仕方ないから私の言霊魔法のことをバラしてそれを使って脱出しよう。そう思ったら今度は私達を助けてくれたニンゲンの女までグジグジうじうじ!


「私が何年分のイライラを腹に溜めてたと思ってんの⁈あー!腹が立つ!!言い合える相手がまだ目の前に残ってんなら言いなさいよ!あなた達にはちゃんと意志を伝えるに遜色ないその声があるでしょうが!!」


 ふぅ、少しはスッキリしたわね。と言いながらその場にストンと座るプラティさんがお茶のおかわりを催促してきている。

 あまりの豹変っぷりに私もオルカも一歩も動けない。オルカに至っては「女…こえぇ…」って言ってるし、完全にドン引きしてる感じかも。

 いや、うん、私もノンストップで喋り続けるプラティさん、めちゃくちゃ怖かったです。

 「何よプラティさんって!気持ち悪いから呼び捨てにしなさいよ!」と八つ当たりのように怒られたのでお茶を渡しながら謝罪しといた。な、なんで私怒られてるんだっけ?


「はぁ…、だからね、私としては神子様の気持ちが痛いほどわかるわけ。自分の声も満足に出せやしない水槽の中ほど息苦しいものなんてないもの。アサヒ、私はさっきまであなたに自分のことなんて一つも教える気はなかったのよ。そりゃそうでしょ、あなた怪しいもの。」


 渡されたお茶を飲みながらそれでもプラティの話は止まらない。ここに来るまでの道中の不思議な何を考えてるかわからない表情の謎が解けた気がする。言いたいことを溜めすぎて表情が強張ってただけってことですかね、はい。

 それにしても、もっと物静かで大人しそうなイメージを勝手にしていたのでそのギャップについていけない。


「でもね、私も腹括ってやるわよ。良くわからないうちに巻き込まれてここまで来て、この国の神子様がそんな状態なんて黙って見てらんないもの。」


 プラティが右手をこっちに差し出してきた。その意味がわからなくてほんの少し困惑する。


「ねぇアサヒ、さっきのナイフを貸してくれない?」


 さっきのって海獣を解体するのに使ったやつ?別にいいけど何をするつもりなんだろう。

 とりあえず渡したらプラティはありがとうって微笑んでそのまま長い三つ編みの髪を引きちぎるような勢いで首元から切った。

 いきなりの行動に動揺を隠せない私とオルカのことはほったらかしでプラティは声を上げて笑った。


「あははは!あースッキリした!なぁにが皇族のしきたりよ、こんな長い髪なんて邪魔でしかないもの。私はそんなのになりたくなんかないわ!ねぇオルカ、あなたもここまで乗りかかった船なんだもの。諦めてアサヒと一緒にやってしまいましょうよ。」


 豪胆というべきかさっぱりしているというべきか。勢いに飲まれたオルカがただ縦に首を振っている。


「よし決まり!今日はもう遅いわ。明日の行動は明日決めるとして、もう寝ちゃいましょう。」


 いつの間にかプラティが仕切っているけど言ってることは正しいので従うことにした。

 二人ともまだ服がシットリしてたのでタオルと私の着替えを何枚か貸す。多分Tシャツとかならオルカも入るはず。

 この国のピタッとした服とは違って普通のシャツは珍しいのか二人ともいろんな角度から眺めて見てる。私からしたらオルカの着てるダボっとした上着の方が動きにくそうで気になるけど。

 服を持って洞窟の奥に順番に入っていくのを見送ってからこちらは寝床の準備をすることにした。掛け布団も敷布団も一組しかないけど毛皮が2枚あるし、全部地面に敷いたら3人でも雑魚寝くらいできるでしょ。

ま、私はそんなに眠る必要ないけどね!


「いや俺はいい。見張りしてるからお前ら二人で寝ろ。」


 せっかく準備が整ったのになぜかオルカが寝るのを渋りだした。


「見張りなら私が外から見えにくくなる魔法かけといたから多分大丈夫よ。」


 何か来て襲われてもアサヒが普通に倒しそうだしね。とプラティが言うので素直に褒め言葉として受け取って照れておいた。

 どっちにしろ私は眠くないから寝ないと思うし、よっぽどの事態でない限り大丈夫かと思われます。

 それにプラティがかけてくれたっていう魔法、マイくんがいっつも使ってる存在希薄とかいうのみたいなやつかな?あれがかけられてるならよっぽどじゃない限り平穏な気がする。

 プラティは割と魔法が使えるみたいで結構助かるな〜。

 

 それでも寝るのを渋るオルカにプラティが腕を組んでソワソワし始めた。あ、ソワソワしてるんじゃやくてイライラしてるのか。プラティさん結構短気なんですね。こんなに短気なのに毎日よく耐えてたなって短気代表のマイくんを思い出しながらちょっと尊敬。

 そんな中、急に何か思い付いたのかプラティがハッとした顔をした。


「別に私たちオルカを襲ったりしないわよ。」


「そっちじゃねーよ!!」


 おー、大分オルカもプラティショックから立ち直ってきたみたい。キレのいいナイスツッコミ。


「そうじゃなくて…普通は、その…女の方がそういうの嫌がるだろ?」


 何が気まずいのか頭をぽりぽり掻きながらそっぽを向いた状態でボソボソ呟く。そんなオルカにプラティはあきれた声で言った。


「オルカがアサヒに敵うわけないじゃない。」


 結局3人で横並びに寝ることになりました。はい。


 真っ暗になった洞窟の中で目を瞑る。眠たいわけじゃないけど波の音に揺られているみたいで心地いいなぁ。

 そんな波の音色を掻き分けて「ねぇ、」とプラティが声を出す。高くて響くような声で、綺麗な音だと思った。 


「…今日は私、言霊魔法は一回も使ってないから。…全部、本当だから。」


 静かな場所に広がるプラティの声にオルカが短く「分かってる」って答えた。


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