第210話 初期衝動
このまま全員がジジイを許していては日本はダメになる。
今回俺が犠牲になって、そのせいで大きな損害を受けてくれればジジイにもある程度のペナルティが課せられるだろう。
そんな計算もあった。
まあ90%以上は一時的な感情だが。
俺が捨て台詞を吐いて会場を出ていく時、会場の隅に須佐さんが難しそうな顔をして腕を組んで座っていた。
……すいません。
須佐さんと約束した、自衛隊にポーションを供給すると言う話も流れてしまったわけで。
でも須佐さんにはポーションランクアップの方法は伝えてあるので、どうしても必要なら須佐さんが作ればいいし、俺がアメリカに行ったとしてもアメリカから自衛隊に供給できるよう努力します……。
そんな風に感情的になったことをほんのちょっとだけ後悔しながら会場を出ていくと、後ろからヒカルが走って俺を追いかけて来た。
「お嬢?」
「一ノ瀬さん!ごめんなさい!あなたに嫌な役を押し付けてしまって!」
「お嬢が謝る理由なんて一つもないよ」
俺たちはゆっくりと歩きながら会話を続ける。
「一ノ瀬さんが怒ってくれたのは、私のためよね。自分がどんなに責められても我慢してくれたのに。本当にごめんなさい」
「いや、本当に気にしないでくれよ。お嬢の方こそ、ジジイにあれだけビビってたのに、俺のことを悪く言われた時に言い返してくれただろ?ありがとな」
俺の返事を聞いたヒカルは少し驚いた顔をしながら答える。
「そ、それはあたりまえのことよ。友人が言われもない理由で責められていたのだから……」
「へへ……。じゃあ俺も同じだ」
ヒカルが友人の俺のために怒ってくれたのだとしたら、俺だって友人のヒカルが責められていたのだから怒って当たり前の話だ。
ただ問題はその顛末なのだが……。
「一ノ瀬さん、もしもお爺様が本気であなたに迷惑をかけるようだったら、本当にアメリカに行ってしまうつもりなの?」
ヒカルは悲しそうな表情で、そう聞いてきた。
俺は少し考えながら答える。
「……それしかないよなあ。だって日本に居場所をなくしてやるとか言われたもんな……」
「でも、安心して。きっとお父様が守ってくださるわ」
「うーん……」
少し冷静になって考えてみる。
どうだろうか?公爵は俺をかばってくれるだろうが、ジジイの怒りは相当なものだった。
公爵に黙って俺への妨害はする可能性が高い気がする。
だとしたらやはりすぐに学園を退学になってしまうのだろうか?そしたら探索者証も失効させられるのだろう。
日本に居場所をなくすと言う話は、妨害工作をして、転校もできなくなり、就職できないよう働きかけるだろう。もちろん住むところも借りれないだろうし、実家に戻ったら家族にまで迷惑をかけることになるだろう。
そしたらやっぱ海外に逃げるしかないじゃんね。
「まあ、別に海外に移住することに抵抗はあんまないからさ。言葉の壁とかあるかもしれないけど、頑張って覚えるよ」
俺の返事を聞いたヒカルは、ひどく悲しそうな顔をした。
少しの間、無言で歩き続ける俺たち。
そして、ヒカルがうつむいたまま再び口を開いた。
「ねえ、一ノ瀬さん……」
「ん?」
「前にも聞いたけど、何であなたはそうやって他人のために一生懸命になれるの?いくら友達だからって言ったって、国外追放みたいな目にあって、それでもそんな風にしていられるなんて……。前にゲームのキャラクターを育てるみたいだからって言ってたけど、やっぱりそんな理由じゃないでしょ?」
「そういやそんなこと言ったっけなあ、ハハ……」
答えながら俺も実際何でか考えてみる。
すると、なぜか以前初めてランク4ポーションを使った時に思い出した、前世と思われる記憶のことが頭に浮かんだ。
俺には前世で死んだときの記憶がある。
だが、その記憶は日に日に薄れていっている。今ではポーションを使った時ほど鮮明に覚えていない。
それでもとても強く心に残っている感情があった。
前世の俺は40歳の社会人だった。何かに我慢して生きていた。自分の本当の気持ちを抑え、周りに同調し無難に生きていた。死ぬ間際、後輩の子供ができたという報告を祝福すると同時に、羨ましいという気持ちも感じていた。
俺は前世で未練があったのだ。
俺は前世の俺とは違う……別人だ。
俺は一ノ瀬シロウ15歳、東京ダンジョン学園の一年生だ。
前世の記憶を引き継いで入るが、人格は違う。前世はもっとまじめで大人しかった気がする。
上手く言葉にできないが、次があれば今度は我慢せずに思い切り好きなように生きてみたい。
おそらくそんな気持ちを持って前世の俺は死んだのだ。
今の俺は前世と違う人格を持っているが、その気持ちだけは強く引き継いでいた。
だから俺は前世の記憶が蘇ってから、後悔しないように生きたいと強く感じるようになっていたのだ。
ヒカルに問われてから、少し間を空けて俺は答えた。
「俺はもう、後悔しないように生きるって決めたんだ」
ヒカルは俺の言葉を聞いて、何も言わずに俺の顔を見ていた。
その時、歩いていた歩道の横にある公園から女性の声が響いてきた。
「シロウー!そろそろ帰るわよ!」
名前を呼ばれて驚いて振り返る。
するとそこには、小さな子供と母親がいた。
どうやら俺と同じ名前の子供らしい。
ヒカルが笑いながら言った。
「フフッ。あなたと同じでヤンチャそうな子ね」
俺と同じ名前の子供。思わず前世で後輩が俺と同じ名前を子供に名付けてよいかと聞いてきたことを思い出した。
前世の俺の名前は忘れてしまったし、あの子供が後輩の子供というわけでのないだろうに。
そして刺される直前まで、後輩と食べる予定だったラーメンの事を思い出すと、急に腹が空いてきた。
「なんか腹減ったなあ……」
「え?……ええ、懇親会の食事を食べずに出て来てしまったものね」
「帰る前にラーメンでも食ってくか?」
「え?」
後輩におごる予定だったラーメンを、無性にヒカルにおごってやりたくなった。
思えばこれも前世の未練かもしれない。
「でも私、ラーメン屋さんで食べるのは初めてで……」
「そうなのか?まあお嬢が行くような上品なところじゃないだろうけど、ラーメン自体は旨いぞ!俺がおごるから行こうぜ。餃子も付けるからさ」
「え、ええ」
そんな俺の誘いに、ヒカルはほほを赤らめながら答えた。




