第209話 毒消し薬事業説明会3
「公爵家は既に私が継いでいるのだ!あなたから指図されるいわれはない!」
「ケイイチ!貴様、誰に口を効いているのか分かっているのか」
静まり返る会場。公爵の怒号が響いた後、会場がシーンと静まり返った。
その場にいる議員たちが「公爵がここまで怒るとは……」と戦慄している。
まずいね。何か雰囲気が悪い。ヒカルもまた委縮しちゃってるし、公爵たちに何か言える人もいなさそうだ。
しかたないここは俺が……。
「まあまあまあ、二人とも落ち着いて」
俺がヘラヘラした笑顔で二人の間に割って入った。
「……すまない、一ノ瀬君。見苦しいところを見せてしまった」
「小僧!貴様何のつもりだ?このような重要な場面にしゃしゃり出てくるとは、身の程をわきまえろよ」
俺に言われて、公爵は我に返り、ジジイは逆に激高する。
俺はそんなジジイを窘める。
「まあまあ、総裁。俺もあなたの言う事が少し分かりますよ。今回の件は俺なんかは関係ない話です」
俺の言葉を聞いて、ジジイは眉を上げる。とりあえず自分の意見に共感してもらえて安心したのだろうか?
俺は話を続ける。
「この毒消し薬作りは、山下さんと斎藤さんが始めたものです。そしてそんな毒消し薬作りを、大々的に事業として興してくれたのは公爵の功績です。俺はたまたまその仲介をしてだけですからね。総裁もそう言いたいんですよね?」
「そうだ。貴様もわかってきたじゃないか」
「総裁にも納得してもらえてよかったです。ですから、山下さんと九条公爵が薦めている事業ですので、俺はもちろん、総裁も関係のない話なんですよね」
俺のこの言葉に、ジジイの顔が引きつる。
ジジイは横から利益をむさぼろうとしているようだが、お前は関係がないと俺が釘を刺したからだ。
「閣下。総裁にも納得してもらえました。ですから山下さんが情報を公開したいと言うのもお二人が決めてよいことですし、事業の利益は関係のない人たちに還元する必要もないってことですね」
「一ノ瀬君……」
公爵は驚いて言葉を失う。
フフフ。我ながら、俺の交渉力は素晴らしい。
俺がそう思っていると、ジジイから再び恫喝された。
「クソガキ!いい加減にしろよ!」
「あれ?どうしました、総裁?」
俺は笑顔で答える。公爵に、ジジイと喧嘩しないと約束したからだ。
「部外者の貴様が勝手に話を進めるなよ。これは我が九条家の問題だ」
「そうですか。では親子喧嘩は家に帰ってからやってください」
「貴様さっきからワシに対してその態度……、覚悟はできているんだろうな?」
俺が上手く仲裁してやっているというのに、ジジイはまだイライラしている。
そこで公爵が間に入ってくれた。
「総裁、後は終わってから二人で話し合いましょう」
厳しい目つきで睨む公爵に、ジジイは「フン!」と鼻を鳴らし視線をそらすと黙り込んだ。
まあ、後は公爵に頑張ってもらおう。
ジジイが黙るのを確認した公爵は、俺の方を向いて言った。
「一ノ瀬君、すまなかったね」
「いえ」
公爵の謝罪の言葉に、俺は短い返事で返す。
ジジイはブツブツと「ワシは認めんからな……」と独り言をつぶやいている。
なんとかこの場は収まったようだが、ジジイの怒りは収まっていないらしい。
「皆様、申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
不機嫌なジジイは置いておいて、改めて公爵が説明会を再開した。
「それでは今回の毒消し薬事業についての大まかな説明は以上となります。ところで、こちらの一ノ瀬君によってさらなる驚くべき発見がありました。詳細はこれから詰めて後日改めて報告させてもらいますが、これからの我が国にとって、毒消し薬以上に重大な発見となるでしょう」
俺のポーションランクアップの情報について、議員たちにそれとなく匂わしをする公爵。
一同は何の話だろうと、期待を持ってもらえているようだが、それすら気に入らない人間が一人いた。
「ハッタリもほどほどにせえよ」
ジジイだ。
「総裁、言いたいことがあるようでしたら後でゆっくり……」
「貴様も、そんなガキに騙されて振り回されるのはほどほどにしろ!」
ジジイは黙っていることができないようだ。
公爵の制止を無視して話し続ける。
「そんなに次々と大発見が続くわけがないだろうが!」
確かに。それはジジイの言う事にも一理ある。
でも実際に発見しちゃったものは仕方がない。
「ケイイチ!そのガキは公爵家に取り入りたくて作り話をしているだけだ。騙されるな!」
その言葉に黙っていられなかったのは、ヒカルだった。
「お爺様、お言葉ですが、一ノ瀬さんは嘘をつくような人間ではありません!」
さっきまでジジイにビビっていたヒカルだったが、俺の事を悪く言うことだけは許せなかったようだ。
なんだかヒカルに対して申し訳ない気持ちと、ジジイにも意見する勇気を振り絞った事を見直す気持ちが沸き上がった。
だが、そう言われてジジイは、顔を赤らめて怒り出した。
「ヒカル!いい加減にしろ!女のくせにその言い方は何だ!」
今度は俺が食いつく。
「女のくせにだとか、そういう古い間違った価値観は止めましょうよ」
ジジイは俺を睨む。
「貴様、そこまでして公爵家に取り入りたいのか?」
「いや違うけど……」
「ケイイチ!そもそもお前がヒカルをわがままに育てたからいかんのだ!」
今度は怒りの矛先が公爵に向かう。忙しいジジイだ。
「女のくせに探索者になりたいなどとふざけたことを言いだして、女がいくら努力しても男には勝てんのは分かりきってるだろうが!」
「いやちょっと待って!」
その言葉にはさすがに俺も黙っていられなかった。
「ヒカルさんは先日、火魔法スキルと治癒魔法スキルを手に入れてトリプルスキルホルダーになりました。学園でスキルを三つも所持しているのはヒカルさんだけです。そしてその火魔法を使って先日レベル5になりました。おそらく一年A組では断トツトップじゃないでしょうか?名実ともに男子よりも優秀な探索者ですよ!」
俺の説明にジジイは顔色を変えた。
「はあ?聞いとらんぞ!どこからスキルオーブを買った?女にそんな金を使ったのか?」
「いやいや、買ったわけじゃないですよ。火魔法はヒカルさんが自分で未踏破区域の隠し部屋を見つけて発見し、治癒魔法がヒカルさんが倒したスライムからドロップしたんですよ」
「自分で見つけた?だったらなぜそのスキルオーブをカズマに譲らんのだ!次期当主はカズマなのだぞ!女の貴様が……」
さっきからこのジジイ、何度も女のくせにとうるせえな……。
だんだん俺の顔も引きつり始めてきた。
だがヒカルはそんなジジイに謝罪をする。
「申し訳ありません、お爺様」
「お嬢が謝ることなんて一つもないだろ……」
俺がヒカルをかばおうとした瞬間、ジジイから驚くべき発言があった。
「ヒカル!ダンジョン学園など今すぐに辞めてしまえ!そして真面目に花嫁修業をしろ!」
「ふぁ?」
びっくりして俺は変な声が出てしまったし、ヒカルは顔色を青ざめている。
それもそのはず、学園を卒業したら結婚が決まっているヒカルは、在学中の三年間だけ自由に過ごさせてもらうという約束をしていたという。その三年ですら、このクソジジイによって強制的に奪われてしまおうとしているのだ。
「ワシはそもそも女のくせに探索者ごっこをすることが気に入らなかったのだ。婚約をしている身の上だというのに、この庶民の男をかどわかしているではないか!そんなことをするために進学させたのではない!」
「かどわかすなんてこと、していません!」
ヒカルもその言葉に反論する。
そんなヒカルの声を無視しているジジイに、公爵が説得しようと声を上げる。
「総裁!ヒカルが学園を卒業するまでは自由にさせてやると約束したではないですか!」
「自由の内容にもよるわ!こうして公爵家の品格を落とすような行動をしていては、ワシも看過できんわ!」
ジジイは言いたい放題だ。
さすがに俺も黙ってはいられない。
「それは横暴でしょう……」
「うるさいっ!!!」
俺の話を遮るジジイの怒号が鳴り響く。
「そもそも貴様がヒカルに悪影響を与えているのは明白だろうが!貴様がヒカルの代わりに退学するというなら、ヒカルの件は今回は大目に見てやってもいいがな」
「は?」
何を言っているのだこのジジイは?
「貴様とヒカルを同じ学舎に通わせるわけにはいかん!どうした?貴様が辞めんというなら、ヒカルを辞めさせるだけだ」
「何言ってんの?」
何で俺がダンジョン学園を辞めなくちゃいけないんだ?
せっかくクラスにも慣れ、探索にも慣れてきた時だっていうのに、何でこんなジジイに俺の楽しみを取り上げられなくちゃいけないっていうんだ?
「ケイイチ!小僧は辞めるつもりは無さそうだから、ヒカルを辞めさせろ。普通のお嬢様学校に転校させればいいだろう。そもそも女の幸せは跡継ぎを生むことだ。男に交じって探索者になるなど、けしからん!勘違いするなよ!お前たち女は、子供を産むための道具なのだ」
その言葉を聞いた瞬間、ブチン!と、俺の中で何かが切れる音がした。
「待てよジジイ。さっきからてめえいい加減にしろよ」
「一ノ瀬君!」「一ノ瀬さん!」
俺の言葉に公爵とヒカルが俺を制止するように声を上げる。
だが俺の怒りはもう収まらない。
そしてそんな俺に、ジジイも我慢の限界が来たようだ。
「小僧、きさま、もう許さんぞ……」
「別にてめえに許してもらう必要はねえよ!こっちこそてめえを許さねえからな。さっきから聞いてりゃお嬢の事を女のくせにだとか言ってバカにしやがって。てめえ何様のつもりだ!」
「クソガキが。貴様が今、口を効いている相手がまだ分からんのか?ワシは先代九条公爵であり、現貴族院院内総裁、九条イチエだ!」
「うるせえ!そんなのはただの肩書じゃねえか!ジジイ!てめえ自身が何ができてどんな価値があるか聞いてんだよ!ヒカルはな、学園に入ってまだ三か月だが、剣術部で苦手な剣術を学び、探索でスキルオーブを手に入れ、そして今では俺でも敵わないほどの火魔法を操れるようになった。ジジイ、てめえは迷宮を何階層まで踏破したんだよ!」
俺は知っていた。すでにスキル解析でジジイのレベルを盗み見ていたからだ。
ジジイの探索者レベルは1。このジジイは貴族のくせに恐らく一度も探索をしたことがないのだ。
「馬鹿者が!迷宮探索などは下々の肉体労働者がするものだ!ワシのような上位貴族がすることじゃない!」
「何言ってやがる!スキルを持った貴族こそが先頭に立って探索することこそが、貴族の義務だろうが。てめえはただの権力に縋り付いているだけで中身がない無能な人間だろうが!」
「クソガキ!貴様、そこまで言ってタダで済むと思うなよ!もう許さんからな!」
公爵が「総裁!」と制止するが、俺たちの口喧嘩はもう止まらなかった。
「許さん?許さなかったらどうするって言うんですか?俺は事実を言ってるだけなんですけど?」
「貴様。ワシの力を舐めるなよ。明日から貴様の居場所は、もうないと思え!学園は退学。この日本にもいられないようにしてやるからな!」
「うわー!出た出た!脅しですかあ?そんなことこの法治国家で許されると思っているんですか?」
公爵が「一ノ瀬君、君もいい加減に……」と制止しようとする。
「許す許さないは、ワシが決めることだ!小僧!覚悟しておけ!もう後悔しても遅いからな!」
「うるせえよ!クソジジイ!そこまで言うならこの日本から出て行ってやるよ!てめえの方こそ後悔するなよ?公爵に伝える予定だったポーションランクアップのやり方は、日本じゃなくてアメリカにでも手土産に持って行くからな!」
ポーションランクアップ?と、俺たちの口喧嘩を静観していた会場の議員たちから驚きの声が漏れる。
「フン!ハッタリだ!小僧、適当な事を言うなよ!」
俺は懐から、先日手に入れたばかりのランク4ポーションを取り出した。
「これが俺が最近作ったランク4ポーションだ!少し前にはお嬢にランク4を売ってやったし、公爵を通じてランク3を何個か売ってもらったこともある。ランク3、4なら、俺なら気軽に大量生産できるんだ」
会場がざわつく。
それはそうだろう。最近ではランク3以上のポーションは高騰していて、入手することすら困難になってきているという。それを気軽に作れると豪語したのだから、話を聞いた人間は焦るに決まっている。
だがジジイはそれでも俺の言う事を信じなかった。
「嘘もいい加減にしろ!そのポーションもニセモノに決まっているだろう!」
「勝手にしろ!」
怒りの治まらない俺は、そう言い残して会場から出て行った。




