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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第十二章 初期衝動-Initial Impulse-
209/212

第207話 毒消し薬事業説明会1

 しばらくして恐らく公爵の部下と思われる人が説明会の準備ができたと言って呼び出しがあった。

 呼び出され、待合室にいた議員たちはゾロゾロと部屋を出ていく。俺たちも後を追うように付いて行った。

 歩きながら、やはりさっきのジジイの現れた時からヒカルの元気のなさが気になった。

 とぼとぼと俯きがちに歩くヒカルに、俺は再び声を掛けた。


「あのジジイのことは気にしなくていいよ」


「え?」


 驚いて振り返るヒカル。


「あいつの言ってた事なんて、ただの老人の戯言だよ。真剣に考える必要のない話だ。だって前公爵ってことは、すでに爵位は公爵に譲ってるんだろ?まだ色々と影響力があるのかもしれないけど、偉いのはおまえの親父さんの方だ」


 俺の話を聞いて、ヒカルは何か言いたそうに、もどかしい顔をしていた。


「それに公爵はお前の味方だろう?心配することなんて何もないさ。お嬢は、いつもみたいに堂々としてればいいのさ」


 そうだ。ヒカルはいつも堂々としていた。探索に苦戦して悩んでいた時でも、芯の強さは失わずに前向きだった。そんなヒカルをここまで不安にさせるなんて、普段からよほど嫌なジジイだったに違いない。

 するとヒカルが重い口を開いた。


「お爺様は、いつも人の話を聞かないのよ……」


 俺はヒカルの言葉に耳を傾ける。


「いつでも自分が正しくて、私たちの話なんて興味がないの。……だから、何を言っても無駄なのよ。私がダンジョン学園に通っていることも、本当は気に入らないの」


「じゃあさ、今日は俺たちがどれだけ頑張ってるか伝えてやって、ジジイの鼻を明かしてやろうぜ」


「え?」


「お嬢はさ、スキルを二つも手に入れたし、先週レベル5になっただろ?それに今回の毒消し薬事業だって俺らから公爵に繋げて大きな事業になったみたいだし、俺たちが普段どれだけすごいことやっているかっていうのを分からせてやろうぜ!」


 それに俺にはもう一つ奥の手がある。ポーションランクアップの件だ。

 須佐さんの分析によれば、これは毒消し薬事業どころではない大きなプロジェクトになる可能性がある。そうすれば、あの孫娘を侮っているジジイをギャフンと言わせてやれるに違いない。

 おっと、悪そうな顔になってしまったかもしれない。

 思わずニヤ付いた顔を手で隠すと、ヒカルはくすりと笑った。


「あなたと話していると、私の悩みなんてくだらないと思ってしまうわ。ありがとう一ノ瀬さん」


 少しだけ笑った彼女の表情から、先ほどまでの怯えが消えたと感じる。

 俺は安心して会場へと向かった。


 だが、「鳳凰の間」と書かれた真鍮のプレートの前で、思わず俺は足を止めてしまった。

 重厚な木製ドアが開かれたその部屋の中を目にした俺は、一瞬立ち入るのをためらったからだ。


 ……俺、場違いじゃないか?


 思わず入室をためらってしまったその部屋の中は、落ち着きと品格のあふれる格調高い空間だった。

 壁一面に施された淡いクリーム色の壁装は、柔らかな照明に照らされ、ところどころに金の縁取りが控えめな装飾として並んでいた。派手ではないが、ひとつひとつが丁寧に造られているのが分かる。

 天井には大きすぎないシャンデリアが吊られていて、琥珀色の光が座席列を穏やかに照らしていた。

 前方には演壇が置かれ、壁にはプロジェクターを映すための白い大きなスクリーンが広がっていた。

 並べられた椅子は黒の革張りで、列ごとにきちんと整列されている。

 俺の知る企業の会議室とは全く違う、これが貴族の会議かと俺は息をのんだ。


 なんかすげぇ場所に呼ばれちまったな……。


 俺はそう心の中でつぶやきながら、指定された席へそっと腰を下ろした。


 全員が着席したのを確認した公爵が演壇に立つと、説明会の概要を語り出した。


「この度はお忙しい中、皆様にお集まりいただいたことに感謝を述べさせてもらいます。それでは今回皆様に報告させていただきます、毒消し薬事業について説明をさせてもらいます」


 公爵が話始めると、プロジェクターによって「毒消し薬事業説明会」という字が映し出され、そして次に、毒消し草の写真が映し出された。


「ご存じの方も多いかもしれませんが、これがダンジョンに生える、『毒消し草』と呼ばれる植物です。この植物を解析すると『名称:毒消し草、効果:経口摂取することで毒を消す効果がある』ということが分かります。つまりランク1キュアジェムと同等の効果があるのです」


 これは探索者であれば知っている人が多い情報だ。

 議員も知っている人が多いようで、腕を組んでうんうんと頷いている人が多いようだ。


「しかしこの毒消し草には一つ欠点があります。それは採取しておよそ一週間ほどで枯れてしまい、その効果を失ってしまうという事です。しかしその欠点を覆す方法を見つけた人がいます。紹介しましょう。山下さんです」


 名前を呼ばれ、恐縮しながら山下さんが檀上へと上がる。

 公爵と交代して、山下さんが話し始めた。


「は、初めまして。山下と申します。私は奥多摩で探索者を相手に商売をしていました。ご存知かも知れませんが浅層のアイテムを獲り尽くされてから、奥多摩ダンジョンを訪れる探索者はほとんどいなくなってしまいました」


 山下さんの説明に会場は耳を傾けている。


「まだ探索者が多く訪れていた頃、私の友人でもあります斎藤という探索者がおりまして、彼から毒消し草の保存について相談されたことがありました。そして試行錯誤をして特殊な製法をすることによって、今回ご紹介する毒消し薬を作ることができました」


 スクリーンには黄色い毒消し薬の写真が映し出された。

 スタッフが席に座る議員たちに、何かを配り始めると、再び公爵が説明をする。


「ただいま皆様のお手元にお配りさせていただいているのが、今回紹介する毒消し薬事業によって作られた毒消し薬になります。これはダンジョン産の毒消し草を元に作られたもので、毒消し草と違い劣化することがないため使用期限が半永久的にあると思われます。その点において、キュアージェムと同等であると言えるでしょう」


 その説明を聞いて、席からは「おお!」という感嘆の声が漏れる。


「公爵、キュアジェムは数字が入っていますが、これはないのですか?」


 一人の議員が手を上げて質問をする。公爵はそれに対して回答をした。


「はい。毒消し薬はその外観こそキュアジェムと酷似していますが、数字が表示されているかいないかの違いがあります。しかしながら驚くことに、この毒消し薬は、ランク2キュアジェム相当の効果があることが分かっています」


 ランク2。その説明を聞いて、会場内から驚きの声があふれた。


「それじゃコレ一つでどんな毒でも解毒してしまうと言う事か?」


「そんな貴重なものがこんなにたくさん?」


 そんな驚きの声を耳にし、公爵は満足そうに説明を続ける。


「そうです。毒にも種類があり、ランク1キュアジェムでは解毒しきれない毒も存在します。ですがこの毒消し薬なら、あらゆる毒と呼ばれるものを人体から排除し正常に戻す効果があります。そして私たちは、この度この毒消し薬の大量生産のめどが付きました」


 大量生産と聞き、再び会場に「おお!」という声が上がった。

 山下さんが斉藤さんと細々とやっていた毒消し薬作りが、多くの人たちに広まる瞬間だ。

 日本には、いや世界にはこういうまだ知られていないすごい人はたくさんいるはずだ。そういう人の一人、山下さんの努力が認められ、俺もとても嬉しく感じた。


「ただいまお配りさせていただきました毒消し薬は、皆様にお持ち帰りいただきたいと思います。そして今後貴族院議員の皆様には、必要な時に必要なだけこの毒消し薬をご購入いただけることを報告します」


 公爵の言葉一つ一つに、会場に驚きの声があふれる。

 会場にいるのは貴族の中でも国会議員を務めている上位貴族たちだ。彼らにとって、今後万が一毒を盛られたとしてもほぼ完全に自衛できるということは、とても心強いことだろう。


「また、この毒消し薬は一般にもできるだけ安価な価格で販売し、探索者や医療機関へお届けできる予定です」


「これは……、日本中が毒の恐怖から解放されますよ?!」


 会場の議員の声に公爵は答える。


「そうです。探索者の毒を持った魔物との戦いだけでなく、一般社会でも毒を持ったキノコなどの誤食、スズメバチなどの危険生物による被害、ひどい食中毒などの治療も簡単に治るようになるのです」


「すごい!」


「そしてこの製法ですが、この度山下さんの申し出により、一般に公開することになりました」


 再び「おお!」という驚きの声が広がる。

 そうか。製法を公開するんだ。俺もそれは初耳だった。

 山下さんが話し始める。


「この製法を私一人が知っていて利益を独占するよりも、作り方を広めてより多くの人が助かる方が、私も、そして斎藤も喜んでくれると思うのです」


 そんな山下さんの言葉を聞いて、会場から素晴らしいと盛大な拍手が送られた。

 山下さんは照れ臭そうな笑顔を浮かべて、そんな称賛を受けていた。

 その時だった。


「ワシは反対だ!」


 ……ジジイだった。

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