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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第十二章 初期衝動-Initial Impulse-
207/212

第205話 皇都グランドホテル

 日比谷駅から地上に出ると、夕暮れ時の都会の喧騒が俺を包み込んだ。

 最近、都内のいろんな場所に出かけているから、地方出身の俺も都会に慣れてきた気がする。


 ……嘘です。

 違う場所に行くたびに、いつも軽く迷う。

 いつまで経っても都会には慣れない。

 そんな慣れない都会をスマホの地図アプリに助けられながら、目的地である『皇都グランドホテル』を目指して俺は歩いていた。

 どうやら建物が二つあって、どっちが目的地なのかよく分からない。

 とりあえず「本館」のある敷地に足を踏み入れたところ、まるで結界を抜けたかのように空気が変わるのを感じた。


「……歩いてるやつ、一人もいねーな」


 ホテルの車寄せへと続くスロープには、黒塗りの高級車が数珠つなぎになっていた。

 高級車というのはどうもエンジン音からして違う。静かに、しかし威圧感のあるエンジン音を響かせるセダンから、運転手にドアを開けられて降り立つのは、見るからに仕立ての良さそうなスーツを纏った紳士たちだった。


 一方で、駅からトボトボと歩いてこの巨大な門をくぐろうとしているのは、俺一人。

 学園の制服を着てきたが、列をなすハイヤーの横を歩いていると、自分がひどく場違いな存在に思えてくる。

 俺は手に持った招待状を確認する。

 そう。今日は九条公爵から招待された「毒消し薬事業説明会ならびに晩餐会」に参加するために、ここへやってきたのだ。

 招待状には、会場:皇都グランドホテル 大宴会場「鳳凰の間」と、書かれている。


 鳳凰の間……。この入り口で合ってるよな?


 そう思って見た先にある威風堂々とした正面玄関は、まるで行く手を阻む城門のようだった。

 「大型宴会場」と書かれた看板はどこにも見当たらない。不安を覚えながら、俺がおそるおそる回転扉の方へ近づこうとした、その時だった。


「――ようこそ、皇都グランドホテルへ。本日は『毒消し薬事業説明会ならびに晩餐会』へお越しでしょうか?」


 背筋をピンと伸ばした黒いスーツ姿のドアマンが、絶妙なタイミングで俺の前に立ち声を掛けてきた。

 値踏みするような態度は一切なく、それでいてこちらの緊張を見透かしつつも穏やかに声を掛けてくる、完璧なまでのプロの所作だ。


「あ、はい。そうです……コレ……」


 俺はそう言って招待状を見せる。


「左様でございますか。会場の『鳳凰の間』は、正面左手のエレベーターより三階へとお上がりくださいませ。スタッフがご案内いたします」


「あ、ありがとうございます」


 恭しく頭を下げ、ドアマンが重厚な扉を開ける。

 冷房の効いた格式高いロビーの香りが、俺の鼻腔をくすぐった。


 よし、行くか……


 俺は心の中で一つ深呼吸をすると、ホテルの中へと足を踏み入れた。

 ドキドキしながら、先ほど案内してもらったエレベーターへと向かう。

 三階に上がり、エレベーターの扉が開くと、そこにはスーツ姿の人たちが並ぶ受付が見えた。

 俺はその列の後ろに並ぶが、なんだか場違い感が半端ないぜ。

 すると、背後から声を掛けられた。


「一ノ瀬君!」


 俺は振り返り、声の主を確認する。


「あ、山下さん!お久しぶりです」


 俺に声をかけてきたのは、奥多摩で毒消し薬を作っている山下さんだった。


「久しぶりだね。いやー、私のような田舎者がこんな場所に招待されるなんて、緊張してしまうよ」


 山下さんは笑顔で、照れ臭そうにそう言った。


「山下さんのスーツ姿って新鮮ですね」


「それを言ったら、一ノ瀬君の制服姿も、私には新鮮だよ。本当に学生なんだね」


「そうですよ。俺を何だと思ってたんですか?」


「すご腕探索者?」


「ハハハ、よく言われます!なんつって!」


 山下さんのジョークをスムーズに受け流す俺は、コミュ障が治ってきたのではないだろうか?


「いやー、冗談のつもりではなかったんだけどね」


 そんな風に山下さんと話しながら受付を済ませ、待合室へと移動すると、九条公爵がいて俺たちを見つけて声を掛けてくれた。


「やあ、一ノ瀬君。それに山下さん。よく来てくれたね」


 九条公爵は、そう言って柔和な笑みを浮かべた。

 ただでさえ学生服姿の俺は浮いているのに、公爵から直接話しかけられて、周りの人たちの視線が集まる。


「本日はお招きいただき、光栄です」


 俺と山下さんが挨拶をすると、公爵は今日のスケジュールの説明をしてくれた。


「今日の説明会は、基本的に私が一人で説明を行うが、その際、二人を紹介させてもらいたいので、一緒に前に来てもらえるかな。そして山下さん、できたら今回の事業について一言挨拶をお願いします」


「分かりました」


 山下さんが頷く。


「そして説明会が終わったら部屋を移動して懇親会と言う名目で食事会が行われる予定だ。一ノ瀬君、先日途中になってしまったポーションランクアップの話は、その懇親会が終わってから、別室で聞かせてくれるかな」


「あっ、ハイ。大丈夫です。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げると、公爵はほっとした表情を浮かべた。


「それじゃ私は準備があるのでこの辺ですまない。そう言えば、ヒカルも須佐さんもすでに来ているよ」


 忙しそうな公爵と別れ、辺りを見回すとすぐにスーツ姿の人の中に一人だけ学生服姿のヒカルを見つけることができた。


「おーい、お嬢」


「あら、一ノ瀬さん、ご機嫌よう」


「なんだか久しぶりな感じだな」


「そうね。今週は顔を合わせることがなかったから、ちょうど一週間ぶりかしら?今週は珍しくあなたもおとなしくしていたようね……フフ」


 今週は俺が関わった出来事が特になかったことを、おそらく冗談で言っているのだろう。

 本来ならここで俺が怒るのを期待しているのかもしれないが、俺は敢えて違うリアクションをしてやった。


「俺がおとなしくしてる時があると思うか?」


「え?」


 ヒカルは突然真顔になって固まる。

 俺はそんなヒカルの反応を見て満足すると、懐から今週の成果を取り出して見せた。


「今週はこれを手に入れるために毎日放課後迷宮にこもっていたんだぜ!」


 そう言って俺がヒカルに見せたのは、ランク4ポーションだった。


「ちょっと待って!あなたいくつポーションを持ってるの?」


 ヒカルが驚くのも無理はない。俺だってやっとランク4を安定して作る方法を見つけたばかりだ。

 その方法とは、ヒカルと一緒に探索した第一階層の未踏破エリア、そこにいたポイズンスライムだ。

 本来第十一階層に出現するポイズンスライムのドロップアイテムはランク2ポーションだ。それに俺のスキルレベル2の治癒魔法をかけてランクアップさせたのだ。

 あそこのポイズンスライムは部屋に入り直すと何度もポップしたので、繰り返し倒すのに非常に効率がいい。ヒュージスライムのドロップアイテムもランク2だが、階層主の部屋は広くて出入りする手間がかかる。効率はポイズンスライムの方が良かった。

 また俺の魔力伝導モドキで火魔法攻撃をすると、ポイズンスライムも火属性が弱点のため、簡単に倒すことができた。

 そこでポイズンスライムを周回して、一週間かけてようやくランク4を手に入れたのだ。

 ついでに100回以上火魔法を使って倒したため、俺の火魔法のスキルレベルも2になった。


 驚くヒカルに優越感を感じながら、俺はランク4を懐に仕舞う。

 これは今日公爵にポーションランクアップの説明をする時に、証拠として見せる予定だ。

 その時、ふいに後ろから声を掛けられた。


「おう、一ノ瀬!」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこには須佐さんがいた。


「須佐さん!」


「いやー、防衛大臣に挨拶はしたんだが、後は国のお偉いさんばかりで居場所がなかったぜ」


「それで俺を待っててくれたんですか」


「ああ。それに今回の説明会もどうやら重大な話らしくて、そんな話を俺みたいな一兵卒が統合幕僚長より先に防衛大臣と一緒に聞くことになるなんてな……」


「えっと……、統合幕僚長とは?」


「そっからか。統合幕僚長とは、俺たち自衛隊のトップだ」


「あー、なるほど……」


 須佐さんはすごい人だとは思うが、自衛隊という組織の中では一尉とかいう階級だとか言っていた。そんな須佐さんにとって、統合幕僚長とかいう人は雲の上の人なのだろう。そして、そんな人より先にこの貴族院議員が集まる毒消し薬事業説明会に招待されてしまったということか。

 俺はそんな気まずそうな須佐さんに、ヒカルと山下さんを紹介する。

 なんというかこの四人、不思議な組み合わせだ。


 その後、説明会が始まるまでの間、俺たちがのんびり雑談をしていると、何だか急に辺りの人たちがざわつきだした。

 ざわつきの方に視線を移す。すると、なんとそこにはジジイ……ヒカルの祖父である、九条院内総裁がいたのだった。


 え?前に来ないって言ってなかった?

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