世話焼き引退冒険者の再スタート
目の前が真っ白になった。
比喩じゃ無く、現実に。
坊主が少年に手を翳し、直後辺りがまばゆい光に包まれ、俺もロニーも目を開けていられなかった。
光が晴れた時、そこには坊主の姿は無く、安らかな顔をして眠る少年だけが残された。
さっきまで鬼のような形相で突進を繰り返していた少年だ。
「一体何がどうなったんだ、えぇ、ロニーよう?」
「俺に分かるわけ無いだろ。魔法なんざ使えないからな。」
さっきまでこの少年を助けようとしていた坊主は跡形もなく消えてしまった。
何がなんだか分からんが、坊主が犠牲になってこの少年の命を救ったって事か?
「ロニー、あの坊主…似てねぇか?」
「ああ、俺も思った。」
─────────────────────
およそ10年前
「オーガくらい、余裕だと思ったんだがな。」
「こんなに頑丈だとはな、これだから他人の話は信用出来ないんだ。もう駄目だ、撤退しようぜ。」
俺達はBランクの昇級の為にオーガを狩りに来ていた。
Cランクまでは実に順調に来ていた俺達だったから、今回も余裕だろうとタカをくくってた。
それがどうだ。
剣も斧も全然刺さらない。
まるで石に振り下ろしてるみたいな気分になる。
そのくせスピードは早いしパワーも凄まじい。
最初の方に鋼鉄のタワーシールドで防いだら、一発でお釈迦にされちまった。
それからは必死に避けてはへっぴり腰で攻撃の繰り返し。
攻撃に集中できないのはどうにもならない。
一発でもまともに貰ったら死んじまう。
「あんた達、メソメソ言ってる暇があったら何とかしなさいよ!」
「カーラ、そんな事言ったってよぉ…拳一発で盾をぐしゃぐしゃにするような奴には近付きたくねぇよ!」
パーティーの魔法担当のカーラが檄を飛ばす。
うちのパーティーの紅一点、というほど可愛げは無ぇ。
後ろで纏めた長い髪と、つり上がった切れ長の目、周りからは美人だとは言われちゃあいるが、女っ気も何もねぇ。
「お前の魔法だって大概じゃねぇか!オーガには水魔法が利くんじゃ無かったのか!?」
「その筈なんだけどねぇ、どうも効果が薄いね。」
全く、肝心な所で役に立たない奴だ。
そもそもガキの頃からの腐れ縁だけでパーティを組んだのがいけなかったのかもな。
まぁ俺も前衛としての役割が全然果たせていないが。
「どうする?街までは結構な距離があるぞ。逃げ切れるか?」
「俺だけならともかくガストンとカーラ、お前らは無理だ。お前は重いし、カーラはおっちょこちょいだからな。」
強がっているが、ロニーも疲労の色が濃い。
カーラに注意が向かないよう、一番動き回っているのがこいつだからな。
「畜生め、せめてBランクの大台に登ってから死にたかったぜ。」
「そうだなぁ、こんな事になるなら俺はずっとCランクでも良かったな。」
俺もロニーも限界が近づいてきた。
「全く、男が二人も揃って情けない。あんなもんオークに毛が生えたようなもんでしょうが。あたしが隙を作るから、あんた達二人は全力で攻撃しな。」
「…危険過ぎるだろ。」
「あたしだって魔法使えるようになるまでは弓だのナイフだので戦ってきたんだ。大丈夫だよ。」
そう、カーラは魔法を覚えて間もない。
皆で金を節約し、ようやく魔法を覚えたのだ。
だから近接戦闘も多少はこなせる、が…
確かに最善はそうなのだろう。
しかし、この女はどうして俺やロニーが魔法を覚えさせようとしたのか全く理解してない。
「まぁそれは最終手段だな。俺がどうにか隙を作ってやる。お前は色々魔法を試してみろ。」
「一番パワーのあるあんたが囮になっても意味ないでしょ!だからあたしがやるって言ってんのよ!行くよ!!」
「お、おい!カーラ!?クソッ!!」
カーラが一気にオーガに向かって疾走する。
俺とロニーもすぐに後を追いかけた。
「ほらほら、こっちだよデカブツ!」
カーラの挑発を受け、オーガが丸太のような腕を振るう。
カーラはそれをギリギリの所で躱していく。
全く度胸のある奴だ。
見てるこっちの方がヒヤヒヤするぜ。
だからこそ後ろで援護させてようとしてるのにな。
「ロニー、一気に行くぞ!」
俺の掛け声に合わせるようにロニーが肉薄、突き出した剣先はカーラに意識が向いているオーガの右眼に突き刺さった。
たまらずオーガの頭が後ろに仰け反る。
そこへ俺の渾身の一撃。
右上から振り下ろされた大剣は、オーガの厚い皮を突き破り、奴の左の肩口に深々と食い込んだ。
「お、あんた達もやればできるじゃん。」
「馬鹿っ!よそ見してんじゃねぇ!」
一見派手にダメージを負っちゃいるが、致命傷って訳じゃねぇ。
無事な方の右手をカーラの方に伸ばそうとしているのを見て俺は慌てて剣を抜こうとするが、まるで根が張ったみたいに抜けねえ。
次の瞬間、体全体に衝撃が走った。
体がバラバラにされた様な感覚、何がなんだか分からない内に地面に叩きつけられた。
視界の隅に、オーガが上げていた足を降ろすのが目に入った…俺は蹴られたのか?
「ガストン!?」
カーラがこっちに向かって駆けだそうとした。
そんな隙をオーガが見逃す筈もない、カーラの胴を無事な方の巨大な手で捕まえ、そのまま持ち上げた。
そしてその膂力で締め上げていく。
「ガ、あ…」
「カーラ!」
ロニーがオーガの腕に斬りつけるがビクともしない。
蹴りで牽制され、距離を取らざるを得ない。
このままじゃマズい、ロニーだけでは救出できん。
俺はすぐに飛び起きた、が視界がフラつく。
さっきの蹴りが随分利いてるな、だが躊躇してる暇は無い。
痙攣する腕を叱咤しながらサブ武器の短剣を引き出した。
「ロニー!」
「よく立てたな、行けるか!?」
「やるっきゃねぇだろ!」
オーガに向き直った俺達だったが、それよりも早く行動する奴がいた。
「ら…“ライトニング”」
カーラだ、あの跳ねっ帰りが黙って捕まってるわきゃねぇ。
カーラの手元から発生した稲妻が、俺の突き刺した剣にぶち当たった。
「ガァァァァ!?」
さっきまではどの魔法も効果が薄かったってのに、急に苦しみだした。
余程堪えたのか、握っていたカーラを落としてしまう。
「ロニー!!」
ロニーが一気に接近
カーラを受け止め、飛のいた。
俺もそのまま眺めてる訳ではない。
「こんの野郎が!」
渾身の力で奴の左眼に短剣を突き刺し、肩に刺さった剣の柄を掴んで胸板を蹴った。
さっきまでは肩に力を込めていたのだろうが、カーラの雷で麻痺でもしたんだろう、剣はそこまで引っ掛からずに抜けた。
後ろに1回転しながら着地、そのまま下から大きく振り上げた斬撃は、奴が防御の為に差し出した左腕を切り落としながら顎を割った。
たまらず後ろに数歩後退したオーガ、そこへぶつかるつもりの勢いで大地を蹴った。
渾身の突きはオーガの胸板を突き破り、心臓の位置を正確に貫いた。
急所を突かれてはひとたまりも無い。うめき声を上げ、オーガはゆっくりと後ろ向きに倒れた。
「やれやれ、どうにかなったか。カーラ、無事か?」
「ええ、何とかね。」
「それにしてもあのタイミングで雷なんて無茶をする。」
「まぁまぁ、結果良かったんだから良いじゃない。私はこの通りピンピンしてるよ。」
ぐっと親指を突き立て、無事をアピールするカーラ。
気丈に振る舞っているが、ただの強がりだろう。
現に中々立ち上がろうとしない。
「よっと。」
と思ったら軽い身のこなしで起き上がった。
「なんだい、ジロジロこっちを見てさ。気持ち悪い。」
「おまっ!?俺は心配してだなぁ!」
「そうゆうのは帰ってからやってくれ、魔石を取り出すぞ。疲れたしさっさと帰ろう。」
仲裁が入ってそれもそうだなと思い直した。
ロニーが手早く解体をしていく。
「よっと…あれ?こいつの魔石どこに埋まってるんだ?」
「胸の位置にないなら頭部か?そんなに頭良さそうには見えないが…」
俺も気になってオーガの死体をのぞき込んでみた。
そこでどうして周りを警戒しようと思わなかったのか…
「ガストン!後ろ!」
反応して後ろに振り返った俺の目の前に見えたのは、さっき切り落としたオーガの腕がこっちに向かって突っ込んでくる所だった。
弾丸のように迫る腕の先で鋭い爪がギラリと光るのが見えた。
大剣は背中の鞘にしまっている。
短剣はオーガの目に突き立ってしまっている。
咄嗟に両腕で顔と心臓をかばった。
手で視界も覆ってしまったがしょうがない、これで耐えられるか?
衝撃がくるのを待つ…がいつまでも衝撃は来なかった。
「どうやら、間に合ったみたいだね。」
その声は、自分の目の前で聞こえた。
「カーラ!?」
自分の目の前に、カーラが両手を広げて仁王立ちになっていた。
右肩の辺りをオーガの爪が貫通している。
カーラに近寄ってオーガの爪を引き剥がし、地面に落ちた所に大剣を振り下ろす。
剣を叩きつけた衝撃でオーガの腕は木っ端微塵になり、大きな魔石だけが残された。
体内で魔石を移動させていたのか?
いや、今はそれどころじゃない。
「カーラ!無茶するんじゃねぇ!」
「かすり傷だよ、この程度ならなんともないさ。とりあえず帰…て」
言いながら体を大きくグラつかせた。
いくら怪我しているといっても、カーラだって一端の冒険者だ、いきなり倒れるなんて事は今まで無い。
フラつくカーラを支え、様子を伺う。
顔色が悪いを通り越して青い、息も荒い。
傷口を確認すると、爪の刺さっていた部分から黒ずんでいる…毒か?
薬草、毒消し、色々試してみたが効果が無かった。
「とりあえず町に戻るぞ、薬師やヒーラーなら何か分かるかもしれん。」
カーラは固辞したが、無理矢理俺が背負った。
ロニーが周囲を警戒しながらできるだけ急いで町へと戻っていく。
「なぁ…」
「どうした?」
「冒険者…続けろよ。」
「あったり前だろうが!でもお前が回復するまでは休業だ。俺達は3人で1つなんだからな!」
「本当に、頼りない男だねぇ。あたしがいないと何も出来ないのかい?ちょっとは甲斐性を見せてほしいもんだ。」
「大丈夫だカーラ。あと10分もすれば町が見える。」
「ロニー、馬鹿にしちゃいけないよ。町まではまだ半日はある。そして…自分の体の事も分かる」
「おい、お前は余計な事考えずに寝てろ。寝て起きたら町だ。」
「ロニー、あたしの足…どうなってる?」
「どうって…っ!?い、いや、別になんて事ないよ。」
「はは、あんたは昔っから嘘が下手だねぇ。」
「ロニー、お前は余計な事してねぇで周囲の警戒をしろ。」
「ふふ、それじゃお言葉に甘えてちょっと休むよ…早く直して…また…あんた達と…」
「カーラ?」
「おい、カーラ!クソッ、急ぐぞ!」
「ガストン、お前もボロボロだ。一旦休んだ方が良い、お前も動けなくなったらどうにもならないぞ!」
「倒れる前に町に着きゃいいだろ!行くぞ!」
………
……
…
───────────────────────
「あれから十年か…確かにカーラに近い事言っていたな、あの少年。」
「何だったんだろうな、あの坊主は。幽霊か何かか?」
「消えちゃったしな。」
「カーラの生まれ変わりか…」
「ガストン、その悪趣味なジョークまだやってんの?そろそろ奥さんに怒られるよ。」
「新人に教訓を伝えるにゃそっちの方が良いだろ?まぁ、目下の問題は…こいつだ。」
「ガストンおじさんが任されちゃった訳だからね。」
「俺はまだ20代だよ!まぁしょうがねぇ、こいつも新人だし、俺達で鍛えてやろうぜ。とりあえずは、医務室に寝かせてやるか。」
その後、
医務室を開け、簀巻きの人間ピラミッドを見る事になってしまったのは別の話。




