シスターエルザの憂鬱 前編(シスター視点)
全く、使えない子達ねぇ。
あたしは心の中でため息をついた。
雑魚の中年はともかく、力を入れて強化したレイまでやられてしまうなんて………
とはいえ、レイの実力はあたしの足許にも及ばないのだけれど。
それにしても、この侵入者も相当な実力者である事は間違いない。
レイだってAランクパーティぐらいの実力はあるし、この領内でこの子に勝てる人間なんて数えるくらいしか居ない筈だった。
それがぽっと出の侵入者に昏倒させられてしまうなんて。
まぁせっかくだから、この侵入者もこちらの陣営に引き入れてしまいましょう。
あたしが戦力を増やしたらあの人が怒っちゃうかもしれないけど、状況的にしょうがなかったと言う事で。
「あらあら、簡単にメインディッシュなんて言ってくれるけど、見た目に騙されて胃もたれしちゃうかもしれないわよ?」
「デザートの用意もあるのか?」
「それはねぇ………“チャーム”」
決まった。
ただの人間の悪党だと思って不用意に近づいて来てくれたから楽に終わったわね。
サキュバスの魅了は人間には耐性がほとんどないみたいだから、抵抗できたとしても戦闘はほぼ出来なくなるもの。
魅了のデメリットは手が届く距離じゃないと使えないって事だけど、相手が油断していればこの通り、とはならなかったみたい。
「無駄だ、私に精神感応系統の魔法は通用しない」
「あらそう、ざーんねん。」
中々どうして心理戦もできるようね。
防具か何かにマジックアイテムを仕込んでいるって事だろうけど………私の魅了が効かないレベルとなると、相当レアなアイテムなのかしら?
いえ………恐らくは、呪いのマジックアイテムね。
あの兜………精神を守り、身体能力を高める代わりに脱げないとか、逆に激しい頭痛が止まないとか、そのような呪いが掛かっているということなのでしょう。
ならば………
「ハァッ!」
ガキンッ
「ほう、その爪………薄々感じてはいたが、貴様、人間ではないな?」
あたしは手の爪を50cm程に延ばし、そのまま切りつけてみた。
鉄の鎧くらいなら軽々と切り裂く自慢の爪だ。
不意打ちで繰り出した筈だったけど、短刀で受け止められてしまったみたい。
でも、見る限りかなりギリギリ対応できたといった感じね。
これならあと少し本気を出してやれば、もう対応出来ない事でしょう。
そこから2度、3度と爪を振るってみたけど、どれもギリギリの所で防がれてしまった。
それなら………
あたしはシスターの擬態を解いた。
体を覆っていた面倒な布は最小限のものに代わり、折りたたまれていた漆黒の翼や尾を広げる。
やっぱり元の姿の方がしっくりくるな。
「どう?私の本来の姿を見て興奮しない?」
「サキュバスか。予想通りだな。」
「ぜーんぜん効果ないのね、自信無くすわぁ。でも、スピードはこっちの方が段違い、よっ!」
地面を蹴ると同時に背中の翼を羽ばたかせ、一気に間合いを詰めた。
さっきよりも数倍速いスピードで近づき、爪を振るうが、これはギリギリで躱されてしまった。
しかし躱した事によって、体制を崩している。
すかさず壁を蹴ってもう一度突進すると、これまたギリギリで受け流されたものの、その衝撃で奴は短刀を投げ出し、仰向けに倒れた。
「あらあら、さっきまでの威勢が嘘のようね、何か打つ手はあるのかしら?」
「なに、ちょっと様子見をしているだけだ。ただ突っ込んでくる事しか出来ないのなら、もうちょっと工夫した方が良い。」
仰向けに倒れたまま、返事を返してきた。
痩せ我慢ね………
このスピードについてこれないからそんな事を言っているのでしょう。
「それなら、もう一撃くらいなさい!」
足と翼に力を入れた所で、奴が右手を上に掲げるのが見えた。
地面を蹴った瞬間、奴が何事かを呟きながら指を鳴らした。
パチンッ
関係ない、何も出来ないうちにこの爪で奴の全身をズタズタにしてやる。
そう思ったというのに、奴に向かって真っ直ぐ飛んだはずの私の体は、奴から1mほど離れた位置に着地してしまった。
私は疑問に思いながらも一旦距離を取る。
奴の場所を勘違いしてしまったの?
「どうした?もう一度来るのではなかったのか?」
「………貴方、あたしに何かしたの?」
人間如きに幻術が使いこなせるとは思えない。
一体どうやって………?
「興奮で気付いていないのか?お前の翼だ。」
「なん………え!?」
右側の翼が半分の位置からスッパリと切断されてしまっていた。
認識した瞬間、その部分が熱を持ったような痛みが体を駆け抜ける。
「いつの間に………」
「よーく目を凝らして見てみる事だな。」
言われて目を凝らすと、奴との中間辺りに赤い点が見える。
赤い点の正体は、血だ。
あたしの血………それが極細のワイヤーみたいなものから滴っている。あれは鋼の糸?
「カラス避けだ。」
「ぐ………馬鹿にしてぇ!」
私の翼は高速戦闘にも耐えられるだけの強度があるはずだった。
しかし、ここまで人間離れした奴が相手なら、あの鋼糸にも何か仕込んでいるのだろう。
簡単に倒せると思ったのだけど………油断しすぎだった。
まだあわよくば捕まえてやろうと思っていた時点で甘かったのかもしれない。




