第七話 「フェイクデート」
あの侵食者の襲撃から一週間経って、僕はマリアとまたデートに繰り出すことになった。
念の為に弁解しておくと、僕は一度もこの行為をデートと呼称したことはない。マリアが勝手にそう思っているだけだ。
侵食者の襲撃があって、様々な事が変わった。
まず、マリアがクラス代表になった。これは色々とあって、侵食者を“僕達で”討伐したのが、いつの間にか“マリア一人で”討伐した事になっていたからだ。生徒会長が公式で流布した情報にそう書いてあったのだから仕方無い。国と国との面子を考えればしょうがない事であるのだが。
よって、マリアは「侵食者から学校を守った英雄」として、僕達は「大したものを持っていながら何もできなかった役立たず」と思われている。幸いマリアが弁護してくれたお陰で、最低限クラス内では僕達はそのように思われていない。尤も、他クラスの事なんて知ったこっちゃないけどね。
兎も角、侵食者の襲撃で先日のマリアとのデート(?)がおじゃんになった事は事実なので、今回は僕から提案させてもらった。マリアはアワアワ狼狽えていたが、嬉しそうにしていた。
現在時刻は8:30分。待ち合わせの30分前だ。……っと、足音が聞こえる。来たみたいだね。
「あら、士さん。待たせてしまいましたね」
少し驚いたように言ってくるマリア。どうせその手のゲームでよくある、≪女の子を待たせちゃ駄目ですよ≫的な展開をする気だったのだろうが、少し甘い。
「今日はどうしますか?市街地はまだ復興途中ですから……隣町に行くというのはどうでしょうか?」
特に理由はなかったので同意する。先日の襲撃で壊滅したのは東京総合行政統括区域第十区、旧二十三区制度で言うと目黒区の辺りだ。マリアに話を聞いたところ、今回は第四区、新宿の辺りに行くらしい。
学園近辺のモノレールを使って10分程で到着する。まぁモノレールと言ってもかなり速く、時速120km位にまで達する最新式の物だ。
駅の改札口を通過して街に出ると、沢山の人が行き交う光景が広がっていた。
「うわぁ!これが日本伝統の歩行者天国なのですね!」
「……別に日本伝統って訳じゃないけど」
短く苦笑しながらマリアの間違いを訂正する。
歩行者天国と言うのは今も昔もここ特有の物だ。クラノディアは第一次侵攻で国としての体裁を保てなくなった国が寄り集まって誕生した連合王国で人口がまだ少ないから、このような現象を見るのは初めてなのだろう。
「そうなのですか?でも活気が溢れていて、凄い元気が貰える感じです」
「確かにね」
マリアの言葉通り、ここには人々の活気が満ち満ちていた。思わず世界が滅びゆく瀬戸際にある事を忘れてしまうくらいには。
「先ずは服を選びましょうか……あそこはどうですか?」
だからって毎回女性用の服屋に向かうのは勘弁して欲しい。こっちも煩悩を抑えるのに苦心しているし、視線が刺さる。
ニコニコと笑いながら引っ張ってくるマリアに抗いながらそんな事を考えていた。
1時間ほどの苦行が終わり、店を辛くも脱出した僕とマリアは市街地をぶらぶら歩いていた。
そこら辺に並んでいる店の店頭サービスで幾つか物を見繕って買い、少し早い昼食の代わりにする。
前時代とは違い、所謂“買い食い”が咎められることはない。もし何かあった時に迅速に避難できるし、使い終わった食器などが壊れないからだ(侵食者との戦闘は必ずと言っていいほど超音速戦闘となるので、侵食者による攻撃で被害が出なくとも二次災害は多々ある)。
かく言う僕も先日の戦いで地表面滑走を行った結果、市街地の一角を丸々薙ぎ倒してしまった。仕方無いとは言え、もう少し自重しようと思う。
暫く食べ物(古風の鶏つくね串だ)をぱくつきながら歩いていると、前方がざわざわしているのを発見した。
「なんでしょうか?少し見てみたいのですが、宜しいですか?」
何かあっても守りきれるだろう。そう思い首肯を返すと、マリアは目を輝かせて人垣の隙間から覗き見た。僕も一緒に見てみると、そこで5、6人位のグループが二つ睨み合っていた。
「これが噂に聞く乱闘と言うものでしょうか……?」
「そうだね。と言っても、僕もあまり見た事はないけど……あ、手が出た」
片方のグループのリーダー格と思しき人物がもう片方のグループの構成員を小突く。そこからあれよあれよと言う間にどちらも入り乱れた殴り合いになってしまった。
「と言うか、どうして誰も戦いを止めないのですか?」
「仕方無い、といえば仕方無いけどね。乱闘も言ってしまえばスポーツの一種だ。そこには当然観客もつくし、金もつく」
乱闘とは、第一次侵攻後に日本で発生した無差別総合集団格闘技だ。制限時間なし、ルール無用、八百長ありという、本当に何でもありの競技で、嘗てのプロレスと同じ扱いを受けている。
この競技の最大の特徴は、リングも何も無い、なんの変哲もない場所でいきなり始まる事で、仲の悪いグループ同士がかち合えばいきなり始まるというのも乱闘の醍醐味の一つだ。
いまも最初に手を出したグループのほうが相手を打ち倒し、勝利の名乗りを上げていた。
「ですが、これは……」
「まぁね」
この世界では、人の命の価値は安い。少なくとも、一世紀前とは比べ物にならないほどには。今のご時世だと、人身売買だって別に珍しい事ではない。
打ち倒された男たちは夥しい血糊をぶち撒け、肉片が幾つか浮かんでいる中で倒れていた。恐らく一人か二人は出血多量で死んでいるだろう。
「取り敢えず、離れようか」
「そうですね……すみません。自分から見てみたいなどと言っておいて」
「いや、別に悪い事じゃないから心配しなくていいよ」
優しく笑いかけると、マリアは顔を明るくして微笑んだ。
僕達は乱闘の場所から離れて暫くした所にあった喫茶店で一息ついていた。マリアはコーヒーを一口飲み、一拍置いてから話し始める。
「そう言えば、士さんは傭兵をやっていたのですよね?」
こんな往来のど真ん中で“人殺し”は不味いと思ったのか、ぼかして聞いてくるマリア。
「そうだね。もう6年になるかな……」
「士さん、その6年前とは、何があったのですか?」
別に隠すようなことでもないし、話してもいいだろう。
「親が死んだのさ。いや、殺されたと言った方が正しいかもね」
「…………」
目を伏せるマリア。そこまでおかしな事を言ったつもりは無いのに。
「死んだ。胸を撃たれて、首を斬られて、腹を割かれて、完膚なきまでに殺された」
「……ください」
「そこからかな、僕の価値観が狂ったのは。一万人?百万人?数え切れない位殺し続けてきた」
「……やめてください」
「自分が生きる為に何をしても良いなんて、甘ったれたことは言うつもりも無いけど、現に僕は立派な人殺しだ」
「やめてください!!」
ダンッ!
マリアがテーブルに手を叩きつける音で我に返った。
あぁ、しまった、相変わらず自分の心が制御できてないな。
「まぁ、色々あったのさ。色々ね」
「士さん……」
「ごめんね、気分を悪くしてしまったみたいだ。今日はこれでお開きにしよう」
そう言って僕は立ち上がり、電子マネーで勘定を済ませてから立ち去った。
(……あれは、一体)
私は、士さんの立ち去った店内の中で一人呆然としていました。
士さんが自分語りをいきなり始めたことにも、その内容にも驚きましたが、何より驚いたのはその表情でした。
暗くて黒い、すべての絶望を湛えた様な虚無の瞳。今にも泣き出してしまいそうな顔は、私の脳裏に深く、深く焼き付けられました。
私は、心の何処かで、士さんを英雄視している節がありました。確かに士さんは普段の行動を見てみると、飄々としてしっかりと芯があるように思えますが、私が先程の士さんから感じた印象は真逆。脆くて今にも折れてしまいそうな細い硝子細工の様な感じがしました。
私の胸に広がるこの疼きを、人は恋というのでしょう。
あの時私を救ってくれた王子様が、ここまで不思議な人だったとは、本当に飽きさせません。
……今はこの答えは保留にするとして、士さんを追いかけませんとね。
喫茶店の勘定を済ませてくださった士さんに感謝して、ごくごく微弱な探知の魔術を起動した私は、急いで士さんの元へ向かいました。
(……来たね)
存在探知でマリアの反応を捉えた僕は、ここから気分を持ち直せそうなスポットを幾つか考え、一つに絞ってから移動を開始した。
……マリアには悪いけど、マラソンランナーになってもらおう。
マリアとの距離が300mを切ったところでマリアの速度に合わせて逃げる。この距離なら存在探知に頼らず自身の五感でマリアの位置を知ることができる。存在探知も万能ではなく、霊力をもった生物にしか作用しないのが難点だ。
ーーーーかつては治安の代名詞だった東京も今はそこそこ安全な都市でしかない。いつ暴漢に襲われるとも限らないのだ。
しかしそんな事は杞憂だったようだ。僕は高台の前で足を止める。数分後に追いついてきたマリアに、僕は満面の笑みと共にその景色を見せびらかした。
「どうだい、この景色は」
「……えぇ。とても綺麗です」
マリアも笑って答える。
東京行政区をまるっと一望できる高台ーーーー第一次侵攻で死亡した国民三万五千人の慰霊地として建設された“希望野原国立公園”そこに存在する慰霊塔の真向かいの高台が、このマラソンの目的地だ。
ここは太陽が沈むときに高台と慰霊塔が一直線に並ぶ為、デートスポットとして屈指の人気を誇る……と何処かの資料で読んだ気がする。
だが、こうして実際に来てみるとその壮大さに感服せざるを禁じ得ない。
東京行政区のビル群や皇居が夕日に照らされてキラキラと黄金色に光輝いている様は、程度の差こそあれ誰もが感銘を受けるだろう。
「いいですね……心が洗われる感じがします」
ビル群からの照り返しを受けて銀髪が金色に染まっているように見えるマリア。目を閉じて光を一身に受けようとするその様は、神話の女神に引けを取らない程に美しく見えた。
「そうだね、気持ちがいい」
僕も背筋を伸ばして夕焼けの温かい空気を胸一杯に吸い込み、霊力を体に循環させる。
霊力とは、所持者の意志を通して現象にも、物質にも、概念にも変わるエネルギー体だ。
しかし、霊力が一定量を下回ると気絶し、使い切ると死亡するという問題も抱えている。これが霊力の正体の特定を妨げている問題だ。
話を戻すと、霊力は体を循環させればさせるほどより純粋になっていく傾向がある。量は減るが、質は上がると言うものだ。
ギアのスラスターはこれを逆利用している。霊力が持つエネルギーを減らすために大量の不純物を投入して機械が使えるエネルギーに薄めているのだ。
まぁ、それはいいとして。
心の奥から力を引き出す感覚。そうすると自然に力が満ち溢れてくる。それを手へ、足へ、頭へ、体全体へ行き渡らせ戻していく。
隣を見るとマリアも霊力を循環させていた。マリアの銀色の霊力光が太極図の様に対流していくのが見える。
僕は深呼吸を続けながら体に霊力を回し続ける。
ゆっくりと、しかし確実に。
十全に廻した所で循環を止める。だいたい十分くらい経った頃かな?マリアも循環を止めてこちらを見ていた。
「……士さん」
マリアが呼びかけてくる。どうしたのかと振り向くとこちらを真剣な目で見ていた。
「どうしたの?マリア」
「もうやめてください、あんな事。あんな事を続けていたら、士さんはいつか、壊れてしまいます」
そう懇願してくるマリアの目には涙が浮かんでいた。
……まいったなぁ。泣かせるような事をした覚えは無いんだけどね。
「まぁ、その……善処するよ」
こう答えるので精一杯だった。
「お願いしますよ?士さん」
ニッコリと笑みを浮かべて話すマリア。
「だから、これはそのお礼です」
そう言ってから僕の頬には少し生暖かくて心地良い感触が当たった。
「また月曜日にお会いしましょう?士さん」
小悪魔のように微笑んでから一礼して小走りに走り去っていくマリアを呆っとして見送っていた僕は、今までで最大級の混乱に襲われていた。
ーーーーえ!?何々何なの今のって?!キス!!?キスだよね?!!何で!?どうして?!
僕がそこから正常な思考に復帰するのには数十分を要してしまった。




