第三話「偶発的遭遇戦」
学校探索も終わり、第一棟、学生寮の二階6087号室だ。
「なぁ士、女風呂覗かねぇ?」
「変態はくたばればいいと思うよ」
「ちょ、お前その手の形はギャアアァァァ!」
集が女風呂を覗こうと言ってきたので容赦なく半殺しの目にあわせておいた。
……アイツは一度発展場に放り込んで掘ってもらったら少しは収まるのだろうか?
簡単に現状のおさらいだ。今僕は寮のベッドで寝ている。時刻は午後11時。もうそろそろ寝ないと明日に障る時間だ。
僕の現状はというと……
僕は、今、集に、がっしりと、抱きつかれている。
「………あぁ、うん」
(……ねぇ何?何が何を何したらそうなるの?馬鹿なの?死ぬの?死にたいの?死にたいのね?)
取り敢えず……
「ゴエフアァァ!!?」
腹を蹴っ飛ばして集を集自身ののベッドに戻した僕は悪くないと思う。
……改めて。僕は不可抗力とはいえマリアの恨みを買ってしまった。嫁入り前の女の子の肌を触ってしまったのは済まないと思っているが、命を以って償えとは些か酷すぎだ。
しかもあの強烈な霊力の輝き……相当の実力者のはず。あの左手に輝く魔竜の契約印は、間違い無くハイエンドギア……ハァ。明日がだるい……。
……その日は珍しく良い夢を見た。数多い裏の汚れ仕事の中で数少ない善行。依頼はとある国の王女の警護。ウマい仕事だと思ったが、最後の最後でホテルから王女様が誘拐された。
仕方無いので誘拐犯を全員始末し薬で眠らされた王女様を背負い元のホテルに王女様を送り届けて依頼は終了となった。……あの銀髪の王女様の名前、なんて言ったかな?
入学式の翌日。今日はギアを選ぶのだとか。それで、僕達はアリーナにいる。
ギア。正式名称、魔術工学兵装具。人類が侵食者から世界を防衛する為に創り上げた魔術師用の兵器の通称。
魔術の詠唱補助や威力の補正、スラスターによる機動力の上昇、知覚魔術やハイパーセンサーによる連携等、その恩恵は多岐に渡る。
魔術学院に入る為には高い機体適正が必要なため、今回選ぶのはギアの種類だ。
ギアは千差万別と言っていい程に装備や形状のレパートリーがあるが、大元の機体は二種類しか無い。即ち、陸戦用のランデアと空戦用のウインダムだ。
また、ギアを装着する為の服として、操縦者とギアとの通信タイムラグを軽減する為の接続具を装着した接続服も使われる。女子用はスクール水着型で男子はウエットスーツ型だ。
接続服は、高機動時の慣性とGに対抗する為の中和魔術を常時発動しているので、凄腕の魔術師となるとアサルトライフルの弾丸をも受け止める事が出来る。
ギアの種類には、先程紹介した「ランデア」と「ウインダム」、それとエースパイロット用にチューンされた「ハイエンドギア」の他に、ロストギアと言う物が存在する。
ロストギアは今のギアの元祖と言って良い物だ。大昔にあったらしい侵食者の侵攻に対抗する為に作られた一点物で、まさしく一騎当千の性能を持っている。
その謳い文句は、現代のギアは全てロストギアを元に作られている事からも、自ずと分かるだろう。
ただ、ロストギアは機体自らが所有者を選ぶ。また、ロストギアの使い手はドライバーと呼ばれる。今のロストギアのドライバーは確か2人いる筈だ。
ドライバーはとても貴重なため一年生の最初に起動検査が行われる。今もロストギアに触れて何も起きなかった人が肩を落として離れていった。次が僕の番だ。名前はロストギア“アロンダイト”。まぁ何も起きないだろうけど触れてみる。
……………………すると、
魂が、震える。
遠いイメージ、世界を見下ろす場所で二人佇む男女。
その下が燃えている。
少女は剣を取り、少年は肩を竦める。
その瞬間、
カァァァッ!
イメージが途切れ、戸惑う僕の腕、脚、背中に装甲が出現し、右手にギアと契約した事を示す契約印が浮き出た。
(……もしかして起動、している?いや、それよりも、アレは……)
「ま、まさか……ロストギアが……起動、している?」
「「「「「「……ウワァァァァ!!!!」」」」」」
先生の言葉に一泊遅れて放たれた歓声がアリーナを揺らした……揺らした?音響兵器か何かかな。凄まじい音だ。
『初めまして、ドライバー。私はアロンダイトの機体管制用擬似人格AI。個体名称はラピアです』
(……何だ?声?)
って言うか「アロンダイト」って……
(ロストギアは機体が所有者を選ぶとは聞いていたけど、君が選んでたって事?)
『はい。貴方は私を扱うに相応しい、そう感じました』
(ありがとう。ラピア)
『お気になさらず』
……で、
「あら、ロストギアに選ばれたのですか?そうですかそうですか……」
(怖っ!)
目が座ってて黒いナニカを体から立ち昇らせていて、とにかく怖い。
「えっと、いや、あの、何かわかんないけど……ごめん?」
「……ッ!貴方は……」
マリアがその拳を震わせ、掌をゆっくりと開く。
開いた掌は、僕を指差す形に変えられていた。
「私、クラノディア皇国第一皇女マリア・イレイナ・フェイリスは、貴方、一条士に決闘を申請します」
皆がざわっとなる。決闘って、確か……
『学園校則6条
我が学園の生徒は自由に決闘を申請する権利を持つ。決闘とは、双方の合意の下で行われる私闘である。本校の生徒は不満、意見等を決闘に訴える事ができる』
……と言う事の筈だ。要は決闘で合法的に始末しようという訳らしい。て言うかマリアは皇女様だったんだね。
(僕の職業上出来るだけ波風は立てたくないけど……)
『回避は難しいでしょう。理由はわかりませんが、彼女は貴方に対して相当な敵意を持っていますね』
(うん、それは僕の自業自得だ)
「分かった。決闘を受諾するよ。場所と時間は?」
「今、此処で……と言いたい所ですが、貴方はまだギアを手にしたばかり。30分程慣れる時間を与えましょう」
(30分かぁ……)
キツイが、音を上げてもいられない。幸い簡単な操縦方法はラピアから送られて(叩き込まれて)きたから何とかなる筈だ。
(どれだけ操縦をモノにできるか……)
『安心して下さい。貴方の才能は私が保証します』
ラピアから嬉しい事を言われた。
(取り敢えず、やるだけやって見るよ)
「ぐふふ……皆さん士に賭けますか〜?それともマリアちゃんに賭けますか〜?……あれ、どうしたの士?行き成りシャドーボクシングなんか始めちゃってギャァァァ!!!」
集が親友を使って賭けを始めたので鳩尾にパンチを打ち込んでやった。他人の勝負で賭けなんざするもんじゃない。そこそこ本気で殺ったので暫くは目を覚まさないだろう。
……でも、集は見事クラスに溶け込んでいる。その事は親友として素直に嬉しいと感じた。
二十分ほど経ち、今はアロンダイトの特殊兵装の試験をしている。名前は“オーバーロード”。霊力を各機構に集中させて桁外れのスペックを叩き出すシステムだとか。因みに他のギアでこれをやったらギアが自壊する。霊力を暴走寸前まで溜め込んで放出するかららしい。
敵であるマリアのギアはハイエンドギア「ファフニール」。ウイングスラスターと各所に備えられたクリアーパーツが特徴のギアで、ウェポンは左がシールドと小型ブレードで右が滑腔砲だ。
(アウトレンジから撃ってくるスタイルかな?)
ピットで待機しているマリアを横目に、爆風と言っても差し支えない炎を吐き出すアロンダイトを宥めすかす。
(どうなってんだろ?機体の速度が早すぎる……これに慣れるまでは2週間掛かりそうだ……)
オーバーロードを使わないか、または一回、ほんの一瞬だけ使うことを決めた時、アナウンスが鳴り響いた。
『これより1-1マリア・イレイナ・フェイリス対1-1一条士の決闘を行います。部外者は直ちにアリーナより退避してください』
合成音声が試合開始を告げる。決闘の決着はどちらかの意識消失、またはギブアップによって判定される。競技状態のギアには、装着者が受けた肉体ダメージを精神ダメージに変換させるシステムが入っているからだ。
よって決闘の決着は大抵……と言うかほとんど全てが相手を気絶させることでつけられる。そしてマリアは気絶しなければ決闘の決着がつかないルールを逆手に取って決着が付かない程度にいたぶる気満々だろう。
(……ハァ、嘆かわしい。可愛い女の子なのになぁ)
僕とマリアはアリーナの中央の地面から10m上で20m位の距離を保って向かい合っている。マリアは滑腔砲を構え臨戦態勢なのに対して、僕は両手をダランと垂らしている。
……何故かって?初動の動きは速いほどいいけど、力み過ぎると却って動きを固くしてしまう。
僕が裏の経験で学んだ教訓の一つであり、だから僕は基本自然体だ。力を入れ過ぎても、何も良い事は無い。
『試合、開始!』
言葉と共にブザーが鳴った。同時にマリアが滑腔砲を僕に照準。発砲。でもその動きは予測できる。横に回避軌道。砲弾を躱す……?!
『ドライバー!後ろです!』
「うわっと!?」
(砲弾が方向転換して戻ってくる!?)
僕が体を回して回避すると、砲弾は今度こそ消滅した。
『ドライバー……気をつけて下さいね?』
(ぐ……分ったよ、ラピア)
意識を切り替える。
あんな変態軌道を描く弾丸なんてついぞ見た事がない。
(戦闘初心者だと思ってると、こっちが負ける……!)
「危ないなぁ。あの技は何て言うの?」
「誘われし魔弾。私の得意な魔術です。さあ、墜ちなさい!」
その言葉が終わると同時に始まる魔弾の連射、連射、連射。
「ちっ……軌道が複雑過ぎるよ!こっちはギアを使っての戦闘なんてやった事ないんだけど!?」
僕はスラスター系に霊力を回し、ギアに常時展開させている探知・観測魔術とハイパーセンサーを併用して魔弾を捌く。
四方八方から殺到するエネルギー弾に当たりこそしないものの、肩装甲や膝装甲を掠める弾は、明らかに多い。
「くっそぉ……このままだとジリ貧だな……」
『相当、場数を踏んでいるのでしょうね。高速で運動する弾による包囲網……その構築には多大な負担が伴います』
(知ってる。僕でも一朝一夕でアレをやれる自信はない……半年くらいかな?)
『それも十分に鬼才と呼べるのですが……にしては、段々と被弾が少なくなっていますね』
ラピアの言葉通り、先程と比べて装甲を掠める弾は少なくなっている。
(流石に何回も喰らえば、大体の弾道くらい予測できる。あとは……目を見れば撃つタイミングはわかるよ)
『なるほど……』
全身で「撃ちますよ!」と言っているような物だ。この精度を持つレベルのスナイパーはそんなヘマはしない。マリアの最初の猛射に僕がついて行けたのは、マリアの目を見ることで彼女の撃つタイミングが分かっていたのが大きい。
(そうで無ければ、僕は始まってから20秒位で全身穴だらけになった感覚を味合わされてた筈さ)
「くっ……何故墜ちないのです!?」
「生憎、ミエミエな攻撃に引っ掛かるほど軟じゃないからね!」
「ッ……馬鹿にして!」
マリアの攻撃が密度を増す。一旦は殆どを避けられていたが、少しずつ回避するスペースを削られていっているのだ。
(くっ……流石にこれを捌き切るのはしんどい……)
『畳み掛けますか?』
「Of Course!」
僕は霊力を身体の奥底から汲み出し、戦闘系に回して攻勢に出る。
「シィッ!」
「きゃあっ!?」
前方へ一気に加速し、ギアウェポンの大型ブレードで攻撃するが、ファフニールの小型ブレードで防がれる。
(チッ……中途半端だけど、巧い!)
これもギアの恩恵で、ギアは所有者の思考を読み取りサポートするシステムがある。これによりマリアは僕の一撃をギリギリ受け流しているのだ。マリアはそのまま砲弾を接射するが僕は体を捻って避ける。念のため後ろに気を配るが弾は戻って来ない。何故だろう?
『あの魔弾はどうやら一度しか方向転換できない様ですね』
なるほど。マリアは自爆したく無いから弾を曲げなかったのか。ならこのまま接近し続ければ行けるかな。
「早く堕ちなさい!」
「生憎と、そうは行かないんだよねッ!」
魔弾をギアウェポンで逸しながら更に距離を詰めようとするが、バックブーストを繰り返されては流石に追いつけ無い。
「近づくな、変態!」
「変態って……」
「嫁入り前の乙女の肌を触っておいて、どの口が!」
マリアの猛攻が更にその激しさを増す。……ラピア。取り敢えず今使える魔術は何?
『リコレクション・ロード(記録検索)。……今使えるのは基礎魔術だけです』
基礎魔術とは、ノーマル、ハイエンド、ロストギア問わず全てのギアに格納されている初期魔術で、光弾を放つ魔術とエネルギーバリアを発生させる魔術の二つだ。おまけに僕が魔術を全く知らないお陰で、起動操作は全てラピアにやって貰わなければだから、如何せん発動が遅い。発動の予備動作を読まれてジ・エンドな為これは除外。
後はギアウェポン。ロストギアのギアウェポンは近接形態と射撃形態がある。またハイエンドギアのギアウェポンは特殊武装を搭載している事が多い。ファフニールの滑腔砲もその一つだ。
僕のギアウェポンは近接形態が大型ブレード、射撃形態が弓だ。それとオーバーロード時の能力を鑑みるに、
『私とファフニールの相性は最悪ですね』
アロンダイトは近中距離形でファフニールは遠中距離形。得意とする距離が真逆だ。追加する魔術は射撃、砲撃系がいいだろう。だが、この際四の五の言ってられない。……ラピア、今の敵の状態は?
『敵ギア、ファフニールを解析…完了。諸元を視覚投影します』
ファフニールの様々な情報が視覚に表示される。……よし、これな、ら!?
ドグンッ!!
内から湧き上がってくる衝動に意識を持って行かれそうになる。(……これは!まさか!?)
〈よう、士。面白そうじゃねぇか〉
(零?!まずいっ!)
その瞬間、僕は意識を持って行かれた。
全く。士め……40分位目を覚まさなかったじゃ無いか。いや、もしかしたら俺の寝姿に惚れた女子だったいるかも!……な訳無いか。こういうのは士の方がモテるんだよな。
俺の視界の中では士が大苦戦していた。対人戦で士に勝てる人間はそうはいないが、初見。さらに勝手も知らない、基礎魔術も満足に使えない魔術戦。
どう見たって対戦相手のマリアちゃんが有利だ。
……けど、士の目はまだ諦めてない。これは期待していいだろう。
「……ん?」
士が苦しみだした?と思ったら髪が黒色に染まる。
……あれは!
「不味い…ッ!」
思わず声を出していた。あいつは……あいつだけは、絶対に世に出しちゃ不味い。
第零の禁呪、『万理消失』の使い手。虚無の具現。人類に絶望を齎すもの。
「一条零!!」
……やぁやぁ、オレは一条零。士の相棒だ。まぁ少なくともオレ個人はそう思っているんだが。
オレは一年前のある出来事で士に封じられたんだが、消えるのはまっぴら御免なんでな。力が貯まるまで静かにしてたって訳よ。
……さて、オレの前には機械人形っぽいのを纏ってるお嬢様が一人いる。どうしてやろうか。
まずは接近して剣を振るとお嬢様は面白い位に慌てて躱した。
「オイオイ、まだ小手調べだぜ!?」
「くっ、貴方、いきなり動きが速く!?一体何者なんですか?!」
「酷いなぁお嬢様?オレは至って普通の一般人だぜ!」
「一般人でこんな動きができますか!」
そのまま零距離で高速機動戦を展開。お嬢様はあちらこちらに砲弾を撃ってくるがオレは避けて追い詰める。ラピアだったかには強制的に眠ってもらってるのでこれはオレの感想なんだが、ファフニールは機動戦が苦手らしい。お嬢様は焦れたと見えて零距離で砲弾を撃ってくるが、そりゃ悪手だ。
着弾箇所にピンポイントでシールドを張る。中からでも士とラピアのやり取りは聞こえたのでオレはコイツが使える魔術を知っている。……とまぁそんな事はどうだって良い。過度な圧力を受けた砲弾ってのは大概……
ドガァァン!!
「キャアァッ!!?」
爆発する。シールドを張っていたオレは無傷だが逆にシールドで弾かれた爆風の衝撃をもろに受けたお嬢様はそうも行かねえ。面白い位吹っ飛んでいく。
「くっ、これでは……!」
なんだ?まだ奥の手があったのか?けど、
「もう遅ぇっ!」
「キャァッ!!」
霊力で構成された弾丸を切り裂き、一気に加速する。
「私は……こんな事でっ!!」
「あんたの敗因は一つだぜお嬢様?相手を舐め腐ってる時点で、それは負けと一緒だ!」
すれ違いの一閃でお嬢様を叩き落とし、落下したお嬢様に刃を突き立てる。
『試合終了。勝者、一条士』
……あぁ、これは気分が悪い。取り敢えず体の制御権を取り戻そうと躍起になっている士に制御権を返してやる。
「……さて、どうなるかねぇ?」
俺は沈みゆく意識の中でそう考えた。
ーーーー願わくば、今度は無事に終わってほしい物だ。




