第二話 「剣ヶ丘学園」
SHRが終わり、生徒たちが次々と帰っていく中で、僕は集に話しかけられた。
「士、一緒に校内を見て回ろうぜ」
「良いよ。地形把握は最優先だ」
実際、建造物の位置を把握することは重要だ。死角等も生まれるので戦場ではまず地形を把握する事が真っ先に行われる。
現状、僕という存在を狙って手出ししてくる敵は少なからず居り、そのどれもが国家組織だ。KBG 、CIA 、NSA、SIS、BND、NIS etc…他にもマフィア、ヤクザ、ギャング、テロ組織、秘密結社等々。それらが手を出して来ないのは政治的要因もあるが、最大の理由はここが魔術学院である事だ。
魔術学院とはある種の治外法権的な空間で、その取り扱いは世界魔術総合運用協定と言う国際的な条約によって決められている。魔術学院を一国に占有させてしまうと、世界の軍事パワーバランスが崩壊し兼ねないのだ。
なので、世界に六校存在する魔術学院は、その国にあってもその国の物では無いと言うややこしい状況になっていて、相互平和条約が締結された今もギアや新魔術、対侵食者用物理兵器などの開発で各国は競争状態にあり、魔術学院の建設地には魔術兵器開発が最も進んでいる国が選ばれている。
六つの学園の内約は以下の通り。
『第一魔術学院……剣ヶ丘学園(日本)
第二魔術学院……ストリール学院 (イギリス)
第三魔術学院……リンドレア学園 (アメリカ)
第四魔術学院……フレアル学園 (フランス)
第五魔術学院……スリェール学院 (ロシア)
第六魔術学院……ブライツェン学院 (クラノディア)』
この六つの学院は競合関係にあり、一年に一回の『蒼碧祭』にて一年で最も強い学院を決めるのだ。
閑話休題。
「それじゃあ行こうか、集」
「おう。行こうぜ」
それから二人で案内板を見て実際と歩き比べ、情報を頭に叩き込んだ。今は校舎の噴水の側のベンチに座りながら小声で緊急時の行動を集と打ち合わせしている。
「寮で緊急事態が起こったら部屋から飛び降りてA11通路を通って第二棟正面玄関裏の外壁に集合だ」
「トラップとかはどうするの?」
「その場で解体だな」
「基本は自由行動で良いんだよね?」
「授業中は各自の判断が優先されるが、基本的にはまず第三棟の学園メインコントロールルームに移動、依頼主から指示を仰いで各場所で戦闘だ」
曲がりなりにも僕達は学園に雇われている身だ。勝手な行動は自身に帰ってくる。
「連携は?」
「超小型トランシーバーだ。これを使う」
集は黒色のネクタイピンとイヤホンが合体した様な物を見せてきた。
「分かった。これで大体かな?」
「あぁ、これ以上は依頼主と打ち合わせだな」
粗方話が片付いた為、互いに一息をつく。携帯端末を取り出して見ると、そろそろ夕食時の時間だった。
「集、もうこんな時間だし、夕飯を食べに行こう」
「OK。食堂は第一棟一階C区画だな。此処はD14ブロックだから……10分ぐらいか」
そのまま二人で歩いて食堂に移動し、ショーケースに入ったメニューのサンプルを覗き込む。
「おお、凄えな。パエリア、エスカルゴ、ひつまぶし、火鍋……まだまだあるぞ!」
「本当だね。……あ、僕の好きなカルボナーラがある」
「……本ッ当にカルボナーラ好きだよなぁ、お前って」
「心外な。あの生クリームとチーズが織りなす味の繊細さを理解できないなんて、嘆かわしいね」
「はいはい、わかりましたよ。……取り敢えず頼もうぜ。券売機で買う食券式みたいだな。俺は……よし、これに決めた!」
集が選んだのはシンプルな鮭定食。僕は……
「やっぱり、これだよね」
往年の名食、カルボナーラ。代金は幾らだろうか?
「……安いね。740円か」
「俺の定食は……690円だな」
見た目……食品サンプルの物だが……を見る限り相当なボリュームがあるので800円は行くと思っていたのだが……思わず集と顔を見合わせる。
「まぁ……兎に角、買おうか」
「そうだな」
代金を入れパネルをタッチすると食券が出て来る。それをカウンターの人に渡し引換券を貰って適当な席に着く。改めて食堂を見回してみるが、相当に広い。500人は入るのではないかという程だ。尤も剣ヶ丘学園の定員は各学年180人の為全員が入り切ると言う訳では無いのだが。
暫くすると僕達の食券の番号が呼ばれる。ジャンケンをして負けた集に僕の分の食べ物も取りに行って貰い、戻ってきた集と二人で食べ始める。
「「いただきます」」
僕と集は互いに食事中はあまり話さない為無言で食べ続けるが……
「集、気付いてる?」
「あぁ。……見られてるな。マリアちゃんか?」
じっと見詰めている視線を感じる為、顔を近づけて会話する。夕飯時で食堂内の生徒の数も相当に増えている中で、此方にだけ突き刺す様な視線を送ってくる人が居る。僕達は目立つ様な事はした覚えは無いので十中八九マリアだろう。
「どうする?」
「特に何も行動を起こさないなら、放って置いて良いだろう」
その言葉の裏に込めた意味合いも加味して、僕は頷いた。近づく火の粉は振り払う必要がある。それは何処でも同じだ。
大体十分位で食べ終わり、食器を食器棚に返して食堂を出て、集に一言言って置いてから校舎脇をぶらぶら歩く。
(……取り敢えず、魔術についてのお浚いをしておこう)
そう誰に向けたかも分からない言葉を振り払い、思考を開始する。
凡そ二十年前の事だ。僕達が扱い、現代の生活の根幹に組み込まれている特異技術ーーーー魔術が発見された。
正式には“世界振動魔訶的特異現象発生技術”と言う。
物理法則の範囲内ならば如何なる現象でも引き起こす事ができるその技術は、“使えない人”と“使える人”との差を決定的にした。
幸いと言うか不幸と言うか、当時魔術が使える人間は全人口の100分の一にも満たなかった為、表立って取り沙汰されることは無かったものの、国の秘密研究機関ではひどい扱いをーーーー時には拷問の様な事をーーーー受けたらしい。
現代になっても国は拷問の事実を否定しているが、当時の生き証人が居て、証拠も多数上がっている以上事実としか言い様が無い。その時はまるでモルモットの様な扱いを受けていて、現在の様な生活など考えるべくも無かったらしい。
だが、魔術師が扱う“霊力”と言うモノが、その1年前に世界人口の四分の一を殺戮した“侵食者(Erosioner)”に唯一対抗可能である事がわかると、国は一斉に優秀な魔術師の獲得へと動き出した。
その過程で、只でさえ貴重な魔術師を更に選別する為に作られたのが、ここ。魔導学院である。
魔導学院が設立され、十分実用に足る魔術師が確保された時に起きたのが第二次侵攻だが、十分な数と質を揃えた魔術師達は侵食者の群れを容易く打ち破った。
勿論相当数の犠牲はあったものの、魔術師達は勇敢に戦い続け、戦後の魔術師に対する理解への礎を造った……とされている。
この戦いで一番の効果を挙げたのが魔導工学兵装具、略称ギア。
ろくな戦闘法も確立していなかった当時、この兵器はかなり重宝された。侵食者の最大速度を少し上回ると言うのは、「いつでも逃げられる」という心理上の面で役に立つからだ。
その他にも、この兵器には過剰極まりない攻撃性能が与えられた。その時の時点ではまだ攻撃特化にすれば良いのか防御特化にすれば良いのか実践経験が不足していたため、次善策として攻撃特化が選ばれたのだ。
そして、この兵器の最大の特徴が、『パイロットを使い潰す』と言う事だ。
ギアの主動力は従来の内燃機関では無く、所有者が供給する霊力を使用して駆動する。一度起動したら、装着を解除するか死ぬまで霊力を吸い続ける、文字通りのモンスターマシンだ。
通常使われる霊力は極めて微量なものの、戦闘時になると消費が跳ね上がる。
舐めてはいけない。最初に侵食者との戦闘で死亡した人間の死因は“霊力切れ”なのだ。本当に、糸が切れるように倒れてーーーー亡くなったらしい。この事から、霊力と生命力は同義なのではないかと言う仮説が持ち上がったが、一蹴されている。
現在、霊力とはチャクラ、オーラーーーー所謂気と同じなのではないか、と言うのが定説だ。
……話が逸れてしまった。第二次侵攻の後、魔術師の存在が公式に全世界に公表された。魔術師の存在は世界に大論争を巻き起こしたが、侵食者の討伐に貢献したと言うメリットから一定の人権が認められ、魔術師は表向きは人と変わらず生きていくことが可能になった。
……そう。表向きは。
魔術師の生物としての区分は“特殊指定生命体”。要するに実験動物と猛獣を一緒くたにしたような感じだ。だから魔術師は人間ではない。同じ人間から生まれたものだと言うのに、嫌な話だ。だから、魔術師に対する差別は未だ根強い。
それが表沙汰にならないのは、単に利害が一致しているからだ。
侵食者に殺されれば、どちらも死ぬ。
もしも侵食者が存在しなかったのなら、差別はさらに加速していっただろう。
「……結構遠い所まで来ちゃったなぁ」
時間も遅いし、もう帰ろう。
………………………ふと、夜空を見上げる。
夜空に妖しく輝く白銀の月、その吸い寄せられそうな輝きを一瞥して、僕は踵を返した。




