第五話 『The end of the 120790999'th worlds』
紅のギア……ラピアが言うには「レーヴァテイン」と言うらしいが……に乗った奈々香を見ながら、俺はこれまでに無い程の高速で思考を巡らせていた。
(あれは……本当に奈々香か?)
まず真っ先に抱いたのは、そんな疑問。
確かに俺は奈々香の最後を看取ったが、それで終わりにしたのが不味かったかと今になって思った。
(それとも死霊支配?……いや、それにしては外傷が見当たらない)
奈々香の死因は胸に大穴が空いたことによる失血性ショック。しかし、白い接続服に包まれた奈々香の体には、目立った外傷は見受けられなかった。
(ちゃんと「確認」しなかった俺も悪いんだが)
そんな思考が出て来る俺の頭に軽く引きながらも、FCSを再設定。所属不明ギア「レーヴァテイン」を最優先目標へ……ッ!?
「……フフッ」
「なっ……!?」
瞬間移動かと見紛うほどの速度で出現したレーヴァテインに、数瞬の間反応が遅れる。
……しかし、
「邪魔だッ!」
「っ!?」
長年の殺し合いで染み付いた反射が思考よりも早く動き、左腕の中型ブレードを振るう。
奈々香は驚愕に目を見開いた後、出現した時と同様に一瞬で先程の場所まで戻っていた。
「おぉ、怖い怖い」
戯けたように肩を竦める奈々香を見ながら、油断なく気を張り詰めさせる。
(神霊界の知覚出力を引き上げて。こっちで三次元空間座標を視認する)
『了解しました。神経接続交感率を80%に引き上げ、ハイパーセンサーを精密確認モードに移行します』
ラピアの言葉と共に世界がより高精度に知覚される。
周囲の気流、霊力の分布、敵の位置等がよりダイレクトに処理領域に流れ込んでくるからだ。
『全霊力コンデンサーに限界値までの霊力供給を完了。アロンダイト・エクステンド、これより最大稼働状態に移行します』
流れ込んできた情報による僅かな頭痛を頭を振ってやり過ごしていると、漸く霊力の充填が終わり、アロンダイトの霊力炉と、それに直結するウイングブースターや、アロンダイトの機体各所から光が溢れる。
供給される霊力から機体の基礎駆動で使われる霊力を引いた処理できない霊力を、本来ならオーバーロード時に開放する霊力供給経路を通して放出しているからだ。
「ふぅ……」
大きく息を吸い、思考を切り替える。パイロットの正体は本当に奈々香なのかとか、どうして生き残っていたのかとか、そんな事はどうだっていい。
……彼女は、敵だ。
(確実に……殺し切る)
殺らなければ、殺られるのは此方だ。
なら、殺るしか無い。
「……さぁ、殺ろうか」
「……ふふっ」
彼女は薄く笑うだけ。
しかし、その行動だけで十分だった。
数瞬の後、ゼロコンマ幾つと言う超高速で放たれた剣戟が俺と奈々香の間で火花を散らした。
「チッ……」
「くぅ……」
手に伝わった衝撃に俺は舌打ちを漏らし、奈々香は僅かに顔を顰めた。
通常、ギアの機体はギアに基本術式で搭載された空間制御術式がギアの制動を行うが、空間制御の内容にはギアの衝撃緩和は含まれていない。無論衝撃に関しては十重二十重にもなる対策が施されているが、それらを抜けて体を突き抜けた衝撃には、自身の肉体強度を以て対処するしか無い。
不本意ではあるが人類最強の称号を持つ俺と、過去の事とは言えそれに追随する実力を持っていた奈々香で無ければ、恐らく衝突した瞬間に骨が折れていただろう。
「……ッ!」
『ドライバー!』
奈々香が視線を鋭くした瞬間、手にかかっていた重さが消失し、視界からも、レーダーからもその姿を隠す。
「何処だッ!?」
フォールディング・ブラスターに搭載された対空機銃で弾幕を張ると、線のように弾幕が掻き消えていくのを見て取った。
『ファイア!』
右肩のギアウェポンから放った霊力弾が命中するも、頭が揺れるような不思議な感覚とともに反応ごと消え失せた。
(幻術か擬態物か……ッ!?)
右後ろから急激に膨張する気配を感じ、ブースターを吹かして離脱すると、斬撃と霊力弾のコンビネーションが俺の元いた場所に叩き込まれていた。
「………………………」
あまりにも容赦の無い攻撃に冷や汗を垂らすが、そんな事はお構い無しに奈々香は魔法陣を展開する。
『術式反応逆算……火属性前方広範囲殲滅術式「ムスペルヘイム・ブラスト」です!』
「マジか!?」
観測される霊力反応から半端な魔術では無いと思っていたが、まさか火属性上級の大規模術式が飛び出して来るとは思いもせず、驚きを口に出す。
「……発射」
そうこうしている内に術式が完成し、火を超えて灼熱と化したプラズマの渦が解き放たれる。
「アクアシールド!」
『複製展開!』
俺が放った水属性対抗魔術にラピアが合わせ、数十cmの水の壁が数枚に渡って構築される。
ドジュウゥゥ……
命中したプラズマの渦が煙を吹き上げながら消滅していくのを視界の端に置き、レーヴァテインから放たれた幾つもの霊力弾を右に躱す。
ドガガガガガッッ!!!
遮蔽物の無い空中では躱す事しか出来ない為、海面に着弾した霊力弾が水柱を立てる。
海面を地表面滑走して水柱の間を縫いながらレーヴァテインの索敵を掻い潜り、ほぼレーヴァテインの真下まで来たのを見計らって一気にブースターの出力を全開にする。
『バレットランチャー、レディ!』
バレットランチャーを数個展開しぶつけるが、侵食者並みの硬い霊力障壁によって阻まれた。
(冗談!?)
『ありえません……』
あそこまでの霊力放出量だと、霊力の貯蔵庫である肉体の方が先にぶっ壊れる。
それを行えるからこそ、侵食者は人間を超える超生物なのだ。
『……ッ!来ます!』
ラピアの言葉に思考を引き戻すと、奈々香がギアウェポンの片手剣を振り上げている真っ最中だった。
(シールドを!)
ラピアに指示を出すと同時に「全速後方退避」の指令をアロンダイトに出す。
が、急拵えのシールドで攻撃の全てを受け止める事等出来ず、
『ドライバーッ!?』
シールドを砕いてそのまま振り抜かれたブレードが、左肩の装甲を中程から切断した。
肩に懸架されたままだったギアウェポンが海面に落下していく。
(被害状況は?)
『左肩装甲の三十七%を喪失。電算能力十二%低下。左肩霊力コンデンサーに損傷発生。投棄します』
左肩の装甲がギチギチと音を立てながら無理矢理展開され、丸い物体が弾き出される。
蒼白い霊力光を放ちながら落ちていくコンデンサーは、海面スレスレで爆発を起こした。
その爆発の轟音に目もくれず、俺と奈々香は再び激突する。
ガギンッ!!
……が、後ろで起こった金属音に奈々香は瞠目し、俺は目論見通りに成功した事に内心でほくそ笑んだ。
タネは単純。
先程落下したギアウェポンを加速術式で砲弾宜しくぶつけただけだ。
代わりに、ギアウェポンと肩部装甲を繋ぐコネクタは加速のGで使い物にならなくなっている為、暫くは修理決定だろうが。
「やるね……」
「それはどーも」
奈々香の言葉に素っ気無く返し、レーヴァテインの状態を観察する。
胴体部に目立った跡こそ無い物の、背部の大型ブースターに俺のギアウェポンが突き立っている。
あれ以外に推進期間は見受けられない為、あれが主動力機である事は疑いようがない。
機体内蔵の霊力コンデンサーで活動出来る時間は、持ってあと三分と少し。
「こっちの方がどう見ても優勢だと思うけど、投降はしないの?」
「……まだ、ね」
念の為に投降を呼びかけてみるも、返ってきたのは明確な拒絶。
「……チッ」
殺す気で殺さないようになど無理な注文だが仕方無いこれだと奈々香が死んでしまう……っ!?
「捕まえた」
「があっ!?」
強烈な蹴りに吹き飛ばされながら先程の事を思い返す。
(…何が!?)
『霊力反応は一切観測されてません……ッ!』
一体これはそうだよこれがその報いだ……何だってんだ!?
(精神干渉は機械には通じない、幻術なら俺の思考に干渉されている理由が説明できない。なら次元外からの攻撃?神霊界からの攻撃は理論上不可能……)
思考異常に影響されないように口の中で呟きながら推論を組み立てる。
(神霊界よりも更に上の高次世界からの概念干渉攻撃?なら……)
霊力を使用して強化した仮想精神防壁と空間遮断障壁を多重展開すると、先程まで頭の中に巣食っていた声が遠くなった。
蒼白い霊力の珠に包まれているような感覚の中、俺は一つ息をつき、空間遮断障壁を解除する。
「ッ……!」
途端に押し寄せた声で精神防壁の効果が無い事を見留めた俺は、自分の推測に益々確信を深めた。
(ちょっとやそっとの精神干渉では壊れない程度に強化した防壁を易々と貫通するって言う事は、よほど強力な干渉なのか、はたまた概念干渉なのか……)
いよいよもって対策を立て辛くなってきた。
概念干渉は空間を断絶させる事で意味を成さなくなるが、その反面こちらからの攻撃も向こうに届かなくなる。
(さて、どうするか……)
一番簡単な方法は、奈々香を殺す事。
……とは言え、この方法はできれば取りたくない。
出来れば体が残っている方がサイボーグにするにしても外観が保たれるからな。
次は、ギアを破壊して気絶させる。これが最も穏便な方法だ。ただし、この方法だと『敵に情けを掛けた』としてマスコミから叩かれる為、これも取るのはNG。
……どうする?
「……仕方無い」
一番目の方法を採ろうとした所で、奈々香が唐突に声を上げる。
「あぁ、そうだ」
「……何?」
「殺さずに無力化しようとか考えてるんだろうけどーーーー」
そこで言葉を切り、
「ーーーー甘いよ」
瞬間。
(……んなっ!?)
今までに無い位の……それこそ俺が反応できないレベルの速さで接近した奈々香が、僕に向けてブレードを振り上げていた。
(チッ……)
己の迂闊さを呪い、圧倒的な後悔の感情が頭を埋め尽くす。
(俺は、ここで、死ぬのか……?)
せめてもの抵抗として限界までブースターを吹かすが、ここからだとどう足掻いても間に合わない。
……だが、
「……ッ、え?」
その刃は、届かなかった。
俺とブレードの間にファフニールを滑り込ませたマリアが、その身を以て奈々香の刃を受け止めたのだ。
……袈裟掛けに刃が斬り上げられ、マリアの傷口から血が吹き出す。
真っ赤な花と見紛う程の美しい鮮血が飛び散り、マリアの体が仰向けに倒れ込む。
「士ッ!」
集が割り込んで奈々香の追撃を防ぎ、俺に声を掛けてくる。
その意味を察した(と言うより曲解した)俺は、マリアの下に移動して慣性制御術式の効果範囲を再設定し、ファフニールを効果範囲に収める。
ゆっくりとファフニールを受け止めたのを確認し、手近な無人島の海岸に着陸する。
慎重にファフニールを横たえ、傷口を観察するが、余りの傷の酷さに愕然とする。
(これは……致命傷だ)
自身の勘がそう告げるのにも構わず、自己回復を促進させる術式を起動。
「クッ……」
演算過剰による痛みのフィードバックに耐え、術式を続行する。
「う、うぅ……わ、たしは……」
「……喋るな」
短く言って、演算を続行しようとするが、マリアに右の機械腕を掴まれて気が散り、術式の出力が落ちる。
「……もう、いいのです」
「何言ってるんだ。静かにしてろ」
……気休めだと、分かっていても。
「わた、しの体の……ことは、じぶんが、よく、わかってますから……」
今にも消え入りそうな声で、マリアは言葉を紡ぐ。
「……だとしても、努力ぐらいはさせろ」
……間に合わない。
ここからマリアを助けるのは、どうやっても不可能だ。
マリアも、それを分かっているのだろう。
……でも、
それでも。
自分のわがままだとしても、彼女と長く話したい。
死んでほしくないから……
(……けど、届かなかった)
今になって気づくとは、つくづく自分が愚かなのだと思い知らされる。
ーーーー彼女が、好きだったなんて。
……でも、この気持ちは、そっと奥に閉まっておこう。
こんな所で言ったって、別れが辛くなるだけだ。
「……ねぇ、士さん……」
ーーーー私、貴方の事がーーーー
そこまで言った所で、マリアの腕が落ちる。
自力で目を閉じたのは、彼女の最期の意地か。
「………………………」
何か言おうとしても、言葉が出て来ない。
……認めよう。
油断はあった。
慢心もあった。
マリアが死んだのは、偏に俺の自業自得だ。
俺の口が歪み、笑みを形作る。
「……そうさ」
消えてしまえば良い。失くなってしまえば良い。
こんな世界が、マリアが居ない世界が、
正しい世界だと言うのならば!
「全て諸共に消えてしまえッ!」
……嗚呼、何て独善的。
でも、もう何でも良い。
ようやく、掴めた。
自身の存在、その根幹を糧とし、自身の存在そのものを発動触媒、発動術式、発動器具として用いる、概念魔術を超えた一つの到達点。
「摩訶鉢特摩ーーーーー」
『虚無の氷』が辺り一面を氷漬けにし、俺の体さえも凍らせる。
凍傷の痛みと共に、俺の体がひっくり返るような感覚。
恐らくは、霊力のコントロールを失ってしまっているからだろう。
……しかし、
「ーーーーッえ?」
痛みは……無い。無いのに、ポッカリとした喪失感を胸に感じる。
ガクン、と足が崩れ、糸の切れた操り人形のように倒れ伏す。
(畜生、なん、で……)
世界を、何よりも自分を恨み、呪いながら、僕の意識は際限の無い暗闇へと堕ちて行った。
『施行番号E120790999、ーーーーー失敗。然し、権限譲渡への下限値を突破。対象に形成概念■■■■を付与し、対象を世界基点へと転送します』




