第三話 「開戦の号砲」
『天羅』の展望台は、艦橋のメインカタパルトハッチ上に存在している。一人、紺碧の青空の中に星の散りばめられている空を見上げ、高速で飛行している天羅の進行方向を見る。
「……何なんだか」
重力制御術式を起動し、空に浮かぶ。何の気なしに空を眺めていたら、心が洗われていくような感じがした。
「……こんな所に居たんですね」
振り向くと、マリアがこちらに歩いてきた。既に天井まで達しかけていたので天井を押し、降下しながら重力制御術式を解除する。
「空を眺めるのは嫌いじゃないからね」
「そうなのですか?」
怪訝そうな顔をして聞いてくるマリアの質問を受け流しながら再度浮かぶ。マリアも術式を使って上がって来た。
「浮かんでるだけだが、良い物だろ?」
「そうですね……」
段々と、マリアは右側、俺は左側に移動していく。横の突き当りまで達すると、示し合わせたように壁を蹴って中央まで戻り、中央に戻ってきた所で術式を使用し、空間座標を固定。こちらに来たマリアを受け止める。
「おっと……」
「そんなに重かったのですか?」
微妙に膨れっ面になって問うてくるマリアをいなし、重力制御術式の効果を徐々に弱め、ある程度近付いた所で完全に切って着地する。
「浮遊する感覚と言うのは、慣れない物ですね」
「そうかな?」
自分としては特に普段と変わらないと思うのだが……
「それより、食事の時間ですよ?行きましょう」
「あぁ、もうそんな時間か」
時計を見ると、時間は既に5時半を指していた。30分くらいここで漂っていた様だ。
「えぇ。そんな時間です」
悪戯っ子の様に笑い掛けて来るマリアの口撃を躱す為に、足早に俺は展望台を後にした。
「……さて、これからブリーフィングを始めます」
芹沢さんの声と共に、会議は切り出された。
「作戦開始は〇九四六。その一時間前から順次発進、所定の位置へ着いて下さい」
慎重に聞いている男達は、つい先日まで無垢な少女を蹂躙していた男達とはとても同一には思えない。
……まぁ、そこらへんの切り替えはしっかりと出来ているのだろう。
「なお、先制攻撃として『天空シリーズ』を使用する事が決まりました。「第一〇柱」、「第一柱」にて砲撃を行います」
(……AAAクラスの機密レベルをもつ特務衛星、か)
米連とEUが共同で開発し、世界中を回っている十機一組の対地攻撃衛星。それを投入すると言うのだから、今回の作戦への本気度合いが分かるだろう。
「『天羅』は現在作戦ポイントから295km離れた所にいます。今日はここで停泊し、翌日の〇七四〇(まるななよんまる)より作戦行動を開始します。質問はありませんか?」
作戦室に暫しの沈黙が落ちる。
「……では、これにてブリーフィングを終了します。各員、機体の最終調整に入って下さい」
その言葉と共に男達は三々五々散っていく。
「俺達も行こうぜ」
「あぁ」
「はい」
集の言葉に頷き、作戦室から歩いて10分程度の所にある右舷格納庫に移動する。
アルテミシアは左舷デッキに機体が置いてあるので、俺達とは別行動だ。
「……これは?」
格納庫の中央付近に駐機されているアロンダイト・エクステンド。その前に向かったのは良いが、アロンダイトのド真ん前にコンテナが置かれているのを見て、思わず頬を引き攣らせる。
「コンテナ、ですね……」
「取り敢えず開けよう………………………これか?」
コンテナの外装についていたボタンを押し込むと、コンテナが四方に展開される。
中に入っていたのは、四角に折り畳まれている金属塊だった。
「何だコレ?」
「武装……でしょうか?」
三人で首をひねるが、答えが出てくる筈も無いと思い直し、アロンダイトに搭乗する。
「集、マリアも離れて」
「オーケー」
「分かりました」
二人が後ろに下がったのを確認して、武装を手に取る。
『……?武装からのアクセスを確認。権限を与えますか?』
ラピアの言葉に暫し逡巡するが、一定までの権限を認めてやれば良いと考えた。最悪、ハッキングされても物理的に回路を切断すれば良いのだ。やりようは幾らでもある。
(レベル1までのアクセス権限を承認して)
『了解しました』
ラピアの言葉が終わった途端、ギアと接続されている視界に開かれたウィンドウに膨大な量のプログラムが映される。
「これは……ッ!?」
『プログラムを逆算……完了。この武装の制御プログラムのようです』
一瞬身構えるが、ラピアの言葉に安心し、構えを解く。
(武装の諸元を映せる?)
『現在処理中です……完了しました』
さっきまでプログラムが流れていたウィンドウに武装の解析図が表示され、諸元が投影される。
『フォールディング・ブラスター。正式名称「Mk.ⅩⅩα12.7mmエネルギー機銃+76mm口径高エネルギー多連装徹甲砲搭載型複合兵装ユニット」……ですね』
機関部上に接続された小型ライフルは近接戦闘時の防御を担い、180度回転可能な砲身に搭載された大型コンデンサと大出力ライフル兼ブレードで一撃必殺を狙う殲滅兵装……と言うコンセプトの様だ。
肘部ウェポンコネクタに武装ラッチをアジャストし、手で銃把を保持して砲身を展開する。
ガギン!
肘の更に後に伸ばされた砲身が銃口部のコネクタに噛み合って巨大な砲を形成するが、ウェイトのせいか右腕の挙動が重い。
(ラピア、修正頼める?)
『了解。右腕部の出力分布を再設定……完了。FCSデータの再組み上げを開始。完了まで五秒』
視界に今まで無かった照準データが追加され、補正値が凄まじい勢いで伝達されていく。
『照準修正。大気、コリオリ、地磁気、重力、空間歪み……全不確定要素の修正データ記録完了』
視界右に追加されたディスプレイが、フォールディング・ブラスターの照準システムらしい。
友軍機はロック出来ないようになっている事から、FCSとの連動も行っている様だ。
「……よし。オッケー」
そう言って、アロンダイトとの接続を解除する。体とアロンダイトを繋いでいる装甲が開放され、俺の体が自由に動けるようになる。
「集、手伝えるか?」
「あぁ。グラディウスの調整は終わったからな」
集に問うと色よい返事が帰ってきたので、折角なので手伝って貰う事にする。
「プログラムの微調整を頼む。俺は物理端子の方をやるから」
「オーケー」
アロンダイトとメンテナンスハンガーを接続しているユニットからはケーブルが伸びていて、ハンガーの側のユニットコンピューターと繋がっている。
集はそこに移動し、プログラムの調整を開始する。幾ら精巧とは言え、所詮は機械の仕事。本職の人間とは比べるべくも無い。
その間に、俺は端子の接続作業を開始する。端子に汚れ等はついていないか等を確認し、世界共通規格になっているかどうかを見ていくのだ。
「……終わったぜ。そっちはどうだ?」
「こっちも終わったよ」
殆ど同時に作業を終了した俺と集は、揃って顔を見合わせる。
「そう言えば、マリアは?」
「私は、もう少し掛かりそうです……」
疲労困憊と言った様子で返してくるマリアに、思わず笑ってしまう。
「手伝うよ。一緒にやれば早く終わるだろ?」
「あ、ありがとうございます」
その後五分程でファフニールの調整も終わり、俺達は明日に備えて早めに寝ることになった。
≪……て、……きて≫
「うぅ、ん?」
誰かに呼ばれた気がして、目を覚ます。
……誰か、大切な人の夢を見ていた気がするが、夢の内容は既に記憶に溶けていて思い出せない。
「今、何時だ……?」
寝惚け眼のまま辺りを見回し、ベッドの側においてある時計を見て思わず固まる。
(午前2:00……)
所謂丑三つ時と言うやつだ。呪われているのだろうか?
頭を振って嫌な考えを叩き出し、隣を見る。
そこには、本来居るべきマリアの姿が無かった。
「………………………」
忍び足でベッドから抜け出し、窓際へ向かう。
「……ッ!?」
ベッドの窓側の床には、横になって縮こまっているマリアがいた。
「何やってんだ……」
「あ、いえ、これはですね……」
しどろもどろになりながら弁解してくるマリアを見て、溜息を吐く。
「寝れないんだろ?」
「……はい」
恥ずかしそうに俯くマリアの頭を、優しく撫でる。
「ふぇ!?」
「まぁ、心配するな。初陣なんて大体そんなもんだ」
慰めの言葉を口にしながら、言葉を続ける。
「だから、別に気にする事じゃないんだ。落ち着けばいい」
「……わかりました」
マリアはそう言って、俺から離れる。何か言いたそうにしていたマリアを促すと、覚悟を決めた様な瞳でこんな事を言ってきた。
「不躾ですが、私が寝るまで側に居て頂けませんか?」
「分かった」
そうしてベッドに潜り込んだマリアが眠りに落ちるまで見届けた後、俺もベッドで眠りについた。
そうして、迎えた作戦当日。
(アロンダイト、起動シークエンススタート)
『着用者からの初期霊力供給を確認。起動シークエンスを開始します』
ラピアのその言葉で、アロンダイトの起動シークエンスが開始された。
『霊力炉を始動……完了。出力、安定領域へ推移。OSを戦闘モードで起動。FCSへのコンタクト開始……完了』
アロンダイトから駆動音が放たれ、機体の自己診断プログラムが展開されていく。
『機体兵装群の競技用設定を消去……完了。神経回路接続……完了』
脳裏に膨大な情報量の術式が流れ、アロンダイトに移っていくのを感覚で感じ取る。
『情報諸元の視覚野投影を開始……完了。スラスター部エネルギー転換システムを始動……完了。スラスター、エネルギー供給を開始……完了。レッグアーマー、霊力供給を開始……完了』
視界に銀線が走り、段々と視界が明瞭になっていく。
『機体の自己診断プログラムの正常作動を確認。最終シークエンスへ移行。着用者からの継続霊力供給を確認。ギアウェポンへの霊力供給を開始……完了』
アロンダイトから発される駆動音が更に大きくなり、センサー部分に光が灯る。
『全起動シークエンスの終了を確認。アロンダイト・エクステンド、戦闘モードで起動します』
全ての自己チェックが終了し、アロンダイトが起動した。
(機体システムに異常は?)
『見られません。至って快調です』
何処と無く弾んだ様なマリアの声を聞きながら、管制室にアクセスする。
「こちら、一条士。アロンダイト・エクステンド、全システムオールグリーン」
『えぇ。分かったわ。直ぐにカタパルトに移動してもらう事になるけど、良い?』
「了解です」
メンテナンスドックが後ろに下がり、脚部を固定しているボードが動き始める。
カタパルトの横まで移動すると、隔壁が開かれ、更に進む。
『カタパルト、射出位置までの移動を確認。ハッチ開放』
巨大な金属板が跳ね上がり、隙間から蒼穹を覗かせる。
「天候、障害物、異常なし(クリア・クリア・クリアー)。射出準備完了!」
『最終安全装置解除。以降の出力調整をアロンダイトに移行します』
機体の制御が自身に戻ってきた事を通信で感じ取り、機械腕に軽く手を数度握らせる。
「全シーケンス、オールグリーン!」
『カタパルト出力が既定値を突破しました。射出タイミングを移譲(You have control)。幸運を祈ります』
視界端にカタパルトの出力値と管制データが表示され、射出システムの権限を移譲された事を知らせる。
「射出タイミングの移譲を確認(I have control)。一条士、アロンダイト・エクステンド。発進する!」
リニアカタパルトがアロンダイトを押し出し、船体のハッチを通過した所で離陸速度に到達する。
(ブースター、起動。出力10%)
『メインブースター、出力10%で起動』
アロンダイトのブースターに火を入れ、僅かに加速がかかる。
(最終接続解除!)
足を固定しているボードの爪が外れ、アロンダイトが自由に行動出来るようになる。
『接続解除を確認。ウイングスラスタの出力20%で離陸します』
アロンダイトが空に浮き上がったのを確認した俺は、進路を東北東に向ける。
僅かに遅れて、ファフニールやグラディウス、リンドブルムが発進して来るのが見えた。先に発進していた部隊と合わせ、三十機一組で編隊を作り上げる。
眼下に視界を向けると、他の船からもギアが発進していくのが見て取れた。
数十キロ先には、地面から生えた巨大な岩山。
細い柱が数百メートル伸びた上に、三角形の構造物が乗っかっているという物理学を無視した構造に唖然とするが、心臓を叩き直して飛行を続ける。
『「第十柱」、「第一柱」の執行を確認。総員、半径40キロ以上から退避してください』
通信と共に半径が記されたデータが転送され、効果範囲の200メートル手前で静止したその直後、
ズゴォガァァァァァンン!!!!!!
赤を超えて白い閃光に瞼が焼かれ、猛烈な突風が僕達に襲い掛かる。
「うぉっ!?」
「わぁっ!?」
側にいたマリアを庇う様に防壁の術式を展開すると、マリアも俺に掛かるように防壁を展開していた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、助かったよ」
二人で礼を言い合い、爆心地へと視線を向ける。
そこには、地獄が広がっていた。
頂上が陥没し、傍目には小高い2つの山が出来上がったような構造になっており、構造物の階層同士を支えている柱にも日々が入り、或いは割れていた。一回りくらいサイズダウンしたようにも見える。
(これが、執行衛星……)
十機一組の天空シリーズの中でも、直接攻撃を担う攻撃特化の戦略級衛星。
「神の杖」などと呼ばれていた超高速運動体射出砲である第十柱。
俗に「荷電粒子砲」とも呼ばれる粒子無段階加速射出システムを擁する第一柱。
得意分野の差こそあれ、国を一瞬で傾かせる事ができるレベルの物だ。
「『これは革新等では無く、人類が生み出してしまった滅びの叡智の極みである』……か」
数十年程前に行われた反政府集会の一つで、リチャード・ジョンソンと言う「人間学者」が口にした一言である。
彼は人間の発展思想と科学技術を結びつけ、異常な科学技術の発展を警告した人間の一人だ。
初めて聞いた時には「そんな物か」程度だったのだが、今この光景を目にしていると、人間の行き着く先が自ずとわかったような気がした。
「?……士さん、あれを!」
マリアの言葉に意識を向けると、今まさに撃ち抜かれた要塞の上空100メートル程に、巨大なエネルギー塊が収束していた。
起点となる魔法陣と、エネルギーを拘束する補助円環は俺達の方に向いている。
『射線計算……艦隊中央、直撃コースです!』
(全艦、回避行動を!!)
天羅に向けて通信を送ったその直後、光の奔流が俺達の横を通り過ぎていった。




