第二話 「人工生命体と人権」
「……さて」
「ひゃ、ひゃい!?」
マリアの呂律が回っていない。相当に動揺しているようだ。
「取り敢えず荷物を……」
そう言いかけた口が止まる。何故なら、
「転移術式か……?」
唐突に地面に魔法陣が出現し、俺達の荷物がスーツケースに入って転送されてきたからだ。
「私の荷物……」
「取り敢えず荷物を開けないと……マリアが先でいいよ」
年頃の女の子だ。人に見られたくない物もあるだろう。
「あっ……お気遣い、有難う御座います」
「気にしなくていいさ」
マリアに笑いかけ、備え付けのテーブルの上に置かれていたカードキーを一枚抜き取って外に出る。ドアのオートロックが作動したのを確認してから宛も無くブラブラと歩き出した。
無人の通路に俺の靴音が酷く響く。
巡航に入っているからなのか、駆動音は一切聞こえない。
(……存在探知)
本当に居ないのか調べる為に存在探知で調べると、ここから百メートル程先に、密集した霊力の反応が感じ取れた。
「人が多いな……」
呟き、足を向ける。近付くにつれ、声が聞こえ、次第に喧騒が大きくなっていく。壁一枚隔てた所まで辿り着いた俺は、物音を立てないように注意してドアを開けた。
『さぁさぁ、持ってけ持ってけ!大サービスだ!』
「ゲヘヘ、全員上玉だぁ!」
「良く泣き叫ぶ奴はどれだぁ!?」
「みんな良い娘だ。しっかりと調教してやる」
「……?」
ドアを開きかけた所で、思わず手を止める。
……中を覗き込んでみると、所謂、奴隷の即売会と言うやつだろうか。幾人もの少女に屈強な男性が群がるのは、何処と無く滑稽に見えた。
それが軍艦の内部で行われているのも異様だが、更に驚いたのは、奴隷となっている少女の顔が全て同じだと言う事だ。
「お、あんちゃんは初参加か?」
「……ここでは何を?」
ガタイのいい男性に話しかけられ、質問をすると、想像以上に斜め上な答えが帰ってきた。
「ここは人工生命体売り場だ。この戦艦は動力に霊力を使ってんだが、如何せん必要な霊力が多すぎて一人の人間では賄い切れない。そこで、遺伝子操作をする事で霊力を豊富に持った魔術師を作り出して電池役にしたのさ」
「……酷い話だ」
「そこは本音と建前って奴だな。人類平和に必要だから犠牲を強制している」
思っていたよりも根が深い話のようだ。
「で、何で売られてるんだ?」
「あいつらは基本的に『使い捨て』だ。余命が六ヶ月を切ると著しく霊力発生効率が落ちる。そうなっても並の魔術師の数倍はあるから、使い捨ての副武器として結構重宝されていたりする。それを管理するのがここだな」
「ふぅん」
「ま、全員魔術師として設計されているが、『夜』の事も考えられている分美人揃いだ。あんちゃんも一人か二人持って行って可愛がればどうだ?」
奴隷の少女を見てみると、成程有機的ではないが人形的な美しさを持っている。その道の人にとってはとても有用だろう。
存在探知を使い、霊力の放出量を確認して、適当な少女の前に立つ。
「君、俺と一緒に来る気は無いか?」
「……貴方は?」
感情が極限まで削ぎ落とされた人形の声。絶望、悲哀、無力感、そんな感情に思考まで支配されている感じだ。
「俺は一条士。君は俺と来るかい?」
再度、質問する。
「……私に拒否権はありません。どうぞ、この身を心行くまでお楽しみ下さい」
深く腰を折り、頭を下げる少女を見ながら、マリアにどうやって言い訳するかを必死に考えていた。
「……で、どういう事ですか?」
「い、いや……」
で、絶賛マリアに詰め寄られている最中の俺。少女は困惑しているのか助けに入ってこない。
「奴隷として売られた少女を助ける……それはとてもご立派な事です。ですが!何故そんな服装を許したのですか!?」
言われて見れば、少女は裸身に薄布一枚と言う、非常に寒そうな服装だ。
裏に浸かっていると、これよりも酷い服装など五万と見た事があるので、何時の間にか慣れてしまったようだ。
「いえ、これは早めに事に及べる様にという創造主からの配慮です」
「あぁ、もう!取り敢えず、服を着て下さい!」
そんな言葉にも馬鹿正直に答える少女に痺れを切らしたのだろう。マリアが一喝すると、少女はこわごわと俺のブレザーを手に取って羽織った。
「まず、俺達は君に何もしない。それはOK?」
「分かりました。が、理由が不可解です。薬でも盛るのですか?」
「盛らねぇよ……」
思ったより思考が下向きだ。思わず額を手で抑える。
「では、何故?私は使い捨て打ち捨てられるだけの存在です。『夜』のお供か肉壁位にしか使い道がないのでは?」
至極当然の様に言い返す少女に対し、深い溜息を吐き出す。
「別にそんな事をする為に君を貰った訳じゃ無いよ」
「では、魔術触媒ですか?処女の心臓は最高級の触媒と言われますよ?」
魔術の成功率を高める為に差し出される生贄を、魔術触媒と言う。確かに、処女の内臓、しかも瑞々しい少女のものはどれも最高級と言っても良い触媒適正を持つが、
「そんなもんにする訳が無いだろ……どんだけ思考が鬱なんだよ」
そうするのかどうかは兎も角、そんな物にしたら確実に死体から大量の血液が噴出する。狭い室内では後始末が面倒くさい。
「では、やはり愛玩奴隷ですか?心の準備はできています。ご自由に蹂躙なさって下さい」
そう言ってベッドの上に倒れ込む少女に軽く呆れながら、マリアに目配せをする。
「?……!?」
驚愕するマリアを尻目に、俺は少女に覆い被さる。
「それで良いのか?」
「……私は道具です。ご主人様にどの様に使って頂こうとも、それはご主人様の自由です」
全てを諦めた瞳で体を弛緩させる少女の体に、俺は手を伸ばす……と、
「……ッ」
「ほら」
少女の体が震える。それを見て、俺は満足気に微笑んだ。
……が、
「……何で?私は、道具。ご主人様に殴られ蹴られ押し倒され犯され孕まされ殺されるだけの惨めな存在。なのに、どうして……?」
信じられないと言った風に自身の体を見下ろす少女に、俺は正直引いた。
(何つー自己暗示の掛け方だ……そりゃ人形にもなる)
裏の世界に身を置き続けてきた自分にも見覚えが無い程に強烈に被虐的な自己暗示。宗教の熱烈な信奉者にも中々居ないレベルのやつだ。
「全く……俺に無理矢理の趣味はな……「………………………ぁ」……何だ?」
小さな悲鳴。隣の部屋からだ。
悲鳴は段々と大きくなっていく為、防音結界を向かいの部屋一面に張る。
「どうかしましたか?」
「ん?隣の人が騒いでるからね。少し様子を見てくるよ」
当たり障りの無い嘘を付き、確認する為に隣の部屋へ向かい、隠蔽術式を使用しながら隣の部屋のドアを開ける。
「あぁ!あぁぁぁ!!いやあぁぁぁ!!!」
「良いぞ!!もっと叫べ!オラッ!」
中に入った瞬間、執拗な打撃音が断続的に響き、反射的に顔を顰める。
どうやら一方的なお楽しみの真っ最中だった様で、少女の全身……特に胸と腹には痣ができ、唇の端からは血が溢れていた。今も血を吐き続けている事から、内臓を損傷しているらしい。
男の方の服装は軍服ではなくコック服。恐らく軍お抱えの調理員だ。
そこまでなら過激なSMプレイでもよくある事なので別段止めるような事でも無いが、男がナイフを振り上げたのなら話は別だ。
「オラッ、オラッ、オラァァッ!!」
「ぅあぐっ!?がふっ!?」
少女の腹にナイフが突き入れられ、鮮血がベッド一面に撒き散らされる。刺した後に執拗に掻き混ぜてから振り上げているから、ナイフを抜く度に腸が拡がった刺し傷から飛び出し、余計にグロテスクにしていた。
「あぁクソッ!死ね!死ね!」
「あぎっ!おごっ!げはっ!!」
腹を十回程度刺した後は次第に上へと刺していく。
少女の足はじたばたと藻掻き、手は何かを求める様に揺らいでいた。
(明らかに殺す気満々だな……快楽殺人者か?)
「死ねえぇぇぇ!!!」
「ーーーーんぎゅっ!」
止めとばかりに男は少女の咽頭にナイフを刺し込み、少女の目が上に上がる。
「ははっ、はははははは!」
男は感極まったように震えたあと、少女の二の腕を裂き、肉を口に運ぶ。
(うわぁ……まさかとは思ったけど食人鬼かよ)
その間も続く陰惨な解体&捕食ショー。
舌を口から引っ張り出して裂き、喉を軟骨ごと貪り喰らう。男が捕食行動を行う度に少女の血液が心臓の傷口から吹き出し、体が細かく痙攣しているが、次第にその震えも小さくなっていった。
やりたい放題やって満足したのか、男は少女の腹の中身をベッドに打ち捨て、満足げに少女の血が染み込んだベッドの上で眠り始める。
少女の死体は酷い有様で、少女の体はほぼ原型を留めない程に喰い荒らされており、二の腕や太腿と言った部分はもう骨だけになって少女の胴体から切り離されていた。
少女の体から吐き出された血液は、ベッドの一面を赤に染め、クローゼットや壁にまで飛び散っていた。切断された首から噴出した血を男は啜っていた為、これでもまだ少ない方だ。
一部始終を余す所無く写真と動画に収めた俺は、居心地の悪い場所から退散すべく、ドアの方向に足を向けた。
「……さて、どうしたものか」
大量の証拠写真を机に並べて俺は溜息を吐く。
マリアはアルテミシアの所に行ってもらっている為、暫くは帰って来ないだろう。
『まさか、魔術師を人工的に製造していて、奴隷も逃げ出すような扱いをしているなんて……』
「こんな事は日常的に行われているのか?」
「私達は10歳の姿で生まれて、洗脳装置で情報が叩き込まれる。その後三年間霊力が搾り取られた後、あんな風に売りに出される。私達は魔術師でも人間でもないから、人権なんて物は存在しない」
「……使い捨ての駒としてはぴったりか」
(そういった物は「ロンドン国際軍事協定」で禁止されている筈なんだが……)
第三次世界大戦の終結後に結ばれたロンドン国際軍事協定では、人工生命体全般を戦闘に従事させてはならないと言う決まりがある。
『理亜さんの事と言い、彼女の事と言い、アメリカ連合は決まりを破る事しか出来ないのでしょうか?』
(合理主義って奴だな。自分が安全ならば、他でどんな事が起ころうと対岸の火事レベルにしか考えてないのさ)
人間を駒としか考えていない奴等は、この世界に掃いて捨てる程居る。
「どんな奴が買いに来るんだ?」
「色々。政府高官だったり、大規模軍事企業の重役だったり。でも、一番酷いのは反魔術師団体の人間。あいつらは魔術師を人間とすら思ってないから、私達を本当に物の様に扱う。あいつらに買われた姉妹達が一日で使い物にならなくなって戻って来たなんて事は、良くある話」
「体のいい欲望の捌け口か……」
人間に劣るとは言え、少女達はそこそこ頑丈だ。それが一日で心身共に「壊される」のだから、少女達が受けた陵辱の凄まじさが理解できるだろう。
「大体どんな奴から売られる?」
「霊力の発生効率が一定を割った人から。極偶に『不良品』がいるけど、そう言った姉妹達程重宝される」
(……少女性愛者か)
『人間の屑ですね』
一瞬で嫌な想像が頭を駆け巡る。子供達を守る倫理の壁が無いと言うのは、人をここまで獣に変えるのかと驚いた。
「成程ね……取り敢えず、ゆっくり休め」
聞くべき事は聞き終えた為、少女に休む様に促す。
「うん……」
少女は素直に従い、ベッドに潜り込む。暫くすると、規則的な寝息が聞こえ始めた。
改めて、少女の容貌を見直す。
不健康そうではあるが生物的な美しさを保っている白い肌と白髪。目の色は突き抜けるような蒼色で、年の頃は十四、五だろうか。本人の言葉が正しければ、十三と言う事になるのだが。
「……白髪、か」
『どうかしましたか?』
俺の今の髪は黒蒼だが、あのゴミクズを殺した日までは白髪だった。それは大切な物を失った事によるストレスが原因で、理亜やこの少女の白髪は成長促進剤の副作用。アメリカ連合製の促進剤には人を白髪にする効果が含まれているのだろうか?
「……知らない内に、情に篤くなった物だ」
『ドライバーは、私と会った時から変わってませんよ』
ほっとけ。
……ではあるが、現状敵の戦力を鑑みるとここで進軍を止めるのは良くない。アメリカ連合を潰した所で、侵食者が居なくなる訳ではないのだ。なので、首尾良く……かどうかは分からないが、帰還した後にこの事を纏めてすっぱ抜く事にした。序に、日本の権力拡大にも一役買って貰う事にする。
今後の方針を軽く決め、俺は展望室へと足を向けた。




