第十話 「懐古と責任」
剣ヶ丘学園の寮部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
……未だに実感が湧かない。
復讐を達成できたのか?これで終わりなのか?
そんな思いが取り留めもなく渦を巻き、口を付いて出てきたのが、
「………………………これから、どうしようか?」
そんなありきたりな疑問だった。
復讐を至上命題として生きてきたのに、その復讐がもう終わってしまった。
無論、後悔はしていない。あそこで見逃せば今度は手のつけられないレベルになって俺達に襲い掛かってくるだろう。
ただ、これで良かったのかと言う疑問も残る。もっと痛め付けてから殺せば良かったのか、そんな疑問が心を占有しているが、取り敢えずはこれからのことに思いを馳せる。
……が、
「………………………何だろう。何もやる気起きねぇわ」
自分の唯一の行動原理を喪失したことによる無気力感が、俺の思考を停止させていた。
我ながら実に阿呆っぽいとは思うものの、実際にやる気が起きないのだからどうしようもない。
「いっそ玲奈に殺されるか?」
そうすれば彼女も精々するだろうし、俺も他人の手を血に染めずに済む。寧ろ彼女なら嬉々として自分を殺しに来るだろう。
「いっそ時間制限を掛けるべきじゃなかったのか?」
しかし、あの状態で彼女に俺の相手が務まるのかは微妙な所だ。
これではどうにもならないと判断し、別の事を考えようとする……が、
「失礼しま〜す……あら、士さん?」
マリアが室内に入ってきた為、思考の中断を余儀なくされる。
「やぁ、どうしたんだ?マリア」
「……?いえ、何でも。彼方さんに『士に会いに行ってくれ』と言われたので……」
「あぁ、そうなのか」
流石集。俺の事をよく分かっている。
「それにしても、殺風景ですね……」
「いきなり人の部屋に上がり込んでそれはないだろ。って言うか、軍用の複合錠をどうやって突破したんだ?」
半目になりながら問うと、マリアは態とらしく首を横に振る。
「いえいえ。種も仕掛けもございませんので、お気になさらず」
予想の斜め上どころか180度真逆の回答だったが、はぐらかそうとしている事は分かったので素直に載せられることにする。
「……それより、何か言いたい事があるんだろ?」
このまま黙っていても仕方無いので、こちらから切り込む。
「………………………彼方さんから、聞きました。長年の望みを、果たされたそうですね」
マリアの口から発せられる言葉には、何故だか重みがあるような気がした。
「あぁ。六年間、本当に長い六年間だった」
六年の月日を只只管に己を鍛え上げる事に費やし、各地の戦場を転々とし、『戦場の死神』の異名を得て、修羅の道を突き進んだ六年間の日々。賞金首を片っ端から殺害し、それの賞金を路銀に当て、時には織奈に仕送りをして、我武者羅に戦い続けた六年間だ。
「……それで、生きる目標を失ってしまった、と」
「そうだ、ね」
マリアの言葉に頷く。
自分が何をしたらいいのか分からない。
戦場での戦術、知識は、旧時代と比べて荒事が身近になった現在でも、まず必要ない知識だ。
「………………………私には、士さんが歩んできた道の重みは分かりません。そこまで復讐に身をやつしてまで、何を求めていたのかも分かりません」
「……そりゃそうだ。誰だって分からないことはある」
マリアの言葉に、曖昧に笑って返す。
「……ですが、士さんが積み上げてきた物があることは知っています。そこまで行く為に積み重ねてきた修練、勉強、そしてーーーーそこまで這い上がる為に費やした人々の生命です」
「………………………あぁ」
マリアの言葉が、酷く俺の心を抉る。
人が目を逸らしていた事実を、何の躊躇いなく突き付けてくる彼女の言葉は、それでも、人の間違いを正し奈落から引き上げる、聖女の様な慈しみに満ちていた。
「士さんは、目的の為に払った生命の代償、それさえも捨てて、楽になりたいと?」
「そう、だね。これは、俺が払わなくちゃいけない代償だ」
マリアの言葉に、漸く得心が行く。俺がさっきから抱いていた心の靄は、『良心の呵責』だ。
復讐の為に全てを捨てたと思っていたのだが、こうにも人間らしい感情が残っていたのかと、思わず自嘲の笑みが溢れる。
「少し違います……俺達、ですよ?」
そう言って体を摺り寄せてくるマリアを、思わず呆然として見つめる。
「え、あっと……今、何て?」
「あらあら、たった二週間前のことじゃないですか?」
「うっ………………………」
不味った。マリアにはこの重責を背負わせたくない。
「………………………十万六千七百九十六人」
「………………………………………………?」
「それが、俺が今までに殺した人間の数だ」
「それは……」
マリアが口を開きかけ、噤む。その行動に違和感を覚えながらも、言葉を続ける。
「単純に二人で分けても五万三千三百九十八人だ。それだけの生命の重さが、俺の身体には掛かってる。呪い、と言い換えても良いね」
「そんな事が……」
「その重さを、マリアは支え切れるか?俺は一人で支えられる。その覚悟はいつだってして来た。けど、マリアは?『死』を知らないマリアに、その重さを支える事は出来ない」
「………………………それでも!」
「分かってくれ。俺は、君に重荷を背負わせなくないんだ……!」
マリアはその言葉に、ふと、顔を俯ける。
「私が、士さんの枷になっているのですか?」
「……いや、そういう事じゃない。マリアには助かってるよ。俺も、このままだと自殺コース一直線だったかもしれないからな。けど、俺はマリアの事を大切に思ってる。その分、その手を汚してほしくは無い」
「………………………その言葉で、今は納得して置きましょう」
「いつもいつもだけど、悪いね」
そう口にすると、マリアはにわかに顔を明るくした。
「そう思っているなら、明日の花火大会、一緒に行って頂けませんか?」
「……それが理由か?」
「滅相も御座いません。そんな積もりで言い寄ってくる程、私は軽薄な女では無いですよ?」
一応心から言ってくれているようなので、有難く受けさせてもらう。
「オーケー。分かった」
「有難う御座います。それでは、明日の午後四時に学園正門前で」
そう言い残して去っていったマリアを暫し見送り、俺は再びベッドに倒れ込む。
「………………………何だろう。とても、良い気分だ」
不思議と、心が満たされて行くような感じがした。
あの後、大急ぎで外出許可申請を提出してから予定や周辺地理を頭に叩き込んで、俺は集合場所に立っていた。
「流石に早く来過ぎたか?」
現在時刻は午後三時半。突っ立っているだけでは暇なので、昨日寝れなかった分の仮眠も取っておこうと考え、瞼を閉じて意識を奥底に沈ませる。
「士さん?起きてますか?」
暫く経ってから聞こえたその声に意識を呼び起こすと、目の前にマリアが居た。
「お、来たね」
「はい。所で……」
「ん?……あぁ。似合ってるよ」
何の事か問い掛けようとしたが目で牽制され、察した(と思っている)俺はマリアの服を見る。
マリアの服装は和服だった。
アロハシャツにその存在意義を殆ど吸収され、今となっては儀礼服以外に見掛けないが、一部の『原点回帰者』(要は魔術師排斥派)に重宝されている。
が、事これに至ってはそんな言葉は意味を成さない。
古い分類なら小袖と表現されるであろう和服は、突き抜けるような空の蒼に染まっており、マリアの銀髪を引き立てている。普段と違って髪をアップに纏めているので、うなじの色気が何とも言えな……これじゃ只の変態じゃねぇか。
まぁ平たく言えば、綺麗、という表現がしっくり来るだろう。
「お褒めに預かり光栄です……では、行きましょうか」
「あぁ」
そのまま二人で歩き、学園前のモノレール駅から、本土行きのモノレールに乗る。旧時代的に言う所の『東京湾アクアライン』の役目を担っているこの振興交通機関は、片側三線、合計六線で複雑なダイヤを組んで運行している為、一分も待てば直ぐに次のモノレールがホームに現れる。
この国で大規模な花火大会と言えば、秋田県大仙市、新潟県長岡市、大阪府大阪市、そして東京都墨田区と中央区の五つだ。
今回は墨田と中央区の花火……俗に言う「両国花火」……を見に行くようだ。
本州で5つしか無い大花火大会の開催とあってか、同じモノレール内には沢山の乗客がおり、その誰もが和服姿だった。
(……疎外感が)
一人だけ黒のスラックスと白のTシャツ、黒のパーカーと言う服装をしているが故に、集団心理によってそんな感覚を覚えてしまう。
『両国橋前〜、両国橋前〜。ご乗車有難う御座いました』
何処か間延びした男性の声で、目的の駅に到着した事が告げられる。
ホームドアが開き大量の人が雪崩出て行くのを見ながら、俺もマリアの手を引いて改札まで連れて行く。
改札をパスし、幾分か開けた通路に出た事である程度余裕が確保できた。
「有難う御座います。助かりました」
「これで逸れられたりしたら事だからな」
そう素っ気無く返し、人通りの多い通路を歩く。
……そうだ、
「折角だ。どこか回ってみないか?」
「それは良いのですが……何処ですか?」
首を傾げるマリアに笑みを返し、別の場所に足を向ける。
十分程歩き、『両国戦没者追悼公園』に到着した俺達は、記念碑に祈りを捧げ、高台の手すりに寄りかかる。
「……希望ヶ丘国立公園程では無いですが、良い場所ですね」
「だろ?」
神上の本邸に遊びに来ていた時は、ここで夕焼けを眺めるのが俺の楽しみだった。俺の密かなお気に入りスポットでもある。
「……何か思い入れがあるんですか?」
「何故そうだと?」
困惑を押し隠して応える。
「いえ……何だか、とても楽しそうでしたので」
「……そう、なのかもな」
マリアの答えは具体的な答えでは無かったものの、マリアがそう言うのならば、恐らくはそうなのだろう。
「……もう五時か。そろそろ移動しないとな」
「あら?もうそんな時間ですか?」
両国大花火大会の開催時間は、午後七時二十五分。場所取りの時間も考えると、そろそろ移動した方がいい頃合いだ。
「そんな時間だ」
そう笑いながら言って、もと来た道を引き返す。
あちこちに乱立している屋台の中から手頃なものを選んで買い、隅田川から東京湾にかけて掛かる幾つかの橋を順に調べていき、河口域から三つ目位の橋に場所を見つけ、座り込む。
焼き蕎麦をぱくつきながら暫く待つと、アナウンスが流れ、花火が始まる。
一輪、また一輪と、夜空に火の花が咲く。
色とりどりの花火が空に舞うその光景は、豪華であり、幻想的でもあった。
「綺麗、ですね……」
「そうだな……」
東京に存在している花火を全て一纏めにして打ち上げ、死没した犠牲者の冥福を願う。
言葉にすれば簡単だが、それを実現させるには途方も無い努力が必要だ。
この花火大会が始まったのは、第一次侵攻の僅か一年後。そして、人類の文明に大打撃を与えた第一次侵攻が始まったのは、西暦二千七十七年八月二十三日。詰まり二十年前の今日だ。
それ以来一度も欠かす事なく続けられてきた鎮魂の為の花火を見て、俺は思わず呟きを零す。
「死んだ命は戻って来ない……けど、幸せを願う事は悪い事では無いのかもしれない」
「……?」
「いや、何でもないさ」
不思議そうな顔でこちらを見てくるマリアに曖昧な笑みを返し、俺は再び空を見上げる。
紺碧に染まる夏の夜空に、また一つ、花が咲いた。




