第九話 「神上」
『お前の娘は預かった。返して欲しくばビルまで来い』
それだけを一方的に言い残して回線を切断される。
念の為存在探知の視界を拡大すると、ここから西側十二キロの地点に理亜の反応が感じ取れた。学園はここから南に四キロの地点に有る為遠出にしては遠過ぎる。
端末に視線を落とし集を呼び出し(コール)。
『ん?どうした?』
「どうせ近くに居るんだろ?俺の右後ろ七百メートル後方上に十メートル」
『……そこまで正確に分かるもんなのか?』
「近くの人間なら割りかしね」
存在探知は自身を起点としたサーチ術式と言い換えても良い。比較的近くの物なら発見するのは容易だ。
『それにしても、お前、そんな口調だったか?』
「……ん?」
『一週間くらい前までは“僕”とか言ってたくせに、イメチェンかよ?』
「何だ、それ?……!?」
『おい、士!?』
その言葉に急激な目眩を覚え、膝を付く。「僕」は……何を?いや、違う!「俺」が「俺」だ!なら「僕」は何なんだ?「俺」か?それとも、別のナニカなのか?五月蝿い!黙れ!此処は何処だ?何処って何処だよ!?何で「僕」の中に居るの?違うだろ!お前が後だ!
忽ち頭の中がグチャグチャになる。
脳髄を直接シェイクされる様な感覚に吐き気が込み上げるが精神力で堪え、自分を一喝する。
(俺は俺だ!それ以外の何でも無い!)
その意志を吐き出すと、目眩はすぐに引いた。
「………………………いや。大丈夫だ」
『……そうか。なら良い』
集は釈然としない様子だったが、引き下がってくれた。
「さっきの話は分かる?」
『大方どっかの馬鹿が盛大に地雷を踏み抜いたんだろ?』
強ち間違ってはいないが、場所が問題だ。
「第十三区の廃ビル群のど真ん中なんだよなぁ……」
芝浦一丁目一番地は此処から凡そ七キロ。詰まり電話はフェイクだ。
『都市に近すぎるな……重火器でヒャッハーは無理か』
「それだと理亜も巻き込まれるね」
『おぉう、いきなりマジトーンになるなよ』
それは自分を殺すと言っているのと同義なのだが。
「それは良いや。集……“アレ”、持って来てる?」
『“アレ”か?一応……って、お前!?』
「全員ブチ殺すからフォロー宜しく」
『ハイハイ、分かりましたよ』
さて、お仕事お仕事っと!
「俺と四キロ圏内まで近付いて、そっからは自由行動。OK?」
『OKOK、了解』
端末の通信を切り、風を収束させる魔術を起動。俺の足元で風が渦を巻く。
「行きますかっ、と!」
ビルから助走をつけて飛び立ち、風を開放すると同時に空気を蹴り飛ばす。体が一瞬で空に舞い上がり、二回目の収束が完了した所で斜め上に空気を蹴って加速する。
後ろを見遣ると、集がついてきているのが見えた。
会話をしたい所だが、強烈な風が吹き付けている影響で禄に口も開けない。
適当な廃ビルの屋上で一旦着地し、遅れてやってきた集を待つ。
「全く、早すぎだろうが!」
「荷物を持ってるんだから遅いのは当たり前だろ」
集の抗議を受け流し、ビルを見る。
「相変わらず手厳しい事で」
「それは良いとして……アレ、狙えそうか?」
「愚問だろ?」
そう返した集の手には、物々しい銃が握られていた。
(……あれなら大丈夫そうだ)
そう判断し、風を紡ぐ。
二度目の飛行を開始し、僕は廃ビルを後にした。
(本当、早過ぎだっての)
俺は士に対してそう毒づくが、当然ながら答えがあろう筈もない。
「ま、仕事はしますがね」
そう呟き、俺は銃を構える。
埋め込み(インテグラル)タイプの減音器を搭載した銃身と、SIGタイプのフォルムにバレットM82A1の機関部を無理矢理くっつけたような無骨な銃だ。
フルオート、セミオート、単発の切り替えは自在。サプレッサーと遊底の作動構造による命中精度の低下は、自分の技量で補える自信がある。
対物ライフルの弾薬で有効射程を強引に引き上げた、文字通り「超遠距離狙撃」専用の銃だ。
(思えば、これを使おうと思ったのは何でだったか)
……確か、復讐をしようと思い立った時に、正面戦闘は無謀と言う結論を出した時からだった気がする。
その為なら何だってやった。
例を上げれば、俺の体は人間では無い。
上腕の保持性と照準の正確性を上げるためのサーボ機構と人工筋肉。人間の視力限界を超越する為の人造眼。五感から得られる情報を効率よく処理する為の小型コンピューター。
平たく言えば、機械人間と言うやつだ。
頭を弄った時と目を取り替えた時は情報量の多さに耐え切れず三日三晩吐きっぱなしだったし、腕の手術をした時はイメージと現実の齟齬に腕が全く動かなくなった。
何しろ、腕を目一杯回すイメージをしても数ミリ程度しか動かないのだ。マトモな生活など望むべくもない。
でも、その結果に俺はいる。人間、誰しも慣れるときは慣れる、と何処かで聞いたことはあるが、実際にその通りだと思うしか無い。
情報量の多さは時が経てば全く気にならなくなったし、腕はイメージを切り替えれば簡単に動くようになった。
それでも時たま“酔う”ため、眼鏡を着用しているが。
「俺の本質は狙撃だけ……って、どっかのゲームの人が言ってたような気がするなぁ」
手先の器用さを活かした製薬。頭の回転の速さを活かした交渉術。それらを技能として持っていても、俺の得意分野は矢張り狙撃だ。
眼鏡を外し、スコープを覗き込む。スコープの倍率を最大まで引き上げ、右目のリミッターを外す。
視界が急激にピンポイントに収縮すると同時に、脳内コンピューターがシーイング補正と照準補佐を同時に行う。
脳内コンピューターで弾き出した弾道演算結果を元に微細な照準修正値をサーボモーターに伝達。サーボモータが僅かな照準差をゼロにする。
初弾をコッキングし、空に向けて弾道射撃。
タンッ!
サプレッサーによって減音された発射音が響き、弾道予測と微妙にズレた射線が脳裏に表示される。
修正し、もう一度弾道射撃。
タンッ!
今度は完璧に照準ラインを通り過ぎた。そのことを確認し、いよいよ目標の廃ビルの中を照準する。
とは言え、幾ら三キロメートル先のボールが見えるからと言っても四キロ半の壁は大きい。
なので、裏技を使う。
『……リリア』
『了解。赤外線、動体反応から敵の位置を検出。マスターに転送』
この距離からでも正確に人間を検出するハイパーセンサーの性能には驚きを禁じ得ないが、検出された反応に照準を合わせると、確かに何か見える。
『そのまま観測宜しく』
『命令を受諾』
リリアに観測者を続けて貰い、士の端末を呼び出し(コール)。
「準備OK?」
『先に制圧射撃を頼む』
「ホイ来た!」
敵の指揮官と思わしき反応を十字線の照準点に収める。
七発入りの箱型マガジンの残弾数は五発。
指揮官格と思しき人間は五人。一撃必殺でエンドだ。
(右に0.1クリック、仰角プラス0.5度。誤差修正完了)
ビル風を計算に入れて照準の微細調整を行い、義眼の倍率を最大にする。
深く息を吸い、吐く。吐ききって、ほんの少し呼吸が止まる。
ーーーーその一瞬。
タンッ!
ITA(鉄・タングステン・アンチモン)合金の弾丸が空を翔ける。
砲口初速880m/sの.50BMG弾。減音器を使用して初速が落ちているとは言え、その速度は590m/sを超える。
発射されてから六秒後。四千三百五十mを翔け抜け敵に着弾したのを視界の端で確認しながら照準を数クリック左へ動かす。
再度、射撃。
それを三回繰り返し、最後の標的を照準に入れーーーーようとした所で思わず悪態をつく。
「壁、か……丁度いいや。どうせ残りは薬室に一発だ」
空になった弾倉を外し、新たな弾倉を装填する。
本来バレットM82A1は半自動だが、この銃は改造によって全自動射撃が出来るようになっている。その特性を活かして一枚目の壁に開けた穴から間髪入れずに弾丸を叩き込むのが俺のプランだ。
「一ミクロンでもズレたら一貫の終わりだ……燃えるねぇ」
ビリビリと緊張の糸を張り詰め、集中が最高潮に達した一瞬を見極め、撃鉄を引く。
タタタンッ!!
一発目の銃弾がコンクリートの外壁を貫通し、二発目が合金製のシャッターをブチ抜く。本命の三発目が標的の頭蓋骨を粉砕し、俺の周囲に空薬莢の音が鳴り響く。
「お膳立てはしたぞ?士」
恐慌からか何人か裏口から出て来た敵を射殺し、ヘッドショットによって吹き飛ばされた脳漿があちこちに飛び散るのを見ながら、俺は士にそう呟いた。
廃ビルに入る直前で、手持ちの武器がハンドガンとナイフ以外ないことに気づく。
「暮刃は壊しちゃったからな……」
タングステンマルチカーバイド強化合金製の刀身でも霊力を使用した攻撃の前ではプラスチックの剣と変わらない。金属も霊力の伝導率が高いとは言え叢玉鉄鋼にはやはり劣る。純粋な霊力攻撃にあそこまで耐えた事自体異常なのだ。
(……ラピア、アレを送ってくれ)
『アレ、ですか……?分かりました。バイパス確立。転送術式を起動します』
ラピアの言葉と共に転送術式が起動され、物々しい形状のマシンガンが俺の手元に現れる。
この銃は、対物フルオートマシンガン「ケルベロス」。大凡個人用携行火器としてはあり得ないほどの威力、射程、反動を兼ね備える、頭の可笑しい変態連中が思い付きで作ったとしか思えない武器だ。
「さて、行くとしますか」
……っと、その前に。
『集、聞こえる?』
『何だ?』
ギアの通信回線を開き、集と通話を開始する。
『合図を出すから、頼めるか?』
『久し振りだからどこまで出来るか分かんないけど……オッケーだ』
『宜しく』
集との通信回線を維持したまま、合金製のドアを蹴り破りケルベロスを発砲する。
ドンドンドンドンッ!!!!
音速の三倍で射出される銃弾が齎す暴威は、ドアの向こう側に陣取っていた数十人の敵を一つの例外も無く血と肉と骨で構成されたミンチに変えた。
恐らくは斥候役だろう集団を殺害し、存在探知を使用して理亜の居場所を探る。
(四階の一番奥か……少し遠いな)
爆音を聞きつけて主犯が逆上するとも限らない。出来る限り迅速に皆殺しにする事を目標として通路を走り抜ける。
隔壁が音を立てて閉まっていくのを見ながら、右から躍りかかってきた敵の頭蓋を正拳で潰し、左から来た敵の首を裏拳で圧し折る。
完全に閉じてしまった隔壁に視線を向けながら上空に事切れた肉塊を放り投げ、爪先が体を貫通しないように注意して背骨を蹴り飛ばす。
一発目。
ゴシャアッ!
悍ましい音が響き渡り肉塊が隔壁に放射状に付着する。人間の体に内包されている血液が全て飛び散り、辛うじて原型を留めている手足と幾つかの内臓がずり落ちるのを見ながら二発目を叩き込む。
グチャッ!
頭蓋骨を破壊して血が完全に出てきてしまっている分運動エネルギーは減ってしまうが、余計な心配をしなくていい為そこそこ本気で蹴り飛ばした結果、内臓と骨の欠片が散乱し、隔壁が凹む。
そして、そこに助走をつけた本気の上段回し蹴りをブチ当てる。
ゴガァン!!
六メートル四方もある隔壁が吹っ飛び、その結果を確認する暇も無く階段を駆け上がり、二階へ上がる。階段の先にあった物は三階まで届くエントランス。全方位からアサルトライフルが構えられているが、引き金が引かれる寸前でケルベロスを横薙ぎに発射。前方にいた敵が血を吹き出して倒れ、四方の囲みに隙が出来る。
銃撃を躱しながら飛び上がって三階の通路に着地した俺は、ケルベロスを掃射し、壁際にいた人間の大半を射殺。ケルベロスを上に放り投げてナイフを引き抜き、階下の敵を掃討しに行く。
落下の勢いのままナイフを一人目の男の脳天に垂直に突き刺して脳幹を破壊し、死体の首を持って振り回す。二人目と三人目、四人目をバット(男)で叩き潰した後はバットを捨て、五人目が突き出してきたナイフを逆に奪って心臓を突き刺す。
夥しい量の血液が胸の傷から吹き出して天に召された死体を見下ろし、ケルベロスをキャッチしてから三階に上がる。
「やぁやぁ、お揃いのようで!」
そこで出迎えたのは、俺にとって少なからぬ因縁を持つ男だった。
「テメェがいるって事は、こいつらは“近衛衆”の人間か?落ちたもんだな。神上御祓」
神上御祓。
神上家のナンバー2であり、暗部組織『近衛衆』を率いる人間。そしてーーーー俺の両親の殺害をゴミに上奏した人間でもある。
「いやぁ、まさか貴方が居るとは思いませんでしたねぇ。これは僕にとっても非常に想定外の事象でしたよ。まさか王我殿がお前の様な『無能』に負けるとは……ね?」
「それで、かき集めた下っ端で誘拐作戦を決行、か。お前の方がよっぽど無能だ。クソが」
「ハハッ、ハハハハハハハハ!!!!面白い事を言いますねぇ。僕が!?無能!?そんな馬鹿な事を言うのはどの口ですか?ええ!?」
「うるせぇよ。黙れ」
ケルベロスの銃口を向けると、御祓は戯けたように肩を竦める。
「おっと、これはご失敬。では、こちらへ」
御祓はそう言って歩き出し、俺はそれについていく。階段を上がり、四階の通路を歩いていると、男が襲い掛かってきた。
「死ーーーーき、貴様、何を……ゴプッ」
アイアンクローで頭蓋骨を粉砕し、男を首無し騎士にしてやってから御祓に問い掛ける。
「奇襲がお粗末だな」
「何分新人なものですからねぇ。良く言い聞かせておきますので、平に御容赦を」
『言い聞かせる』と言うのは言葉でか物理でか気になった物の、問い掛けても無駄だと判断し、先を急ぐ。
四階の開けた部屋には、数人の屈強な男達と、椅子に座らされている理亜の姿があった。
「大方、理亜を返して欲しくば戦え、とか言う気なんだろ?」
「えぇ!まさにその通りですとも!愛する我が子の為にその手を血に染める父親!その何と愚かな事か!」
仰々しい口調にうんざりしながら、右手を掲げる。そして、待機していた集との通信回線をアクティブ。
『俺の位置は見えるか?』
『おう。バッチリだぜ』
『俺の立ち位置からから右にニメートル、縦に四メートル、その後ろに二メートル、左に関しても同じだ。狙えるな?』
集の答えは断定だった。
『ケッ!舐めんなってーの!』
『じゃ、俺が手を下ろしたら撃って』
「おや?何をしているので?」
御祓の怪訝そうな声に意識を戻し、手を下ろす。
「神に祈ってたのさ」
着弾まで、あと五秒。
「そうですか!それはそれは敬虔な事で!」
虫酸が走る。あと四秒。
「さぁ、最後の言葉はどの様に?で無いとすぐに始めてしまいますよ?」
喜色満面の笑みを浮かべて問う御祓に、こう答える。あと三秒。
「まぁ……祈っていたのは本当さ」
あとニ秒。御祓の顔が笑みを深くする。
「但し、神は神でもーーーー」
その顔を絶望に変えるのが楽しみだ。あと一秒。
「ーーーー死神に、だけどな」
ゼロ。
タタタタンッ!!
四発の銃弾が正確に男達の頭蓋に着弾し、頭を醜悪で奇怪なストレンジオブジェに変える。
血液と脳漿が辺りに飛散し、銃弾が貫通した顔は見るも無惨な状態になっていた。
何しろ銃弾が射入した事によって右半分の顔面が破裂し、左後ろの射出口には巨大な穴が空き、今も血液と脳漿と脳脊髄液が滴り落ちているのだ。
その有様は、『誰かが顔面を穿くように槍を放った』とも形容される。
「し、『死神の、見えざる鎌』……!?」
喘ぐように言葉を絞り出した御祓の声を聞きながら、俺は御祓に近付く。
「ひっ……!?やめろ!来るなぁ!!」
護身用であろう銃を取り出して放つ物の、恐慌状態に陥っているのか照準はブレブレだ。
「当たれ!当たれって言ってんだ!クソ!」
銃を放り投げ、突進して来る。あまりにミエミエのテレフォンパンチ。
「あ、そうだ」
「ギャアアアアアァッ!」
鎖骨を潰してパンチを止めさせたのはいいが、御祓は研究職で禄に戦闘行為もして来なかったことを思い出す。
それならいっそ一思いに殺してやった方がいいと考え、ケルベロスを足に照準する。
「おい、何をする気だ、まて、止め、ヒギャアアアアアアアァァァァアアアアアアッッッッ!!!!!!!」
ケルベロスをフルオートのままゆっくりと足から頭に向かって連射していくと、御祓は獣の様な悲鳴を上げた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
暫く凄まじい悲鳴を上げ続けていたが、やがてその悲鳴も途切れ、何も聞こえなくなった。
どうやら狙い通り『急性ショック』で死亡してくれたようだ。
御祓の頭は狡猾であり尚且つ天才である。下劣な人間性は兎も角、その頭脳は文句無しに優秀だ。
そんな材料は有効に再利用するに限る。
簡単な冷凍術式で肉体をコールドスリープ状態にしてから転送術式を起動。
アジトに存在している保存器に遺体を運び込む。
「う〜ん、パパ?」
その作業がすべて完了した所で理亜が目を覚ます。
「ん。大丈夫だったか?」
「うん。いきなりこの人に変な薬を嗅がされただけだよ」
遺体の内一つを指差す。それより……
「まさか、誰が誰だか分かるのか?」
顔面が修復不可能なまでに損壊されているので、特定するのはまず不可能な筈なのだが……
「う〜ん、何でだろう?」
本人も懐疑的となると……固有能力か?。
「それは良いとして、理亜は……集」
「ホイ来た」
丁度そこに現れた集に理亜を預ける。
「もしも理亜に手を出したらその時は……」
「分かってる分かってる!何もしねぇって!」
ロリコンである集に渡すのは何とも気が引けたが、これは自分でけじめをつけるべき事だ。
「あ、それと、蒼華達の回収を頼む」
そう付け加えて、俺は神上家の邸宅へと足を向けた。
手近なビルに着地してから神上家の門の前に立つと、慌ただしい雰囲気が漂っているように感じられた。
さて、どうやって入るか……門は閉じているし、出迎えの気配も無い。
存分に脅かしてやろう。
「ちわーす三河屋でーす」
空々しい台詞を吐きながら門を蹴り飛ばす。
勝手口が吹き飛んでいき、それを横目で見ながら邸内に入り込む。
「えー、神上家の代表はいらっしゃいますでしょうか」
そう、神上家の者に問うが、答えは返ってこない。辺りに重苦しい雰囲気が充満していく。
「いやぁ、まさかアンタが帰ってくるとはねぇ!」
しかし、嗄れた、しかし快活な声と共にその雰囲気は掻き消された。俺はその声に居住まいを正し、頭を下げる。
「お久しぶりです。羽黒さん」
神上羽黒。
七十代ではあるが神上家においてナンバー3の権限を持ち、俺の両親と唯一親しかった人間だ。
「あんたが家を飛び出した時は驚いたよ!美羽さんと庄司は元気にしてるかい?」
やはり、神上家のナンバー3でもその認識なのか。あの作戦は恐らく高度に情報統制がなされた物だったのだろう。
「その事について、お話があります」
「なんだい?」
「現在、神上王我は行方不明。神上御祓も失踪中。家の人は大慌てで二人の行方を探している。そうでしょう?」
「だから何だというんだい?……まさか、あんた」
「ええ。神上王我と、神上御祓。この二人はーーーー俺が殺しました」
その言葉と共に俺は気……俗に言う「殺気」……をそこそこ本気で周囲に撒き散らした。
「なっ……」
羽黒さんは冷や汗をかく程度で済んでいるが、周囲にいる黒服の人間は挙って倒れ込んでいる。
「まず、俺が家出したというのが間違いです。十歳のあの日、俺の両親は死にました。近衛衆の、しかも精鋭の部隊に襲われてです」
「そんな事が……」
「ですから俺はこの機会を狙っていました。確実にあいつらを殺せる時を。それが今日だったという話だけです」
「その証拠はあるのかい?幾らあんたでも、嘘ならただじゃ済まさないよ!」
大声を上げる羽黒さんに、俺は証拠を投げ渡す。
「これでいいんですよね?」
「これは……!神上家のバッジか!?」
神上家の家紋が入ったバッジを投げ渡すと、羽黒さんは驚愕の声を上げた。
「あのゴミから毟り取ってきた奴です。血痕も付いているでしょう?……あぁ、死体は完全に焼却処分しましたので悪しからず」
「嘘じゃ無いんだね?」
「馬鹿を言わないで下さい。もし本当じゃ無かったらこんな質の悪い嘘は吐きません」
やれやれと肩を竦めて返すと、羽黒さんは顔を上げた。
「詰まり、あんたは私達に復讐しに来たと?」
「まぁ、有体に言えばそんな所です」
「……あんた」
身構える羽黒さんに対して、俺は静かに笑いかける。
「別に、子供の頃から親切にしてくださった恩人を手に掛けるほど俺は恩知らずじゃありませんよ」
「それは安心したよ。で?どうするんだい?」
それは、これからどうするのか、という意味だろう。それに答えようとしたとき、俺の中で一番聞こえて欲しくない声が聞こえた。
「……士、兄さん?」
「来ちゃったか………………………玲奈」
神上玲奈。神上本家の中では俺と親しかった人間の一人であり、あのゴミの娘でもある。
「嘘、ですよね?お父様が、士兄さんに……?」
「残念だけど、事実だよ」
「………………………何でッ!何で殺したんですか!?」
荒れ狂う程の激情が俺に伝わってくる。
「それだけあいつ等が憎かったからだ。成す術も無く黙って親が殺される所を見ているだけだった悔しさを、二度と忘れないと誓ったからだ!」
「同じだけの苦しみを味合わせて、それで美羽さんと庄司さんは報われるんですか!?」
「報われるわけ無いだろ!!」
……いけない。このままだと只の感情論のぶつかり合いひ成ってしまう。
「報われない事は俺が一番良く分かってるさ。でも、十で親を失った俺に、それだけの事が分かるわけ無いだろ……」
「……人殺し」
その言葉が、酷く胸に刺さる。
「人殺しで結構」
でも、それはもう終わりだ。
「………………………知ってましたか?私、士兄さんの事が好きだったんですよ?」
「……知ってたさ。そこまで鈍くは無い」
幼いながらに勘付いていた事、と言う注釈がつくが。
「そう、ですか………………………分かりました。士兄さんが好きだと言う感情。その全てを、今から私は捨て去ります。士兄さんを殺した後に、私に従順な人形として、士兄さんを作り直して、心から愛してあげます」
死んだ人間をサイボーグ化する風潮はあった物の、直ぐに下火となった記憶がある。やはり、脳の再現が完璧では無かったからだろう。
「そう。それで良い」
実を言うと、これが今回の目的である。
俺のようなぶっ壊れた精神構造をしている人間なら兎も角、普通の十代の少女に親が死んだ、しかも好きだった人間に殺されたというショッキングな事件は応える。普通なら暗闇に堕ちても不思議では無い。
そこで、神上家という特殊な環境が出番だ。
神上家は古くから続く武家であり、身体能力や技術と言ったあらゆる面を鍛え上げられるだけの設備が存在している。
ここなら、『安心して修羅の道を歩める』と言う訳だ。
……まぁ、やっぱりゴミの血は憎いので、返り討ちにして根絶やしにするという選択肢も無い訳ではないが、抱き込める物なら抱き込みたい。
復讐の望みを託した愛娘がこちらの掌で踊らされていると言う滑稽な状況を演出する為だ。
そこで、殺すのに理想的な環境をプレゼントする。
「いつか、必ず、殺してあげますからね?士兄さん」
「あぁ。楽しみにしてるよ?玲奈」
しばし睨み合い、俺は踵を返す。
「……そうだ。俺は今剣ヶ丘に居るんだ」
「………………………?」
首を傾げる玲奈。そこに、最後の楔を打ち込む。
「剣ヶ丘は治外法権だから、きっと上手く殺せるんじゃないかな?」
玲奈は少し考えた後、満面の笑みを顔に浮かべる。
「………………………フフッ、そうですか。いいことを聞きました。来年の四月にきっと参りますので、どうぞお待ちしていて下さい」
「待ってるよ?じゃぁね」
そう告げて、俺は神上家を去った。




