第八話 「復讐」
「な、貴様ァ……!!一体何をした!!」
立場のわかっていないゴミを見下ろしながら、僕は霊力を周囲に拡散させる。他人の霊力の影響下にある空間は、通常より魔術が発動し難くなる、と言う魔術師同士での戦闘では基礎とも呼べる内容だが、ゴミは僕を糾弾する事に集中していて、気付いた様子は欠片も見せていない。
(そろそろ、この窮屈な仮面を外してもいいだろう)
そう判断した僕は、これまで被ってきた気弱な仮面を全て外した。
「お久しぶりですね。“王我叔父さん”」
「その呼び方は!?………………………成程。お前か。無能が」
返ってきたのは素っ気無い言葉だった。と言うか、
「状況分かってて言ってるんですか?貴方、詰んでますよ?」
幾ら世界最強とは言え、四肢欠損状態の人間相手に遅れを取る訳がない。
いや、一つ有った。ゴミがこの状況で確実に使って来る一手が。
「詰んでいる?甘いぞ?」
何かを感じ暮刃を振り上げると、灰色の霊力で構成された槍のようなものが両断され飛び去っていった。
「成程。確かに魔術の行使に身体的状況は関係ない。良い判断ですね」
「抜かせ!貫いてくれる!」
多重展開された霊力の槍を暮刃で迎撃しながらゴミの霊力が尽きるのを待つ。
一閃、二閃、三閃、四閃。
三百六十度全方位から発射される灰色の槍を切り捨てながらゆっくりと前に進んでいく。
「くそ、クソクソクソクソォッ!!止まれ!無能がッ!」
残り全部、とは行かないが、かなりの量の霊力を注ぎ込んだのだろう。ゴミの安堵した表情を隠すように今までの物に比べて五倍以上は大きな槍が形成される。
(その希望を圧し折るには良い機会だ)
僕は左目の眼帯を毟り取り、“左目”に霊力を流す。
瞬間、視界がブレた。
……いや、ブレたというのは正確ではない。あの巨大な槍が放たれる軌道、威力、速度等が纏めて視界上に表示されているのだ。
暮刃は既に酷使され幾つか欠けが見られた。霊力を持った攻撃は霊力を持つ物体でしか干渉できない。その原則を忘れた訳ではないが、無理に使ってしまった結果だろう。これではあの巨大な槍を迎撃する事は難しい。
では、こちらの魔術は?………………………駄目だ。全く威力が足りない。容易く粉砕される“未来が見えた”。
そのまま“未来を見て”、何回かの思考実験の果てに漸く対処法を見つけた。
ボロボロになった暮刃を鞘に押し込むと同時に黒曜の柄を引っ掴み霊力を流し込む。“未来を見て”気付いた事だが、この刀は叢玉鉄鋼で作られていたのだ。叢玉鉄鋼が古代では緋緋色金やらオリハルコンやら呼ばれていた事は知っていたものの、霊力を流さなくとも超絶的な硬度と耐久性を誇る叢玉鉄鋼を加工する事は簡単では無い……筈なのだが、実例が手の中にある以上納得するしか無い。
霊力を流して抜刀術の構えを取ると、ブレた視界は一気に収束して一直線の光の帯が巨大槍の進路上に表示された。
「木蔭一刀流抜刀術ーーーー空断!」
選択したのは木蔭流抜刀術の基本にして極致。黒曜、と言う補助によって霊力の減衰を極限まで下げた『飛ぶ斬撃』は、巨大な槍を真っ二つにするだけに留まらず、ゴミの右腕を付け根から完全に斬り飛ばした。
「何……貴様、一体何を?……その目ッ!貴様、『魔眼』持ちだと!?一体何処でそれを!?」
『魔眼』ーーーー別に魔腕だろうが魔脚だろうが対して変わらないがーーーーは、魔術式を直接体に刻みつけている状態を指す。
腕なら腕に、足なら足に。そして、目なら目に。
魔腕や魔脚は魔術師が行う近接戦闘の補助として用いられる事が多いが、魔眼は先天性(天然物)のものでない限り先ずお目にかかれない。目に術式を刻む事の難しさが理由だ。かく言う僕の魔眼も、ある意味こいつのお陰で手に入れたと言っていい。冥土の土産に教えてやろう。
「簡単な話です。貴方は僕の両親を始末する為に何を持たせましたか?」
「………………………成程。『必死の魔弾』か」
僕の両親を確実に始末する為にこいつが襲撃者に持たせたのが、『必死の魔弾』。当たれば必ず急所に命中する概念系魔術を付呪した必殺の弾だ。僕はこれを“眼球で”受けた事によって『運命視の魔眼』を手に入れる事ができた。因みにこのネーミングは集による物だったりする。
ただ、魔眼を手に入れる為にはそれ相応の代償が必要だった筈だが、僕は未だに代償が何なのか分からない。
話を戻すと、この魔眼の能力は「運命視」。数秒先の未来を知覚する能力だ。
「………………………思い出したぞ。お前、三年前の男か」
その言葉に、瞬間、硬直する。
そうだ。こいつは、奈々香を殺したやつだ。
三年前の、あの日に。
「そうだ、と言ったら?」
「成程。丁度良い」
訝しむ僕に向けてゴミは何か術式を行使する。すると、
『……全く。君は変わらないなぁ』
ーーーー声が、聞こえた。この瞬間に絶対に聞こえない筈の声が。
「……奈々香?」
思わず聞き返す。
『うん。そうだよ』
ただ、どうも口数が少ない。僕の知る奈々香は、何時も場を引っ掻き回すような騒々しい少女だった。
『何をやってるんだ?士』
『本当に、そうねぇ』
「……父さん。母さん」
僕のよく知る父と母も、何時の間にか現れてきて、同じことを言っている。
『ねぇ。君はどうしてここにいるの?』
『そうだぞ。剣を持ってまで、王我殿に一体何を?』
『どうしたの?何かあった?』
口々にそんなことを言う両親と奈々香。
ここで、疑念が完全に解けた。
『ん?どうした士?……おい!?やめーーーー』
『キャァァァッ!?あなーーーー』
ゴミの魔術で創り出された両親の幻影を両断し、奈々香に向き直る。
あぁ、思い出した。ちゃんと。
「そうさ。父さんと母さんが居るわけ無い。ーーーー俺が殺したんだから」
『………………………え?』
「……あぁ、そうだ。心置き無く復讐できるようにって、また殺し直したんだ。何でこんな簡単な事を忘れていたんだ?」
あの時、もう両親が息を引き取った後、それでも、確認の為に両親の頸動脈を切断してーーーー殺した。
自分で言うのも何だが、相当狂ってるな、“俺”。
「そう言えばさ、覚えてる?奈々香」
『……何を?』
「もし奈々香が“俺”の邪魔をした時、どうするかって話だよ」
『うん。勿論』
嘘だな。一瞬目が変わった。
「奈々香はこう言ってた。『もし私が君の邪魔をしたら、その時は、君に殺して欲しい』って」
『それって……私を殺すの!?』
「……もし君が本当に奈々香なら、その時は御免って言うよ。“俺”はそれだけの事をした自覚はある。
ーーーーけど、もし君が奈々香の偽物だったら、塵芥も残さず無様にくたばれ」
『え?じょ、冗談でしょ?ね、ねぇ!何か言っーーーー』
最後の幻影の首を切り飛ばし、ゴミに向き直る。
「化物め……!」
「何言ってるかわかってんの?あんたの立場、ただの獲物だぜ?」
「いや、おい!貴様!何か言ったらどうだ!?何が欲しい!金か!?女か!?地位か!?」
「そんなもんに興味は無い。取り敢えず、あんた五月蝿ぇよ」
緊張で汚い血をドバドバ垂れ流しにしているゴミを見て、しばし思考する。
(そうだなぁ……どうやって血を止めようか。霊力を流すと体がボガンだけどじっくりと復讐が出来ないし……傷口を焼こう)
「アクティブ、火炎」
「なっ貴様……グァァァァァッッ!!!!??」
ゴミの傷口をじっくりと焼いて止血する。勿論焼き加減はウェルダンで。火力を間違えたのか付け根まで炭化していたが、まぁ、些細な失敗だろう。
「ぐ……貴様ぁ……」
何か言っているゴミの声を無視して考える。
霊力を流して体を爆発させるのは最終手段にしたいし、傷を付けても出血するのは避けたい。このゴミに回復術式を掛けるなんて以ての外だ。
と、なると……
「えっと……お、あった」
辺りを見回してゴミが使っていた剣を発見する。それを持って逆手に構え、熱発生の術式を起動。鋼の刀身が見る間に赤熱していく。
「貴様、それは何の積りだ……ガァァァァ!!??」
赤熱した刀身をゴミの腹に突き立て、腸をグリグリと抉る。
「アガァァァ!!ギャァァァァ!!!!」
「ハハハハハ!!!貫かれる感触と肉を焼かれる感触の感想はどうだいゴミ風情が!」
適当に抉りまくった所で刀を引き抜き熱出力を強化。鉄がある程度融けたのを確認してゴミの頭髪を引っ掴み口を無理矢理割り開く。
「ウォゴォォァァァ!!!?」
融けた刀を口の中に突き込んでホットな食事をプレゼントすると、ゴミは珍妙な悲鳴を上げて絶叫した。暫くすると喉をやられたのか全く声を出さなくなる。
「ーーーーーーーーッ!!ーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」
「あ〜あ。もう声も出せなくなっちゃったか。可哀想なゴミ屑さんだこと」
さて。これで助けを呼ばれる可能性はかなり減った。ゴミはさっきから断続的に転移の術式を発動し続けているが、俺の起動している霊力による空間干渉によって阻まれている。相当量の霊力を放出する事には変わりない物の、『魔眼』の事を気にしなくて良い分制御が楽だ。
更にゴミの内臓に入り込んだ融鉄を棘状に形状変化させる。
出来るだけ炭に変わっていない部分を狙って形状変化させたが、その効果は覿面で、棘がゴミの体の内部から飛び出すと、後を追うように鮮血が噴き出てくる。
「それにしても、“コレ”、どうしよっかなぁ……」
人としては最早死に体だ。無様に白目を晒し鼻水やら唾液やら涙やら色々と垂れ流しになっている。
……無様な命乞いを聞くのも一興かな?
喉を無理矢理元の状態に修復改変する事で声帯を擬似的に復元すると、ゴミは面白いような勢いで捲し立てる。
「貴様!私を助けろ!私を助ければ日本帝国軍の准将……いや、少将のポストを約束しよう!いや、金か!?何億欲しい!?百億か?!二百億か!?……あぁ、そうだ!私の娘が居る!確か貴様の一個下だった筈だ!婚約が欲しいのか!?あいや、結婚式でも挙げてやろう!盛大にな!だから私を助けろ!!……何とか言え!!」
「う〜ん……どうしましょうかねぇ」
「なら何だ!?何が欲しい!?」
「何言ってるんだ?俺が欲しいのは最初からテメェの命だけだよゴミクズ野郎」
「貴ッ様ァ……!!私を殺せばどうなるか分かっているのか!?」
「えぇ。分かってますよ。分かった上で此処に居るんだ」
「化物め……!」
確かに、僕が今まで積み重ねてきた生命の重みは、このゴミ一匹と比べても明らかに重い。
「化物だから何だ?俺は今までに俺が重ねてきた生命の重み、それを無駄にしたくはない」
無論詭弁だ。どうしようもなく醜悪で、排他的な利己主義者。自分の大義の為に殺人を重ねる俺の、何処があのゴミと変わりないのか。
「地獄に落ちろ、クソガキィ……!」
「勿論さ。こんな事をして天国に行けると思うほど俺は阿呆じゃ無い」
あの世に序列があるとするのならば、俺は真っ先に地獄の最下層行きが決まるだろう。
重みは放り出した方が楽だ。復讐なんてしても後には何も残らない。
……でも、それでも、俺はこの生き方を止められない。
「なら貴様は、何の為に私を殺す!?快楽の為か!?復讐か!?」
「そんなのは、最初から決まっている」
あの日、俺の両親が死んだあの日から、この世のすべての物は意味を無くした。
一切合切の物事を現象として機械的に処理する、只の有機的殺戮マシーンになってまで果たしたかった物が、いま、この手の中に有る。
「テメェにこの世の全ての苦痛を味合わせたあとで地獄行きにしてやる。精々先に足掻いとけよ。先輩」
「ひぃ、嫌だ、嫌だ!死にたくない!!死にたくないぃぃぃッ!!!!!」
そう言ってゴミを放り投げる。放物線を描いて落ちてくるゴミの股下から頭蓋を貫くようにに照準を合わせ、
「ーーーーさようなら。叔父さん」
手にした黒曜で喉元まで貫く。まだこの世への未練を示すかの様にビクビクと震えるゴミを冷めた目で見下ろし、クズを『再利用』出来なくする為の『処理』を開始する。
喉元から頭蓋に黒曜を更に押し込み、完全に貫通させて圧縮するように圧をかける。
バキゴシャボキメキグキッッ!!
硬いモノが折れるような音が連続して鳴り響いた後、腸やら血やら脳漿やら色んな物がはみ出て四十センチくらいに圧縮された肉塊を火炎の魔術で焼却し、ビルを去ろう……とした所で通信端末が着信を知らせる。
番号設定は非通知。兎も角、出てみないことには始まらないので音声通信に設定して呼び出しに出る。
『……一条士。今すぐに統合行政統括区域第三区芝浦一番地に来い』
……どうやら、もう一仕事ありそうだ。




