第六話 「帝王とは」
あれから一週間程度経って、僕達はクラノディアから日本へと帰国した。とは言え、僕達にとって何か大きく様変わりした物もない為、暫くは暇を持て余していたのだが……
「頼む、士!私と結婚してくれ!」
「えっと……行き成りでよく分かんないんだけど、どういう事?」
何があったのかいきなり頭を下げて頼み込んできた蒼華を見て思案を巡らすが、告白に踏み切られるような所まで接近を許した覚えはないので、素直に理由を聞いてみることにする。
「あぁ、済まない。実はだな……」
蒼華が話してくれた事によると、蒼華は今現在結構強引に婚約を迫られているそうで、それを回避する為に僕との偽カッブルを演出して貰いたいのだとか。
「それで、お相手は?」
流石にお得意様との縁談は避けたいので、そうなった場合には丁重にお断りさせて頂くつもりだ。
「あぁ、その事なんだが……」
蒼華は一瞬目を彷徨わせたあと、こちらを見てその言葉を発した。
「……神上家、だよ」
ーーーー神上家。
“極東の帝王家”の異名を取る当代最強の魔術師集団。その権勢は表裏関係なく及ぶ程の大家であり、
……僕と織奈の出身である。
「神上の中の誰?」
僕が聞き返すと、蒼華の口からは想像もしない言葉が漏れ出た。
「……神上家12代目当主、神上王我」
「ーーーーそうか」
気が変わった。
適当に終わらせるつもりだったが、そうも行かない。
折角又と無い復讐のチャンスを、有ろう事か向こうから持ってきてくれたのだ。
これを僥倖と言わずして何という?
きっと僕の顔は、水を見つけた旅人のような顔をしているだろう。
「つ、士?一体どうしたんだ?」
ほら、蒼華が引いちゃってる。
「いや、何でも無いよ」
顔面筋の動きを無理矢理修正して元の表情に戻してからそう言うと、蒼華は安堵したような表情を浮かべた。
「そうか……なら良いんだ」
「それで、今後の日程は?」
この後の予定を修正する必要がある為、これは聞いて置きたい物だ。
「あぁ、その事なんだが……」
蒼華がやけに言い辛そうな顔をしている。何でだ?
「木蔭の名を継承するには、木蔭流の秘奥を扱えなければならない。その為には修練がいるんだ。時間が無いとは思うが、修練に付き合ってくれないか?」
ーーーー木蔭流。
安土桃山時代に端を発する介者剣術を基礎とした総合武術の流派であり、今なお続く『古式魔術』の継承者として知られている。
古式魔術とは、霊力を使い世界の一部に効果的に働きかける事で、ギアを使用しない発動方法としては圧倒的に早い高速性と、そこそこの威力を両立している一連の技術の事を言う。
現代魔術との違いは、ギアが有るか否かで大別されるが、優れた古式魔術の術者は現代魔術師相手でも真っ向から撃ち合えるとか。
神上が今回蒼華との婚姻を仕組んできたのは、古式の技術を吸収する事で自らの地位を更に盤石にする為だろう。
神上家は古式魔術と現代魔術を効率的に融合させてのし上がってきた家だ。木蔭の秘奥がどんな物であれ、使えるだけ使い捨ててポイだろう。
それに、木蔭の秘奥がどんな物か、魔術師として興味がある。
ただまぁ、それ以前の話として、
「わかったよ。外出許可は?」
僕達は英雄でもあり実験動物でもある。勝手な行動はまず許されない。
「それなら、ホラ」
心配御無用、と言わんばかりに蒼華が僕に突き出してきたのは、三枚の外出許可証だった………………………三枚?
「僕と、蒼華と……」
……だれだ?ドッペルゲンガーか?
「私ですよ?お兄様」
「……織奈」
部屋をベリベリっと引き剥がすようにして現れたのは織奈だった。
ってちょっと待った………………………?
「……風属性中級の光偏向屈折術式か」
「ご名答です」
薄い空気の層を幾重にも重ねて光を屈折させ、自身を景色に擬態させる魔術だ。
と言うより、これをギアの補助無しで起動できてしまう織奈の技術が可笑しいのだが。
「それより、織奈も行くのかい?」
この案件が穏便に済む確率は限りなく低い。下手すれば死の危険性だって付き纏う。それでも行くのか、という意味だが、織奈はその意味をきちんと汲み取ってくれたようだ。
「……はい。行かせてください」
真剣に頷く織奈をみて、肩の力を抜く。
「蒼華。顔合わせは何時?」
「一週間と三日後だから、八月二十二日だ」
「あまり時間が無いな……すぐに移動しよう。荷物の準備は?」
「お任せください!」
「うわっ!?」
後ろから抱きついてきたのはマリアだった。マリアも風の隠蔽術式を使っていたみたいだ。
と言うより、
「マリア、当たってるって!」
何がとは言わない。
「違いますよ士さん。当、て、て、る、ん、で、す」
そう言ってさらに僕に体重を掛けてくる。僕の理性ががが……
「兎に角、離れてよ!」
少々強引だがマリアを押し返して、話を元に戻す。
「そんな事は置いといて……マリア、荷物の用意有難う。助かったよ」
「いいえ。こんいな事などお安い御用です」
柔らかく首を振るマリアの頭を軽く撫でる。
「ひぁっ!?」
「それでも、さ……よし!いざ、木蔭流道場へ!」
僕は立ち上がり、手を叩いてそう宣言した。
現代風の高速鉄道に揺られて四十五分程度。
前時代よりかなり高速化した軌条鉄道の恩恵により、僕達は木蔭流道場の正門前にいた。
「ここに来るのも久し振りだなぁ……」
数年前までは毎日のように遊んでいた場所だ。数年越しに見ると、やはり感慨深い物がある。
「では、参ろうか」
蒼華が門に向かって一礼し、僕達もそれに倣う。
暫くして顔を上げ、門を潜って階段を百段近く登ると、開けた場所に古めかしい日本家屋が建っていた。
ここが木蔭流の道場、天詠庵だ。
「お邪魔します」
道場の引き戸を開け、靴を脱いで廊下に上がる。
そのまま廊下を進んで左手に曲がった突き当りの部屋。
そこの障子を蒼華は静かに開ける。
「只今戻りました。母上」
「……おや、蒼華かい?」
蒼華の呼び掛けに反応するようにしてこちらに振り向いたのは、年の頃三十路過ぎ程の女性だった。
「お久しぶりです。遥香さん」
木蔭遥香。木蔭流武術道場の師範であり、蒼華の実母でもある。
遥香さんは、僕の声を聞いて驚いたように目を丸くし、次いで優しい笑みを浮かべてきた。
「……無事で良かった。あんたは蒼華とよく遊んでくれたから、あの時から気に掛けていたんだよ」
「それより、母上。今回のご用件なのですが……」
「別に構わないさ」
蒼華の言葉を遮るようにして言葉を掛けた遥香さんに、蒼華は少し驚いたような顔をする。
「家とあんたの仲だ。蒼華を娶りたいなら、好きにすると良い」
……これで第一関門突破。
「では……」
「但し、最低限の証は示してもらうが、ね」
しかし、物事はそう簡単には行かないようだ。
スッ、とまるで隙を感じさせない動きで立ち上がりながらこちらに威圧をかけてくる遥香さんを見て、僕は心の裏で僅かな舌打ちを漏らした。
「試合は一本勝負。戦闘不能になった時点で負け。それで良いですね?」
「はい。良いです」
「うむ。良いぞ」
天詠庵の道場に移動し、審判を努める蒼華の声を聞きながら、僕は木刀を構える。
流石に真剣は躊躇われたので木刀を使ってはいる物の、真剣も勧められた。
と言うより遥香さんは真剣を使っている。
「本当にそれで良いのか?下手をすれば斬り伏せられるぞ?」
「ええ。これで良いんです」
一瞬でもミスったらあっさりと惨殺してしまうレベルの戦いだ。木刀ならまだ調節が効く。
「では、準備は良いですか?……試合、開始!!」
ガイィィン!!
蒼華の言葉が聞こえるや否や斬り結ぶ僕と遥香さん。大きく弾かれた木刀を持ち直し袈裟斬りを放つが、即座に躱され離脱される。
「成程……」
と強がってみたものの、心の中は驚愕で一杯だった。
(これが木蔭の秘奥、韋駄天か………………………速すぎでしょ!!?)
人体にかけられたリミッターを強制的に外して人外クラスまで身体能力を引き上げる技法“韋駄天”。
言ってみればそれだけの事ではあるが、剣の達人が使えば凄まじい絶技に成り果てる。
と言うより、韋駄天は身体能力をを補助するものでは無く引き上げるものである為、素人が使っても人外レベルにはならない(そもそも肉体が負荷に耐えられず死亡する)。鍛えられた人間が使って初めて意義のある技なのだ。
「さて。着いて来れるか?」
「……意地でも食らいつきますよ」
「その意気だ」
そして再開する高速戦闘。
(今度は慢心しない……!)
こちらから踏み込んで放つ唐竹割りを体を横にずらして躱され、放たれる袈裟斬りに刃を合わせて逸らす。
直後、視界から遥香さんが消えた。
「……ッ!そこッ!!」
気配を頼りに木刀を横薙ぎに振るうと、硬い感触と共に木刀の先が切り裂かれた。
「いぃっ!?」
慌てて強化術式を使用し木刀を強化。斬り返すが既に間合いから離脱されていた。
「うん……?斬ったと思ったのだが?」
間一髪で強化が間に合ったんですよ。この人外。
しかし人外(僕)に人外と言わせるとは、どんだけ馬鹿げてるんだこの人……
「まぁいいさ。ーーーー死ぬなよ」
「ーーーーッッ!!??」
同時にこれまでで最大級の圧が放たれ、僕に自然と構えを取らせる。
あの構えはーーーー抜刀術!?
「木蔭一刀流抜刀術ーーーー鳴神」
(あぁもう!どうなっても知らないからね!?)
即座に木刀を手放し暮刃を転送術式で呼び出すと同時に身体強化術式を全身に駆け巡らせて暮刃を正眼に構える。
強化された動体視力の恩恵でスローモーションになる世界。その中をいつも通りに動く僕と遥香さん。
居合の初太刀を袈裟斬りで迎撃し、間髪入れずに放たれる返し刃の薙ぎ払いを打ち払う。
「……抜刀術とか言ってる割には二連撃でしたが?」
「そうかっかするな。元来、この技は一撃目で怯んだ、若しくは油断した敵をニ撃目で確実に仕留める物だ。仕方無いだろう?」
「……それ、明らかに殺す気満々じゃないですか」
「………………………さぁ?どうだろうな?」
絶対考えて無かったよこの人。
そんな呑気な会話をしている内にも僕と遥香さんは音などとうに置き去りにした世界で斬り結んでいた。
遥香さんが韋駄天のレベルを更に上げていくのを見ながら、僕は新しい強化の術式を重ね掛けした。
「速過ぎだろう……?」
それが私の率直な感想だった。
私もそこそこの修練を積んだ自負はあるが、眼前で繰り広げられる戦闘には辛うじて目が追いつく程度のものでしか無い。
それよりも、
「全く……周りの被害も少しは気にしてください」
そう言いながらこちらに来た衝撃波を両断する。
二人が剣を振るう事によって、あちらこちらを衝撃波の刃が飛び交っている。衝撃波、と言っても要は空気の壁だ。斬って切れない事はない。カルマン渦は無視すればいい話だ。私とて修練は積んできた身。この位の事は出来る。
「……と言うより、出来無ければついて行けないのだがな」
「どうかしましたか?」
「あぁ、いや。何でも無い」
織奈に不審がられてしまったようだ。流石に独り言をブツブツ言い過ぎたか。
「とは言え、お兄様も些かやり過ぎですね……ッ!」
織奈も槍を使って衝撃波を斬っていた。
「織奈……槍術の心得なんてあったのか?」
「お兄様に教えてもらいました……と言っても護身術程度ですがね」
「………………………普通、護身術程度で衝撃波は切れないぞ」
まぁ、織奈は魔術も使っているようだ。流石に体術のみで斬られたらこちらの立つ瀬が無い。泣いて五体投地する自信がある。
「それは良いとして、どうやって終わらせましょうか……」
現在、士と母上は互いに音速以上の速度で移動しながら斬り結んでいる。切り結ぶ時に発生している音も、金属特有の甲高い音から空気の壁を叩く鈍い音に切り替わっていた。余りにも剣速が速過ぎて、衝撃波同士を叩き付けているようになっている……のか?
「これで怖いのが、まだ何方も本気を出していない所だな」
「そうですね……」
士はナイフを抜いていないし、母上は二刀流に移ってない。
どちらも手の内を隠した状態での熾烈な攻防……
「全く……世界は広いな」
「どういう事ですか?」
「目標が出来たという事さ」
私もまだまだ未熟者だ。もっと精進しないと。
「取り敢えずは、これを終わらせるとするか」
「ですが、どうやって?」
「私だって、木蔭の端くれだ。見てろよ?」
「……って!?」
「木蔭一刀流抜刀術ーーーー空断!」
足捌きに腰の捻り、腕の伸ばしを併せて刀を加速させ、小気味良い音を立てて振り抜かれたそれは、衝撃波の壁を発生させて、今まさに激突する所だった二人の中間に向けて走り抜けた。
「木蔭一刀流抜刀術ーーーー空断!」
その言葉とともに横合いから降り掛かる衝撃波の刃。
恐らくは中断の合図なのだろうが、激突までコンマ下01秒の状態でその技を迎撃することは不可能に近い。
(でも、防がなきゃただじゃ済まない)
威力を調節しろと言いたいが、殺すための技に手加減を求めるのはナンセンスだ。
剣筋を僅かに修正し、遥香さんの剣をずらしながら剣先を衝撃波の渦に突っ込ませ、さらにそれを媒介にして相対速度ゼロで空気を静止させる為の術式を起動する。空気の壁が溶け消えたのを確認してから飛び退って大きく距離を取り、遥香さんに声を掛ける。
「腕試しの成果はどうでしたか?」
「フッ……良く出来ている。合格だ」
遥香さんも笑って返す。
………………………それより。
「道場がヤバイことになっていますけど……どうします?」
「改築、だろうなぁ……」
彼方此方に斬撃痕が刻まれていて、今にも天井が崩れそうなレベルになっている。作り直すのには相当金が掛かる事だろう。
「もし良ければ、直しましょうか?」
「本当かい?」
「ええ、まぁ……自分がぶっ壊したのもありますからね」
「それは助かる……が、どうするんだ?」
「それより、この道場は釘接合ですか?嵌め込み接合ですか?」
「釘も嵌め込みも、何方もだ」
「何処かに柱は……あ、ありました」
手近な柱に手を触れ、解析の術式を起動し、解析を開始する。
「何をする気だ?」
「僕達が魔術を使って物品を直すのには、二通りの方法があります。一つは、物体の“刻”を巻き戻して物体を修復する方法。もう一つは、同質の素材をコピーアンドペーストして、補強する方法です。此方の方法は何方かと言うと『修繕』ですけどね。ーーーー解析完了。複製、開始」
無事な所に存在する“木と言う物体”の組成、種類等を読み取り、修復したい所に術式の内容として貼り付けて行く。「何も無い」状態から「何か有った」状態に書き換えられた傷跡は、恰も其処に有ったかの様にさっぱりと消えた。
(まぁ、厳密にはさっぱりじゃ無いんだけどね)
柱にする時に切り出した場所の違い、素材の経年劣化に因る痛み、罅、木目のズレ等々。そもそも違う場所から持ってきた以上完璧に複製出来る筈が無い。良く良く見れば微かに違っているのが見て取れるだろう。
そのままルーチンワークで術式を処理し続ける。五分くらい術式を起動し続けていると、とうとう最後の傷が修復された。
術者(僕)と媒体(木)の接続(物理的な意味ではなく神霊界での概念的な距離と言う意味だ)を高める為に触れていた手を離して一息つく。
「これで全部終わりました。………………………あ〜、疲れた!」
「一体どうしたんだ?」
「補強をする為の術式の処理をずっと続けていたので、少し頭が疲れたんですよ」
ギアと接続していれば演算部分を代行させる事が可能だったのだが、自分の頭一つで演算するには些か手に余る代物だったのでかなり時間が掛かってしまった。
「いや、いきなり何かブツブツと言い始めるものだから、どうかしたのかと思ったよ」
「………………………何か言ってましたか?」
「詳しいことは分からんが、少なくとも人間が喋っていい言語ではない」
「……成程。分かりました」
「何がだ?」
「恐らく、口頭詠唱をしていたのでしょう。あの難易度の術式をブッ通しで使っていた割には疲労が軽かったので、口頭詠唱を使って無意識に負担を軽減していたのだと思います」
口頭詠唱とは、頭で高速演算を行う代わりに『言葉』を鍵にして霊力を制御し、魔術の起動を行う技術である。
『言霊』と言う系統の術式はその典型であり、ワンフレーズに込められた意味を霊力を通して顕現させる術式だ。
とは言え、頭で行っている膨大な計算を言葉で肩代わりさせるのはかなり難しく、初級魔術なら兎も角、中級以上になると脳内演算の方が速いという始末だが、今の様に演算をカバーする事くらいは出来る。
「だが、あれは最早言語ではないぞ……?」
「物事の“意味”を言葉で表現するには、相応の複雑さが必要なんですよ」
軽く動ける程度には回復したので、立ち上がって辺りを見回す。道場をざっと見た感じ、目立った損傷は無いようだ。
「それで、この後の予定は?」
「……本来なら体に力が入らなくなるまで叩きのめす積もりだったが、生憎とお前さんは疲れているようだ。今日は早い所休んで、英気を養う事だな」
素直に褒めたいが、プライドが邪魔して話せない、と言ったもどかしい表情をしながらそう言い残して奥に姿を消す遥香さんを見て、蒼華と織奈の方に視線を向ける。二人共相当に疲弊していた様だ。
「お疲れ様。二人のお陰で修理する所が少なくなったよ」
「いや、気にしなくて良いぞ……」
「ハァ……有難うございます」
何方も疲労困憊の体でこちらに返してくる。
「疲れているところ悪いけど、僕の部屋に案内してくれないかな?」
流石に疲れた。早く一息つきたい所だが、如何せん場所が分からない。部屋を勝手に使ったら確実に怒られるだろう。
「あ、あぁ……済まない。本来なら私から切り出すのが筋なのだがな」
「それは良いって。頼める?蒼華」
「勿論。任せろ!」
エヘン、と言う擬音がつきそうな動きで胸を張る蒼華をみ見ながら、心の中では冷徹に復讐の算段を考えていた。




