第五話 「本音の吐露」
廃ビル(と言っても既に瓦礫の山だが)を後にし、暫く山を下ると、黒塗りのリムジンと運転手が居た。
(……流石に一人で来るわけ無いか)
運転手に軽く一礼してからリムジンに乗り込み、王宮を目指す。
二十分程経って王宮の本邸前に到着すると、僕は一斉に視線の歓迎を受けた。
「見られてる……な」
「……?」
(好意とも敵意とも違う……品定めされてるのか?)
小声を気に留めたマリアの問いをやり過ごし、本邸の玄関から出てきたアルガさんに挨拶する。
「すみません。只今戻りました」
「いや、堅苦しいものはいい。集君……と言ったかな?彼もここに居る。存分に寛いでくれたまえ」
いよいよ来たか……って言うか、集は何してるんだ?僕達はクラノディアの私兵じゃ無いんだぞ?国際関係を考えてないのか?
……ついついぼやきが口をついてしまうが、あいつは大のお人好しだ。恐らく押し切られたのだろう。
一瞬どうするか迷うが、集を置いていくのは不安が残る。ここは素直に受けるべきだろう。
「………………………では、お言葉に甘えて」
「そうか。それは良かった」
そのまま本邸の玄関から邸内に入る。
「では、及ばずながら、私が本邸の構造についてご説明させて頂きます」
マリアは一息おいて話し出す。
「本邸の大階段向かって左に客室。二階奥に食堂、階段を上がって奥側に主寝室があります」
主寝室ってことは、アルガさんが住んでいるのか。
「王宮庭園には、様々な花が咲き乱れて瀟洒な雰囲気を醸し出しています。滞在中、ごゆるりとご覧ください」
…………?
「ちょっと待って、なんで僕がそこまで滞在しなきゃいけないの?」
「いえ、まぁそれは……外交問題と言いますか……」
しどろもどろになっているマリアを見て、軽くため息をつく。
(外交問題、ねぇ……)
そんなのは無論建前で、実際は世界最高クラスの単体戦力(僕と集)との関係強化が狙いだろう。大方、こちらがクラノディアを押さえ込んで暴れた以上、そこそこの事なら断られないと踏んで仕掛けてきたかな?
乗せられるのは癪だが、こっちには相手をはぐらかすいい理由もない。集ならばそこそこの譲歩を引き出せた筈だが、今ここに居ない以上無い物ねだりをしても始まらない。
「……わかったよ。じゃあマリア、集のところ……は良いか。僕の部屋があったら、そこまでまで案内してくれるかい?」
取り敢えず後で集にお仕置きする事にして、待たせる形となったマリアのフォローに入る。
「はい。お任せあれ」
それを知ってか知らずか、マリアは優雅に一礼して踵を返した。
部屋に入り、一人になる機会を貰った(マリアは落ち込んでいたが、一緒に寝る事を出汁にして機嫌を直させた。前回は不可抗力だが、この場合は打算だ)僕は、先ず服の修理から始める事にした。
銃弾の擦過傷等は後回しにして、夥しい量の血が付いた制服兼仕事着に、知り合いの業者に作ってもらった血液反応分解剤を振り掛ける。簡単な染み抜きとルミノール反応の隠蔽を可能にするこの薬剤は、実は裏社会では結構スタンダードだったりするので、苦もなく入手できた。
簡単に制服を検分してから、転送魔術を起動させてとある武器を取り出す。
僕はこんな武器に見覚えは無いので、恐らく零が持ち出してきた物なのだろう。
「対物ライフルを改造したマシンガン……」
明らかに人体に使うにはオーバーキルだと解る武器を見て、僕はそんな言葉を零す。
「いやぁ……なかなか面白い事を考えるなぁ」
このアイデアは無かった。中々良い頭をしてる奴が居たみたいだ。
けど、それなら何で弾体を劣化ウラン製弾芯にしなかったのかそこそこ疑問だ。……恐らく金の問題だろうが。
これをどうするか考えたが、有難く貰っておくことにしよう。使いどころの有りそうな武器は取っておく主義だからね。
それと、零が表に出ている間に何か使われた物がないかも調べておく。ざっと見たところ特に抜けた物は見当たらなかったので、零は自分の拳(と言っても僕の体だが)とこの頭の可笑しいマシンガンで500人近い人数を殺害したことになる。
「はぁ……また変な二つ名が増えそうだ。『五百人殺しの一条』とか……」
実際に僕が殺ってきた人数を合計したら十万は優に超えるだろうが、一度に五百人もの人間を殺した例というのは一寸僕にも覚えがない。
「あぁ……後始末が面倒くさい」
零が出てきた後のお決まりになってしまった台詞を呟き、対物マシンガンを転送術式で日本に送り返す。
「士さん、夕食の準備が出来ました。宜しければ一緒にお食べになりませんか?」
その作業が終わった直後の狙ったようなマリアの声掛けに、思わずズッコケそうになってしまったのは、永遠に心の中に仕舞っておきたい思い出だ。
簡単な会食(とアルガさんは言っていたが、少なくともフルコース形式のものを簡単とは言わない)をどうにか乗り切り、僕は浴場に居る。
集にはシャイニングウィザードを叩き込んでやった。こめかみから嫌な音が聞こえたので、しばらくは目を覚まさないだろう。
まぁ、そんな事は置いといて、
「………………………?」
手拭いを持って風呂場に行こうとしたのだが、違和感を感じて動きを止める。
(ーーーー存在探知ーーーー)
何も無いとは思うが、一応存在探知を使っておく。すると……
「………………………何やってんだよ。マリア」
マリアがいた。しかも、風呂場全域に微量ではあるが霊力が充満している。ジャミングだろうか?存在探知は、“霊力を三次元的に知覚することができる能力”と考えてもいい。そういった意味ではマリアの試みは功を奏していると言える。
問題は、僕が『霊力の色』も見分ける事ができることだ。その“拡散した霊力”もマリアのものである以上、マリアの色を持っている。今回はそれを見分けることで、『マリアが居る』という結果を導き出す事ができた。
それは兎も角、
「えぇい、どうした物か……」
こんな所に入っていったら(マリアが確信犯かどうかは別として)、まず間違いなく事案発生だ。
かと言ってこのまま放置しても、マリアがのぼせてしまう事になる。それはそれで僕が助けに入らないといけなくなりそうだ。
「………………………よし。男は度胸だ」
軽く心臓を叩いて気合いを入れ、風呂の扉を開ける。
「!?……あら、士さん?どうか致しましたか?」
僕が入ってきた事に一瞬驚いたようだが、すぐに持ち直して言葉を続けてくる。この様子から察するに、どうやら確信犯のようだ。
ここで僕が驚いても良いが、そうしたら何か負けの様な気がしたので、
「いや?何でも無いよ。マリアこそ、まだ6時半位だけど、こんな時間にどうしたのかな?」
努めて冷静に返事をする。
「久々に故郷の夜景を見たいと思いまして、それまで時間を潰しているのです。宜しければ士さんもどうですか?」
うわぁ……素で返してきたね。
一応、そこまで変な展開にならなければ大丈夫……だと思うから、乗るかな。
「わかった。そう言う事なら喜んでお共させてもらうよ」
「有難う御座います」
手早く身体を洗って、湯船に浸かる。マリアの近くでも無いが、遠くでもない絶妙な距離だ。
マリアが何も言っていないとは言え、寄り過ぎるとがっつき過ぎているように見えるし、遠過ぎると敬遠しているように見えて白けかねない。そういった理由からこの場所を選んだのだ。
それにしても……
「綺麗だよねぇ、マリアってさ」
「ひゃ、ひゃい!?」
滑舌が大変なことになってるなぁ。
とは言え、マリアの身体は本当にきれいな体をしている。
アップにして括られた髪と微かに上気した頬が活発な雰囲気を醸し出しており、湯船から僅かに除く胸とその谷間に男を誘惑する神秘性が……ッ!?
ガンッ!
「つ、士さん?!大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫。大丈夫だから心配しなくていいですなので許して下さいこの通りです本当に申し訳ありませんでした」
「ち、一寸待って下さいそれは駄目ですって!本当に死んじゃいますから!」
「……ハッ!僕は何を?」
何だろう……凄まじい罪悪感を感じた気がする。
「……兎に角上がろう。逆上せるよ?」
……主にマリアが。
しかし、マリアはいつまで経っても僕の手を離そうとしなかった。そればかりか、
「うわっ!?」
僕の体を押し倒して、その上に体を乗せて逃げられないようにしてきたのだ。
(……もしかしなくても逆レ?)
本能的な警鐘がガンガンと鳴り響いているのを感じながらマリアの次の行動を待つ。
「士さん。私は……怖いです」
……マリアの絞り出すような声に、反応できなかった。
「あの時、敵が私を殺そうとした時、私は動けませんでした」
そのまま、ポツポツと言葉を続ける。
「逃げるなり、ファフニールを装着するなり、何かできる事はあった筈なのです」
ようやくこちらと目があったマリアの目は、酷く疲れているように見えた。
「私は、処刑されるのをただ待っているようで、何も出来なかった自分が、情けなくて……」
まるで罪を懺悔する様なその声を聞きながら、僕の頭は高速でマリアの言葉を纏めていく。
……詰まる所、マリアは僕に嫌われるのでは無いかと危惧しているのだろう。
自分の存在が、僕の重荷になるのでは無いか。そういった気持ちに突き動かされてしまったのだろう。
……ふと、マリアを見る。
こんなに僕の事を思ってくれる人など、今まで見たことが無かった。
もし……もしも、この幼気な少女を僕が自由に出来たら、それはどれだけ幸福な事だろうか。
ただ、それは人形と同じだ。僕は人形偏愛症ではないし、何よりマリアに悪い。
取り敢えずマリアを押し返し、湯船の縁に座らせる。
「マリア、一寸落ち着いーーーー」
僕の唇を人差し指で塞ぎ、マリアは言葉を紡ぐ。
「……士さん。私は、あなたの側に居るに値しますか?」
放たれた言葉は、プロポーズにも近い物で、僕は硬直してしまった。
「不躾なのは承知しています。ですが、これだけははっきりと答えて下さいませんか?」
「どうっ、て言われても……」
僕はしどろもどろになりながらもどうにか弁解を試みるが、マリアの視線の強さに観念して、理由を話す事にした。
「……現時点に限って言えば、僕はまだマリアを異性として見る事が出来ない」
「そう……ですか」
マリアは顔を俯かせる。
「けど、これはマリアが魅力的じゃないって訳じゃない。僕には……そうだね、好きな人が居るんだ。……いや、“居た”と言うほうが正しいかな」
「その方は、今は……」
「………………………死んだよ」
マリアが顔を跳ね上げ、驚いた表情を作る。
「死んださ。僕の目の前で、僕に看取られて死んだ」
「士さん……」
マリアの気遣うような視線がひどく身に沁みる。
「少なくとも、その思いに蹴りが付くまで、僕は君を意識する事はあっても、異性として見る事は無いと思う。……自分でもヘタレだと思ってるけど、許して欲しい」
僕は立ち上がって、深く頭を下げる。間接的とは言え、振ったのと一緒だ。ちゃんと謝るべきだろう。
「………………………フフッ」
徐に口に手を当てて笑い出すマリア。
「……どうしたの?」
「いえ。色々悩んでいたのが何か馬鹿らしくなりまして」
「え?」
「私が、貴方を振り向かせられるくらいに魅力的であればいいんですね?」
「そ、そうだけど……」
「なら、何も問題はいりません。振り向かせてあげますよ?士さん」
立ち上がって、満面の笑みで宣言してくるマリア。
「本当に、それで良いの?僕と関わるってことの意味、わかるだろう?」
「ええ。重々承知しています」
「だったらーーーー「それでも、私の答えは変わりません」……マリア」
マリアの決意は固い。これはどう言っても聞かなさそうだ。
「改めて聞くよ。君に、全てを捨てる覚悟はある?親兄弟も、家も、国も、全てを捨ててでも僕に付いてくると、ここで誓える?」
マリアの答えは、即答だった。
「愚問です。私が、その程度の覚悟をしていないとでも?」
静かな決意を滾らせ、真剣にこちらを見据えてくるマリアを見つめ返しながら、僕は思考を巡らせる。
「その果てに、絶望しか残らないとしても?」
「えぇ。私が選んだ事です。決して後悔などありません」
全てを敵に回す選択を突き付けられて、それでも尚折れないのか……
「参った参った。降参だ」
「有難う……御座います、と言えばいいのでしょうか?」
「……でも、証明が欲しい。僕は臆病だからね。何とでも言えばいいさ。君は、僕に何を差し出す?」
ここまで言われてもまだ折れないなら、もう手詰まりだ。
「そうですね……私の命では、釣り合いませんか?」
「……は?」
思わず変な声が出てしまった。
「命?冗談じゃなくて?」
流石にこれは予想外だ。
「非道いですね。泣いちゃいますよ?人質も無い、金もない、物もない。そんな状況で、士さんは私に一体何を差し出せと言うのですか?」
……成程。
「………………………嵌めたね?マリア」
「さぁ?なんの事やら」
態とらし気に肩を竦めるマリアを見ながら、してやられた形になった僕は仏頂面で足をぶらぶらさせる。
「じゃあ、さっきのも演技だったの?」
「あれは本心ですよ。でも、士さんは私を気に掛けてくれている。それだけで十分です」
「……良く出来た人だ」
ただ、やられっぱなしなのは面白くない。
「へ!?あの、士さん?!」
マリアを抱き寄せ、マリアの柔らかい肢体の感触を堪能しながら、
「愛してるよ?マリア」
軽く唇にキスをした。
(さて、どうなってるかなぁ?)
これで少しは意趣返しを出来たか等と考えていると、
「きゅう……」
頬を真っ赤に染めたマリアは、蒸気機関車もかくやという量の煙を上げながら目を回して気絶していた。
(………………………まぁ、問題ないだろう)
どうせ逆上せただけだ。きっとそうだ。そうに決まっている。
意趣返しとして行った一連の行動に関する記憶を厳重に封印して、気絶しているマリアを抱え上げる。
「……着替え、どうするかなぁ」
……まぁ、バスローブでも被せておけばいいだろう。
体に密着しているマリアの体の柔らかさを努めて無視しながら、風呂場の出入口へ向かって歩き出した。




