用語解説 2
統合多目的戦艦『天羅』の一室、俺とマリアが割り当てられている部屋の中では、マリアを教師とした魔術に関する授業が行われていた。
(……と言っても、生徒は俺一人だけどな)
「士さん?聞いてますか?」
「あぁ。勿論」
訝しむような視線を向けてくるマリアに言葉を返す。
「では、魔術の時空間的見地からなるアーデルト式立方空間の対称性とは何か、説明してみて下さい」
「えーっと……魔術師は霊力を用いて事象改変を行うが、その事象改変は神霊界上に浮遊する事象を書き換え、それに付随する物体が事象改変を受ける事で成立するーーーーーー従って、物質界は神霊界の下位次元と捉えることが出来る。しかし、人が道具で物体を加工した際、神霊界に存在する情報も書き換えられる。このように、物質界と神霊界が互いに影響を及ぼし合う状態のことをアーデルト式立方空間の対称性と言う……で合ってるか?」
「はい、満点です。次に、この対象性に関するアングラーの第二補定理の概説をお願いします」
「『ある一つの仕事に関する仕事量はいかなる手段を用いようとも同一である』と言う仕事の原理に従えば、体を紐で引っ張っても、扇風機で吹き上げても、体が1m浮くという結果に付随する仕事量は変わらない。しかし、扇風機で吹き上げたとき、辺りには使われなかった風があちこちに舞う。これが最もわかりやすい形で現れる「余剰事象」であり、魔術を用いた事象改変は一度事象としての神霊界との繋がりを破壊し、形而上の形質に事象としての属性を与え、神霊界に再度定着させることで成る」
詰まる所、魔術的な事象改変とは、世界との繋がりを破壊して宙ぶらりんになった『世界の欠片』を自分の意志で再構成して世界に再定着させる事に他ならない。
……因みに、魔術を使用すれば光速を超える事が可能になる。
原理は至って単純。
何らかの手段で光速ギリギリまで加速した物体に対して、繭を作る様に結界を展開し、魔術で加速させれば、光速を超える事が出来る。
物体が光速を超えると、物質界から弾き出される。『光速を超えた物体はあり得る筈が無い』からだ。
ただ弾き出されるだけなら、どこに出現するのか分からないが、世界座標が裏打ちされた鏡面世界の一つである神霊界に目的座標を固定していれば、神霊界に突入する事が出来る。
そして、物質は光速を超えないが、情報は高速を超える。ペンの片方ともう片方が同時に回るように、平面的に切り取られた連続すべき事象は必ず連立して存在するのだ。
なので、正確には『光速を超える』と言うより『ワープをする』と言うのが正しい。
なお、霊力の繭を展開していないと、周囲に存在する大量の空虚事象ーーーー事象として世界に定着していない摩訶的物質、即ち霊力と同質の物ーーーーに物体が飲み込まれて情報が削り取られ、意味消失と言う現象が発生する。
しかし、意味消失を引き起こす程の膨大な事象の奔流に耐えきるだけの霊力を生成できる魔術師は、ほぼ居ない。
故に、この話は飽くまでも『理論上』の物だ。
……それはさておいて。
「正解です……士さんは理解するのが早すぎて、教える側としては、あんまり面白くないですね」
そう口にして、マリアは如何にも「私、拗ねてますよ」と言った表情で頬を膨らませる。
「悪い。けど、俺がここまで理解できたのも、マリアが教えてくれたお陰だ。ありがとう」
「えっ!?あぁ、それは……どういたしまして」
俺の言葉に顔を赤くして俯くマリア。初々しい雰囲気に、どうしていいか分からず、目を逸らして頬を掻く。
『何カップルみたいな雰囲気出してるんですか。まだ付き合ってませんよねぇ……』
「ぴゃぁっ!?」
顔から煙を吹き出さんばかりの勢いで顔を跳ね上げてベッドにダイブするマリア。
「……………………ラピア」
『真実でしょう?』
(開き直りやがった……)
事も無げにそう言うラピアに対してこれ以上何を言っても無駄だと感じた俺は、溜息を一つ吐いてラピアに話しかける。
「ラピアは、魔術に関して何か知識を持ってるのか?」
『何故それを最初に私に聞かないのですか。と言うか、超古代文明に置いて決戦用の機体として製造されたこの私が、現代の魔術師より劣っているとでも?』
心無しか不機嫌気味なラピアの声に、どうして機嫌を悪くしたのか不思議に思った。
だが、それを聞くと藪蛇になりそうな気がしたので、素直にラピアに教えを請う事にした。
「分かったよ。じゃあさ、魔術って、ぶっちゃけ何なの?」
「「……………………ハイ?」」
二人の声が見事にシンクロした。こうして見ると、マリアとラピアは何となくだが似ていると思「「えええぇぇぇ!!!!????」」
二人の叫びに思わず耳を塞ぐ。
「マリア、ラピアも落ち着けって。あ〜っと、その……あれだよ。魔術のシステムっていうか、改変の時のプロセスとか、そこら辺を教えて欲しいんだ」
『あぁ、はい。分かりました。一瞬ドライバーの頭がパーになったのかと思いましたよ』
「失礼だなぁ!」
流石に頭がパーになる訳が無い。なるとしたら頭の中に大量の情報を流し込まれたり精神操作系の術式とか毒とか……………………アレ?
(意外と反論できない……!!)
何てこった。ほとんどが魔術師に付き物な物のオンパレードだ。
『まぁそれはそうとして、大雑把に言えば、魔術と言うのは特定の事象を自分の意の儘に書き換える事です。種別としては、一番簡単な「物体属性付加」、「位置置換」、「広範囲収斂収束」の三つから、最高難易度の「物質置換」、「概念置換」まで、様々な術式形態があります』
ラピアは一旦言葉を切って、俺達を見回す。
『魔術に依る再構築の有る無しに関わらず……とは言っても改変後の事象の方により顕著に現れますが、神霊界に連なる情報が多ければ多い程、情報の集積体たる事象を改変する事は難しくなります。これが改変強度です。一般的に、発動する術式の難度が高ければ高いほど改変強度は高くなります。先程の術式の喩えで行くと、酸素の燃焼と天照の赫焔の、どっちが強そうか、と言う話です』
「ふむふむ、成程」
「確かに、かなり分かりやすい説明ですね。御見逸れしました」
『いいえ、それ程でも』
マリアの賛辞にも、ラピアは素っ気ない反応を返す。
『と言うより、戦闘中に一々魔術の構築やら何やら考えてたら、切りが無いでしょう。今ドライバーに必要なのは、その魔術がどんな影響を世界に及ぼし、どのような現象で以て世界を書き換えるのか、この二つだけです。ドライバーの意図を汲み取り、最適な術式構築を行うのは、寧ろ擬似人格AIの領分ですよ』
「ふ〜む……分かりました。確かに、戦闘中にそこまで構築を意識する事はありませんね」
マリアの言うとおり、ギアに乗っての戦闘中に魔術式の詳細を意識する事はまず無い。
魔術師は音声入力又は思考操作で術式を選び出し、行使するが、その詳細なパラメーターの設定まで行うことは殆ど無い。空間圧や地磁気の分布、風速や湿度、気温等、不確定要素を全てリアルタイムで計算するのは、人間の脳単体では不可能だからだ。
『超音速の戦闘について行けるほど、人間は万能じゃありませんからね』
「あれ?でも俺って結構パラメータとかいじってるけど?」
「私も、いくつかの雛形を元にその状況に適した術式を選び出していますね」
『あなたたちと常人を一緒にしないでください!』
何やら凄まじく失礼な言葉を言われた。
……それはそうとして、
「天照大御神、か。懐かしい言葉を聞いたな」
「何かご存知なのですか?」
「……ご存知も何も、俺の遠いご先祖様だよ」
「『…………………………………………えっ?』」
その瞬間、沈黙が部屋を支配する。
「ちょっと待って下さいどういう事ですかそれ、まさか士さんは今ウワサの現人神とか言うやつですか確かにあの桁外れな戦闘能力とか左目の魔力色とか当てはまる節は色々ありましたけども!」
一番最初に再起動したマリアは、思わず俺が見失う程の速さで俺の目の前に回り込み捲し立てて来た。
「取り敢えず、落ち着いて、マリア」
マリアの肩に両手を置いて、彼女の座っていた場所に押し戻す。
「子孫と言っても、そこまで血が濃い訳じゃ無い。時の天武天皇が陰陽寮を設立した時、草壁皇子と言う人を臣籍降下させたんだ。俺たちの一族、草壁都ノ宮流嫡流一条家の開祖だよ」
そう。俺の一条という名前は一条家本家に連なる正統後継者の証であり、俺の両親が殺された最大の要因でもある。
神の権威がとてつもなく高かった日本で、陰陽寮という出自上偶然に発見してしまった魔術(今で言う所の儀式魔術で、恐ろしく単純)、それを秘匿する為、時の天皇は一条家に様々な貢物を与え、そのご機嫌を伺ってきた。
あのクソゴミカスが「神上」などと言う薄ら寒気のする名前を名乗っていたのは、日本神話の神格を長年かけて研究し、日本神話の神々専門の対神術式を作成して来たからであって、その点で言うならば、「神の上に中る」と言う意味を持つ神上にも、多少の信用性があるように思えて来る。
……ただまぁ、「一条」を「神上」に変えるには神の信仰が地に落ち、名前を変えても誰にも気にされなくなった二千年代初頭まで待たねばならなかったのだが。
そして、俺はある種の「先祖返り」と言う奴らしく、神を殺す家系にも関わらず神の血を色濃く引いた俺は、神上にとっては目障りだったに違いない。
「まぁ、俺が持っているのは神の肉体の他には魔術の才能ぐらいしかないよ。左目はちょっとした魔眼ってだけだし、それは天照大御神の加護には入ってないからね」
俺の家が襲われ、左目に銃弾を受けたその時、俺が無意識に発動した『概念置換』の術式が銃弾から「必死」の概念を奪い、俺の左目にその概念を転写する事でこの魔眼は成立した。
術式を形成する為に左目に集中していた霊力のお陰で、銃弾が脳内に侵入する事態は避けられた物の、脳に強い衝撃を受けた事と、魔眼と化した左目が能力を維持する為に自己修復を始めたせいで、凄まじい悲鳴を上げたことは覚えている。
ついでに言うと、何故「必死」の能力が「未来視」に変わったのかも想像がつく。
恐らく、死とは物事の究極であり、今より未来にあるものであって、そこに向かう事そのものが未来へ向かう事を意味している……とまぁ、こんな所だろう。
「それでも、一神話体系の主神の血を引いているのは、それだけで凄いことだと思いますよ?」
確かに、天照大御神の血を引いていると言えるのは、三千年以上続いている天皇家の他には、いくつかの旧宮家のみだ。
その家系の中でも、神の肉体を持って生まれたという話は寡聞にして知らない。
だからこそ、俺の身体は、天照大御神の神格を宿し、制御するための最高の触媒となる。
人が紡ぐ人生、その道先を思わせる物であるからこそ、情報の未定な部分ーーーー神秘性と言い換えても良いそれがある程、情報を内部に保持し、術式によって神霊界に開放され、事象の再構築の起点となる物、即ち触媒としての有用性を持つのだ。
「あんまり実感は無いけどね。それに、もうこの体が神の体なのかすら怪しいからなぁ……」
『それは……どういう事ですか?』
「神の血を引くのなら、その体には神気が遍在しているはずですけど、士さんの体からは、全く感じられませんね」
「マリアの言うとおり、俺は普通の人よりも神の血が濃くて、神代に近い存在だ。けど、俺は同時に魔術師でもあるから、魔導技術特異点以降の存在でもある」
魔術と全く異なる現象法則で動いていた神代の肉体と、魔術を行使する事のできる現代の肉体。
その二つが合わさったとき、果たしてその体は神のそれだと言えるのかどうか。
「俺の体から神気が感じられないのも、多分そのせいだと思うよ」
「ふむふむ、成程……ですが、日本神話に於いて、世界創生は神々によって齎された物である筈です。それなら、日本人の殆どは神気を宿していても可笑しく無いのでは?」
「う〜ん……」
確かに、微量とはいえ神気を宿して居るならば、病気に掛かりにくくなったり、多少身体能力が向上したりするはずだけど、日本人だけそんな特徴があるなんて聞いたことがない。
『その疑問には、私が答えましょう』
そこで、ラピアが割り込んできた。
『魔導技術特異点の前に、人類は大きな転換点、神代事象特異点を一度迎えています。それによって物質界に存在する一定以下の神性は全て根絶されました。なので、現代に生活している人間の殆どは神性を所持していません』
ーーあまりにも長い時間で、神の血が散逸したのもあるでしょうが。
そう言って、ラピアは締め括った。
「成程。血の希薄化か。そう言う考えもあるんだね」
『尤も、神代事象特異点自体は私が作成される遥か前の時代に起きた事で、コーサディウス連合内でも、神の血を引く人間はわずかしかいませんでした。案外、その人達の内の誰かが、神話の登場人物になっているのかも知れませんね』
「事象の固定が不安定な紀元前なら、信仰によって人から神に存在が変質することもあり得るかもしれませんね……」
マリアと顔を見合わせ、何方ともなく疲れた顔をする。
「……今日はもう終わりにしようか。流石に色々詰め込み過ぎた」
「私も、今日は驚いてばっかりです……」
『あら、そうなのですか?では、お休みなさい。ドライバーは密室で二人切りだからと言って、過ちを起こさないようにお願いしますね』
「誰が起こすか!」
真っ赤になっているマリアを宥め、互いのベッドに入り込む。
……まだまだ課題は山積している。これからの作戦の事も、未だ名前も無い白髪の少女の事も。
少女の事に関しては、更科家を通じて、この作戦が首尾よく成功したら、米連を攻撃する格好の餌として保護するように頼んである。
ただまぁ、飽くまでも作戦が成功したらの話でしかないのだが。
その考えが出て来てしまう自分に嫌気が差しながらも、明日に差し支えるのは嫌なので無理やり目を閉じた。
……こうして、決戦前々夜の夜が更けていく。




