第一話 「旅行とその他諸々」
ほぼ従軍訓練に等しいカリキュラムを持つ魔術学院ではあるが、日割りが高校の時程に即している以上長期休暇は存在する。
まぁ、休みと言っても7月下旬から一ヶ月弱程の短い期間だが。
そんな短い期間の夏休みを利用して、僕と集は珍しく大口の仕事が入ったので旅行(仕事)をしていた。
「さぁ、やってきました私の祖国、クラノディア連合王国に!!」
「「いや、どういう事なんだよ!!?」」
……筈だったのだが、いつの間にかマリアに拉致られて空港にいた。相変わらずアグレッシブな皇女様だ。
「いえ、折角数少ない夏休みを依頼で縛ったんですから、共に来ていただけないと意味が無いじゃ無いですか」
「………………………依頼?」
あぁ、成程。匿名依頼だったのはそういう事か。
……って言うか今縛るって言ったよね?怖い人だ。
「で、俺達をどうやって連れてきたんだ?」
確かに僕もそれは気になっていた。マリアの返答を待つ。
「ちょっと強力な睡眠薬を使って眠ってもらっただけですよ?」
「「………………………………………………」」
想像以上に恐ろしい答えに暫く絶句してしまった。
と言うより、耐毒訓練をしている僕と集を丸一日眠らせる事の出来る睡眠薬なんか何処で手に入れたのだろうか。
「と言うより、此処は?」
「アーレスト国際空港です。クラノディアの空の玄関口でもあります」
もう引き返せない所まで来てしまったようだ。諦めて溜息を吐く。と、
「マリア姉様〜!!」
鈴の音の様な声が聞こえる。マリアに釣られて視線を向けると、銀色の髪に青色の瞳。マリアと同じ様な見た目の少女が走ってきていた。姉様、と言っていたから妹だろうか?
因みにマリアも銀髪蒼眼で、見た感じマリアのほうが10センチ位背が高い様だ。
「マリア姉様、お待ちしておりました!……何者ですか?其処の下郎共は」
再開を喜んでいたらしいマリアの妹は、こちらを見た瞬間冷え切った態度でそう言ってきた。
「こら、アルナ!そんな事を言ってはいけません!」
マリアの妹の名はアルナと言うらしい。マリアが慌てて窘める。
「何故ですか姉様!」
「この方は私の命の恩人です!無礼な振る舞いは慎みなさい!」
「ですが!」
一向に引こうとしないアルナに痺れを切らしたのか息を大きく吸い込むマリア。そこに僕は割って入った。
「まぁ良いよ。気にはして無いしね」
「しかし……」
確かに聞いていて余り気分の良い物では無い。気の早い男なら叩くなりしていただろう。僕は余り気にはしないが。
「ふふっ、私に恐れをなしたか、下郎!今すぐ姉様から離れなさい!」
……訂正。かなりうざったらしい。アルナの上向きの吊り目と得意気に眉を上げてこちらを睥睨する姿は気位の高い女王様を彷彿とさせた。
「……やはり引く気はないようですね。こうなったら、実力行使でーーーー!」
そう言って彼女が取り出したのはーーーーレイピア!?
「シッ!!」
「うわっと!?」
繰り出された突きを避けて距離を取る。上手く体重が乗ったいい突きだった……ってそんな事じゃなくて。
「なんでいきなり殺されかけるのか詳しく教えて貰えないかい?」
集の助力は期待出来そうに無い。まず、アルナに見惚れて鼻の下を伸ばしている時点で殺し屋としてはどうかと思うのだが。
「お姉様に近づく男は皆殺しです」
「う〜わド直球……」
兎も角最低限武器は無力化しないと話もできない。
……ラピア、転送術式の起動を。
『了解しました。バイパス確立、転送を開始します』
「来い、暮刃!」
円形の魔法陣が展開されて並行移動していくと、暮刃が柄から形成されていき、全て顕れた後で柄と鞘を掴み鞘を腰のベルトに固定し、抜刀。暮刃を正眼に構え相対する。
「ハッ、そんな物。所詮は苔脅しでしょう!」
その自信が何処から出て来るのか正直気になる。
「さぁ、どうだか。やれる物ならやってみると良い」
「巫山戯た真似を!はぁぁぁ〜っ!!」
アルナの袈裟斬りを滑らせるように受け、位置を入れ替える。返す刃で薙ぎ払ってきたので跳躍。攻撃範囲から離脱する。
「怖気づきましたか?やはり能無しですね」
いや、君を一ミリでも傷つけたら即国際問題に発展するからなんだけど……。
「………………………何をしているのですか?アルナ」
そこに、声が聞こえた。もう怖いって感じじゃ表せない位に怖い声が。
「……………ね、姉様……?」
ガタガタと体を震わせながら錆びたブリキ人形の様な挙動でアルナが振り向く。僕も視線を向けると、
……そこに、魔王がいた。
なんだろう。口が笑っているのに雰囲気が全く笑っているように感じられない。ついでに言うなら、目に光が灯っていない。あれ、相当ヤバイんじゃないか?アルナも子犬のように震えているしね。
「無礼な振る舞いは慎みなさいと、言いましたよね?」
ブンブンと、首が取れそうな勢いでアルナが首を縦に振る。
「それだと言うのにこの有様。嘆かわしいにも程があります」
「でも、姉様……」
「私が貴女の助けが必要だと、いつ言いましたか?」
「だけど!」
ううん……これは後々の姉妹関係に影響が出そうだ。
「ハイハイ、そこで終わり」
軽くパンパンと手を叩いてこちらに意識を向けさせる。
「僕は気にしてないから、大丈夫。心配いらないよ、マリア」
「………………………士さんがそう言うのであれば、この件は不問とします。ですがアルナ、次はありませんよ」
取り敢えず鉾を収めてくれたようで良かった。ただ、アルナは不服なようだ。
「姉様は、この下郎が良いと言うのですか?」
「ええ。彼こそが私の求めていた人です」
……マリア、その言い方はかなりの誤解を招くと思うんだけどなぁ。
「其処の下郎!」
「僕には一条士って言う名前があるんだけど」
「お前は、マリア姉様を幸せにする覚悟はあるか!」
完全にスルーされた。……ここはまぁ、順当に答えるか。
「僕ができるのなら、幸せにしてあげたいとは思っているよ」
「つ、士さん!?」
マリアが顔を真っ赤にしている。茹で蛸みたいだ。
「………………………」
ジッと品定めをする様な視線を向けてくるアルナと真っ向から睨み合う。
「……いいでしょう」
マリアが一息ついて安心した様な顔を作る。
「しかし、本当にマリア姉様を幸せにしたいのならば、この私を倒して見なさい!!」
………………………これはまた、面倒な事になったなぁ。
僕の存在というのは本来秘匿されるべき事項であり、もし公開試合を要求して来るようなら即刻手荒い対処も視野に入れなければならなくなるからだ。
それに、僕がもしアルナを倒してしまったらクラノディアの権威は失墜し、僕とクラノディア政府で進めている理亜の救済策が遂行できなくなる。それは避けたい事だ。
「試合方式はギアを用いた一騎打ち、それ以外の反則はありません。試合は非公開試合とします。貴方だって、無様に負ける姿を国際放送で見られたくはないでしょう?」
自信満々で言い放つマリア。余程自分の実力に自信があるようだ。
「良いよ。それで行こう」
けど、こっちも唯で殺られてやる積もりは無いよ。
「ふふっ。試合は二日後、それ迄精々対策でも立てておいてください!」
そう言って身を翻して去っていくアルナを見る。アルナが見えなくなってすぐに謝ってくるマリアを宥め、こんな話の最中にダラダラ鼻の下を伸ばしていた馬鹿(集)を見る。
「さて、集」
「はあ、やっぱこうなるか」
「目を瞑って歯を食いしばれ」
大きく振りかぶって、
「何と言う理不尽ッ!!?」
渾身の右ストレートを集の顔面に叩き込んだ。
僕はアルナとの遭遇の後、空港からホテルに移動することになった。それは良いのだが、
「何でリムジン?」
リムジンだった。それも明らかに国賓用のやつ。
「はっきり言って、クラノディアは日本より治安が期待出来ませんからね」
普通の車か、バスとかでもいいと思うのだけど、この国ではマリアはかなり有名だ。混雑を避ける為だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。行くよ、集」
「了解」
リムジンに乗り込むと、加速を感じさせない動きで発車した。ドライバーもかなりの腕の様だ。
「クラノディアの雰囲気はどうですか?」
発車して暫く経ってからマリアが話し始める。
マリアは車窓を見ていた。僕も釣られて車窓を見ると、近代的なビル群と、奥ゆかしい建築物が上手く調和した光景が広がっていた。
「うん。凄く綺麗だね」
「ここはクラノディアの首都であるアーセナルと言い、人口214万人の大規模都市で、面積は1579平方キロメートル程あります。皆さんが降りたアーレスト空港は都市の北東に位置し、王宮は都市の丁度真ん中の辺りです」
そう解説するマリア。思うが、マリアはこういった座り方が本当に絵になる女の子だ。清楚さと利発さが完璧なバランスで同居しているからこそ醸し出せる雰囲気がそうさせているのかも知れない。
「どうか致しましたか?」
少々見過ぎてしまったみたいだ。
「いや、別に何とも無いよ。心配してくれて有難う」
「そうですか。なら安心ですね」
そこから20分程経って車が止まり、運転手に降りろと促される。
「つきました。ここが我がクラノディア連合王国が誇る最高級ホテル。カイザー・ジ・インペリアルホテルです!」
車を降りた僕達の目に飛び込んできたのは、何方も皇帝の名を冠する大型ホテルだった。
広い一階と二階の四隅から宿泊棟が天高く聳え立っている。100mはあるだろう宿泊棟の屋上はヘリポートになっていて、ここが国賓も宿泊する最高級ホテルなのだと実感させられる。
……って言うか、僕達が国賓待遇なのか?リムジンと言いこのホテルと言い、外国の事務官レベル以上の待遇なのは間違いない。
少し考えていると、マリアと集がツカツカと先へ行ってしまう。僕も慌てて後を追うと、豪奢なシャンデリアとソファーが印象的な一階ロビーがあった。
「うわぁ……いい眺めだね」
正直ここからの眺めでも満足しそうだ。
「部屋割りはどうしますか?無理を言って、隣同士の部屋にして頂いたので、二人部屋と、一人部屋になるのですが……」
………………………これはもう図ったとしか言いようがないだろう。
「んじゃ、俺が一人部屋で良い。調べ物もしたかったしな」
マリアの言葉にすぐ続けて集が言う。二人でニッコリ笑い合ってたのを見るに、恐らく確信犯だ。
まぁ、僕も特に何もないと思う。……マリアが夜這いか何かを掛けて来なければ。
「良いよ。僕とマリアで二人部屋、集は一人部屋。これでオッケー?」
「良いぜ」
「はいっ!」
取り敢えず、荷物を置いてこなきゃ……あ、
「マリア、僕達の荷物は?」
「ちゃんと持ってきましたよ?」
「………………………マリア。プライバシーって言葉は知ってる?」
どうやって鍵をピッキングしたのか詳しく聞かせて貰いたい。
しかも僕達が使っていたのは軍用のアナログ錠とデジタル錠の複合鍵だ。デジタル錠は良いとして、アナログ錠はどうやってピッキングしたんだ?同じ形の物が揃うのは一京分の一とか言われているやつだぞ?それを解錠するマリアが時々不思議になる。
しかし、日本から数千キロ離れているここで荷物がないと言うのは心許無いので、荷物を持ってきてくれたマリアには感謝する。
「……そう言えば」
素早く懐を探ると、持ち慣れたナイフと銃の感触があった(暮刃は既に転送術式で日本に送り返してある)。
「これは金属探知機に引っ掛からなかったの?」
一応X線反射材が塗布してあるとは言え引っ掛からないという保証は無い。
「私の護衛だと笑顔で言ったら、普通に通してくれましたが?」
「そんな簡単で大丈夫なのかセキュリティ!?」
本当に驚いた。少なくとも集の言語機能に著しい異常を来たしてしまう程には。でも集は元々駄目だから良いか。
それにしても、マリアは良く分からない所で小悪魔になる。もしかして無自覚なのか?
「さぁ、どうなんでしょうね?」
ヤバイ、笑っているのに寒気しかしない。
「………………………一応、荷物を置いて行こうか」
そう返すのが精一杯だった。
荷物を置いてホテルのロビー前に集合し、これからの事を話し合う。
「マリアは何かしたい事はない?僕はギアの訓練をしたいんだけど……」
「別に構いませんよ?ただ、明日一日だけ、時間を貰えませんか?」
抜け目がないね。まぁ、お礼は必要だろう。
『女心を弄ぶ人は最低です』
……ごめんなさい。反省してます。
「それで良いよ。宜しくね」
「任せてください!さぁ、行きますよ!」
マリアは張り切りながらそう言って歩き出した。
三十分程歩いて馬鹿みたいに巨大な繭型のアリーナ施設の前に到着。最大直径500mの威容を見て思わず溜息を漏らす。
「凄い大きさだね」
「はい。これがクラノディアの中で最大級の大きさを誇る多目的競技場。王立特別競技場です!」
バーンと言う擬音がつきそうな位腕を広げて宣言するマリア。
「サッカーや陸上競技等を行えるここですが、最大の特徴はここでギアを動かせる事なんです!」
ギアの使用と言うのは言う程簡単な事では無い。超音速で機動する事が最低条件であるギアは、小さな場所で動かすと文字通り直ぐ壁にぶち当たってしまう。対人戦ではリミッターを掛ける事も有るが、それでも亜音速は出せる。詰まる所、ギアと言うのは屋内競技場と言う競技条件に致命的なまでに向いていないのだ。
なのでギアをまともに扱える場所は、軍用の演習地か、学院のアリーナか、ここの様に大規模な競技場を借り受けるかの3つに限定される。
今回はマリアがここを使わせてくれるみたいだ。
「それでは、行きましょう」
マリアに先導されて競技場内に入る。競技場のカウンターで受付員に事情を説明しているらしいマリアを視界に入れながら周りを見る。
さっきのホテルと違って近代的な青をベースとした内装をしているホールを一瞥し、戻ってきたマリアと共にアリーナに移動。他の人の邪魔にならないようアリーナの中央付近でギアを展開する。
「来い、アロンダイト!」
「来やがれ、グラディウス・スパーダ!」
「おいでなさい、ファフニール!」
僕が纏うのは蒼白のギア。
集が纏うのは赤白のギア。
マリアが纏うのは白銀のギア。
古代文明の産物であり現代技術の結晶であり強固な意志の具現であるものが光から顕現する。
集はアリーナの縁まで下がってアロンダイトとファフニールのデータモニタリングを開始。
僕とマリアは上空に飛び上がりホバリング。20mの距離を取って静止して集の合図を待つ。
ギア同士の戦闘の余波からアリーナを防護する為に靱化チタンタングステンカーバイド合金のシャッターとエネルギーシールドが起動していく。
「準備は良いな?模擬戦、開始!」
集の号令と共に弾幕と剣戟の交響曲が幕を開けた。




