第六話 「アメリカ連合からの刺客」
僕と少女は毎秒六回という異常……では無いが常人には十分異常と言える速度で切り結んでいた。少女がナイフを横薙ぎに振るえば暮刃で受け、僕が暮刃を振り下ろせば少女は飛び退って躱す。そこで一度小休止となった。
「すごいね〜お兄さん。私のに対応できたのはお兄さんが初めてだよ」
満面の笑みを浮かべる少女。単純に嬉しいという感じだ。しかし、少女はその笑みを真剣なものに戻し、
「でも、ここからは多分無理じゃないかなぁ」
そう言って取り出したのは二本目のナイフだった。……あぁ、ナイフ二刀流か。確かに攻撃に特化しているが、特化し過ぎだ。この戦法の弱点は防御が疎かになり過ぎる所なのだから。
少女が飛び込んできて放つX字状の剣撃を暮刃でいなし、カウンターをしようとしたところで悪寒がしバックステップを踏むと、少女は所謂回し蹴りの体勢で足を突き出していた。
「あれぇ?今ので終わったと思ったけど?」
心底不思議そうな少女。……そうか、これがナイフ二刀流の欠点を補う技術か。蹴り、という下方向からの、しかも零距離からの攻撃はどうしても反応が遅れる。それに反応する隙をついて仕留めるのが少女の戦法のようだ。
……でも、これは本来僕の技術だ。まさか盗まれた?いや、そんな筈は無い。この戦法を使ったのはあの時だけで、その時の記録は何処にも残っていない筈だ……そこまで考えて僕はやっと少女の正体に思い至った。
(……成程、クローンか)
クローン技術、と言うのは別段珍しい事では無い。只、それはあくまで医療の為の臓器培養だったりで、人間一人を完全に複製するのはかなりのレアケースだ。
この少女は、凡そ2世紀前に確立された家畜動物の複製技術を用いて生み出された物だろう。
どこからか持ってきた僕の体細胞をこれまたどこからか取ってきた人間の卵子に融合させ、仮親が出産する……まぁ、そんなところだろう。
これで下手人ははっきりした。アメリカ連合合衆国だ。
21世紀中盤からサイバネティック技術を発展させ、最近では優秀な魔術師のクローンを作ろうとしているとかまことしやかに噂されているアメリカだ。現行随一の技術を持つアメリカなら僕のクローンを作ってきても可笑しく無い。
相手が曲がりなりにも僕である以上、下手な攻撃は通用しないだろう。
(……使うか。あまり使いたくは無かったんだけどな)
僕は暮刃を握る右手の反対の手にナイフを順手に構える。逆手だとどうしても動きが制限されるからだ。そこから足を肩幅より少し大きい位に開き、右を正面にして半身になる。この方が初撃で致命傷を食らう確率が低くなるのを見越してだ。
35cm位のナイフと、100cm位の暮刃。このアンバランスな二刀流が、僕の生み出した、相手を必ず殺す必殺の構え。
「さて、こっちも全力で相手をさせてもらうよ」
そう言って、再び僕は駆け出した。
「はぁぁッッ!!」
ギラナタトスを横薙ぎに振るう。それだけで敵が二体、強化合金複合リキッドアーマー製の胸部装甲を真一文字に切り裂かれて倒れる。
幸か不幸か、パワードスーツ部隊は標的を俺に絞ってくれたらしく、さっきから頻りにM134の弾丸を浴びせてくる。鈍重な大剣ではライフル弾をすべて弾く事はできない。反射速度の高さを利用して避けたり弾いたりしているものの、体力が底をつくのはこちらの方だ。
思考は一瞬、結論も一瞬だった。
ギラナタトスを霞に構え突進する。幾度も精錬と圧縮を繰り返し尋常では無い強度と密度を手に入れた凡そ150kgの金属塊、その運動エネルギーを余さず込めた一撃は、敵兵が咄嗟に盾にしたM134を貫通して土手っ腹を貫いた。とは言えパワードスーツ相手には刺突攻撃は効果が薄い。なので垂直に突き入れていた切っ先を振り上げ、頭まで切り上げる。幅が5cmはあるギラナタトスの刃でつけた傷だ。脳天までぱっくりと裂けた傷口からバシャバシャ血と脳漿が滴る。俺は僅かに顔を歪めてギラナタトスを引き戻した。
……思えば、初めて人を殺したのはいつだったか。余り覚えてはいないが、確か俺が彷徨っていたスラム街の男だった気がする。男は俺を襲い、返り討ちにされ、泣いて助けを求め、それを俺は殺した。
……助ける事も出来た筈だ。なのに、俺はそれをしなかった。
荒んでいた、と言えば聞こえはいいが、要は自己保身の為に殺しただけだ。
あれから1000人は軽く超える位殺し続けて来たが、いつまで経っても初めて殺した男の顔が脳裏に焼き付いている。
………っと、柄にもなく感傷に浸っちまったな。
今は一応小休止とはいえ、相手も何をしてくるかわからないんだ。パワードスーツ部隊の方を見やれば、部隊の半分を士の方向に移動させていた。
(……不味い、しまった!!)
「悪い士!抜けられた!!」
俺は大声で叫び、残りの敵を釘付けにすべく行動を開始した。
「悪い士!抜けられた!!」
集の声と同時に横からM4とAK-74の弾幕が降り注ぐ。僕は少女のナイフを押し返し距離を離して横を向き、暮刃とナイフで弾丸を全て切り払う。
ガギギギギギィィン!!
と硬質な金属音が鳴り響き剣から衝撃波が発生し、それを躱しながらこちらに肉薄してきた少女のナイフを受け止める。しかし、
ダダダダダダッッッ!!
(やっぱりか……)
再びの発砲。どうやら少女ごと僕を射殺する気らしい。まぁ王道的な手法だが、
「甘いよ」
五感をフル稼働させて射手の位置と相手が所持しているマシンガンの弾幕収束率から射撃の空白地帯を見つけ出し、鍔迫り合い中の少女を蹴り飛ばしてそこに突っ込ませ、僕は軽く跳躍。軽くとは言え10m位上空に飛んだ僕に1千は確実に超える数の弾丸が迫り来る。五感全てで銃弾の軌跡を見切り、存在した僅かな空白地帯に、
ドン!
空気を蹴り飛ばして体を滑り込ませた。パワードスーツ部隊の奴らが驚愕するのを雰囲気で感じ取る。
原理としては、そこまで複雑な事では無い。物体が音速を超えると、空気の壁が発生する。その壁を蹴り飛ばしただけの事だ。勿論魔術は使っている。風属性初等基礎魔術“エアバレット”の威力調節及び術式一部破棄版だ。これの効果は、単純に風を収束する事で、これを使って空気分子の量を増やす事で空気の壁を発生しやすくしているのだ。この程度の魔術ならラピアの手を借りずに発動できるようになったので、対人戦のフェイントとかには結構重宝すると思う。
続く二射目、三射目も躱して地上に着地。存在探知で少女の動きにも気を配りながらパワードスーツ部隊に向けて一気に距離をつめる。
ーーーーまず一人、暮刃で喉笛を突き刺して横に薙ぎ払って首を千切る。次にナイフを上に放り投げて二人目の脳天に一人目の男から奪ったM4を突きつけて発砲。チャンバーが跳弾で使い物にならなくなった代わりに二人目の男の頭蓋を吹き飛ばして血飛沫を発生させる。
使い物にならなくなったM4の銃身部分を引っこ抜いてそこら辺にいた奴らに投擲。二人の腹を貫いた鉄棒は血飛沫を撒き散らしながら巻き込んだ腸と一緒に壁に突き刺さった。二人は血を吹き出して倒れる。オートマグの銃弾を二人の脳天に撃ち込み脳漿を撒き散らしてビクビクと繰り返し痙攣している死体二個の足を引っ掴んで放り投げる。
身体の内容物が降り掛かって怯んでいる敵をヘッドショットしてオートマグを仕舞い放り投げていたナイフをキャッチして手近な敵に突進。相手の心臓をナイフでブチブチと抉り出して首を刎ね、Mk-2手榴弾をゴリッと捩じ込んだその首をボール宜しく蹴り飛ばす。時限式信管を使用したMk-2破片手榴弾は丁度敵のど真ん中で爆発した。リキッドアーマーを貫通したMk-2手榴弾の破片を片っ端から相手の体に蹴り込んでから悶絶させた相手の首を暮刃で切り飛ばす。暫くその作業を繰り返すと、パワードスーツ部隊は肉塊と血潮と機械油の混合物と化していた。
パチ…パチ…パチ……
何かと思って見てみれば、少女が拍手して笑みを浮かべていた。まるで、演劇を観終わったあとの観客のように。
「すごいすごい!お兄さんすごいよ!あんなにキレイなモノをつくりだせるなんて!!」
出てきた言葉は、可憐と形容するには程遠い物騒な言葉。と言うか、仮にも仲間だろうに、そんなぞんざいに扱っていいのだろうか?
「お兄さんには、これを使ってもイイヨネ?」
その言葉と同時に少女から巻き起こったのは強烈な紫の霊力光だった。
ーーーーやっぱりギアか。
少女から霊力反応がした為、やはりとは思っていたが、展開された機体の形状をみて驚愕した。
まず、デカい。一般的なギアのサイズより二回りは大きい。射撃兵装の類は一切搭載されておらず、歪なクローとレッグネイルから推察するに、アロンダイトと同じ近接特化型のギアだろう。
機体色はモーブとバイオレットパープル。少女の霊力光と同じ色合いだった。
「…………ヤッチャエ、ジャバウォック!!」
少女の叫び声に近い命令によって行動し始めた凶竜は一直線に僕に向かってくる。
「クッッ…」
反射的に起動した身体能力強化でどうにか攻撃圏内から脱出したものの、攻撃の余波で発生した衝撃波でさらに吹き飛ばされる。
10mの距離を0.1秒で吹っ飛ばされ靴底を擦りながら制動を掛ける僕にジャバウォックの追撃が迫る。
(……仕方ない、ここで死んでは元も子もないからね)
アロンダイト、起動。
『了解しました。緊急時の為、装着シークエンスを一部省略します』
ラピアの声と共に契約印が輝き、背部多重関節レールが背中に装着されそこから一気に体を包み込むように展開される。頭、胸、肩、足、手、腰の順番で装甲が体に宛てがわれ、アロンダイトの展開が終了した。
ハイパーセンサーと探知魔術で一気に開けた視界に此方に突進してくるジャバウォックを捉える。一先ず上昇して突進を回避すると、ジャバウォックも全く減速せずに90°直角の軌道で此方に向かってきた。
「冗談でしょ!?」
普通そんな機動をしたらギアの補助があると言えどもGと慣性で潰される筈なのに!?
と、そこまで考えてふと思い至った。米軍にとってこの少女は消耗品でしかない事に。
(心拍を薬品で増強してブラックアウトを強制的に防いでいるのか……成る程、良く考えたものだ)
ラピア、この拍動増強剤は何分くらい持つ?
『推定になりますが……あと10分ほどと思われます。助けるのですか?』
別に憐憫じゃないよ。単純に交渉材料くらいにはなってくれそうだからね。
『素直でないですね』
ほっといてよ。
『どうとでも……敵機接近!』
ラピアの声に意識を引き戻すと、中型のバトルブレードを手にしたジャバウォックが剣を振り上げているところだった。
(な、早ッ……クッ、シールド展開!!)
ガギュィィン!!
鈍い音を立ててシールドが砕けるが、バトルブレードも大きく弾かれていた。その隙をついて体勢を立て直す。
「……………………………」
無言で距離を詰めてくるジャバウォックに対しバックスラストで距離を取り続け、ある程度集達から離れた海上に移動した時点で攻勢に転じる。
大型ブレードを一閃するがバトルブレードに防がれる。相手の袈裟斬りを後方宙返りで躱しながら逆さまの状態でブレードを横薙ぎに振るうがバトルブレードで受けられ鍔迫り合いに入る。
「相変わらずだけど、ひどい力だ……!」
「………………………………」
少女は何も答えず、凄まじい力でブレードを押し込んでくる。ジャバウォックの駆動音がより一段と高くなり、吹き飛ばされ、僕は30m位の間をとって機体を静止させて睨み合いに入る。
「………凄いね」
僕は素直にそう感じていた。あの機体ーーーージャバウォックの性能には目を見張るものがある。瞬発力もさることながら、あの人間のような動きはそうそう真似できる物じゃない。
(ーーーーいや、人間?……成る程、そういう事か)
ラピア、今すぐあの女の子の生体観測データを出して。
『はぁ、脈拍及び心拍以外は特に異常は……成る程、そういう事ですか』
ラピアから提示された少女の生体データは、脳波反応、つまり意識の値が極大値を示していた。
『生体データ強制代入システムですか……これはまた非人道的な物を……』
生体データ強制代入システムとは、簡単に言えば、ギアの演算処理域内に存在するギアの動かし方のプロットを、自分の脳で代替するシステムだ。
このシステムを使うと、ギアは反応速度が向上し、動作パターンが一気に拡大するが、反対に操縦者は想像を絶する苦痛に曝されることになる。
僕でさえ駆動に補助AIと内臓コンピュータを使って動かしているのをこの少女は自分の頭一つで動かしているのだ。恐らく頭の中で処理を行う回数は僕の数十倍に達しているだろう。
さっきから少女の瞳は見開かれ充血し、体表面の血管は痛々しい程浮き出ていた。演算に脳の処理能力の殆どを持って行かれ、体のコントロールが疎かになっている証拠だ。
このままだと、あの少女はあと数分で死ぬ。体をうまくコントロールできていない所に強心剤の投与を受けているのだから、体の状況はかなり酷い物になっている筈だ。
「………………………ァァァァ、アアアアアアアアアアアア!!!!」
身を引き裂くような絶叫と共にジャバウォックの巨体が一瞬で消え、僕の眼前に出現していた。ただ、これはある程度予測できることだ。
ガッキィィィン!!
爆音と共にソニックブームが撒き散らされるが、今回はきちんと対応できた。
そこから急激に加速し機動戦に入り、二重螺旋の交差上で幾度も斬り結ぶ。
ガンッガンッガンッガンッ!!
連続した金属音が鳴り響き辺りの海面が衝撃波で抉られる。
『バレットランチャー展開、詠唱完了。発射!』
16個の光球がジャバウォック目指して一直線に放たれるがジャバウォックは信じられない方法でそれを迎撃した。個別の位置にシールドを展開し一つずつ防いでいったのだ。
「冗談でしょ!?」
とは言えこれも想定内。そもそも銃弾を視認できる僕と打ちあえている時点でそれは銃弾を視認できることと同義だ。
『撃ち返し。来ます!』
バレットランチャーが四つ、弧を描いて回転しながら接近してきた。スラスタを小刻みに横駆動させることで回避するが、Uターンして再びこちらに向かってくる。
(なら……弾丸の蓄積エネルギーが尽きるまで逃げ切る!)
込められた霊力量が膨大なため一度や二度の方向転換ではエネルギーを消費しきれないと判断。エネルギーシールドを馬上槍状に展開し腰部サイドスラスターと脚部スラスターの噴射口を開いて最大出力モードに移行、霊力が一気に消費されていく。
並の魔術師なら十数秒で霊力切れとなってしまう程の量を使いながらジェット戦闘機の最高速度、その更に数倍の速さで次々と弾丸を躱していく。一つ、また一つと弾丸が霊力切れで消滅し、全部が消えたのを確認した所でジャバウォックに接近して近接戦を仕掛ける。ジャバウォックが繰り出してきたパンチをブレードで受け流しながらさらに接近してブレードを振るがバク転で避けられ、そこから繰り出されるサマーソルトキックを腕で押し止める。少女の体が震えるがもう遅い。
(オーバーロード、起動!)
『オーバーロード、タイプブースト、起動します』
アロンダイトのウイングスラスターが割れ、排熱システムと追加ブースターパーツが露出する。
大量の霊力を吸い込んだことによって生じるエネルギーは、小規模な核爆発にも例えられる。そのエネルギーを僅かな狭い領域で開放したら、どうなるかは自明の理だろう。
ドバンッ!!
空気の破裂音には中々使われないであろう音を響かせて、ギアと視界接続した僕の視界に映る速度計の値が急上昇していく。ゼロコンマ一秒以下で機体速度が音速を突破。副次的に生じる衝撃波と慣性をエネルギーシールドと慣性制御術式で中和。100m程急降下し、重力の補助もあってかマッハ8に達した加速度を余す所なく乗せてジャバウォックを海面に叩きつける。
ッボガァン!!
「ーーーーーーーーーーーー」
凄まじい量の水飛沫が立ち上がった中で見開かれていた少女の瞳がフッと閉じられ、甲高い音を出していたジャバウォックの駆動音が消失する。
緊急発動した対抗術式は機能したようだが、その余波までは消せなかったらしい。
転送術式を起動しようにも少女からの霊力供給は一時的とは言え途切れているため使えない。文字通り機械の塊と成り果てたジャバウォックを海面から引き起こし、これからの事を少し考える。
この少女の戦略的有用性は計り知れないが、リスクが大きすぎる。どんな時でも開けられる宝箱を抱えているようなものだ。………………………だけど、この少女のあどけない寝顔を見ていると、何故か守ってやりたいような気持ちにさせられる。
『……素直じゃないですね』
うるさいやい。
(……さて、速く集の所に行かないとな)
僕はスラスターを駆動させ、針路を学園がある海上島に向けた。
「さてと、これで粗方全部か」
そう言って俺は一息つく。俺の周りには死骸と化したパワードスーツ部隊の残骸がバラバラと散らばっていた。
……やはり血を見るのは今でもあまり好きじゃない。
ギラナタトスを軽く振って血を落とし、リリアに頼んで転送術式を起動してもらう。
円形の魔法陣が展開されギラナタトスを通過していくと、ギラナタトスは光の粒子となって消えていった。
しばらくするとイィィン……と超音速巡航特有の高音が耳をつく。
視線を上げると、士のギアであるアロンダイトが、かなり大きい紫色のギアを抱えながらこちらに近づいていた。
20トン近い金属の塊を軽々と飛翔させる出力を持つスラスターに煽られて転びそうになるが、足に力を入れて堪え、地表近くで制動をかけるアロンダイトを見つめる。
「後続の敵影は……無いみたいだね」
蒼と白の騎士甲冑を彷彿とさせるギアを纏った士が辺りを見回してからそう言う。
……リリア、ハイパーセンサーに反応は?
『敵影無し。戦闘状態解除を推奨』
即答で尚且つ簡潔に答えが返ってくる。
……そうか、ありがとう。
「そうみたいだな」
俺がそう言うと、士はアロンダイトの展開を解除した。
白と蒼の光と風が巻き起こり、光の細かい粒子がブワッと膨れ上がって消えていく。
着地する士の靴の音を聞きながら、俺はこれからの事に思いを馳せていた。
アロンダイトの展開を解除して降り立った僕は、ジャバウォックの機体各部を触り始めた。後ろで怪訝な顔をしている集は気にしない事にする。
ラピアのサポートも受けながら見つけたレバーを引くと、ジャバウォックの装甲が解放される。もし何かあった時に強制的に操縦者を排出する緊急排出システムだが、うまく作動してくれて良かった。
「士、その娘は……?」
「捕虜にする。脳に損傷が及んでるかもしれないから、情報が聞き出せるかは微妙だけど」
「脳に損傷?どういう事だ?」
「違法な量の強心剤と生体データ強制代入システム。それで体に危険な程の負荷が掛かってる」
「……!、そこまでするか。まったく、どうしてもこの世の中は腐ってるな」
苦々しく吐き捨てる集。とは言え僕も同じく同意するが。
ジャバウォックの機体に触れ転送魔術を起動。指定するのは僕がいつも使っている隠れ家の一つだ。
ジャバウォックが完全に消えた事を確認して少女を抱え上げる。
……僕は治癒魔術は専門外だからマリアの力を借りないといけないな。
そう思い直してマリアに通信を入れる。
『マリア、聞こえる?』
『……はい、聞こえます。何かあったのですか?』
少し間を開けて応答してくるマリア。いきなり話し掛けられて戸惑ってるみたいだ。
『戦闘は終了したよ。そっちはどう?』
『特に諍いなどはありませんでした。概ね良好です』
『ならこっちに来てもらえないかい?』
『……それは急を要しますか?』
『なるべく急いで欲しい、かな』
『了解しました、すぐに向かいます。少しお待ち下さい』
そう言ってマリアは通信を切る。暫く待っていると二分程経ってマリアがやってきた。
「どうされました?」
「治療を頼みたい。できるだけ早急に」
集が会話に割り込んでくる。集も少女の状態を理解したんだろう。
「……!ひどい体!一体何があったんですか!?」
「僕と渡り合うために無茶な事をした弊害だよ。取り敢えず速く治療を頼めるかい?」
「……ここでは治療しても逆効果です。士さんの部屋を貸していただけますか?」
「わかった、すぐに移動しよう。マリア、集、行くよ」
「オーケーだ」
「わかりました」
少女を抱えて僕の部屋に移動すると、マリアに締め出された。治癒術式はかなり繊細な魔術であるらしく、集中が削がれてしまうと言われたからだ。
そのことに関しては特に何も言う気はない。こちらでどうにもできない以上マリアに任せるしかないからね。
それに、治癒魔術とは、対象の体に霊力を浸透させて肉体組織を生成する魔術であり、少しでも霊力のコントロールをミスれば対象は霊力の逆流によって体組織に異常をきたし即死亡する危険な術式だ。
霊力をイメージを持って流動させるのは簡単な事では無い。人間の生体組織なんていう複雑な物をイメージして創り上げるのには相当な集中力が必要であり、それを可能とするマリアの魔術師としての技量には感服せざるを得ない。だから僕はこの場はマリアの言う事に素直に従ったのだ。
……そこまで考えた所で僕の耳が足音を捉えた。距離は……200m位かな?
集に目配せをしてそちらを見ると、現れたのは更科七葉と護衛の男達だった。
「何か御用でしょうか?更科七葉生徒会長」
取り敢えず様子を伺う。
「単刀直入に言います。一条士、そこにいる女の娘を渡しなさい」
……やはり来たか。
生徒会長はビシッとこちらに指を突きつけてくる。
まぁ予想はできていた。リリアに頼んで監視カメラ系はブロックしていたのだが、それだって万全ではない。
日本からしたら、同じ魔術六国であるアメリカ連合の技術の結晶は是非とも欲しいところなのだろう。
「それで、答えはどうなの?」
とうに答えは出ていた。
「お断りです」
「……何故かしら?」
青筋を浮かべて問う生徒会長。だが、それでは交渉人失格だ。
「貴女方は僕の依頼主であって飼い主ではない。契約に含まれているのはあくまで護衛であって、それ以上の事を要求された覚えはありません」
「では、従わないと?」
「そういう事です」
(僕との貸しを取るか、ライバル国の技術を取るか……どっちだ?)
暫し睨み合う僕と生徒会長。だが、やがて生徒会長は諦めた様に視線を外した。
「分かりました。今回は引き下がりましょう。しかし、こちらもただでは転びません。一週間、“生徒会”の仕事の手伝いをしていただきます。それで手打ちにしましょう」
思ったより強かだな。僕は生徒会長の評価を少し上方修正した。
「オーケーです。それでいいですよ」
「では、これにて」
身を翻して去っていく生徒会長を見ながら僕は短く嘆息する。
元々交渉事は苦手なのだ。
「さて、集」
「ハイ、ナンデスカ?士サン」
集の方を向くと、集は冷や汗をダラダラと垂らしていた。僕はニッコリと笑って死刑宣告をする。
「覚悟しろ」
そう言って集の土手っ腹にコークスクリューパンチを叩き込んだ。
集が倒れ込んで悶絶しているのを冷めた目で見下ろしていると、僕の部屋の扉が開いた。
「あら、士さん。治療、終わりましたよ……って、何があったんですか?」
「この馬鹿、僕が人と話している最中にその人の後ろに回って超高速反復横飛びをやっていたんだよ」
笑いを抑えるのに何度苦労したことか。マリアも苦笑していて、言うことが無いみたいだ。
「で、治療は終わったの?」
「はい。完璧とは行きませんが、97%の肉体組織の修復を完了しました」
「それは凄いね。マリアに任せて良かったよ」
元より100%の治療は不可能である治癒魔術でここまでの修復率を叩き出したマリアは純粋に凄いと言える。
「い、いえ。お役に立てて光栄です。……何でしたらもっと褒めて頂いてもいいんですよ?」
「はいはい、わかりましたよ」
適当に流して扉を開ける。マリアは何も言わずについてきた(集は相変わらず悶絶していた)。
ベッドの上に寝かされている少女を、存在探知の応用、霊力を媒介にして生体情報を探る存在把握によって探索すると、少々見過ごせない欠点が出てきた。
「この娘……記憶を失っているな」
「どういうことですか?」
「恐らく血流が過度に流れた事による出血と、脳に情報を直接書き込む生体データ強制代入システムによる脳の負荷だと思う。まいったなぁ……」
これじゃあ情報源としての価値はない。頭から残った全てのデータを抜き取るという方法もあるけど、少女は確実に死ぬし遺体の始末が面倒だ。
「なら、私達の国で保護をします。クラノディアならアメリカ連合も手出しできませんし、ここに置いておく理由もできますが?」
表立って発表する事でアメリカ連合を牽制して、所々にアメリカ連合を黒幕とする様な情報を散りばめればアメリカ連合は何も出来なくなる。
クラノディアはアメリカ連合に一歩譲るとは言え世界規模の大国であり、アメリカ連合もその他全ての他国の世論の煽りを受けて尚立ち行くほどの国力の差は無い。
現状、これが最も有効な策といえる。
クラノディアに大きな借りを作ってしまう事は否めないが、それは些細な出費だろう。
少女をこちらに引き込めるメリットと合わせて考えればそんな物は些末な事だ。
おまけに記憶喪失となった事で、最初に行うつもりだった洗脳の段階をすっ飛ばせたのは大きい。
無理矢理行うにしろ、少女を一度外へ出さないといけないので、横から掻っ攫われる危険性が高い。
僕とほぼ同等の技術を持つ少女が僕達の輪に加わるのは歓迎すべき事だ。
「………………………うぅん」
少女が目を開ける。次の瞬間、少女は衝撃の言葉を言い放った。
「……パパ、ママ」
「「…………………………………………………………………ええっ!!?」」
マリアと二人で顔を見合わせる。
『……これは驚きました』
流石に今のは想定外だった。いや、ある程度は予期していたけども。
「つ、つつつ士さん、どういたしましょう!?私達子持ちに!?!?」
「いや、ちょっと落ち着こうマリア。深呼吸だよ深呼吸」
「は、はいっ!落ち着きます」
そう言って深呼吸をするマリア。暫く経って落ち着いたのか、こちらに話しかけてくる。
「ですが、これは……一体どういう事なのでしょうか?」
「刷り込み……の一種じゃないかな?」
「……パパ、ママ、どうしたの?」
不味い、心配させてしまった。
「いや、何でも無いよ。えっと……なんて呼べばいいのかな」
「名前ですか……理亜、というのはどうでしょうか?」
「………………………」
それは明らかに自分の名前を捩った物だろう。正直に言って少し引いた。とは言え代替案は無いのでそれしか無さそうだ。
「いいんじゃないか?」
「そうですよねっ!士さんならわかってくれますよね!?」
いや、全くわからない。少なくともマリアのネーミングセンスに関しては全くの謎だ。
「理亜、安心していいんですよ?ママはここに居ますからね」
あ、駄目だ。母性本能がヤバイことになってる。こちらの言う事なんかどうやっても聞いてくれないだろう。
「うん!ママはちゃんといるよ!」
「あぁっ、可愛い!!」
ひしっと理亜を抱き締めるマリア。正直とっても絵になる光景だ。
ただ、自分の分身が抱き締められている光景と言うのはなんか複雑だなぁ。
「兎に角、マリアはクラノディアに連絡をお願いできる?」
「はいっ、全霊を以て成功させてみせます!!」
理亜を抱き締めて小走りに去っていくマリア。あの様子なら大丈夫そうだろう。自分の国の皇女の頼みを無碍にはできまい。
……念の為こっそりついていって中を覗くと、交渉(物理)で押し通そうとするマリアが見えたが全力で見なかったことにした。
うん、あれだ。愛情って恐ろしいよね。




