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受け取り保留のプレゼント

他作品のクイズ企画関連で、エガルテにリクエストいただきました。ありがとうございます!

 大学二年生の夏休み。

 アパートの一人暮らしの部屋で朝の情報番組を見ていると、いつも首につけている竪琴の形のチョーカーが、待ちに待った響きを奏でた。

 戸締まりを確認し、テレビを消し、立ったまま目を閉じてその響きに耳を傾ける。身体全体に響きが伝わって、自分が竪琴の一部になったように感じる。

 足の裏のラグマットの感覚がすーっと消えていき、しまった靴を履いてない……と思った直後──

 ストッキングの足が、冷たい床に降り立った。

「ユマ殿」

 優しい男性の声に目を開く。

 そこは異世界エガルテ王国の神殿、響弦の間。白いドーム天井の部屋、その入り口から、神官ラメルさんの笑顔が覗いていた。

「お帰りなさい!」

「ただいまです!」

 私はストッキングの足で、響弦の間を飛び出した。すぐに大きな身体が私を受け止める。

「ユマ、よく戻った……って、お前、靴は? そうか、俺にこうされたかったか」

 二ヶ月半ぶりに会う王弟ザクラス殿下が、よそ行きのワンピース姿の私をひょいっと抱き上げた。

「わっ、違、日本では部屋で靴を履かないから……えと、お久しぶりですザクラス殿下、それにリドリース陛下!」

 私はあたふたしながら、近寄ってきた国王リドリース陛下に挨拶する。ザクラス殿下に抱っこされたままなので、何だか間抜けだ。

 陛下は自然な仕草で手を伸ばすと、私の右手をとって手の甲にキスしてくれた。

「お帰り、ユマ! 待っていたよ」

 うはあ。

 陛下は実は女性だって私は知ってるし、陛下も私も男性の恋人がいるにも関わらず、やっぱりドキドキしてしまう。二人の見目麗しいお方に挟まれて、片方にはお姫様だっこされもう片方にはキスされ……だもん、そりゃドキドキするよね!?

 私とリドリース陛下、ザクラス殿下、そしてラメルさんの四人以外、この神殿にいる人は陛下の秘密を知らない。皆は私が特例で、リドリース陛下とザクラス殿下という二人の男性の「夫」を持っていると思っている。

「あっ、神導長もお久しぶりです!」

 私はラメルさんの後方にいた神導長に、あわててあいさつをした。おじいさん神導長はさっきから、私たちがベタベタしているのを微妙な笑みで見守っており、私に礼を取るとすぐに去っていった。そりゃ、この場にいても困るだけだよね。すみません。

「みなさん、お変わりないですか?」

 私が見回すと、ザクラス殿下がニヤリとリドリース陛下を見る。

「変わらなさすぎて困るくらいだ。ですよね、陛下」

「ゆっ、ユマがいないから毎日が単調に感じるよ」

 リドリース陛下はちょっと視線を泳がせ、片手を軽く振って私を促した。

「さあ、星歌宮に行こう」

「ユマ殿、ごゆっくり」

 ラメルさんが微笑み、それからリドリース陛下を見た。二人はちょっと目を細めて、どこか気恥ずかしさの漂うような、でも柔らかな表情を見せ合う。

 ザクラス殿下が、私の耳元で囁いた。

「陛下とラメル、二人とも全然、変わらなさすぎて困る」

 ふふ、そういう意味か……でも、リドリース陛下とラメルさんはお二人なりのペースで、愛を育まれているんだと思うな。


 陛下と殿下兄弟の私的な宮、星歌宮に入るとほっとする。ここの人たちは秘密を知っているため、隠し事をせずにすむからだ。

 真っ先に侍女のティキアさんが出てきて、「お帰りなさいませ!」とお茶やらお菓子やらでもてなしてくれる。この国では、お菓子はお花のようにテーブルを飾る意味合いがあり、とても豪華に大量に出るのだ。もったいないと思ってついつい手を伸ばしてしまうけれど、食べ過ぎ注意。

「ユマ、髪型が変わったね?」

 リドリース陛下が、長身を軽く屈めるようにして私を見る。

「えへへ、そうなんですよー。毛先にパーマかけてみたんです」

 私は髪を摘みつつ、ちょっと照れてしまった。さっすがリドリース陛下、わかってらっしゃる!

「俺に会うからか?」

 ザクラス殿下が艶やかに微笑み、私の髪を一房取ってそこに口づけた。げっ……で、殿下も、わかってらっしゃる……。

 リドリース陛下が綺麗な笑みを見せ、

「赤くなって、可愛いねユマ。……そうか、男性としてはそういうのも嬉しいのか」

と、なぜか目を伏せる。あれ?

「陛下、どうかなさったんですか?」

「うん……ユマが来たら相談してみようと思ってたんだけど」

 陛下は困ったように、眉を下げた。

「あのね。ラメルが今度、神導学の教官になることになったんだ。神官たちに教える立場にね」

「へえ、それはすごい」

 ザクラス殿下が軽く目を見開き、私に説明してくれた。

「神導長や、その他の神殿の要職には、必ず教官の経験者が就くんだ。ラメルに出世の道が開けたことになる」

「すごい! ラメルさん、優秀なんですね」

 私まで嬉しくなって言うと、リドリース陛下は微笑んだ。

「うん。本人はあまり出世にガツガツしてないけれど、素直に嬉しいようだったよ。それで、私から何か祝いを、と思ったんだけど……物は、まずいだろう」

「そうですね。王家と神殿は独立しているとはいえ、陛下から神官への個人的な贈与があったと、もしバレたら……」

 ザクラス殿下の返事に、ああ、と私もうなずく。何かこう、贈賄みたいに思われるのかも。

「私一人で贈り物を用意するのは難しいから、星歌宮の誰かに密かに買い物にいってもらうなりして、こっそり渡すことはできる。ラメルはきっと、贈り物を大事にしてくれるだろう。でも、それを持ち続けることで万が一どこかからバレて、せっかくのラメルの出世のきっかけを潰すようなことはしたくないんだ」

 リドリース陛下は苦笑する。

「私が勝手に、祝いの気持ちを伝えたいだけだから、ちょっとしたことでいいとは思うんだけどね。なんだか難しくて、どうしたらいいのかと思って。ユマが髪型でさりげなくザクラスを幸せにしているのを見ると、実に羨ましいよ……私もそんな風に、相手を喜ばせてみたいものだ」

 私はザクラス殿下と視線を交わしてから、リドリース陛下を見つめた。

 陛下とラメルさんは、竪琴のチョーカーを使って通信みたいなことはできるけど、すぐ近くに住んでいるのにまるで遠距離恋愛みたい。しかも陛下の身分で秘密のおつきあいをするのって、相当大変なんだろうな。贈り物一つにも気を遣って……

「物以外なら、ここは身体を張るしか。二人きりの時に『私が贈り物だ』と言っ」

 ザクラス殿下が真顔で言うのを、肘で小突いて遮る。まったくもう、殿下は陛下とラメルさんの仲をいちいちスピードアップさせようとするんだから。

 まあでも、どこかのCMみたいだけど、モノより思い出って言うし。陛下が何かラメルさんにしてあげるっていうのは、いいと思う。

「リドリース陛下は、ラメルさんに直接、愛の言葉をおっしゃったことはありますか?」

 私はストレートに聞いてみた。陛下がラメルさんを想っているということは、陛下の口から直接聞いたけど、それをラメルさんに伝えているのは聞いたことがない。ラメルさんが陛下に告白する場面には、立ち会ってたけどね。

「えっ……ああ……その……ない」

 視線を泳がせ、耳が赤くなっている陛下。ああもう、かーわーいーいー。

「じゃあそれで行きましょうよ! 竪琴のチョーカーを通して、じゃダメですよ。直接、顔を合わせて。ねっ」

「ユマ……ひと事だと思って……」

 軽く睨む陛下に、私は目に力を込めて力説する。

「ひと事なんかじゃ。陛下は私の『旦那様』です。幸せになってほしいです。人生でおめでたいことがあった時に、陛下から告白してもらった、って、ラメルさんきっとずっと、大事な思い出にしますよ!」


 三人で昼食をとった後、リドリース陛下は「残念ながら、仕事だ」と立ち上がった。

「時間が空いたら、ラメルに何と伝えるか考えてみるよ。……ザクラス」

 陛下は殿下に、人差し指を向けた。

「しばらくユマを一人占めだな。夕方には戻ってくるから、そうしたら今度はユマの時間は私のものだよ、いいね」

「全く、俺はいつになったらユマと一夜を明かせるのかな」

 ザクラス殿下は肩をすくめたけれど、陛下はそれには答えずに、

「じゃあユマ、また後でゆっくり。楽しみにしているよ」

と微笑んで部屋を出ていった。

「いってらっしゃい!」

 私は笑顔で見送る。

 お二人のそれぞれの台詞にいちいちドキドキしちゃうけど、あっそうだ! 夕方にリドリース陛下が戻って来られるなら、お風呂に誘っちゃおうかな。いつかみたいに、女同士で一緒にお風呂。楽しそう!

 修学旅行気分で思い描いていると、ぐいっ、と顎をつかまれた。

「おい。俺の方も見ろ」

 むっつり顔のザクラス殿下の方を向かされる。顔が近くて、心臓が跳ねる。

「お前、陛下と一緒の方が明らかに楽しそうだよな」

「え、そんなこと、全然? ザクラス殿下と一緒の時も楽しいですよ?」

 私がすっとぼけると、ザクラス殿下はニヤリと笑った。

「まあいい。陛下はラメルに言葉で愛情表現をするようだが、俺は隠すことは何もない。俺の愛の深さ、言葉だけじゃなく直接見せてやる。来い」

 ぐっ、と手を引かれて、私は焦った。

 どっ、どこに連れてくつもり!? まさか……

 

 寝室に連れ込まれるのかと思ったのは仕方がないと思う。だってザクラス殿下、すぐにそっち系の冗談を言うし……

 でも、私が連れて行かれたのは外だった。星歌宮は元々、リドリース陛下とザクラス殿下の私的な宮だけど、その片隅にひっそりと隠れるようにして、さらにプライベートな庭がある。陛下や殿下の私室や寝室を通らないと行けない庭だ。

 そこに、小さな家が建っていた。

「可愛い家……ここは?」

 私はザクラス殿下に手を引かれ、家の前に立った。平屋のその家はクリーム色の壁、焦げ茶の三角屋根、そして同じく焦げ茶の木の扉に可愛らしい花模様のステンドグラスがはまっている。

 殿下は、つないでいた私の右の手のひらを上に向けると、

「鍵だ。開けてみろ」

と鈍色の金の鍵をそこに落とした。

 思わず首を傾げてしまったけれど、言う通りにした。華奢なその鍵を扉の鍵穴に差し込み、回す。カチリ、と鍵はスムーズに回った。

 扉を開けて中に入ると、中はそれなりに広かったけど、ほとんど空っぽだった。扉の横を含め、窓が四方に一つずつあるので、この家の中が区切られておらず一部屋だけなのがわかる。板張りの床の上に、一人用の肘掛椅子がひとつだけ置かれていた。

 一人用……?

「ユマ専用の家だ」

 ザクラス殿下の声に、私は振り向いた。彼はまだ扉の外にいて、中に入って来ない。

「私の、家?」

「そうだ。一人で過ごしたい時は、ここで過ごせ」

「……ありがとうございます……?」

 私は戸惑って殿下を見つめた。

 殿下ってば、いつも私をひたすら側に置きたいようなこと言うのに(アリーウィアさんとのお付き合いにまで嫉妬するくらいだ)、どうしてこんな場所を?

 それに、こっちに来ないのも気になる。どうして、この家に入ってさっきみたいに私をお姫様抱っこしたり手をつないだりしようとしないの?

 ザクラス殿下は、どこか仕方なさそうな風に笑った。

「市井で暮らして来た陛下を、俺が国王として連れ戻し、この宮で暮らし始めた頃にな。陛下は、ずっと人に側にいられると息が詰まる……と辛そうにしていたことがおありだった。一人で暮らして来られたのだから、当然だ。お前もそうだろう? そういう生活に慣れていたなら、俺たちがいつも側にいると、気づまりなこともあるだろうと思ってな」

あぁ……そうか。

 リドリース陛下を宮に連れてきた殿下だからこそ、私の心のどんなことに気をつけたらいいか、わかるんだ。

 殿下は続けた。

「今まで程度の短い滞在ならともかく、ユマはいずれ、必ず、こちらで暮らすようになる。そうすれば、一人になりたい時間もあるだろう。だからここを用意した」

 あ。私がこっちを選び、こっちで暮らす前提で、ですか。なるほど。

「私の、こっちでの家……」

 つぶやきながら、肘掛椅子の背もたれに触ると、殿下は相変わらず外に立ったまま言った。

「俺も、リドリース陛下も、お前の許しなしにここには入らない。座る場所もないのもどうかと、椅子だけは用意したが、他の家具はお前が好きなものを入れるといい。ティキアに相談すれば手配してくれる。ああ、椅子ももちろん好きなものに変えてもいいし、部屋に仕切りが必要なら作ればいい」

私は嬉しくなって、部屋を見回した。贅沢するつもりはないけど、ここに好きな家具を入れていいなんて……あぁ、どんなおうちにしよう!

「嬉しい、ありがとうございます!」

 私がお礼を言うと、戸口の向こうでザクラス殿下は言った。

「……で。お前はいつ、そこから出て来るんだ?」

その声の調子にハッとなって殿下を見ると、殿下はややムスッとした顔で、爪先で地面を叩いている。

「言っておくが、俺はいつもお前を側に置きたいんだからな。それなのにこれを建ててやったんだぞ。陛下も感心しておられた」

 嫌なのに、私のためになるものを用意してくれる。これが、さっきザクラス殿下が直接見せると言っていた「愛の深さ」?

 私はちょっと考えると、わざとらしく、椅子にゆったりと腰かけた。

「ユマ!」

 焦れた殿下が、私の名前を呼ぶ。

 ふふっ。全くもう、私が本当の意味で「一人になれる家」ってプレゼントを受け取れるのは、いつになるのかな?

 思わず笑い出しながら立ち上がると、私は外に走り出て、ザクラス殿下に飛びついた。

「今日は、ここには鍵をかけたままにしておきます」

 私が殿下の耳元で言うと、ザクラス殿下は私を強く抱きしめ返して言った。

「今回の滞在中は、ここは使用禁止にしよう。というか、使わないでくれ、頼む。お前と過ごせる時間が短すぎる」

 思わず噴き出してしまった私の唇を、ザクラス殿下は乱暴に塞いだのだった。


【受け取り保留のプレゼント おしまい】

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